よくある話。

深夜太陽男【シンヤラーメン】

第1話

 蒸し暑くて仕方がなかった夏はいつの間に終わっていて、肌寒さを感じる季節がやってきた。

 僕のことはうまく言えない。昼間は気ままに街の中を散歩している。役目と言えば彼女に頭を撫でさせてあげることと、彼女の布団を暖めることくらいだ。

 彼女は仕事に出かける。帰ってきたら酒を飲み愚痴を言いながら煙草を吸い、そして愚痴を言いながら僕の頭を撫でる。煙草の匂いは好きじゃないけど、彼女はそいつがないと生きていけないとも豪語した。


 彼女は朝起きると身支度を整え仕事に出かける。僕は目的もなく街をうろつく。夜だけ部屋で一緒に過ごす。そんな関係。僕と彼女はよくある街のよくあるアパートに住んでいる。

 僕は特に何もしていなくても飯を食べさせてもらい寝床にありつける。自分が神様なのか彼女が神様なのか。なので僕はどんなときでも彼女に頭を撫でさせる。ベロベロに酔っ払ってこちらの都合関係なく変なところ触ってくるのもまあ許す。でも煙草の匂いを纏わせたまま近づいてくるのは勘弁して欲しい。


「そばにいて。一人だと、壊れそうなの」


 静かに彼女は泣いていた。僕はただ頭を撫でさせてあげるくらいしかできない。

 僕が毎日定期的にご飯を要求するから彼女も一緒にご飯を食べる。僕が布団で丸まっているから彼女も一緒に布団入りこんで眠る。あと頭を撫でさせることが彼女の精神安定において重要な役割を担っているはずだ。僕がいなければ彼女はもっと不摂生な生活になっていただろう。煙草さえやめれば完璧だ。

 それでも、きっと彼女を幸せにできるのは僕ではなく、別の誰かだ。


 ある日、彼女は依存していた煙草をあっさりやめた。

「好きな人ができたの」

 満面の笑みでそう告げられた。その人は煙草が嫌いらしい。彼女は幸せそうだし、煙草もやめてくれて万々歳だ。嬉しいはずなのにな。


 その人が猫が嫌いと言ったら、僕もあの煙草のように簡単に捨てられるのだろうか。


 今日も僕は散歩に出る。でも、もうあのアパートには戻らないだろう。

 僕と彼女はよくある街の、よくあるアパートで暮らしていた。それはきっと、よくある話。

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よくある話。 深夜太陽男【シンヤラーメン】 @anroku

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