道 / the road

私はバイオリンをかき鳴らしている。この世界で最後の一挺だ。弓を高く掲げると星空が落ちてくる。もう私にしかできない。私は得意げになってシリウスとプロキオンの間へと弓を滑らす。磨り硝子の向こうで雪が積もっていくのがわかる。「寒いじゃないの」姉が息を白くさせながら言う。息はそのまま雲になり雪を降らせている。「あなたそんなだから寒くなってしまうのよ」。「でもこれは俺にしかできないことなんだぜ」。さらに強く弓を引く。絹の切れ端が雪とともに降ってくる。

姉はすっかり雪に埋もれてしまう。「じゃあ西を目指すこともできないじゃない」。姉のくぐもった声をようやく聞き取ると、私は腰を下ろす。「ふたりで行こうと話した旅だよ」。ゆっくり降りてきた炎が足元を焼く。丘の向こうの寺院の尖塔から風が吹き付ける。「それはできないよ。これが最後の一挺なんだ」。姉が諦めたように手に持った陶器をぶつけて割る。キンキンとした高い音が響く。何度か音がすると、遠くで騎兵が鬨の声を上げる。びゅうと風を切って、氷が飛ぶ。雪明かりの中、私は弓を持ち上げ、音の鳴る星を探す。

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