煙草 / tobacco

私は葉巻に火をつける。吐いた煙の中から魔神が現れる。「願い事を叶えましょう」。口元から長く伸びた髭をさすりながら魔神が言う。紫色の肌をした立派な腕の肉が盛り上がる。私は葉巻を灰皿に押しつける。魔神には戻るランプがない。魔神の指先から炎が落ちて、床に広がっていく。絨毯の毛がちくちくする。私は林檎の皮を剥く。「ほら」。魔神へ投げて寄越す。取り損ねた林檎はそのまま窓の外へと落ちていく。窓からは鳩が入ってくる。

私はカッカしたまま部屋を出る。玄関から外へと出る。ポケットに両手を突っ込んだまま通りを歩いていく。「どうしてこうなんたんだい」と問いかける。魔神が右手に握ったマッチが透けて見える。小川の橋を渡り、岩山に足をかける。カシオペア座がゆっくり沈んでいくのが見える。茂みから友人が現れる。「ここから出て行って欲しい」友人は顔を覆いながら叫ぶ。私は悲しくなり、背中を丸めて部屋へ戻る。郵便受けに小包が届いている。魔神はベッドで横になっている。私は絨毯の上で立ったままコーヒーを飲む。「悪くないね」私が言う。「それでいい」魔神も言う。

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