第■層
211:流れ着いた階層
人の目の届かぬ舞台の裏で人ならざる者達が会話する。
互いに距離が離れ、いくつもの階層を隔てているのに構いもせずに、超常の存在に造られた者達が、隔てるものを感じさせぬ口調で言葉を交わす。
とある階層の暗がりで、口火を切るのは一つの芸術のような容姿を持つ一人の男。
「ああ、そうだ。危険な要素を持つオーリックの末裔はこの手でしかと始末した。他の者たちも頼んでおいたことはどうかね?」
「あたしの方も、例のものの回収は完了。要望通り前回と同じような個体に作り直して、同じスキルをインストールして例の二人の収容に使わせてもらったわ」
そんな男に対して答えを返すのは、荒れ果てたロビーのような場所でソファーに座り、周囲に黒い人影たちを侍らせた一人の少女。
やはり芸術品のような可憐な容姿を持ちながら、その顔立ちを乱暴な口調とパンクなファッション、足を組んだ行儀の悪い行いで穢して、それでもなお美しさを損なうことのできない絶世の美少女。
「――けど、正直に言ってあたしには疑問だわ。【擬人】の方は、素体になってる【
可憐な容姿で残酷に微笑みながら、少女はここではない場所にいる男に対して遠慮容赦なくそう問いかける。
外見年齢で言えばそれこそ倍近く離れていてもおかしくないにもかかわらず、見た目通りの年齢でないが故にあくまでも対等と言う、そんな態度で。
「別に今すぐ殺せなんて言うつもりもないけれど、もったいない精神を発揮するなら他の連中と一緒に次に送るなり、捨て置いて他のプレイヤー達と同じように扱うなり――。
――ああ、いっそあの階層でそのまま【擬人】と一緒に残して、ステージギミックとして活用するって手もあったわね」
「――なぜ、と問うならば、理由は一つで、そしてそれで十分でしょう。
余計な犠牲を増やしたところで意味なんてないから、ですよ」
そんな少女の言葉に対して、男とは違う高い声が、酷く穏やかな口調で答えを返す。
続けて口にするのは、先の男の問いかけに対する
「言われた通り、あの階層にいた六人のうちの四人は、指定の階層に移動するよう計らっておきました。階層自体はまだもぬけの空ですが、一つ下の階層で攻略進めている一団がいるため、ほどなくそこに繋げるつもりです」
二人とはまた別の場所でそう語るのは、ステンドグラスからの月明かりが満ちる神殿のような空間の中央に立って、祈りをささげるように手を組んだ一人の少年。
まだ十になったかどうかという年頃、少女と見間違わんばかりの美しい外見を備えた、これまた芸術品のような、他の二人と同じく絶世と言えるレベルの美少年。
「ですがやっぱり悲しいですね……。いくら大義のためだとは言え、あの子たちのような人間をむざむざ死地に送らなくてはならないなんて……」
「――ハッ、なにを言い出すかと思えば」
そんな少年の言葉を、別の場所にいる少女は下らないとばかりに吐き捨て、笑う。
嘲笑と苛立ち、鈍間な相手に焦れるような感情を、その声の中に隠すことなくにじませて。
「まったく、この程度で心を痛めるなんて、やり方が手ぬるいのよ。想定外の動きを見せて邪魔に思うくらいなら、あのまま一思いに殺してしまえばよかったのに」
「そう言ってくれるな。そもそも、人に試練を課してその可能性を見定める役割を課された我々は、その可能性を自らの手で摘み取ることを本能的に嫌う傾向がある」
「――ふん、よく言うさね」
そんな風に少女の言葉に男が返すと、その返した答えに噛みつくように、どこかけだるげな女の声が三人の会話に割って入る。
不機嫌そうに口を挟むのは、これまた三人とは違う場所で和装に身を包んで煙管を吹かせた、これまた三人とは違う方向に美しい、妖艶な雰囲気を放つ一人の美女。
「言うに事欠いて私たちの本能って、その本能を一番嫌っているのはあんたじゃないさね……。まるで反抗期の子供みたいにみっともなく、わざわざ己の性質に逆らうように」
「そういうアンタは、ずいぶんと私たちのやることの邪魔をしてくれてるみたいじゃない。前回に続いてこれで二度目じゃなかったかしら? 余計な口出しをして、こちらの計画を狂わそうとして」
「――は」
そうして、自身に噛みつく少女の言葉に、女は笑い声と共に煙管の煙を吐き出し、やがて雰囲気をがらりと変えて声の向こうにいる相手を目の前の虚空越しに睨み付ける。
「勘違いするんじゃないよクソガキども。アタシがあんた達に力を貸しているのは、それがあくまでも自分の試練の一環になるからだ。もとよりアタシたちの契約は最初からそういう類のものだったはずだけどね?」
暗に契約を違えたのはお前たちの方だとそう言って、女は会話の向こうの少年や少女、そして男との間で火花を散らす。
厳密には、はっきりと敵意を示してくるのは少女一人で、少年は困惑した様子で、男は沈黙を守っていたのだが、なんにせよ女のスタンスは既に明確なものだった。
それでも確認するように、会話の向こうで男からの問い掛ける声がする。
「では君は、もう我々とは袂を分かつということかね? これ以上我々には協力せず、むしろ敵対する側に回ると?」
「これまで通りの協力だったらこの先もしてやるさね。けど、アンタ達が余計な茶々を入れるなら、私の方でも横槍を入れさせてもらう」
そう言って、続けて女はどこか哀愁を帯びた笑みと共に『それとも』と言葉を続ける。
「――そう、それともあんた達の誰かが、あたしをどうにかしてみるかい? アタシはそれでも一向にかまわないよ。そもそも
挑発するように、同時に、どこか本気でそれを望むかのように、女はそうここではない別の場所にいる者達へと語りかける。
そうして返答を待って、自分の望む答えが返ってこないのを確認するように手元の煙管から煙を吸い込んで、やがて息と共に白い煙を大きく吐き出した。
「ふう、まあ冗談さね。こんなもの、ほんの冗談。とはいえまあ、余計な手出しをしないで欲しいってのは掛け値のなしの本音なんだけどね。
精々ぶつからないよう、仲良くやって行けるよう祈るとしようじゃないさ」
そう言って、女の声はあっけなく四人の会話の中から一つの感覚として消滅する。
機械的なものとは違う通信からの、メンバーの一人の一方的な切断。
そしてその行動は、ある意味でこの会話を交わしていた四人の関係性を如実に表すものでもあった。
「やれやれ……。どうやらこれで、我々と奴との関係はいよいよ破綻したと見ていいだろう。もとより時間の問題だとは思っていたが……」
「け、けど、どうするのですか? まさか本当に、彼女と戦うつもりなのですか……?」
「ふん、そんなもの、それこそやり方なんていくらでもあるわよ。そもそもあいつがゲーム運営の中で担ってた役割なんて、絶対不可欠なものでもなければ替えの利かないものでもないんだから、抜けられて困る訳でもないしね」
「とは言え、敵対しない方がいいのもまた確かだ。特に我々の場合、対立は不毛な結果にしかならぬ可能性が高いからな」
頭の中でそのときが来た際打つ手を考えながらも、男は他の二人に対してひとまずそう言っておくことにする。
実際本当に女と対決することになるかは、今後の展開とそれに対するこちらの対応次第だ。
「まずはひとまず、我々は
期待することなく、興味を殺したそんな瞳で、男は自分たちの予想を外れた者達の、その行く末にほんのわずかに思いをはせる。
立ち入らぬよう、興味を抱かぬように注意深く。
決して己の本能に負けて、彼ら彼女らを試練の対象として見てしまわぬように。
無明の闇の中を流れ落ちる。
莫大な水量に押し流されて、まるで不要な汚れとして洗い流されるかのように。
水の勢いによって抗うこともままならない。
いつもの光る階段プレートに掴まろうにも、そのプレートすら存在していない、そんな抵抗の余地なき闇の空間。
(――く、そ……野郎ぉォォォ……!!)
そんな、ともすれば絶望に飲みこまれかねない、永遠にこのまま落ち続けることすら予期せずにはいられないそんな状況にありながら、しかし竜昇はと言えば恐怖よりも先にこれを成したものへの怒りを覚えていた。
なにしろ、この状況を作った者達の意図は明らかだ。
竜昇達のいた階層に大量の水を流し込むという身も蓋もない手段に訴えながら、それで階層全体を水没させて竜昇達を亡き者にするのではなく、次の階層への扉に強引に流し込むというそんなやり口。
それに加えて、竜昇達がここに来るまでの間何度も遭遇して来た【決戦二十七士】の存在を考えれば、これを成した者達の意図はおのずと見えてくる。
(どこまでも……、俺達を有効活用しきったうえで、使い潰すつもりなのか……!!)
ふざけるな、と、流れ落ちる水の中で、竜昇の感情が怒りの限りに叫ぶ。
なるほど、ゲームマスターの判断は確かに合理的だろう。
自分にとって脅威となる者、あるいは単に目障りな動きを見せるものを処理するうえで、ただ単にその両方を始末しようとするよりも、片方をもう片方にぶつけて互いに潰し合うように仕向けた方が都合がいいはずだ。
だが同時にそれは、どこまでも竜昇達を軽く見て、もっと言えば竜昇達を舐めているからこそできる判断だ。
竜昇達をがいつどのような形で死んでくれても構わないと、その尊厳と人格、そして命を軽く見て、なによりも竜昇達を生かしたままにしておいても自分たちの脅威にはなり得ないと、そう舐めているからこそのこの判断。
(――負ける、ものか……!!)
そしてそうとわかってしまうからこそ、だから竜昇は激流に流されてなおも憤る。
(負けて――、たまるか……!!)
自らを押し流す流れ、その流れを作った者達に対して力の限りに抗うように。
押し寄せる流水に逆らって、その流れの上流に意地を見せるように手を伸ばして――。
そうして次の瞬間。
竜昇達はドバンッ、と言う水が叩くような音と共に、うっすらと明かりがともるその空間へと投げ出されていた。
「く、ぉ――」
「きゃぁっ――!!」
竜昇達を押し流していた水が急激にあたり一帯へと広がって、低い方へと流れ落ちながら徐々に範囲の広いだけの水たまりへと変わっていく。
「――ッ、竜昇さん――!!」
「くッ――、扉が――」
そんな状況の中、静と竜昇の二人が、互いに呼びかけながら急ぎ床に手をつき起き上がる。
濡れた床に足を取られそうになりながらも自分たちが今しがた通り抜けてきた扉の方へと走り寄り、水を吐き出しながらも容赦なく閉じようとするスライドドアを何とか阻もうと手を伸ばして――。
「――くそ、ダメか……!!」
――それでもなお、閉じる扉の動きを阻むにはギリギリで間に合わなかった。
見た目だけはガラス張りの、しかしその表面に偽りの景色を張り付けたかのような自動ドアが容赦なく竜昇達の戻るその退路を閉ざして、勢い余ってぶつかる竜昇の体を揺らぐことなく撥ね返す。
「やられた……!! まさかこんな方法で、強制的に階層移動をやらかすなんて……!!」
「どうやら戻る道も断たれてしまったみたいですね……。まあ、こんな強引な手段をとる相手が、戻る道筋を残しているとも思えませんでしたが……」
退路を断たれたこの状況に、静がさして焦った様子も見せずにそう言いながら、まだ床の上で状況を飲み込み切れずにいる詩織や理香に手を貸してひとまず二人を立たせてゆく。
否、実際のところは彼女とてこの状況に何も感じていない訳ではないのだろう。
むしろ危険を感じているからこそ、早いうちに体勢を立て直そうとしていると見るべきか。
「……とりあえず、全員装備の確認をしてください。流される途中で失った装備がないかどうか、あとは全ての装備が、ちゃんと使える状態にあるかどうかも」
「詩織さんは、すいませんが先に【音響探査】をお願いします。正直ここまでのことをやってきた敵ですから、私たちの周囲を敵が取り囲んでいたとしてもおかしくありません」
「――ッ、わ、わかった……」
二人の物言いにただならぬ気配を感じたのか、すぐさま詩織は自身の剣を抜いて振るうと、同時に意識を集中させるように目を瞑って周囲の音に耳を澄ませ始める。
状況の変化に思考が追いついていなくとも、危険に際して即座に動けるのはさすがにここまで生き残ってこられただけのことはあるというべきだが、生憎と今ここにはそこまでの判断力を発揮するには精神的に不安定になりすぎている人間が一人いた。
「ま、待って、下さい……。私は、私はもう、戦うのは――」
「それは――、わかって、います。わかっていますが、それでも、武器の準備をしておいてください……。残念ながら今のこの状況は、そうも言ってはいられないものになっています」
「……!!」
本人たちの意思を介さぬ強制的な階層移動。そんな方法は当然のように、すでに戦意を喪失している人間だろうともお構いなしにこの階層まで押し流してきてしまっている。
仲間を二人も失い、すでに戦えるだけの精神状態になかった先口理香。
そんな彼女には気の毒だが、生憎ともうこの階層は、先ほどまでの敵が存在しなかった安全地帯とは違うのだ。
「待って、下さい……。待って、そんな……。私は、もう先へは進まずにあの階層に……、誠司さんの傍に、留まるつもりだったのに……」
徐々に現状に理解が追いついてきたのか、理香が頭を抱えるようにして、うわ言のようにそんな言葉を口にする。
すでに戦う意思を失っていた彼女にとって、それでも闘わなければならない戦場へと放り込まれてしまうなどまさしく悪夢そのものだ。
それに加えて彼女には、否、竜昇達にも今ここで憂慮しなくてはならない案件がもう一つある。
「――それに、そうです……。愛菜さん……、愛菜さんは、一体……!!」
「状況的に考えれば、及川さんとこちらの城司さんの二人も、あの洪水に巻き込まれたと見た方がいいのでしょうが……。しかしその後どうなったかは推測が難しいところですね……。
私たちと同じように流されてこの階層のどこかに放り出されているのか、それとも全く別の階層に分断されたのか……。あるいは何かの形で、まだあの階層に残っているのか……」
狼狽する理香に対して、どこまでも冷静な静の声が揺らぎひとつ見せずに淡々とそう推測を口にする。
そう、実のところそれこそが、次の階層への強制移動という事態と共に現状もっとも大きな問題だった。
一つ上の階層まで行動を共にしていた及川愛菜、そして入淵城司との分断。
それが果たしてどこまでゲームマスターの想定通りのものだったのかは定かではないが、それでもこの二人とはぐれてしまったというその事態は、実のところ他のどのメンバーとはぐれるよりも深刻に憂慮しなければならない状況である。
なにしろ竜昇達、現状生き残っている六人の中で、あの二人だけは精神干渉に対する耐性がないのがはっきりしているのだ。
もしも精神干渉を用いて襲われた場合、あの二人だけではそれに対してまともに抵抗することすらできないことになる。
とは言え――。
「――そん、な……。戻ら、ないと……。すぐにあそこに、愛菜さんのところに――」
そう言って、ふらふらと歩き出す理香の歩みを、静がその手を取ってすぐさま引き留める。
そうして突きつけるのは、どこまでも無慈悲な、容赦のない現実。
「待ってください。戻るにしても、そこからすぐに戻るのは不可能です。階層移動の条件に関しては未知の部分も多いですが、最低でもボスを打倒しないと――」
「――そんなことッ――!! ――っ、……そんなこと、わかっています」
感情的になって叫びながらも、しかしどうにか我に返ったのか、視線を逸らしながらかろうじて理香はそう言葉を絞り出す。
そう、彼女とてわかっている。なにしろ彼女もまたここに来るまでいくつもの試練を乗り越えてきたのだ。冷静になりさえすれば、彼女はしっかりと状況を見極めて的確な行動がとれる人間なのである。
ただ今の彼女には、もはやそれだけの余裕がないというだけで。
「……。詩織さん、周囲に敵の気配は?」
「不気味なくらい何も聞こえない……。結構音を拾う範囲を広げてみたんだけど、聞こえるのは、せいぜい機械の音くらい……」
「機械……。それにこの場所……。これは……屋上駐車場の出入口か?」
先ほど竜昇達を吐き出したガラス扉、その向こうに車が並ぶ偽の光景が映し出されているのを確認して、続けて竜昇達は付近に並ぶ自動販売機や、その向こうに集積された買い物用のカートがあるのを確認する。
生憎と竜昇達がこの場に来た際に水浸しになってしまっているが、これだけの情報がそろえば、ここがなんの施設であるかは簡単に推測が付いた。
「これは――、ショッピングモールか何かか?」
「見て、こっちに案内図があるよ」
言われて詩織のいる場所へと向えば、そこには確かに、このショッピングモールの全体を描いていると思しき縦長の建物の地図が描かれていた。
建物自体はどうやら二階建て、この屋上部分はその上に位置しているらしく、地図には各階の地図とそれぞれの焦点の名前や扱う商品がしっかりと記述されている。
「これは……、ありがたいな。少なくとも物資の面では、これまでのどの階層より充実している」
「あ――、なら、もしかして――」
「?」
「どうしました?」
不意に詩織があげた声に、竜昇と、黙り込んでいしまった理香から視線を外した静が立て続けに問い返す。
どうやら当の詩織にしてみれば意図せず漏らしてしまった声だったようで、注目を浴びたことで若干バツが悪そうにその視線をさまよわせていたが、しかしすぐに何かを思い直したのか若干恥ずかしそうにその思い付きを打ち明ける。
未だ水着の上からパーカを羽織っただけと言う、思えばあんまりな格好のままのその体を、忘れていた羞恥心を思い出したようにその腕で庇いながら
「あ、えっと、ここなら手に入るかなと思って、その、水着とかじゃない、ちゃんとした服が」
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