210:望まぬ前進

「よし、あった。これだ……」


 数分後、短い捜索の後に記憶通りに隠されていたその物品を見つけ、竜昇はそれらをまとめてロッカールーム中央にある机の上へと引っぱり出していた。


 対面で、用心のためにここまで付き添って来てくれていた静がその物品の一つを手に取り、改める。


「なるほど、これが――」


「――ああ。中崎さん達が回収していた、あのアパゴって男の持ち物や装備だ」


 すべての戦闘が決着し、死した者達の遺体をそれぞれホテルの一室へと運び込んだ竜昇達がふと思い出して訪れたのが、アパゴから装備一式を取り上げた誠司達がそれらを隠していたこのロッカールームの存在だった。


 より具体的に言うならばその隠した荷物、その中にあるはずの、先に見た時には正体がわからなかったとある物品の存在である。


「なるほど、確かにこれはあのハンナさんが作っていた栞と同じものですね」


 机の上に並べられた物品の一つ、誠司達が一つの袋にまとめていたドッグタグ、改め『記憶の栞』をざらざらと掌の上に取り出して、静がその物品について、自分の知るものと比較し断言する。


 後片付けと言うにはあまりにも酷な作業を行うその合間、時間がなかったことも相まって、竜昇達は互いに見たもの、得られた情報などを簡単にではあるが共有していた。

 もちろん、あくまでも簡単な情報共有であったため、詳しい話などはこの後する必要がある訳だが、そうして共有した情報の中に『記憶の栞』の話が出てきたことで、竜昇はこの場所のことを思い出し、急いで準備を整え、この場所へと回収に来ていた。

 と言うのも――。


「恐らくこの中には、アパゴが精神干渉の術中にはまった際に、見失った自分を思い出すための、あいつのパーソナルな記憶データが保存されているはずだ。

 押し付けられた自分の記憶を、正しい記憶で上書きするために……。

 つまり、これがあれば――」


「――あの方の過去、ひいては【決戦二十七士】の正体についての情報が得られる、という訳ですね」


 察しの良い静の言葉に、竜昇は頷きながら手元の栞の一つへと視線を落とす。


 敵とは言え他人のパーソナルな記憶、それも死者のものを盗み見るような行為には正直竜昇としてもいろいろと抵抗感がないでもなかったが、竜昇達の置かれた状況はそんな感傷を許すほど余裕のあるものではない。


 加えて、竜昇はもう一つこの栞に期待していることがある。


「それにもう一つ。あるいはこれがあれば、あの人たちが使っている未知の言語を、俺達もスキルと同じように習得できるかもしれない」


 静達に聞いて知った、ハンナが死に行く瞳から記憶を取り出し、それを取り込むことで言語を取得して見せたという話。

 加えて、精神干渉を受けたアパゴが自我を取り戻した後も会話が可能であったことなどから、竜昇はアパゴの記憶を取り込むことで逆に竜昇達の方が相手の言語を身に着けることも可能なのではないかと考えていた。


 無論竜昇達の場合、精神干渉への耐性の問題があるため、栞の記憶を取り込んだからと言ってそうした言語を習得できるとは限らない。


 実際、同じく精神干渉への耐性を持っていた思しき瞳からは、ハンナも記憶情報を奪うことに半ば失敗し、言語情報以外に碌な情報を得られなかったという話だった。

今回の場合、記憶の取り出しではなく取り込みであるためやろうとしていることは逆だが、同じようにうまくいかなかったり、あるいはスキルシステムがそうであるように、完全習得までに一定の時間や行程を要するという可能性も十分に考えられる。


「まあ、なんにせよ……。試してみる価値は十分にある。

奇しくもあのハンナって人に逃げられたことで、【決戦二十七士】がこっちの言語データを持ち帰ることにはなった訳だけど……。だからと言ってそれで会話が通じるようになるかはやっぱり不透明だ。

 今後もあいつらと遭遇する可能性があることを考えると、最低限会話くらいは成立するように前提を整えておきたい」


「となると問題は、誰が習得するべきか、ですね……。術者であるハンナさんがあの様子であることを考えると、少なくとも精神干渉に耐性のない城司さんや及川さんに修得させるのは不安要素が大きいですし……」


 一応の前例として、静がハンナとの交戦中にアーメリアと言う召喚人形の元になった女性の記憶を取り込んでいるそうだが、その記憶によって静が悪影響を受けた様子は今のところ見られない。


 ただ正直に言えば、この手の問題で静の例はあまり参考にならないというのが竜昇の偽らざる本音であり分析だった。

 なにしろこの少女、その精神性は同じく精神干渉への耐性を持つ竜昇達と比べても相当にかけ離れている。


 極端な話、静に記憶を取り込んだことによる影響がなかったとしても、それは『静だったから』と言う身も蓋もない理由である可能性が捨てきれないのだ。

 ハンナ自身に起きていたような副作用の存在など、この記憶を取り込むうえでのリスクについては、実際に竜昇達自身が習得してみないとわからない所がある。


「……とりあえず、数の心配はしなくていいことだし、俺がこの場で一つ習得してみるよ。他のみんながどうするかはこの栞のことをみんなに教えて、その時点での俺たち自身への影響を吟味して決めてもらおう」


 これまでのスキルシステムの傾向から考えて、記憶移植による技術習得には竜昇達の場合一手の時間を要する。

 無論この『記憶の栞』も同じとは限らない訳だが、もしも言語の習得に一定の時間を要するとなった場合、早いうちに修得しておかなければ、いざ【決戦二十七士】に遭遇した後に習得しても、レベル不足で碌に会話が成立しないという事態になることも十分に考えられる。


 そうした事情も考えての提案に、静は若干迷うような様子を見せたものの、最終的にはそれしかないと判断したのかすぐに竜昇に対して頷く様子を見せて来た。

 なお、この場において習得するのはとりあえず竜昇一人だ。

 静が習得することも考えたが、彼女の場合既にアーメリアと言う女性の記憶を取り込んでいるため、アパゴの記憶まで危険を冒して習得する必要はないだろうとそう判断した。


 そうして意を決して、竜昇は手にしていた詩織の一つを、指に力を籠めることで圧し折り、破壊する。


 手の中から光の粒子が舞い上がり、それらが吸い込まれるように竜昇の元へと押し寄せて、感触などは何もないまま、しかし確かに竜昇の中へと取り込まれて消えていく。


「――どうですか?」


「……今のところ、何の変化も感じないな……。静が見た、と言うか思い出したっていう、他人の記憶みたいなものも今のところ思い浮かばないし……」


「そのあたり、人によって個人差があるということでしょうか……?」


「なんとも言えないけど……。

なんにせよ、いったんみんなの元に戻ってこの栞のことを伝えよう。習得するしないも含めて、今後のことをいろいろと話し合わなくちゃいけないし」


「そうですね」


 そうして、竜昇達は大量の栞を袋に戻して、ひとまず他の者たちが待機しているホテルへと戻ることにする。

 果たして彼女たちがどこまでこちらの話に耳を傾けられるのか、傾けられる余裕があるのかと、そんなことを深刻にその内心で考慮しながら。








 そうして様々な懸念と共にホテルへと戻ろうとしていた竜昇達だったが、しかし戻るその途中で様々な意味で意外な状況へと出くわすことになった。


 ホテルへと戻るその途中、二人の人影がそのホテルの方向から連れ立って竜昇達の方へと歩いてくる。


「おや、詩織さんに先口さん、ホテルで待っているかと思っていたのですが、なにかあったのですか?」


「いえ……。落ち込む前に済ませておくことがあったと言いますか、そう思って、こちらを渡しておこうかと思いまして……」


 以前と同じく理知的な、けれど決定的に覇気に欠けている、まるで抜け殻になった体を理性で強引に動かしているかのような様子でそう言って、理香は手に持っていた二つのものを、否、本来であれば四つで一つであったもののうちの二つを、静に対して差し出して見せる。


 それはその表面に魔法の術式を刻まれた、竜昇達も見覚えのある一対のグリープ。


「これは……」


「はい。ヒトミさんが装備していた【玄武の四足】、そのうちの両脚の装備部位です。あえて名前を付けるなら、【玄武の両脚】と言ったところでしょうか。

付与されている魔法は、自身を中心としたドーナツ状の【加重域】発動と、【羽軽化】による自身への体重軽減効果になります」


「……!!」


 言われて、そこで初めて竜昇は、グリープを持つ理香のその右腕に、同じようなつくりの先ほどまでとは違うガントレットが装着されていることに気が付いた。

 見れば、その横で彼女に寄り添うように立つ詩織の腕にも、同様に左手に見覚えのあるガントレットが装着されている。

 理香の言を借りるならば、それぞれ【玄武の右手】と【玄武の左手】と言ったところだろうか。


 竜昇達がそうと気づくと同時に、理香の方も竜昇のその視線に気づいたのか、自らの装着したガントレットを寂しそうに見つめてその理由を口にする。


「ああ、これは――。形見分け、と言うのとは少し違うでしょうか……。まあ、単純に強力な装備をあのままにしておくのももったいないかと言うのもありましたし、本人たちもあんな物々しい格好のままでは寝心地も悪いのではないかと思いまして……。

 放置しておくくらいなら、ふさわしい持ち主の手に渡った方が、瞳さんや誠司さんも喜ぶのではないかと言う話になったのです」


 聞いてみると、どうやら先ほど竜昇達が去った後、理香が詩織や愛菜と話してそう決めたらしい。


 ただ、形見分けと言うなら本来装備するべき愛菜はその受け取りを拒否し、またその場に居合わせた城司などはそもそもサイズが合わなかったため、両手両足計四つある【玄武の四足】の内、まず両腕のガントレットを詩織と理香がそれぞれ引き取ることになったとのことだった。


両足に関しては、当初こそ理香が装備することも考えていたそうだが、最終的に戦闘スタイルやサイズの問題などを考慮して、静が装備するのが一番いいのではないかと言う話になったそうである。


「それじゃあ、今詩織さんが【羽軽化】のガントレットを、先口さんが【加重域】の方を装備しているんですか?」


「あ、ううん。それだと少し戦闘スタイルとミスマッチかなってことになって、ここのところの金属パーツを右手と左手で交換して、付与されてる魔法効果を付け替えて装備してるの……。

 もともとこのアイテムって、瞳が両手両足、どこにどの効果を付ければ使いやすいか、付け替えて調節できるようにって考えて作られてたから……」


 そんな詩織の言葉に、竜昇は改めてこれを作った誠司の、その気配りの細かさに感心させられる。


 詩織に対する仕打ちのせいで印象が悪くなっていたが、しかし知れば知るほど、彼と言う人物が他のパーティーメンバーに対して、いかに献身的に尽くしていたかがよくわかる。


 それこそ、詩織の件での失敗が無ければ、いっそ理想的なリーダーだったのだろう。


 改めて、失ったものの大きさを、その影響を嫌と言うほどに痛感させられる。


 痛感して、それでも今この場で生き残っている竜昇達は、この先を生き延びていかなければならないのだ。


「――と言うことは、今先口さんが装備しているのは、触れたものの重量を奪う【羽軽化】の魔法、と言うことなんですね……」


 胸の中の感情を飲み込んで、竜昇は伝え聞いた情報からそう推察して、自身が腰にベルトでつるしていた長剣を、そのベルトごと外して理香へと差し出す。


「この剣は――」


「静と戦ったなら、もしかしたらその際に見ているかもしれませんが……。

 ――【応法の断罪剣】。魔法を吸収する効果を持った剣の、そのオリジナルです。貴方がメインウェポンとして使っていた剣は、戦いの中で折れてしまったと聞いたので」


 本来ならば理香の腕で振るうには少々重い両手で扱うべき長剣だが、理香が受け継いだ【玄武の右手】の持つ効果は重量軽減だ。

 その効果を使用すれば、重量をある程度無視して振り回せるようになるし、武器を装備する適切な人間が現在竜昇達のパーティーに存在していないことを考えれば、むしろ武器のない人間に譲渡した方がいいのではないかとそう考えたのだ。


「本来なら、中崎さんの使っていた杖もあなた方に返すべきかとも思ったのですが……。話に聞くあなた方の戦闘スタイルで杖を扱う方はいないようですし、杖の使用者登録は既に中崎さんから俺に譲渡されてしまっています。それを考えると――」


「――ええ、そうですね。その杖は、やはりあなたが持っていてくださった方がいいと思います。誠司さんも、あくまで杖は貴方に託されているわけですし……。

 それと、剣の方も……、はい。ひとまず受け取らせていただきます……。

 ですが――」


 剣を手にして、しかしそこまでで理香は張っていた虚勢が力尽きたかのように微かに声を震わせる。

 まるで感情のぶり返しのように漏らすのは、今の彼女の、率直なまでの精神状態だ。


「――すみ、ません……。正直に言えば、私はもう、この先を進んで行ける気がしないのです……。愛菜さんも……、あの様子ではこの先まともに戦えるかどうかは怪しいでしょう……」


「それって――」


 受け取ったばかりの剣を抱えたままそうこぼす理香の姿に、竜昇はようやく彼女たちが『形見分け』と称しながら身内でもなんでもない静に装備を譲渡した理由を理解する。


 彼女はもはやこの先に進むことはせず、この階層に残りたいと暗に希望しているのだ。

 死した誠司と瞳が残るこの場所に。

 恐らくは愛菜と二人で、死した二人に、そのまま最後まで付き添うように。


「……正気ですか? そんなもの、言ってしまえば遠回しな自殺とそう大差はありませんよ」


「静――」


「いくらこの階層に【影人】が出ないとは言っても、そんなものゲームマスターの意向でいつ覆ってもおかしくない条件です。

 物資が豊富にあるとは言ってもそれだっていつかは底を尽きますし、たった二人でこの場に残っていては、なにかがあった時に到底対処しきれません」


 とっさになにかを言おうとして言いよどむ竜昇をよそに、相も変わらず静が淡々と、予想できる事実を理香に対して突きつける。


 ただ今回に関して言えば、常に正しい判断ができる静の物言いは決して正解とは言えないものだった。


「――わかって、います……。わかって、いるんです……。自分がこれ以上ないくらい愚かな決断をしようとしていることも、あくまで生き残ることを望むなら、あなた方と協力して脱出に挑むべきなのだということも……。

 恐らくは誠司さんや瞳さんが自分達に付き合って私達が命を落とすような真似をすることを望まないことも、全部――、全部、わかってます」


「理香さん……」


「けど、もはや私の中からは、戦う気力が微塵も沸いてこないのです……

 絶対に死にたくないと、死んでたまるかとそう思ていたはずなのに……。

なにを犠牲にしてでも生き残ると……、そんなつもりで近づいたはずなのに……。

今の私は、どうしてもその生き残ることに、少しの魅力も感じられずにいる……」


「先口さん……」


 もしもここで竜昇のスタンスを明示するとするならば、やっぱり理香のそんな自殺行為のような真似はさせられないというのが竜昇の譲ることのできない方針だ。


 なにしろ、竜昇は誠司から彼女たちのことを託されているのだ。


 すでに馬車道瞳が死亡して、彼への誓いを破る羽目になってしまった身ではあるけれど。


 それでも託されてしまっている以上、生き残っている理香達くらいは、なんとか守って生き残らせたいというのが竜昇の本音である。


 けれど、だとすれば今この時、竜昇はいったいどんな言葉を彼女にかければいいのだろうか?


 仲間であるという以上に、彼女の心の支えとなっていた、そんな相手を失ってしまった彼女たちに対して。

 果たして今竜昇は、どんな言葉をかけるべきなのだろう。


 そんな風に、竜昇達が懊悩によって何も言えずに黙り込み、周囲一帯を嫌な沈黙が満たしかけていた、そんなとき――。


「――え?」


 唐突に、恐らくは本人の意図からも外れた形で、その沈黙が破られる。

 驚いた表情をした静が、まるで誰かに話しかけられたような反応で周囲を見渡して、そして――。







 どこか遠くで、あるいは自分の頭の内側で、知らない誰かの声がする。


『――協……反だ。だ…ら一つ…告してやろうさね』


 それはどこか静の声にも似た、しかし静のものとは明らかに違う女の声。


『す……準備しな。奴……介入…始ま…よ』


 以前に【始祖の石刃】を手にした後に初めて聞いた、しかし前よりもどこかはっきりしたようなそんな声を耳にして――。


「なにか来ます――!! 皆さん、すぐに準備を――!!」


 迷うよりも先に、静自身の直感がその言葉に素直に従っていた。

 面食らう一同の中で、最初に竜昇が反応して身構える。


「来るってなんだ――!? いったい何を感じた――!?」


「わかりません。以前にも聞いた声から警告がありました。どういった状況なのかはわかりませんが、なにかの介入が始まると――」


 と、そこまで静が言いかけたそのときだった。

 竜昇達のいる階層の各所、それこそ天井付近の窓やどこかにあるらしき扉まで、不特定多数の出入り口が一斉に開く音がする。

 同時に聞こえてくるのは、まるで巨大な怪物がなだれ込んで来たかのような、先ほどの戦いの中でも聞いた覚えのある巨大な水音。


「なに、が――」


「おい待て、まさか――」


 轟くようなその音に、竜昇達が事態を察知しかけた瞬間、それが来た。


 まるで闇の中を蠢く巨大な影のように、大量の水が一気に竜昇達がいる場所へと押し寄せてきて、逃れる間もなく四人の体をその中へと飲み込み押し流す。


(――ッ、く――)


 上下すらあやふやになる激流のさなか、それでもすぐさま静は水中で体勢を立て直し、受け取って持ったままとなっていた【玄武の四足】のグリーブに魔力を込めて、ひとまず自身の体重を軽量化する。


 もとより静達は水着姿だ。着るものがなかったが故の苦肉の策のような恰好ではあったものの、その性質上装備が重すぎるということもないため泳ぐとなってもそれほどに不自由はしない。


 自身の上下を星明りを模した天井のライトで判別し、流れに逆らうことをいったん諦めてすぐさま水上へと顔を出す。


「――ハッ」


 奇しくも水上へと顔を出したのは、同じように流されていた竜昇と同じタイミングでのことだった。

 恐らくその浮上の速さは、静と同じように握る杖によって自身の体重を軽量化して浮上してきたが故か。


 そしてほどなくして、静達が浮上した場所から若干下流の離れた位置で、詩織が理香を抱きかかえるような態勢で浮上して来る。


 どうやら装備の重さで沈みかけていた理香を、詩織が救出して浮上してきたらしい。

 理香の右腕では、先ほどつけていたガントレットが静達と同じように軽量化の魔力を発していて、理香がそれを自身の胸へと押し当てることで自身の体とそれに掴まる詩織に軽量化の魔法をかけているのが見て取れる。


「ひとまずは全員無事か。けど、いったいこの状況はなんだ――!?」


「ゲームマスターによる、私たちへの攻撃――、いえ――!!」


 言いかけたその言葉を鋭い口調で否定した静の様子に、竜昇もその視線の先を向いて即座に敵の狙いと状況を理解する。


 静達を押し流す激流のその先で、まるでそんな静達を待ち構えるかのように大きな扉が開いて、その先で漆黒の空間が待ち構えているのを目の当たりにしたことで。


「野郎――!! 俺達を強制的に次の階層目がけて流し込むつもりなのか――!!」


 気付いた瞬間、まるで上空に逃れようとするその行動を先んじて封じて阻むかのように、真上からも大量の水が落下して来て静達を再び激流の内へと抑え込む。


 開いた扉のその先へ。静達を押し流そうとするその水圧に、もはや静達は逆らえない。

 どうにもならない力に翻弄されて、静達の体が扉をくぐってその先の闇の中へと消えていく。


 意思も感情も慮ることなく、不都合なものすべてを洗い流して、そのまま始末してしまおうというかのように。


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