207:殲却万雷
目の当たりにした光景に危機感を覚える。
晴れた黒雲の向こう、そこから現れた雷光の輝きのその強さに。
そこに込められた電力の総量に、歴戦の戦士であるアパゴの勘が否応なく刺激されて、焼けつくような危機感にアパゴ自身の背筋が容赦なく炙られる。
直感的に理解できた。
あのやり方ならば、確かに攻撃はアパゴの命にまで届きうる、と。
敵が集めている途方もないエネルギーは、確かにアパゴの身を守る加護の数々を、打ち破り、突破するだけの可能性を秘めている、と。
そして、だからこそ。
「そうはさせん――!!」
そうと認識した次の瞬間、すぐさまアパゴは竜昇による攻撃を阻むべく動き出していた。
幸いにして、今竜昇がため込んでいる電力はまだしもアパゴにとって対処できる範囲内だ。
竜昇が一体、どれだけの量の電力を溜め込む気でいるのかはわからないが、これ以上電力を溜め込む前に攻撃そのものを妨害できれば、アパゴ自身が攻撃を受ける危険性も芽の内に詰むことができる。
とは言え、そのことは他ならぬ敵方の四人もわかっていることだ。
アパゴが矛先を竜昇の方へと変えるとほぼ同時に、盾を構えた城司がその間に割り込むように飛び込んで来る。
「行かせるかッ――!!」
「行く手を阻むか。だが撃つのを阻むというのなら、お前たちがこの場にいても話は同じだぞ――!!」
「んなこたぁこっちも、百も承知だ――!!」
構えた盾を前へと突き出し発動させるのは、彼自身の魔法による盾による砲撃。
「【
尋常な相手であったならば、それ一つで相手をなぎ倒せていただろう盾の砲弾。
だがことアパゴを相手にする上では、そんな攻撃はあまりにも稚拙で、なにより頼りない。
「その程度――」
握る槍の穂先でオーラが渦を巻く。
渦巻く力の中に熱と酸、削岩、粉砕、衝撃と様々な追加効果が一瞬のうちに組み合わされて、それらを補強する加護までも含めていかなる盾であろうとも貫き砕く最高の一突きを築き上げる。
繰り出されるのは、槍の一つであらゆる守りを貫き壊す、三十以上もの加護を練り合わせた、一つの部族が築き上げた技術の極致。
「ふんッ――!!」
突き入れた槍の穂先が盾の表面を溶かすように刺し貫いて、その一点から一瞬のうちに破壊が盾全体へと広がって、直後に貫かれた中央部分を中心に盾がなす術もなく爆発四散する。
本来は身を守る盾であったとは思えない、あまりにもなす術のない凶悪なまでの完全破壊。
ただし、その結果が両者にとって予想した者であったかと言えば実のところ別の話だった。
「――む?」
「チィ――!!」
アパゴの側は自身が屠った盾のあまりのあっけなさに、逆に城司の方は思いのほかこの敵が過剰な力によって盾を破壊して除けたというその事実に、それぞれ疑念と苛立ちの感情がにじんだ声を漏らす。
「粘土の盾……。なるほど、最初から貫かれるのは承知の上で、こちらの武器を封じる算段であったか……!!」
「【鉄壁防盾】――!!」
「無駄だ――!!」
発動する最大最硬の盾、先ほど砲弾としてその身に受ける羽目になったその盾に、しかし今度はアパゴの方が最大威力の攻撃を叩き付ける。
あらゆる物体に破壊をもたらす多種多様な特殊効果の付与に、純粋に破壊力をあげるための多重強化、そして攻撃の炸裂と同時に発動する追加効果を次々に注ぎ込み、武器の形状を斧へと変えて振り下ろす。
「ぜぇぃッ――!!」
目論んだ通り、振り下ろされた斧の斬撃は巨大な盾をほとんど抵抗すら感じさせずに切り裂いて、直後に発動した衝撃系統の追加効果によって両側へと勢いよく吹き飛んだ。
同時に、盾の向こうにいた城司の身にもその追加効果が襲い掛かり、とっさに発動させた竜鱗盾の上からそれをくらった城司が紙屑のように背後へとふっ飛ばされていく。
時間稼ぎを意図して、しかし足止めすらできないという決定的なまでの力負けの構図。
「――それでも、目くらましにはなりました」
断ち割った盾の間を通り抜けようとしたその瞬間、盾によって塞がれた視覚から飛び込むようにして、今度は静が上空から流星のような動きで飛び掛かって来る。
その手にあるのは、やはり魔力を内に封じる応法の剣。
だが――。
「それが通じぬことは先ほど示したはずだぞ――!!」
すぐさま複数の加護を自身と武器にかけなおし、アパゴは己の力で刃が砕けた鉄棍を軽々と操ってその一撃を受け止める。
否、結果から言えば、受け止めてしまったとそういうべきだったのだろう。
剣と鉄棍が接触した次の瞬間、耳をつんざく爆音がその衝突箇所から放たれて、まるで多数の守りをすり抜けるようにアパゴの耳と全身を震わせる。
「――な、に――!?」
想定していなかった爆音の攻撃に頭をぐらつかせながら、遅れてアパゴは自身を襲った攻撃の正体を理解する。
(この娘――、もう一人の娘の音の技を、剣の中に取り込んで――!!)
隙があったとすれば、それこそ二人の娘の姿が大盾の裏に隠れたあの瞬間だろうか。
そう分析する間にも、よろめくアパゴのすぐ真上から影が差して、いつの間にか上空へと駆けあがっていた少女が剣を振り上げ落ちてくる。
「【絶叫共鳴――合唱斬】――!!」
叩き付けられた剣から再びの爆音が響き渡る。
【増幅】の魔法効果によって強化され、その規模を底上げされた音の暴力がアパゴの肉体全体を揺るがせて、先ほどの不意討ちでぐらついていた頭にさらなる振動を重ねてくる。
ただでさえ揺らいでいたアパゴの視界がさらに揺れて、同時に痺れるような振動がその全身を駆け抜けて――。
「――なん、の、これしきぃ――!!」
次の瞬間、アパゴはその身に受けたダメージにも構わず、剣を受け止めた【如意金剛】をその先にいる詩織ごと強引に振り下ろしていた。
「――ぅッ、あ――」
狙いたがわず、詩織の体が【如意金剛】によってテニスのスマッシュの如く床へと叩き付けられる。
自前の強化技で耐久力も上がっていたとはいえ、決してタフとは言えないその身が床の上ではねて、身に襲い掛かる衝撃に絶息しながら詩織がなす術もなくその先にあったプールの中へと落ちていく。
「詩織さ――、ぐ――」
叫びながら【空中跳躍】によって距離をとろうとしていた静に対して、アパゴがそうはさせじと、空中に跳びあがったその足首を掴み取る。
とっさに掴まれたのとは反対の足でアパゴの顔面を蹴りつける静だったが、その程度の攻撃では特定の攻撃への耐性で固めていない今のアパゴでもびくともしない。
「無駄だ――!!」
顔面を蹴りつけられるのにも構わず、アパゴは掴んだ足を腕力にものを言わせて真上へと振り上げると、そのまま静の体を床へと向けて容赦なく叩きつける。
「か、は――」
【甲纏】の出力を上げ、シールドを展開し、受け身をとって、それでもなお襲い来る衝撃は静であろうとも防ぎきれないものだった。
頭を守り、意識を失わないようにするのが精いっぱい。
シールドによって衝撃が緩和されたために全身の骨を砕かれる事態こそ防げたものの、それでもたったの一撃で抵抗の余地のほとんどを奪い去る。
「――今のを受けて意識を失わないとはたいしたものだ……。とは言え、こちらとて手心を加えるほど余裕がある訳でもないのでな……。卑劣な真似だが、攻撃を封じる盾になってもらうぞ」
そんな言葉の元、今度こそ静の意識を奪い、生きたまま盾にするつもりだったのだろう。
静の体を再び床へと叩き付けるべく、掴まれたままの足首に再び上へと振り上げるための力がこもる。
だが同時に、足首を握るその感覚の強まりが、朦朧としながらもかろうじて繋ぎ止められていた静の意識をわずかに現実へと呼び戻して――。
「――む?」
直後、掴んだ静の体を高々と宙へと振り上げながら、しかしアパゴは自身に生じたその変化に微かに眉をひそめていた。
(なんだ、力の加減がおかしい――。否、この身の所作が妙に速い――!?)
視界の中で、振り上げられる少女が苦し紛れのようにはなった蹴りが迫って来る。
だがそちらについては問題ない。もとより多重の加護に守られたアパゴには生半な攻撃など効果を及ぼさないのだ。
だから、気にも留めなかった。
自身の身に感じた、奇妙な違和感の方を注視して、少女が放った苦し紛れの攻撃のことなど、そのときアパゴは歯牙にもかけていなかった。
――そう、実際にその軽い蹴りがアパゴの顔面に直撃し、それとほぼ同時にそのアパゴの全身から、彼の身を守っていたオーラの全てが、一度に消失するまでは。
「――な――!?」
「――
その瞬間、静の足裏で空中を駆ける歩法の魔力が炸裂し、そのすぐそばにあったアパゴの眼球が貫くような痛みと共に暗闇に包まれる。
反射的にアパゴが掴んでいた足を手放して、静の体が振り上げられた勢いそのままに宙へと向かって飛んでいく。
「――お、ご、ガァァアアアアア――!!」
だがそんなもの、アパゴ本人にしてみれば気にしていられるだけの余裕もなかった。
なにしろ、人一人が空中を飛び回れるような爆発力が眼球のすぐそばで炸裂したのだ。
普段の、多数の加護に守られた状態であったならばいざ知らず、それらの守りが突如として消えた直後にそんな攻撃を受けたとあってはさすがにひとたまりもない。
(なにが――、起きた……!? なぜ、加護の全てが突然消えた――!?)
視界が効かない中で目元を押さえ、よろめきながらもとっさにアパゴは身を守る加護のオーラを纏いなおす。
そうして纏う守りに、別段これまでと違う点は一つもない。
特段の違和感もなく、突如として消える予兆など何もないいつも通りのオーラ。
ではいったい、先ほどはなぜその身を守る加護が突如として消失したのか。
(――確かに、アパゴさん……。貴方のオーラによる守りを消し去ることは困難極まりない……)
その答えを、宙へと投げ出される静は、確かにその胸の内に有していた。
攻撃によってオーラを消失させても次から次へと追加の防御が追加される。
【応法の断罪剣】で魔力そのものを吸収し、剥ぎ取ろうとしても、身に纏うオーラが一つに混じりあわぬよう、いくつかに分けられて独立運用されているため、守りの全てを奪いきることも困難だ。
ではそんな相手の守りを、静は一体いかなる手段で剥ぎ取り、一瞬とは言え無力化して除けたのか。
(ならば発想の転換、貴方からオーラを引くのではなく、貴方にオーラを足せばいい……。効果が瞬間的で、なにより時間経過によって簡単に消えてしまう、そんなオーラを……!!)
静やアパゴが操るオーラ系の術技には、複数重ねることでそのオーラ同士が混じりあい、一つの消滅条件が満たされることで混ざり合ったオーラの全てが連鎖消滅してしまうという厄介な性質がある。
通常であれば、一つの効果の消滅に他の効果まで巻き込まれてしまうだけのただのデメリットだったわけだが、今回はその性質がぎりぎりの局面で役に立った。
相手のオーラを消し去るのではなく、瞬間的な効果で消滅する【瞬纏】のオーラをプラスする。
効果を最小限にとどめているとはいえ、ほんの一瞬相手の動きを加速させてしまう代償に、相手の守りにその数秒後の消滅条件を追加する。
唯一の懸念として、複数に分割制御されているアパゴのオーラが、この方法ではすべて消え去らない可能性も存在していたが、結果だけを見れば追加したオーラによってアパゴの纏うオーラすべてが混ざり合って、そしてその全てが【瞬纏】の時間制限に巻き込まれて消滅した。
ほんの一瞬、タイミングを誤っただけで命を落としかねない危険な賭けに、それでも静は大きなダメージを受けたまま、ギリギリのところで勝利した。
(やってくれた、よくやってくれたぜ静の嬢ちゃん――!!)
そうして、快挙と言える役目をはたして宙を飛んでいく静と入れ替わるようにして、心の中で喝采を叫びながら拳を構えた城司が走り寄る。
両目を押さえて呻くアパゴの元まで一気に距離を詰め、攻撃を受け止める準備が不完全な状態の彼の前で力強く床を踏みしめる。
「――ぬぅッ!!」
「遅ェッ――!!」
床を踏みしめるその音に、寸前でアパゴが気付いて身構えるが、そのときにはもう遅かった。
繰り出すのは全身を連動させて放つ、肉弾戦で叩き出す最大威力。
生中な防御など叩き割って、その向こうの敵を打ち砕く必殺の一撃。
「【迫撃】――!!」
突き出された拳がアパゴの胸の中央に突き刺さり、体の内から肋骨を砕く感覚がその拳を通じて伝わって来る。
撃ち込まれた衝撃にアパゴの屈強な体がなすすべなく宙へと浮き上がり、身の内で起きた破壊にその口元から血液の滴がこぼれ落ちる。
「――ご、ブ――」
(――ッ、これでも――!!)
だが仕留めきれない。確かに大きなダメージを与えることには成功している。これまでまともに攻撃が通らなかったことを思えば快挙と言えるほどに、静ともどもこの敵に対して決定的なダメージを与えることには成功しているが、それでもまだこの敵を仕留めきるには力不足だ。
――故に、ここまでが今の城司にできるギリギリの限界点。
(チィ――、できればあいつに任せることなく、こっちの手で終わらせちまいたかったんだが――!!)
胸の内で止めの一撃を、年若い竜昇に任せなければならない力不足を感じながら、それでも城司は踵を返して、全速力でアパゴを残してその場所から離脱する。
(悪いが後は任せるぞ、竜昇――!!)
「――来た」
目の前に用意された状況、全ての条件がそろったその光景に、思わず竜昇は電撃の制御に集中しながらそう漏らしていた。
静と城司が痛撃を加えたことで、アパゴがこれまでにない大きな隙を晒した。
その二人も舞台上から離脱して、先にやられて水中に落ちていた詩織も先ほど水中から這い出して離脱するのを竜昇自身の目で確認している。
唯一懸念事項があるとすれば、それは今貯め込んでいるその電力で足りるかと言うその一点。
(けど、やるしかない――!!)
胸の内の不安要素を噛み殺し、竜昇は今しかないとそう判断して自身の前に六つの雷球を生成、それらをひとつに合わせて集めた電力の発射準備を整える。
既にここに来る途中で仕込んで来た【静雷撃】の電力はあらかた回収した。
魔杖と魔本に溜め込んだ魔力ももう満タンで、身に纏う雷の衣にも【領域雷撃】の使用を繰り返すことで可能な限りの電力をすでに溜め込んである。
駆けられる時間の限りを使って、すでに竜昇は様々な形で電力をかき集められるだけかき集めて蓄積した。
今も背中から広がるマントは既に巨大な翼のように広がって、そこにみなぎる莫大な電力は解き放たれる時を今か今かと待っている。
すでにベストは尽くした。これ以上はもはや時間が許さない。
(もしこれでもダメだったら、そのときはもう本格的にアウト――)
運を天に任せる諦めにも似た決断の元、竜昇が自身が身に纏う電力を、魔本や魔杖に溜め込んだ魔力諸共目の前の雷球へと注ぎ込もうとして――。
「――!?」
バチバチと言う音と、直後に金属がぶつかる澄んだ音が次々と連続して、竜昇が背中に広げる雷の翼がその大きさをさらに広げた。
(――今のは!?)
驚きながら、すぐさま竜昇は音の発生源、自身の背後の床上を見て、そこに散らばる苦無の数々を見て理解する。
続けて見上げるその先に誰がいて、そして今何をしてくれたのかを。
「電力が必要なのでしたら、竜昇さん――、いくらでも、用意できます……!! それこそあの方を倒せる量になるまで、いくらでも、何度でも……!!」
竜昇の見上げたその先で、苦無を投じた静がその呪符に電気を仕込むのに使った【静雷撃】の呪符を手放しながらそう呟く。
静の持つ【始祖の石刃】その一形態として取り込まれた【苦も無き繁栄】の持つ特性は苦無の状態をそのままコピーしての分裂だ。
単純に同じものが生まれるというだけではなく、苦無に施された魔力付与などの効果すらも、この増殖機能はそのままコピーして生まれる苦無に反映する。
それ故に今静自身が口にした通り、やろうと思えば静は電撃を帯びた苦無をいくらでも増殖させることができるのだ。
それこそ時間が許す限りはいくらでも。
「だから――、竜昇さん」
「――ああ、わかってる」
投げ出された天井付近をそのまま移動する静の声が聞こえた訳ではなかったが、それでも見上げて見えた静の姿と供給された電力に背中を押されて、今度こそ竜昇は躊躇も不安もなく己が魔法に全魔力を注ぎ込む。
(さあ、勝負だ――)
翼のように広がる雷のマントから、眼の前に用意した雷球の塊へと電力がなだれ込み、そこに魔本と魔杖からのバックアップを受けて打ち込む一撃が、暴走しそうなその電力をひとつの方向へと差し向ける。
(勝負だ、アパゴ・ジョルイーニ――!!)
奇しくもそれはアパゴの守りと同じ、技術と蓄積によって成立する、災害にも等しき力技。
「解放――【
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