206:集積比較

 【玄武の四足】と並ぶもう一つの馬車道瞳専用装備【如意金剛】。


 誠司が自分を含めたパーティーメンバーに対して作った武器の中で、唯一誠司の趣味とは違う名前を持つこの武器は、もともとは【金剛戦斧】と言う、馬車道瞳が最初に選んだ初期装備だった。


 当然、と言うべきなのか、有していた効果も実に単純。魔力を流すことによって、武器そのものが壊れにくくなるというそんな効果のみ。


 結果的には、そんな効果を有していてなおこの武器は瞳の力と使い方に耐え切れず破損して、そこから誠司が【錬金スキル】と【魔刻スキル】を用いて改造を施すことになる訳だが、ここで重要なのはこの武器が様々な武器の穂先を展開する能力とは別に、どれだけ強力な力で振るっても容易に壊れない耐久性能を有しているという点だ。


「ふぅんッ――!!」


 気合いの吐息と共に規格外の力でアパゴが斧を振り回し、とっさにそれを盾で受け止めた城司が派手にぶっ飛ばされて舞台奥の暗幕を突き破って、その向こうの壁へと叩き付けられる。


 本来であれば巨大な敵の武器すら受け止められるはずの城司がそれこそなす術もない。

 規格外の運動エネルギーを込められてなおその武器は折れることがなく、振るったアパゴはその武器の耐久性に満足げな吐息さえ漏らしていた。


「――なるほど素晴らしいな。もとよりあの娘の戦い方に耐えられる時点でそれなりに丈夫な武器なのだろうとは思っていたが――」


 武器を見つめるアパゴの隙をついて、背後から【静音駆動】で距離を詰めた詩織が青龍刀を振りかぶる。


 だが、どれだけ隙だらけに見えても一級の武人であるアパゴが容易に隙など晒すはずもない。

 自身の手の中で、先ほど初めて触れたとは思えない慣れた動きで【如意金剛】を振り回し、背後から斬りかかる詩織を打ち据えるようにその柄の部分を振り下ろされる青龍刀へと叩き付ける。


 振動する、鉄をも両断するはずの【鳴響剣】がしかしその刃を喰い込ませることすらできずに火花を散らして、一瞬後に詩織を体ごとあっさりとふっ飛ばして舞台前の水上へと放り出す。


「この手の攻撃に対しても守りは有効か。これなら武器の守りに割く力はもっと少なくともよいかもしれないな……。やはり生身に加護を宿して攻撃を受けるより、こちらの方が断然効率がいい」


 呟いて、次の瞬間にはアパゴは起き上がって再び向かってこようとしていた城司の方へと距離を詰めていた。

 手にした斧にたっぷりと魔力を流して体ごと振り回し、盾を構えた城司に飛び掛かるように回転しながら宙へと跳躍する。


(これは――、やべぇっ――!!)


 頭をよぎった危機の予感に、城司はとっさに普段行う防御ではなく回避を選択していた。

 身に染み付いたスキルの技術に抗うように身を投げ出して、直後に城司は自身のその本能的な判断の正しさを思い知らされる。


「うグォッ――!!」


 斧による一撃を受けて舞台が爆ぜる。

 板張りの床が粉々に吹き飛んで、激しい衝撃波が城司の背を叩いて、それによって城司は否応なくこの敵の攻撃の危険性を思い知る。


(ダメだ――、これは……。こいつの攻撃は俺の盾でも防御しきれない……)


「ふむ――、てっきり受け止めると思っていたのだが、勘のいい」


 すぐさま体勢を立て直そうとした城司に先んじて、すぐさま【如意金剛】を振るってアパゴが城司の頭を打ち据える。


 とっさに竜鱗の盾を放出して攻撃を防御しようとした城司だったが、その程度の防御では到底この相手の攻撃を防ぎきることはできなかった。


 先の攻撃によって斧の刃が木っ端みじんに砕けてしまっていたおかげで、かろうじて斬撃による致命傷を頭部に叩き込まれることこそ避けられたものの、それでも驚異的なパワーを誇るアパゴの力で殴りつけられたとなれば受けた衝撃は決して軽くない。


 ぐらつく頭に城司の体がなす術もなく傾いて、よろめく城司に対してアパゴが更なる追撃を叩き込む。

 否、叩き込もうとして、その寸前。


「む――!!」


 なにかに気付いたようにアパゴがうなりをあげて、即座に【如意金剛】を振るって気付いたそれら、降り注ぐ苦無の群れを鉄棍ではじいて叩き落とす。

 不意打ちに問題なく対処しながら、即座に槍の穂先を展開し、オーラを纏わせて貫くのは自身の背後。


「――ゼイ――!!」


「なんの――!!」


 振り向きざまにアパゴが突き出した鉄棍の先に槍の穂先を展開し、それを背後の壁の上から駆け下りて来た静が手にした長剣を用いて受け流す。


「貴様も健在であったか――!!」


 単純に剣で受け止める訳でもなければ叩き落とすのともまた違う、槍の側面に剣を押し当て、その方向を逸らすようなそんな動き。

 本来であれば、槍全体に込めたエネルギーが炸裂して切っ先の延長上とその周囲に破壊をばら撒くはずだったが、しかしこの相手はそれすらも読み取ったのか事前にその攻撃を封じる手を打っていた。


「応法――!!」


 着地と同時に手にした長剣を構え直し、アパゴのすぐ足元に着地した静がそのアパゴに向かって刺突を放つ。

 守りほど意識を割いていなかったせいか、まとめて吸収できた槍の攻勢オーラを剣に纏わせて、アパゴ自身の魔力でアパゴの守りを破りにかかる。


「見事な腕だ」


 対して、しかし当のアパゴはそんな攻撃にも動じない。

 もとより、剣の持つ効果はアパゴにとって既知のものなのだ。


 それ故に、この剣に対する対策などそれこそ何世代も前から確立しているし、さらに言えばアパゴに対して内容すべてが把握できる彼自身の魔力で攻撃を仕掛けることがそもそも愚策だ。


「――だが、甘い」


 突き出された刺突にアパゴが槍の石突をぶつけた次の瞬間、剣に込められていた魔力がデタラメに炸裂して、その余波が刺突を放った静の方を力任せに吹き飛ばす。


(な、んと……!!)


 なにをされたのかが静でも半分も理解できない、こちらが攻撃に使用していた魔力を逆に利用して、新たな魔力を合わせることで自爆させたかのような信じがたい絶技。

 生まれついての圧倒的なセンスを有する静でも到底真似できないそんな技量を存分に見せつけて、それによって生み出した隙をついて即座に目の前の敵を屠りにかかる。


「嬢ちゃん――!!」


 槍を翻して突きかかろうとしたその寸前、横合いから城司が何とか盾の射出を間に合わせ、それをアパゴが回避したことでかろうじて静が逃れる時間を得て命を拾う。

 さらに回避した盾の行く先で、水上をかけて戻ってきた詩織が剣を叩きつけて――。


「【絶叫斬】――!!」


 彼女の専用武装である【青龍の喉笛】。それに込められた増幅の効果を最大限に反映させて、範囲攻撃と化した音響攻撃がアパゴの身へと襲い掛かる。


「む――」


 襲い掛かる爆音に、アパゴが一度動きを止めて自身が身に纏うオーラを対音響攻撃用のものへと切り替える。

 敵の姿勢が攻撃から守りに向いたことによる、今の静達にとっては何よりも得難い僅かな隙。


 とは言え、それでも稼ぐことのできる時間はほんの一瞬だ。


 三人がかりでどうにか体勢を立て直す時間を稼ぐことこそできたものの、それでも反撃に打って出るには到底時間が足りていない。


「優れた立ち回りだ……。連携も悪くない。だが悲しいかな、我が守りを貫くには絶望的なまでに決定打が欠けている」


 そうしてどうにか三人で敵と向かい合う静達に対して、アパゴは自身の持つ槍の穂先に追加で斧の刀身を展開してハルバートのような形状へと変えながら、アパゴは冷徹な宣告としてそう言い放つ。


「悪いが命をもらうぞ、強く、誇り高き戦士達よ……!! ここより離れたあの娘たちも含めて、貴公ら全員のその命全てを――」


 と、そこまで言ってようやく気付く。


(――一人、あの少年が足りない……?)


 この場に集結した戦士達、アパゴを追って時間に差がありつつもこの場に集ったその敵対者たちの中に、しかし先ほどまで戦いの中にいた一人の少年の姿が見受けられない。


(まさか――)


 この期に及んで逃げた、などとは、もはやアパゴは考えなかった。

 逃げるのならばもっと早い段階で逃げていたはずだとそう考えて、見開いたその目で先ほどの海岸に残ったままの、今だ黒雲の立ち込めるその場所へと視線を向けて――。


(まさか――!!)






(気付かれたか……。静が参戦してくれたおかげで予想以上に時間は稼げたが……やっぱり相応に勘もいい……)


 自身の杖で生成した黒雲の中、聞こえて来た詩織からの符丁を耳にそう判断して、竜昇は雲を作るための杖への魔力供給を停止する。


 未だ準備は十分とは言えないが、居所が露見してしまった以上、もはや身を隠すために魔力を割き続ける意味はない。


「隠蔽領域解除――、【領域雷撃エリアボルト】」


 魔力の気配を消すために展開していた【領域スキル】の魔力を電撃へと変換して充電を進めていた雷の衣の一部とし、それまで杖に注ぎ込んでいた黒雲の魔力も魔本の方へと振り向ける。


 そうして隠蔽のための魔力を攻撃のために追加して、同時に行うのはこれまで存在を隠すために使えなかった、一際派手な最大の手段。


「【電導師アンペアロード――送電宣トランスディクレアラー】……!!」


 身に纏う雷の衣を基点に、周囲一帯へと向けて【探査波動】にも似た魔力が投射される。

 ただしそれが干渉するのは人間の気配ではない。周囲一帯に事前に隠しておいた、あるいは何らかの形で存在する電気の魔力。


「さあ、集まってこい最大電力――!!」


 接触するあらゆる電力を支配下に置き衣服のような形状にして身に纏う【電導師】の魔法。


 しかしその本質は電気そのものではなく、あらゆる電気を特定のルールに従って誘導する、そんな性質を持った『魔力の力場』だ。

 そして電気を誘導する力場を操る魔法であるが故に、この魔法には身に纏う以外にももう一つ、より広範囲に影響を及ぼす使い方もある。


(――ぅ、ぐ――)


 周囲一帯の黒雲から、あるいは先ほどアパゴを攻撃した際に派手に攻撃した水の中から、わずかに残っていた微弱な電力が一斉に竜昇目がけて集まって来る。


 だが一方で、竜昇が当てにしていたのはそんな微弱なものだけではない。

 竜昇の後方、ここに来るまでに竜昇が走ってきたその道のりから、より具体的に言うなら走る中で踏みしめた床や、触れて来た各物品から、【静雷撃】によって込められた電力が一斉に誘導されて集まって来る。


 天馬の墜落地点からこの場に走って来る間にも、竜昇は何もせずにただ走ってきたという訳ではない。


 魔本に魔力を、雷の衣に電力を供給するのはもちろんのこと、後々アパゴと戦う上で必要になる事態を想定して、竜昇はずっと接触する様々な物体に、電力を溜めておく外部充電機器として【静雷撃】の魔法をかけ続けてきたのだ。


 そうして、事前に準備していたあらゆる電力を吸収して、身に纏いきれずに膨れ上がった電力が竜昇の背中から翼のように伸び始める。

 杖による供給を止められて、徐々に晴れていく黒雲のその中から、全身を黄金に輝かせた竜昇が、その背に雷の翼を広げて姿を見せる。


「さあ、勝負の時間と行こうか、アパゴ・ジョルイーニ……!! お前の耐性とこっちの電力、積み重ねた量はどちらが多いか、ぶつけて比べてみようじゃないか」

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