205:戦場の論理
物量にものを言わせる敵との突発的戦闘、それも一定の経験があるとはいえ、根本的に人間と言う生物にとって有利とはいえない水中での戦闘と言うそんな悪条件は、さしものアパゴにも一定の消耗を強いていた。
体に通常時にはない重みを感じる。
肉体の各所に軽微なものとはいえ多くの負傷があるのを知覚できるし、なによりここに来る前に二人の少年と戦った際開いた腹の傷が、徐々に痛みと熱と言う形でその存在感をアピールし始めている。
いくつかの加護を施すことで疲労や負傷の回復に努めてはいるものの、流石に再びの戦闘に移行すればそれらの加護も戦向きのものへと切り替えねばならなくなるだろう。
それ故に、アパゴは平時にもまして慎重に、既に判明している敵の数と戦力、それに対する自身の応手を頭の中で整理する。
(ここまで見てきた敵の手の内の中で、特別対策を講じなければならないのは主に二つ……。一つは雷使いの少年の大火力攻撃……。これには加護の全てを対雷用のものでそろえなければ完全な無効化は難しい。
もう一つは柳葉刀を使う娘の音の攻撃……。警戒するなら振動もだが、こちらに関しては耳を塞ぐ覚悟があれば対策は難しくない、が――)
周囲を見渡す。
先ほど水に飲まれる前に少しだけ見えていたが、この場の迎撃に訪れた敵の中に男が一人増えている。
どうやらあの柳葉刀の娘が連れて来たらしいがこちらについては手の内があまりわかっていない。
恐らくは先ほどから戦闘も行っていたはずだが、流石のアパゴもあの水の体の中では外の様子など分からなかったのだ。
(男の手の内は現状一切不明。故に要注意……。加えてもう一人の娘の姿が見えないのも気にかかる……。やはり今の状態で耳を塞ぐのは危険が大きい。音の攻撃への備えはギリギリまで待って、不意打ちへの警戒にも意識を割くべきか……)
そしてそれ故に知らなかった。自身が強敵の相手をしているその間に、この場にいないもう一人の味方が、どのような運命をたどってしまったかと言うことなど。
知る由もなく、それどころかその可能性を想定すらできずに、故にアパゴは人口の浜へと向かうその途中で、突如としてその事実を目の前へと突きつけられることになる。
「――む?」
波と共になにかが足にまとわりつくその感覚に、ようやくアパゴが自身の足元へと視線を向ける。
その視線が捕らえるのは、波に揺蕩い、自身の足元へと流れついた一枚の布地。
その揺らめきを視線で確かめて、その後アパゴはようやくその正体に気付くことになった。
布地の表面に刻まれた、自分達【決戦二十七士】のメンバーが共通して持つ、その紋章の存在を見咎めたことで。
「――な、に……?」
喉の奥で自身の声が凍り付く。
足元にあったそのマントは、教会がアパゴ達二十七士のために用意した、選ばれた戦士にのみ送られた、世界最高の二十七人の証ともいえる物品だ。
生憎とアパゴ自身は先にあった戦闘の中でこのマントを焼失させてしまったが、少なくともこれを纏っているということは、それはすなわちその人物がアパゴと同格以上の戦士であるということである。
そして現在、この階層でこのマントの所持が許されている人間など、アパゴ自身を除けばおよそ一人しかいない。
「まさか――!!」
それが意味する可能性に思い至ったその瞬間、アパゴの意識が完全に足元へと向かったそのタイミングで、離れた場所で隙を覗っていた竜昇達が一斉に動き出す。
そのうちの一人、盾を構えた城司が軽量化を受けた体で勢いよく走り出し、同時に構えた盾に魔力を込めて愕然と立ち尽くす男に狙いをつける。
(隙ありだ、この野郎――!!)
即座に盾が撃ち出され、硬質な盾が回転しながら飛来する巨大な砲弾へと変化する。
オーラを纏う敵にどれほどのダメージを与えられるかは不透明なまでも、体勢を崩させ、さらなる隙を生めればと、そう意図して放たれた攻撃は、しかし――。
「まさかあの女、討たれたのか――!!」
まるでその言葉のついでのように、動揺した様子のままで目にも止まらぬ速さで振り抜かれたアパゴの裏拳によって、彼方に弾き飛ばされる想定外の結果と相成った。
弾き飛ばされた盾の砲弾が波打ち際へと着弾し、ド派手な水しぶきをあげながらあっけなくひしゃげて消滅する。
「うォッ――!?」
「なんたることだ……、なんたる――」
よほどショックを受けているのか、反射的に足を止めた城司をアパゴはそんな言葉を口にしながら見据え、向き直る。
実際アパゴにしてみれば、ハンナの死亡と言う事態は完全に想定外だった。
無論窮地に立たされているのは分かっていた。
先ほどからの強敵の参戦で、人形の大量破壊や、他ならぬアパゴ自身の足止めなど、彼女にとっての不利な条件が積み重なっていることは、アパゴとてはっきりと認識していた。
けれどその一方で、アパゴはその程度のことであの女が討ち取られるなどとは夢にも思っていなかった。
自身の実力に一定以上の自信と自負があったが故に、それと同格とされて【決戦二十七士】に名を連ねた彼女が、この程度で死ぬことはありえないと、心のどこかでそう思い込んでしまっていた。
実際にはどのような実力者であろうとも、唐突な死からはそうそう逃れられるものではないことを、戦士として十分に知っていたにもかかわらず。
相手の実力への信頼に胡坐をかいて、あの女ならばどうにかするだろうと、勝手に信用して、油断した。
「なんたる慢心……、なんたる驕り……、そしてなんたる失態か……!!」
「――ッ!?」
自責の言葉を次々と口にして己を糾弾しながら、アパゴが城司に向かって一気に距離を詰め、その拳を振るってとっさに展開したシールドを一息の内に叩き割る。
反射的に一歩を引いてどうにか難を逃れた城司に容赦なく距離を詰め、構えた盾の正面からたっぷりとオーラを纏った拳の一撃を叩き込む。
「ぅげ――!!」
構えた【
一瞬遅れて腕のひしゃげた盾が崩れるように外れて、そのまま魔力へと帰って空気に溶けるように消えていく。
「――ッ、こいつ――」
「まったく、驕りと言うのは恐ろしいものだ。自分自身ではどれだけ謙虚でいたつもりでも、いつの間にか意識の端に忍び込み、背後から刺されて初めてその存在を自覚する……」
悔恨の言葉を口にして、即座にアパゴは自身にさらなる加護を追加して鋭い踏み込みと共に盾を構え直す城司を殴り殺しにかかる。
「――ぬ」
「ぐぅ――!!」
金属を殴りつける重い音があたりに響いて、殴りつけた男が真横によろめきながらも、しっかりとアパゴの一撃を受け止め、距離をとる。
攻撃を正面から受け止めるのではなく、衝撃の大半を受け流す確かな技量。
「こんなにもッ――!! こんなにも確かな技量を持つ戦士が相手だというのに、それを侮りかかるとは――!!」
続く蹴撃で盾を男の腕よりもぎ取りながら、アパゴが悔いるのは自身の驕り。
そして何よりも、気づかぬうちに自身が犯していた相手に対する決定的な侮りだった。
そう、実際アパゴは侮ってしまっていたのだ。
竜昇や静達、一部の少年少女たちの格好が、水着姿と言うあまりにも戦場と言う場にそぐわない露出の激しいものであったものだから。
その正体を知らないアパゴは、彼らは碌に服すら与えられずに
実際には、どんなに本人たちの士気が低かろうとも、戦場において彼らが脅威であることは間違いなかったというのに。
過大評価と油断を重ねて、結局アパゴは決して失ってはならない、希少な能力を持つ味方を失った。
「なんと救いようのない愚かしさか……。これでは古の戦士たちに到底顔向けできん……」
「【
盾の男を援護するべく、撃ち込まれる光条を背後に跳躍することで回避して、追撃で放たれる電撃を加護を宿した腕で振り払いながら、なおもアパゴは自らを糾弾するそんな言葉を口にし続ける。
否、あるいはその言葉が意図するのは、糾弾と言うよりも自身への戒めか。
「【絶叫斬】――!!」
逃れた先で、雷撃の閃光を目くらましに距離を詰めて来た少女の剣を腕を交差させて受け止める。
途端に全身を襲う振動と爆音。
事前にそれらに備えた防音と耐震の加護を施し、それらをさらに強化して受けていなければそれだけでこちらは行動不能に陥っていたほどの強烈な一撃。
そしてそれほどの一撃を放てる戦士ともなれば、たとえ相手が年端もいかない女子供であろうとも到底見逃してはおけない。
ましてやその境遇への同情などと、先ほどまでのアパゴはまさに戦士の風上にも置けない愚物であった。
それ故に――。
「もはや過ちは重ねん――!! これより先は容赦なく屠りに行ってくれる――!!」
「させるかァッ――!!」
横薙ぎの殴打が少女の頭部を砕くその寸前、アパゴの頭部にひしゃげた盾が砲弾のごとき勢いで飛んできて、その運動エネルギーと衝撃によって加護を纏ったアパゴをわずかによろめかせる。
アパゴの腕がギリギリで少女を捕らえ損ねて空を切る。
難を逃れた少女が、冷や汗を散らしながら遠方へと飛び退き、逃れ行く。
かわりに飛び込んでくるのは、この場においては唯一、アパゴと同年代と思しき男。
「これ以上俺の前で殺しなんざさせるかァッ――!! 【
拳に纏った竜鱗がアパゴの顔面目がけて放たれて、とっさに目元を庇ったアパゴの隙をついて拳を構えた男が懐へと入り込んで来る。
「【迫撃】――!!」
撃ち込まれるのは拳で放つ最大威力、肉弾戦で放てる威力の限界を追求した拳がアパゴの腹部にぶち込まれ、しかし寸前でアパゴ自身の右手に阻まれてその衝撃が両者を震わせる。
「ぬ――」
「――のヤロ――!!」
アパゴが唸らされたのは、拳に秘められた規格外のその威力。
宿した加護のおかげでかろうじて受け止めることには成功したが、しかしアパゴでなければ受け止めた腕ごと腹に一撃を叩き込まれて行動不能以上の被害を受けていた。
対して男、城司が悪態を漏らしたのは、そんな【迫撃】すらもこの相手には受け止められてしまったというその事実。
事前に話に聞いて、この相手のタフさについては聞き及んでいたものの、それでも実際に受け止められる事態になるというのは城司にとって少々信じがたい事態だった。
(チィッ、やっぱりまともな攻撃じゃ、こいつの守りを抜くのは無理か――!!)
「【
拳を押し返されたそのタイミングで、背後から城司たちを支援するように目くらましの黒雲が押し寄せる。
竜昇曰く本来の術者ではないため細かい制御はできないという話だったが、それでも相手の視界を奪えるというだけでこの魔法は重要だ。
なにしろこの相手とまともい向かい合うのは耐久力に特化した城司でも危険なのだ。
城司たちの本来の狙いを隠す意味でも目くらましは不可欠だし、なにより城司たちのパーティーには、音だけで敵の居所を判断し、そして音を操るスキルを持った少女がいる。
「む――!?」
「【鳴響剣】――!!」
気配を感じて振り向いたのとほぼ同時、視界を遮る黒雲の壁を突き破るようにして、右手に柳葉刀を握る少女がすぐ背後へとあらわれる。
少女の持つ柳葉刀が容赦なくアパゴの肩口へと斬り下ろされて、しかし肌に触れるその寸前にオーラ纏う腕に受け止められて、表面のオーラを飛沫のように散らすのみでそれ以上進めず阻まれる。
とは言え、その程度のことは斬りかかった詩織の方もあらかじめ想定済みだ。
そして想定していた故にこそ右手に握る青龍刀とは別に、左手で抜身の長剣をすでに用意して持ってきている。
「二刀――!?」
「【絶叫斬】――!!」
黒雲から引き抜くように振り上げた、ここに来る直前に竜昇から託されていた【応法の断罪剣】を自身の青龍刀の背へと振り下ろし、敵を両断しようともがく刀身をさらに押し込むようにしながら、同時に二振りの剣の衝突音を最大限に増幅して叩き付ける。
二振りの剣を中心に猛烈な轟音が炸裂し、指向性を持った猛烈な音波が至近距離にいるアパゴの全身を震わせる。
さらに――。
「応法、開放――」
よろめいた敵から距離をとるように飛び退きながら、左手の長剣を振るって発動させるのは、同じく竜昇が剣へと込めた大威力の魔法。
「――【
「ぬぅ――!!」
一線集中の振動斬撃、さらに大音響の爆音破に、至近距離での大火力雷撃と、威力や突破力に特化した攻撃を立て続けに叩き込み、詩織は即座に攻撃によろめくアパゴを残して雲の中へと離脱する。
追撃を受けぬよう、アパゴの反撃を恐れて雲の中へと逃げ込んだような形だが、しかし危険を冒しただけあってそれ相応の戦果はあった。
先ほどの連続攻撃の際、二つ目の【絶叫斬】を叩き込んだその瞬間、詩織は右手に持つ青龍刀が微かにアパゴの肌に傷をつけるのを確かに感じ取っていた。
加えて、魔力を音として聞き分けることができる詩織だからこそ感じられた、相手の纏うオーラ系の魔力の変化。
そしてあらゆる攻撃への耐性を獲得できるアパゴが、しかし今しがたの攻撃には即座の反撃ができない程度にはダメージを受けていたというその事態が、竜昇から事前に詩織が聞かされていた、その推測の正しさを如実に物語っている。
そしてそうであるならば、今しがた詩織が時間を稼いでいるその隙に、竜昇達が用意しているだろう攻撃手段にも相応の意味がある。
「二人とも――!!」
「――城司さんッ――!!」
「応――!!」
詩織が黒雲の中から飛び出したその瞬間、雲の外で六つの雷球と、特大の盾を用意していた竜昇と城司の二人が同時にそう声をあげて――。
「【
「【
「「――
直後、城司の魔法によって【
電撃を帯びた鉄壁の砲弾が、紅蓮に輝き熱まで帯びて、黒雲の中にいたアパゴの身へとその正面から激突する。
「――ぅッ、ぐぅ――」
通常の人体ならば着弾と同時に木っ端みじんに弾け飛ぶようなその攻撃の着弾に、さしものアパゴもその場に踏みとどまることすら敵わなかった。
とっさに両腕を交差させる構えで正面から盾の砲弾を受け止めて、そのまま電撃の奔流に押し流されるように背後に向かって飛ばされていく。
(さあどうだ……!! 物理攻撃に電撃、ついでに金属製の盾に電撃をぶち込んで生まれる電気熱……!! 一度に三系統の攻撃をまともに喰らって、それ全部に対策できるかよ……!!)
いかにアパゴがバフの重ね掛けによって上位の魔法攻撃にも耐えられると言っても、あくまでもそれはバフの種類を一系統に限定しているが故の話だ。
逆に言えば、もしもアパゴが自身にかけるバフの効果を分散させなければならない状況に追い込まれたならば。
一度に全く違う性質の強力な攻撃を複数撃ち込まれたならば、アパゴはそれら別々の性質に対して耐性を分散させざるを得なくなり、個々の攻撃に対する耐久性は大幅に低下するはずなのだ。
故にこそ、竜昇と城司、二人の合体魔法による複合属性攻撃。
「――しっ、直撃だ……!! いけるぞぉッ――!!」
赤熱する砲弾とそれを後押しする電撃の直撃を受け、なす術もなく背後へと向けて押し戻されていくアパゴの姿を見て、隣で攻撃を放った城司が拳を握ってそう声をあげる。
ただしこの時、城司は、そして他ならぬ竜昇も理解できていなかった。
あらゆる攻撃に対して対抗手段を用意して、それを的確に組み合わせることで身を守るアパゴの【千纏網羅】なるその技術が、決して彼の卓越した魔力操作能力、それだけで成立しているものではないということを。
「――いや、しまった――!!」
そのことに竜昇が気付くことができたのは、迂闊にもその光景を実際に目にしたその直後。
二人の攻撃によってなす術もなく押し流されていたはずのアパゴが、そのまま背後のプールへと突っ込んで真っ白な煙をまき散らす、そんな状況を目の当たりにしたそのときだった。
「――ッ、あいつ、水に飛び込んで攻撃の威力を殺してやがる……!!」
同じくその光景の意味を即座に理解したのか、隣で城司が驚きとともに怒声をあげる。
竜昇達が放った攻撃は確かに強力だ。
盾を砲弾として打ち出す物理攻撃に、電撃とそれによる熱と言う副次効果まで加えたその攻撃は、いかにアパゴと言えどもまともに受け止めれば甚大なダメージを与えられたに違いない。
だがどれだけの勢いで撃ち出された砲弾でも、水中に没して水の抵抗を受ければ嫌でもその勢いを減じることになる。
水に触れれば流された電撃はプール全体に散らされることになるし、帯びた電熱も水に冷やされればその熱量を大幅に削がれることと成る。
(あの一瞬の間にそう言う対抗手段を全部計算して水に飛び込んだって言うのか――!?)
アパゴの【千纏網羅】による対応能力は、なにも魔力操作能力だけで成り立っているわけではない。
真に重要なのは、敵の魔力の感覚や視覚情報等、断片的な情報から攻撃の性質を即座に理解して、それらに対する最適な対抗手段を導き出せるアパゴ自身の判断能力、それらが卓越しているからこそ彼のけた外れな耐久力は成り立っているのだ。
そのことを、竜昇達は誰一人として理解できていなかった。
故にこそ、今竜昇達はこの絶好のチャンスの中で強敵の命を討ち漏らす。
(――いや、まだだ――!!)
水が蒸発して生まれた蒸気の中に、なおも健在なまま立ち上がるアパゴの姿を見咎めて、しかし竜昇はすぐさまそう内心で自分を叱咤して次の行動へと意識を向ける。
実際、今の一撃で竜昇の講じていた対策、その全てが水泡に帰したわけではない。
加えて、いかにプールの水によって威力を殺され、受け止められてしまったとは言っても、アパゴ自身はそうなる前の最大威力の攻撃をその身でもって受け止めているのだ。
そしてそうであるならば、いかにアパゴと言えども全くの無傷で今の攻撃をしのげたわけがない。
もしも手傷の一つも負わせられていたならば、それは確実にこの敵を追い詰め、打倒する結末へとつながっていくはずである。
そして実際、竜昇達の放った一撃は、それを受け止めたアパゴに決して少なくないダメージを与え、残していた。
(――ぐ、ぅ……。流石にこの規模の攻撃ともなると、半端な加護だけでは守り切れんか――!!)
自身の両腕、そこに走る痛みに顔をしかめて、アパゴは相手に悟られぬよう自身の肉体の状況を確かめる。
攻撃を受け止めた際、とっさに盾にした両腕に重度の火傷。
加えて巨大な盾による物理攻撃によって骨にひびが入ったのか、皮膚だけではなく腕の芯から発するような鋭い痛みがある。
感電によって受けた、全身の痺れとダメージの方も到底無視できるものではない。
(戦闘の継続そのものは不可能ではない……。だがこの痛みよう、これ以上徒手空拳で戦闘に望むのはさすがに厳しいか……)
思った次の瞬間、水上が一瞬のうちに赤く染まって、アパゴのいる周囲一帯が一瞬のうちに炎に包まれる。
電撃を大量の水によって受け止めたことによる副次効果。発生した大量の水素と酸素、可燃性と助燃性のガスに撃ち込まれた雷が火をつけて、半身が水に浸かったアパゴを爆殺するべく周囲一帯ごと吹き飛ばす。
オーラで身を守り、爆発の中から飛び出したアパゴを襲うのは、爆発の余波から術者たちを守っていたと思しき巨大な盾の砲弾。
「ふんッ――!!」
痛む拳による迎撃を避け、アパゴは水上に着地しながらその足で迫る盾の砲弾を真横から蹴りつける。
真横から衝撃を撃ち込まれ、あえなく明後日の方向へと飛んでいった巨大盾だったが、しかし追撃の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
盾の後ろに、途中まで盾に掴まっていたのかぴったりと張り付くようにして突いてきていた詩織が、その手の剣に拡声の魔力を宿して力の限りに振り上げる。
「【絶叫斬】――!!」
再び襲い来る音の暴力にとっさにアパゴが音による状況判断を放棄する。
身に纏った魔力が飛沫をあげるように周囲に散るのを確認しながら、同時に酷使しすぎた腕に微かな斬撃痕が刻まれるのを微かな痛みによって知覚する。
同時に腕の内部で、骨に走る亀裂が徐々にその範囲を広げて行って、無視しえない限界の予兆を痛みと言う形でアパゴに対して訴える。
(やはりこのまま、この身一つで攻撃を受け続けるのは、不可能か――!!)
腕を振るって剣ごと少女を振り払い、即座にアパゴは跳躍によってその場を離脱しながら、急ぎ周囲へとその視線を巡らせる。
これ以上の戦闘はさすがに武器の一つもなければ難しい。
そう結論付けて、先ほど誠司を仕留めた時のように武器として使えそうな鉄パイプでも付近にないかとあたりを見回して、そしてアパゴはそう遠くない位置にあったそれに目を付けた。
見つけて、しまった。
(ああ、まったく、因果なものだな――)
捉えたそれの姿に思わず目を細めて、しかしアパゴはそれだけで感傷を切り捨てて即座に踵を返して走り出す。
水面を次々と蹴りつけて向かうのは、一人の死者が眠る舞台上の、その死者の傍にある一振りの武装の元。
「――ッ、それに、触らないで――!!」
直後、アパゴの狙いに気が付いたのか、こみ上げる感情に背中を押されるようにして詩織がその背中を追ってくる。
【天舞足】による地形に縛られない走りが瞬く間に水上を走破して、舞台上へと駆けあがって、その先にいるアパゴの背中へと最速の動きで刃を振るって――。
「――ふむ、使い慣れたものとはだいぶ違うが、武装の質は悪くない」
しかしその斬撃は、構えられたそれによってあえなく受け止められた。
「下がれ、詩織――!!」
アパゴが握るその武器に詩織が目をむいた次の瞬間、上空から城司の声が降ってきて、竜昇の手により体重を消されたと思しき彼が、空中で巨大な盾を展開して射出する。
上空から敵を押しつぶさんとする一撃にとっさに詩織がその場から離脱して、あとに残されたアパゴが手にしたその武器を試すように振るって肩へと担ぐ。
そして――。
「……ちくしょうが。拾っただけの武器のくせに、ずいぶんと使いこなしてるじゃねぇかよ」
「戦士たるもの、いかなる武器でも最低限は使えねばならぬのでな」
先端に斧の刃を展開して城司の盾を叩き割り、その使い心地を確かめるアパゴに対し、詩織のすぐ隣に着地した城司が苦い声色でそう漏らす。
だが詩織にしてみれば、その光景は苦いなどと言う表現で済まされるものではない。
なにしろ今アパゴが使っているのは、死した瞳が使っていた彼女の主武装、誠司が改造した作品である【如意金剛】そのものなのだから。
「我ながら悪辣な真似をしている自覚はあるが、これも戦場の習い故に致し方ない。悪いがこれより貴様たちには、仲間の残した武器で屠られてもらうぞ」
武器を構えて詩織たちの方へと突きつけて、アパゴが自身を包むのと同じオーラで【如意金剛】を包み込む。
まるで自身の魔力で染め上げるように、かつての仲間の武器に加護を施し、斬りかかる。
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