194:最後の――

 もはやこの場で、話を聞き出すことは不可能だと、いよいよもって静はその胸の内でそう観念した。


 明らかに重要な情報を持った相手がこちらの言語まで習得してくれたというのは千載一遇のチャンスとも思えたが、肝心の相手に対話の意思がないとあっては、もはや話し合いなど成り立つはずがない。


 それでなくとも、現状は既に静達の圧倒的不利で、いつ第二、第三の死者が出たとしてもおかしくない状況なのだ。

 相手の実力の高さゆえに、殺しきれずに捕えられる可能性はあるにせよ、こちらも本気で殺すつもりでかからなければ現状を生き残ることすらままならない。


 ましてやこんな、ただの一人にさえてこずっている状況で【決戦二十七士】がもう一人参戦してきてしまったとあっては。


「あ、ああああ、アパゴ――!! あんたようやく現れたのね見つけたわ――!! そ、そんな、みすぼらしい格好で、ずいぶんと人に手間をかけさせて――!!」


その男、アパゴ・ジョルイーニの姿に、舞台上のハンナが相変わらず不安定な口調でそう声をあげる。

 両者が顔見知りであることは、ハンナの様子からある程度察しはついていたが、しかし両者の関係性は予想よりも遥かに険悪と言えるものだった。


「やれやれ、いつにもまして情緒不安定であるな貴様は……。む、いや……、こ奴らの言語に引きずられている某と会話ができるということは……。なるほど、新たな記憶を取り込んだが故のその有様か」


「な、なにを一人で納得してるのよぉ……。もとはと言えば、あ、ああんた達が勝手なことばかりしてるからわざわざ私が探す羽目になったんじゃない……!! ホント、ど、どいつもこいつも勝手なこと、ばかりして……!! お、オオオオおかげで、どれだけあたしは、従者だって、現地調達、しなくちゃいけなくなったし……。あんたが、あんた達が勝手なことばかりするから――!!」


「仕方なかろうよ。もとより我らは寄せ集めの集団だ。個人的な衝動に突き動かされるもの、己が組織のために功を焦るもの……。もとより戦に望む理由さえバラバラなのだ。足並みなど最初から揃うはずがあるまい。かく言う某とて、団長殿に従うことこそ了承したが、貴様らの下につくことまで了承したわけではないのだからな」


「ああっ、ああああっ、そういうところが嫌だって言うのよぉ――!! 未開の森の、野蛮人が……。密林に潜んで、ひ、人を襲うだけの、蛮族の、分際で――!!」


「――やれやれ、二百年前の感覚にいまだに引きずられているというのは考え物だな。とはいえ、今となってはそれを責めるのも酷というものか……。自己の記憶の上にどこの誰ともつかないものの記憶を書き加えられるというのは、なるほど確かに気持ちが悪い……」


 自身の掌を見つめるようにして、どこか精神干渉の影響を確かめるようなそんな様子で、アパゴは独り言を交えるようにそんなことを言う。


 もとより話など通じそうにないハンナに対して、アパゴの方はいくらか理知的であるように見えるし、未知の言語しか知らなかったはずの二人が自分たちと同じ言語を口にしているというのはある意味大きな前進と言えるのだろうが、それを素直に喜ぶのはもはやこの状況では困難だ。


 先ほどから見ていればわかる。

 仮にハンナがその精神の不安定さゆえに話が通じないタイプなのだとすれば、アパゴの方はそもそも静達とそもそも対話する気がない。


 彼の中では、この場で出会ってしまった静達と言う敵は既に排除することが決まっていて、そのために言葉を弄することはあっても対話や交渉に応じる気などさらさらないのだ。


加えて、アパゴがこの場所に現れたこと自体に一つ、静たちにとっては無視できない大きすぎる意味がある。


「――なぜ。どうしてあなたがここにいるのですか……?」


「――む?」


恐らくは同じ結論に至ったのだろう、ほとんど震えるようなそんな声で、理香が目の前のアパゴに対してそう問いかける。


「あなたは、むこうで誠司さん達と戦っていたはずです……。誠司さんと、もう一人、あちらのパーティーの互情さんと二人がかりで――」


 そしてそんな理香の問いかけに、アパゴはすぐさま彼女が言わんとしていることを理解したようだった。

 特に苦悩する様子もなく、ただ憐れむような視線だけを理香へと向けて、どこまでもシビアに己がここにいる理由を敵へと告げる。


「ふむ……、その二人の名前、どちらがどちらのモノかはわからぬが、ここに来る前に出会った若き戦士二人ならば、少なくとも一人は出会ったその場で仕留めて来たぞ」


「――ッ!!」


 あっさりと、まるで何でもないことのように云い放たれたその言葉に、この場にいる少女たちの間で戦慄が走る。


 アパゴの言葉、それが意味しているのはすなわち、竜昇と誠司、二人のうちどちらかが命を落としたということだ。

 それも、少なくともと言う前置きを付けたということは、最悪の場合残るもう一人の方すらも無事では済んでいない可能性すらある。


 そんな情報がアパゴの口からもたらされて、どちらが生き残っているのか、敵から伝えられた言葉をどこまで信じていいのかと、そんな疑念まで含めた様々な思いが少女たちの中で一瞬のうちに駆け巡って――。


「――信じ、ません……」


 次の瞬間、誰よりも早く理香の口から、感情を抑えたかのようなそんな言葉が意思の力に任せた強引な様子で絞り出されていた。


「信じ、ませんよ……。あの人が……、誠司さんが死んだなんて……、そんなこと」


「――そのように言われてもな……。いっそ首級でもあげていれば、この場で諦めさせてやることもできたのだろうが――」


「――黙りなさいッ――!!」


 その瞬間、理香がかつてない叫びと共に折れたレイピアを振り抜いて、そこから伸びた斬光の刃が横薙ぎにアパゴの首を跳ねるべく襲い掛かる。

 直撃すれば間違いなく命を脅かす、そんな攻撃を前に、しかし当のアパゴはと言えば――。


「やれやれ、だ」


 やるせない感情の籠った吐息を漏らし、自身の真横に右腕を構えるだけのそんな動きで、シールドであろうと難なく切断する【斬光】の刃をあっさりと受け止めていた。


 否、厳密には腕を構えただけ、という訳ではない。

 アパゴの全身、とりわけその構えられた右腕には、無視するのが難しい量の魔力がオーラとしてまとわりついて、受け止めた斬撃がしぶきを散らすかのように周囲にその魔力をまき散らしている。


「仕方ないとはいえやり切れんな。大義のためとはいえ、あたら若い命をこうも何度も摘み取らねばならんとは……」


「く――」


「だが敵対するなら仕方がない。このアパゴ、修めし【千纏網羅】の妙技でもって、その身その命を打ち砕こう」


 言いながら軽く腕を振るって、それだけの動きでアパゴの腕を断ち切ろうとしていた斬光があっさりとその形を崩して払われる。


「命をもらおう、敵手の娘よ……。せめて死に際は一人の戦士として、最後まで誇り高く逝くがよい」






「静さん――!!」


 アパゴが宣言したその瞬間、静と、そして詩織は同時に行動を開始していた。

 先ほどの戦闘、女武者の人形にかろうじてダメージを与えて退かせることに成功していた詩織が鎧武者へと斬りかかり、その音響斬撃の威力を目の当たりにしている鎧武者が受け止めるのを避けるように飛び退る。


 そんな詩織の行動に、もはや静もなりふり構わぬ行動に打って出ていた。


「変遷――【苦も無き繁栄ペインレスブリード】――!!」


 手の中の武装を苦無に変えて、その苦無を分裂させて両手でもって掴み取る。

 すでに敵に取り囲まれたこの状態で静が選ぶのは、相手を仕留めることすらも諦めた物量による足止めだ。


「【突風斬】――!!」


 両腕を振り抜くと同時に魔力を込めて、分裂した苦無が次々とその数を増やして鎧武者へと襲い掛かる。

 切っ先が鎧の表面に激突すると同時に込められた暴風の魔力が炸裂し、浜辺に着地したばかりの鎧武者を風圧に任せて海の方へと押し戻す。


 同時に、分裂した苦無がプールへと落ちて水しぶきをあげて、自分たちの姿が舞台上のハンナから見えなくなったそのタイミングで左手の苦無を振りかぶりながら逆手に持ち変える。


「【螺旋スパイラル】――!!」


 続けて投げつけるのは、今度は舞台上にいるハンナの方だった。

 回転のエネルギーを込められた苦無を山なりに舞台目がけて放り投げ、その過程で数を増やした苦無が貫通性能を持つ雨となって舞台上へと降り注ぐ。


「――た、対処できないって、思ってるのォッ――!?」


 踵を返して走り出した静の背に、空中で苦無の雨が弓によって撃ち落される爆音のようなものが聞こえてくる。

 とは言え、静とてこんなごり押しの力任せな攻撃が対処されるだろうことは攻撃を仕掛ける段階で百も承知だ。


 正直に言えば対処されるとわかっている攻撃のために手の内を見せるのは避けたかったが、もはや状況はそんなことを言っていられる状態ではなくなっている。


 今のこの場は、何としてでも現状を突破することに全力を尽くさなければ、それこそ一瞬のうちに全滅してしまう結果にもなりかねない。


「詩織さんは愛菜さんを連れて離脱を。私は理香さんの方に加勢します――!!」


「――わかった」


「理香さん、吹雪――!!」


「――ッ、はい――!!」


 呼びかけた静の言葉に、アパゴを相手に斬光を振るっていた理香が、即座に指示を理解したのか左手の短剣を勢いよく振りかぶる。

 折れたレイピアと違いいまだ健在なその刀身に魔力を注ぎ込み、発動させるのは極小の破壊を大量にばらまく火炎の魔法。


「【火花吹雪】――!!」


「【突風斬】――!!」


 理香が眼前へと極小炎弾をまき散らしたのとタイミングを合わせ、静も左右の十手を目の前でぶつけあうようにして暴風の魔力を炸裂させる。


 放たれた風に乗り、炎弾の吹雪が一斉にアパゴのいる場所へと押し寄せる。

 直後に起きる爆発の連続。

 それ一つ一つが人間一人を容易に殺傷できる小規模爆発がアパゴのいた周囲一帯を飲み込むように連鎖爆発を起こし、アパゴの姿をその爆炎によって包んで覆い隠す。

 同時に、アパゴから見た静たち四人のその姿をも。


「理香さん――!!」


「わかっていますッ!!」


 即座に振るわれる【斬光】による連斬。鞭のような勢いで振るわれる凶悪な切断能力が視界を閉ざされた中で振るわれて、先ほどのように腕でそれを受け止めることができない状況下でアパゴの五体を刻みにかかる。


 ただし、そんな凶悪な斬撃でもってしても、相手を本当に切り刻めるかと言えばそれはまた別の話だ。


「ダメです――!! この手応え、明らかに防がれている……!!」


「でしたら、そのまま動きだけ封じていてください――!!」


 指示を飛ばしながら、即座に静は宙へと跳んで、さらにそこから【空中跳躍】を重ねてアパゴの真上へと跳びあがる。

 同時に、右手の武器を長剣へと変更、輝きを帯びたその刀身に左手の十手で魔力を叩き込み、そのまま落下の勢いに任せて薄れ始めた煙の中のアパゴの脳天へと振り下ろす。


「応法倍撃――【突風斬】――!!」


 直後に炸裂する倍撃の暴風。

 勘のいいことに、攻撃の寸前にこちらに気付いたアパゴの腕によって剣による一撃は受け止められてしまったが、それでも受け止めた時点で暴風の魔力は発動するのだ。


 一つ上の階層で、フジンを仕留めるのにも使った大技が上からアパゴの全身へと襲い掛かり、暴力的な風圧が上からその身を潰しにかかる。


 ただし、静は知る由もない。彼女が今相手にしているのはこれよりもはるかに規模の大きい、誠司の最大魔法にすら耐えきったような、そんな相手だということは。

 まるでそれが当然のことであるかのように、鋭い剣による斬撃を肌に痣一つ残さずその腕でもって受け止めて、襲い来る暴風をそよ風か何かのように受け流してアパゴは変わらぬ様子でその場に立ち続ける。


(これは――、威力による突破は無理か――)


 そんな姿を目の当たりにして、思考を硬直させることなくすぐに次の手へと移ることができるというのは、やはり静と言う少女の持つ破格の才覚ゆえか。


「応法――!!」


 敵の腕によって受け止められてしまった自身の剣、【始祖の石刃】から変化した【応法の断罪剣】の保有する特殊機能を発動させて、静は圧倒的な耐久力を誇るこの相手の、その耐久力の根源を奪いにかかる。

 剣に触れた腕から、その身に纏うオーラを一瞬のうちに吸い上げて、それを待っていたかのように静の身を避ける形でアパゴの腹部を理香の斬光が付き穿つ。


(――!? これでも――?)


 だがそれだけの手札を重ねても、なおも変わらず斬光の刃は目の前の男の皮膚を貫けなかった。

 否、それどころか目の前の男の全身には、剣によって吸収したはずの魔力のオーラが多少その感覚をたがえながらも先ほどまでとほとんど変わらぬ勢いでしっかりとまとわりついている。


「なるほど吸収の剣で我が守りを奪う算段か。だが生憎であるな。某の【千纏網羅】は一つ二つ守りを奪われた程度では破られん……!!」


 直後に襲い来る掌底による一撃。

 とっさの判断でシールドを展開し、どうにか自身の肉体への直撃だけは免れた静だったが、そうでなければ間違いなくこの一撃で致命的な重傷を負わされていた。


 現に、敵の掌底を受け止めたシールドはそのたったの一撃で粉々に砕け散り、その衝撃フィードバックによって静の身までをふっ飛ばして逃がしながら、その破片が空気に溶けるように消えていく。


(今の言い方、この方が使っているオーラは一種類では、無い……!?)


 アパゴ自身の物言いからそう察して、そこから読み取れる相手の手の内に内心静は戦慄する。


 敵がかなりの数の強化を自身に重ね掛けしているという、誠司が魔本を用いて読み取ったその情報には、このとき静も相手の言動と持ち合わせた知識によってどうにか到達していた。

 そもそも、静自身が相手の使うオーラと同系統の能力である【纏力スキル】の習得者なのだ。誠司のように特殊な解析ツールなどなくとも同系統の能力を持つが故に推察できることと言うのはそれなりに存在している。


 だが一方で、同系統の能力を持っているからこそ、【応法の断罪剣】でそれらのオーラすべてを剥ぎ取れなかったという事態が静にとっては完全な想定外だ。


 そもそも、オーラ系の魔力は重ね掛けすると混ざり合ってしまう傾向がある故に、【応法の断罪剣】を用いればそれらすべてのオーラをまとめて剥ぎ取ってしまえると考えていたのだから。


(重ね掛けしたオーラをひとまとめにして使っているわけではなく、いくつかのオーラを混ざり合わないよう独立制御して使っている……? そんなこと、そもそも一人の人間にできるものなのですか……!!)


「先ほどから見ていたが、ずいぶんと奇妙な武器を使っているな?」


「――!!」


 相手の手の内を分析する静に対して、一気に距離を詰めてきたアパゴが静のコロコロと変化する武器を見てそんな言葉を投げかける。


「姿を変える武器と言うだけでも相当に珍しいが、先ほどの剣は教皇騎士団の連中が使う応法の剣だな……? 加えてあの苦無もどこかで見た覚えがあった……。

 ――そう、ここに来る前フジンと言う男が持っていたものととても良く似ている」


(……!!)


 面倒なことに気付かれたと、表情に出さずに内心でそう思った静だったが、生憎とそんな二人のやり取りは別の人間に力技でねじ伏せられることと成った。


 直後、相対する二人のその周囲に――、否、厳密にはアパゴと対峙する静と理香。そして二人が時間を稼ぐ隙をついて、愛菜を連れてこの場から離脱しようとしていた詩織の周囲に、大量の矢がその側面に手帳サイズの魔本を括りつけられた状態で降って来る。


 それはまさしく逃げ道を塞ぐように。

 直接静達のみを狙うことなく、まずはその矢の存在によって静達の退路を断つように。


「――、なるほど。頭に血を登らせていると見せて、その実その立ち回りは目くらましであったか」


「か、感心してるんじゃないわよ……。二人も逃げ出そうとしてるのに、のんきに敵と会話なんかして」


「こちらは一応、情報を引き出して貴様の手間を省いてやろうとしたのだがな」


「か、関係、ないわぁ……。そいつが使う武器が、何だろうが……。あんたがどんな探りを入れて、そいつらがどんな返事を返そうが……。

 だってそんなもの、あたしが記憶を取り出して、取り込んで見てしまった方が絶対で、確実っ、なんですもの……」


「……、なるほど、道理ではある、か」


 暢気な会話と言うのであれば、味方同士とは言えそんな二人の会話こそまさしくのんきな会話そのものだったが、しかしそれと相対する静達はそんな隙だらけの二人に攻撃を仕掛ける余裕など微塵もなかった。


 なにしろ、今まさに静達の周囲では生れ落ちつつあるのだ。

 矢に括りつけられて飛んできた魔本を核に、注ぎ込まれた魔力を肉体にして、先ほどと同じ人形たちが、静達を取り囲むほどに大量に。


「さ、さあ――、現れ出でよオーリックの家に仕えし従士達――!!」


 そうして、呼びかけに答えていよいよ人形たちが立ち並ぶ。

 先ほどの人魚たちと比べればまだしも普通の、ほぼほぼ人と変わらぬ体形の同じデザインの人形たち。


 それでも、インストールされている記憶は一体一体違うのか、その手に生み出す武器は剣であったりナイフであったり、槍や斧であったり棍棒であったりと、その全員が違う動きで見る見るうちに戦闘の準備を整えていく。


 そして恐らくこの人形たち全員が、先ほどまでのものと同じく高い武術の技量を修めているのだろう。


 無論、ハンナ一人が召喚した人形であるという性質上、魔力関係の縛りは依然としてこの人形たちにも存在しているのだろうが、先に見せつけられた人形の技量を考えれば、たとえ魔法的な技能を用いなかったとしても充分な脅威だ。


 そんな人形が、今大量に生み出されて静達を包囲しつつある。


「――ざっと三十体、と言ったところでしょうか……。さっきのレベルの人形が、これだけの数と言うのは――」


 震えるのを押し殺したような声色で、理香がどうにか武器を構えながらわずかにそんな弱音を漏らす。

 対して、敵方はそんな理香たちの様子になど少しも頓着てくれない。


「そ、そいつらは、とりあえず命だけあれば構わない……。殺す前に、き、記憶だけ取り出せればそれでいいの……。――だからッ、手足を切り落としてでもそいつらを捕らえなさい、オーリックの従士達――!!」


『――』


 号令に従って、立ちはだかる人形たちが一斉に静達を目がけて動き出す。

 すでに人形たちに任せると決めたのか、一歩下がったアパゴと入れ替わるように人形たちが前に出て、静達の元へと迫って一斉にその手の武器を振り上げ攻撃を仕掛けようとして――。


「――そこまでだァッ――!!」


 身構える少女たちと激突するその寸前、一人の少年の声と共に閃光が一瞬早く人形たちへと襲い掛かった。







 実のところ、先口理香はその可能性をずっと考えないようにしていた。


 アパゴが語った、誠司が死んだかもしれないというその情報について。

 冷静に考えれば、死んだのはあの互情竜昇と言う少年の方で誠司の方は生存しているという可能性はもある。

 けれど、そんなものは結局のところ希望的観測で、実際にどちらが生き残っているのか、あるいはどちらも生き残っていないのかはどれだけ頑張っても理香には知る術のないことだった。


 だから考えるのをやめた。

 頭の中に居座る不安感を振り払うようにアパゴへと斬りかかって、その後静達が合流してきたことで思考をこの場からの離脱へと回帰させて、一つの目的に邁進することで強引に胸の内で膨らんでいく不安感を押し殺した。


 けれどその瞬間、自分たちの元へと押し寄せる人形たちを吹き飛ばした雷光を目の当たりにして、ほんの一瞬理香はそんな悪あがきのような現実逃避を忘れてしまった。


 自分たちを救ったのが雷の魔法だったことに安堵して、その寸前に響いたのが男の声だったことに自分自身を安心させて、そうして想いの求めるままに理香はその方向へと振り返って――。


 そして見た。

 自身が胸に抱いてしまった希望的観測、それを真っ向から打ち破るかのような、望んで求めた少年とは全く別の少年の姿を。


 一体向こうで何があったのか、それを嫌と言うほど突きつけてくるような、全身を血で汚した互情竜昇その人を。


「――あ」


 その光景に、理香は去来する冷たい感覚とともに嫌でも理解させられる。

 自身が求め、頼り、利用して、そして何よりも愛していたその相手が、すでにもうこの世にはいないのだというそのことを。


 ガックリと、不意に理香の膝から力が抜ける。


 そして気付かされる。否応なく。

 他ならぬ理香の中で、今の今まで彼女を支え続けていた最後の柱が、この瞬間ぽっきりと、音を立てて折れてしまったのだということに。

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