193:強者参集

 静が鎧武者を相手に苦戦を強いられているのとほぼ同時、女武者を相手取る詩織の方もそれと同等レベルの苦戦を強いられていた。


 【天舞足】を用いることで詩織が立つプールの水上、そんな場所を、同じく女武者も水面を踏みしめることで当り前のように踏破して、詩織を自身の間合いに捕らえて己が腰の刀に手をかける。


「――ッ!!」


 背筋へと悪寒が走り、詩織はとっさに手にした青龍刀、【青龍の喉笛】で防御の構えを取り、プール上に築いた魔力の足場を蹴って迫る相手から距離をとるように跳躍する。


 直後、予想した通りに構えた剣に強烈な衝撃が襲い掛かり、詩織の体がなす術もなく水中へと叩き落された。


「渡瀬さん――!!」


 浜辺で理香が叫ぶその声を聴きながら、どうにか詩織は自分が何をされたのか、そのことだけはかろうじて認識する。


 なんてことはない、直前まで構えすらとっていなかった相手に一瞬で距離を詰められて、そこから恐るべき速さの居合によって斬られかけたという単純な話だ。


 相手の武器が刀らしいというのを見て取って、『刀と言えば居合』と言うこのビルに入る前から持っていた偏見が勘として働いてくれたおかげでどうにか対応できたが、それが無ければ今頃詩織の胴体は肋骨の下あたりで真っ二つにされていたに違いない。


(――追撃――、今――!!)


 魔力が高まるのを感じて詩織が水中で足場を形成、即座にその場を飛びのいた次の瞬間、半透明の刃が詩織のいた場所を通過して、プールの底の床を抉りながら水面を丸ごと両断する。


 まるで海を割った逸話をまねるがごとくプールの水が床面を露わに飛び散って、すぐさま周囲の水面に雨となって降り注ぐ。


(刀身を伸ばす技で、こんな長距離を――!?)


 聞こえた魔力の音からそう分析して、水中で足場を形成してかけながら詩織は思わずそう戦慄する。


 二度の攻撃で分かった。この敵は間違いなく純粋に強い。


 これまで戦った相手の中には、特異な能力や強力な魔法でこちらを圧倒して来るものも多かったが、この相手は単純な技量でこちらを圧倒している。


(――!?)


 水中で必死に分析していたそのさなか、水面を移動して来る存在を感知してとっさに詩織は水中から上へと跳躍する。


 直後、水面を走ってきたらしい女武者がその剣で水面を切り裂いて、直前まで詩織が潜んでいたその場所を瞬時に切り裂いて波しぶきへと変えて斬り飛ばす。


 どうにか攻撃を回避できたと一瞬安堵しかけたその直後、詩織は女武者がその頭部の腕で鞘に込められた刀を掴んで掲げ、その刀の柄を左手が掴み取っているというそんな光景を目撃した。


(頭のあれは、そのための――)


 放たれるのは頭部の補助腕を用いた、通常ではありえない上段からの抜刀術。

 引き抜かれると同時に高速の斬撃となって襲い掛かる第二の刃を、詩織はとっさに自身の青龍刀を掲げることで受け止める。


「――ぅ、あ――!!」


 襲い来る衝撃に空中で踏ん張ることもできず、詩織は再び受け止めてしまった衝撃のままに真下の水面へと叩き落とされる。


 背後からの衝撃に肺の中の空気が反射的に漏れだすが、今の詩織には苦痛や痛みに悶絶することすら許されない。


 続けて直上、水面に立つ女武者が頭部のもう一本の補助腕と右手で刀の柄をしっかりとつかみ、両腕による振り抜きでふたたび水中の詩織へと斬りかかって来る。


(――ッ、ぅ――!!)


 腹部を割くような斬撃に、今度も詩織は足裏に足場を連続で展開し、水中で逆上がりでもするようにして無理やり体を回転させることでどうにかそれを回避していた。


 水着の上に羽織っていたパーカーの裾が水中に置き去りにされる形でまくれ上がり、直後に振るわれた刃によってその裾部分が真一文字に切り裂かれてその丈が短くカットされる。


 これでは後で前を止めたとしても腹から下が丸見えになってしまう訳だが、幸か不幸か今の詩織にはそんなことを気にできるだけの余裕は微塵もない。


(この人相手に受けに回ってちゃだめだ――)


 水上へと飛び出し、空中に次々と足場を築いて飛び回る瞳を翻弄した異次元の動きで相手をかく乱しながら、詩織は無意識に相手のことを『人』と呼びつつそう判断する。


 この相手は攻撃力もそうだがなにより攻撃速度がでたらめだ。

 このまま相手に主導権を握られ続けていては、そう遠くないうちに詩織はこの敵の攻撃に対処が追いつかなくなり、あの鋭い抜刀術によって刀の錆にされてしまう。


 なにより、詩織の習得しているスキルには守るよりも攻めに効果を発揮する技が多数収録されているのだ。

 加えて、詩織の中には誠司と共に戦っていた経験から、相手の使う【召喚スキル】についての一定の知識が確かに存在している。


(相手が使っているのが召喚スキルだって言うなら、この人形とあっちの人の感覚は繋がっているはず――!!)


 そんな考えのもと使用するのは、手にした【青龍の喉笛】によって増幅した

詩織が誇る最大規模の爆音の一撃。


「【絶叫斬】――!!」


 振り上げた青龍刀を上段から叩きつけ、それを女武者が自身の真上で、二本の刀を交差させるようにして受け止める。

 同時に、その激突音が込められた魔力によって極限まで増幅されて、聴覚を吹き飛ばす指向性の音波が女武者の全身とその足元の水面を盛大に振るわせ波立たせる。


「――ジ、ギギ――」


 人形のような女武者の全身、そのいたるところに次々とひびが入り、与えたダメージを現すようによろめきながらわずかに後退る。


(よし、これで――)


 たとえ敵の数が一人と三体であっても、操作しているのが一人ならばこれでその全員が人事不詳に陥るはず。

 そう考えながら、即座に女武者の召喚人を完全破壊しようと一歩を踏み出した詩織は、直後に耳にした別の音によってその行動を阻まれることとなった。


(――!?)


 とっさに降りぬいた青龍刀に、舞台上から放たれた先ほどより音の小さい矢が着弾し、矢がゴムのような粘性の何かに変わって金属でできた刀身を包み込む。

 まるで刃の切れ味と音を鳴らす機能を同時に封じ込めるかのような、酷く的確でいやらしい判断能力。


(なんで、あの音を聞いて――!?)


 慌てて舞台上へと視線をやって、詩織はそこで思いもよらない光景を垣間見る。


 女武者越しに音を叩きつけられて、その状態で苦し紛れに攻撃を放ってきていたというならまだわかった。

 だがそこにいたのは、どう見てもダメージなど受けた様子もなく平然と立ち尽くす女と、そのそばで弓を構える、六号と呼ばれる最初の人形の姿である。


 その様子は明らかに、詩織の【絶叫斬】の音波を至近距離で浴びてしまったものの反応ではありえない。


(なんで――、感覚は最初からつなげてなかったって言うの……?)


 自身の攻撃が効かなかった理由を求めて詩織の思考がさ迷って、直後に詩織は今まで聞き逃していた決定的な事実にようやく気付く。


 舞台上の女、三体もの召喚人を同時に操っているその相手が、しかし魔本などのような思考補助装置を使っている様子が一切ないというその事実に。


(まさかこの人形、あのハンナって人が操ってるんじゃなくて、自分で判断して動いてるっていうの……!? 術者の操作なしで――、人形自体の自動操縦で――!!)






 ようやくわかった。要するにあの人形たちは、術者であるハンナ・オーリックの操り人形ではなく、高度な自己判断で動くロボットのような存在なのだ。


 かねてからなぜあの人形を召喚する際、あの栞のようなものを噛み砕かせてスキル習得の行程を挟んでいるのかがずっと疑問だった。


 特に、瞳の記憶を奪ってハンナが言語を習得する様子を見てからは、あの栞をなぜハンナ自身ではなく人形の触媒となる魔本に修得させているのかがどうにも理解できずにいた。


 だがここに来て、愛菜の手を引きながら戦況を観察していた理香はようやく理解する。


(間違いない……。あの人形たち、一体一体が術者の制御をほとんど受けずに動いている……!!)


 先口理香は言うなれば中崎誠司の副官とでも呼ぶべき立場にいた人間だ。

 その関係上、誠司から話を聞いて、その手のうちの一つである【召喚スキル】についても話を聞く機会が多かった。


 その知識に照らして考えるなら、召喚獣たちのあの動きは明らかに異常だ。

 最初の一体、弓を射てくるだけの個体のみであればいざ知らず、複数固体を操作して、しかもその一体一体に達人級の動きをさせるとなれば、例え魔本の力を借りたとしても人間の演算能力の限界を超えている。


(恐らくあの召喚人形たちは、術者による直接操作(マニュアル)ではなく、それぞれの個体が個々の判断力で動く自立駆動(オート)ないし半自立駆動(セミオート)操作……。イメージとしてはラジコンやゲームの操作キャラクターと言うより、命令を聞いて動くロボットやNPCに近い)


 そう考えると、人形を召喚する際に栞を噛み砕かせて光の粒子を本に吸収させていたのは、そうした機械で言うところのデータのインストールに近い行為だったのかもしれない。


(唯一救いがあるとすれば、あの二体が出てきたあとから矢による攻撃の頻度が少々落ちたことですが――)


 斬光を纏わせたレイピアで空へと向かって次々と刺突を放って、切っ先から放った針のような魔力で撃ち出される矢を撃ち落とす。

 隙あらば三日月形の斬撃を舞台上目がけて投げつけて、敵が自分以外の二人に攻撃しようとするのをどうにか牽制して押しとどめる。


 恐らくはこれまで一体の人形に集中していた魔力が三体の人形に分割された影響なのだろう、これまでと違って、最初の六腕の人形が放つ矢の数は明らかに減少し、かろうじて理香一人でも撃ち落せる量になっていたが、しかし逆に言えば理香自身も矢の迎撃だけで今は精いっぱいだ。


 背後に庇った愛菜を連れての離脱など到底できそうにないし、そもそも理香がここで矢の相手をやめれば、静か詩織のどちらか、あるいはその両方に、矢による援護射撃が向かって戦線が崩壊する恐れがある。


(けど、それでもどうにか膠着状態を維持することはできている……。あるいは、このまま膠着状態を維持できれば、誠司さん達がこちらに到着して反撃に出られるかもしれません)


 と、余裕のない思考の中で、それ湯に理香は無意識にこの場にまだ来ていない誠司の存在を頼るようにそう考える。


 ただしそんな理香の思惑は、すぐ直後に最悪の形で裏切られることと成る。

 期待していた誠司に変わって、直後にその浜辺に姿を現した、その相手の存在によって。




「――やれやれ、戦の音が聞こえるとは思っていたが、やはりよりにもよって汝であったか……」


 そうして、争いの渦中にあった静達に対して投げかけられたのは、この場にいた女たちとは明らかに違う、日本語でありながら誰の耳にもなじみのない、冷静な口調の男の声。


「まさか……!!」


 敵から距離を取りながら視線をやって、思わず静ですらも現れた相手にそんな言葉を口にする。


 もはやその人物は存在するだけであらゆる楽観を許さない。

 この場に現れるというだけで、離れた場所で行われていた戦いの趨勢がどう決したのかを物語ってしまう最悪の人物。


「初めて人の敵に遭遇したかと思えば出会うのは年若いものばかりか……。こうも立て続けに若き命を摘まねばならぬとは、まったく、嘆かわしきことである……」


全身に魔力のオーラを漲らせ、アパゴ・ジョルイーニがそこにいた。

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