192:記憶の栞

 ハンナ・オーリックが静達と同じ言語を話し出す。


 そんな異常事態を前に、静の脳内ではいくつもの思考が同時に駆け巡っていた。


 恐らくは言語習得のきっかけになったであろう、死に行く瞳の中から奪われたと思しき瞳の記憶。


 それを成した際ハンナが唱えていた【神造物】に共通する文言と、いかなる物品なのかは確認できなかった【跡に遺る思い出リバイバルメモリア】というらしいなにかの存在。


 どれ一つとっても軽くない、一つ一つの情報だけでも重要な意味を持ってくるそれらの連続は本来ならば喜ぶべきものなのかもしれないが、厄介なのは今の静達に時間をかけて考え事をする余裕など微塵もないという点だ。


「――あれ? ねぇ、あたしの言うことちゃんと通じてる? もしかして言葉通じてない? 確かにこの娘、他の人と違って記憶を探るとき妙な抵抗感があったからなぁ……」


 そんな静達の困惑をよそに、当のハンナはやけにフレンドリーな、酷く違和感のつきまとうそんな物言いで静達に対してそう声をかけて来る。


 先ほどまでの敵意や不機嫌そうな様子など微塵も感じさせない、まるで人が変わってしまったかのようなそんな態度。

 そうしたハンナ自身の態度にも困惑させられて、この場にいる理香や詩織が言葉を返せずにいたそんな中、かろうじて平静を保っていた静がひとまず返答する。


「通じていますよ。貴方の言葉は、それはもう不可解なくらいに」


 ひとまず皮肉交じりにそう言って、すぐさま静は思考を切り替えて、相手から情報を引き出そうと考える。

 置かれた状況はいっそ最悪と言っていいようなありさまだが、唯一言葉が通じるようになったというのはかろうじてプラスと言える要件だ。

 あるいは、今ならば更なる情報を引き出せるかもしれないと、そんなことを考えて、ひとまず静はこの相手との会話を続けることにする。


「今のやり方、奪ったということですか……? 死にゆく馬車道さんから、私たちに関する、その記憶を……」


「ん……? ああ、別ニ奪ったワケじゃないよ。奪ったというヨリ、写し取ったという方が正解かな……」


 語られるその物言いは、内容はともかく口調は相変わらずフレンドリー極まりない言い草だ。

 本来であればそれは喜ぶべきことだったのかもしれないが、しかし先ほどまでのハンナの様子を知っている身としては今の彼女の様子は不気味極まりなく、それ以上にわかってしまう・・・・・・・人間にとっては酷く許しがたいものだった。


「あなたは――」


 と、そこに来て、不意にそれまで呆然と相手の様子を見守っていた理香が言葉を放つ。

 声を震わせた、明らかに平時の彼女ではありえない、感情に満ちた様子で。


「あなたは一体、どういう神経をしているのですか……!! 私たちの仲間を殺しておいて、その上彼女から記憶まで奪って――!! そのうえで私たちに、そんなふざけた友達(ヒトミさん)みたいな態度で――」


(――!!)


 その言葉に、不意に静は先ほどから覚えていた違和感の正体がなんとなく理解できた。

 と言うよりも、これは静以外の二人にとっては一目瞭然だったことかもしれない。

 なにしろこの相手の話し方は、一部の違和感を除けば馬車道瞳の話し方にそっくりなものだったのだから。


 ただし、そのことに気付いたのはなにも静だけではなかった。


 舞台上の女本人も、まるで意表を突かれたかのように驚いた顔をして、そして直後にその表情を一気に蒼白なものへと変化させる。


「――ああ、そうヨ……。なんであたし、こんな敵のことを親しい相手みたいに錯覚しちゃってたのよ……!!」


「――はい?」


「――ああっ、そうよ――!! またあたしは――!! あ、ああああああたしは――!! またッ――、こんな――、あ、あたしじゃないみたいに……!!」


 自身の両手で顔を掴み、再び狂乱し始めるハンナの姿に、静達三人が今度は先ほどとは別の意味で絶句する。

 だがそんな三人のことなど眼中にないのか、もはやハンナの狂気すら感じるその様子は変わらない。


「気持ち悪い――!! 言葉だってそうよ――。私はまた引っ張られて――。だから嫌だったのに……。それに――、こいつの記憶、根幹(ベース)になる言語情報はともかく、それ以外の必要な部分が全然引き出せてない……・!! なんでッ……、あたしは自分の記憶を穢したのに……。さっきのこの女の、変な手ごたえのせい――!? ああ――、ああああああああああッ――!! 気持ち悪い、気持ち悪いッ、気持ち悪い――!!」


 半ば当たり散らすかのように頭を掻きむしり、やがて懐から先ほどと同じ栞を何枚も取り出して、まるでいくつもの薬物を一度に摂取するような、危うい勢いでそれらを握りつぶして光の粒子として吸収し始める。


 情緒不安定などと言うレベルではない。いっそ薬物中毒者だと言われた方が納得できてしまいそうな、そんな豹変ぶり。


(これは――、他人の記憶を取り込んだ、その代償のようなものなのでしょうか……?)


 必死に栞を砕いて光の粒子を摂取するハンナの姿に、それを見つめる静は冷静な思考でそんなことを考える。


 他者の記憶を取り込むことで、自分と言う人間のパーソナリティが怪しくなる。

 他人の記憶と自分の記憶の区別がつかなくなって、自分と言う存在そのものが、酷くあやふやであいまいなものへと変わってしまう。


 それは確かに、他者の記憶を取り込むという能力の代償としてはありそうな話だ。

 今のところ静や、精神干渉に耐性のないはずの城司などにはその兆候は見られていないが、しかし記憶というものが人格の形成と密接にかかわっている以上、そこに影響が生じたとしてもおかしくはない。


 とは言え、そうした敵の能力のデメリットが、果たして静達にとって有益に働くかと言えばそれはまた別の話だ。


「――い、いいいわ。そ、そうよ……。読み取れなかったのなら、情報はあなた達から聞けばいい……」


 そうして一通り狂乱に身をゆだねて、急に冷静さを取り戻した女が舞台上から静達に向けてそう語り掛ける。

 それは先ほどまでのフレンドリーな様子とはまるで違う、敵意と狂気をないまぜにしたような、そんな口調で。


「――あ、あなた達はいったいナニ?

 どうして『アパゴ』って、あの野蛮人の名前を知ってたの?

 さっきコイツの記憶を取り出した時、妙な抵抗感があったのはどういう訳?

 ――ねぇ答えなさいよ。答えるの、答えてよ、答えろ、答えろよぉッ……!!」


「その質問に私たちが答えたら、あなたも私たちの質問に答えていただけますか?」


 と、そんな狂気の入り混じった得体のしれない迫力に、詩織や理香が気おされてしまっていたそんな中で、ただ一人動じることなくそれを観察していた静が平然とそう問い返す。

 否、静ほどの精神の図太さともなれば、起こすアクションはもはや問い返すなどと言う迂遠なものだけでは収まらない。


「――いえ、お互い聞きたいことがあるなら、回りくどい駆け引きなどせず、いっそ一思いにここで私たちと停戦して、互いに会談の席を設けてみるのと言うのはいかがですか?」


「――な!?」


「ちょッ、静さん――!?」


 静の提案に対して、今度は身内の二人から半ば反発するような声が返ってきて、しかし静はそれを臆することなく手で制してハンナの返答を待ち受ける。


 静とて彼女たちの反発は分からない訳ではない。

 否、厳密には分かってはいないのかもしれないが、すでに仲間である瞳を殺めているこの相手と手を結ぶことに対して、彼女たちが反発するのはたとえ静かであろうとも予想できていたことだ。


 だがだからと言って、ではそんな感情に従ってこのままこのハンナと戦い続けるのが正しいかと言えばそれは間違いなく否だ。

 なにしろ静達にとって、この相手と戦うことで得られるものなど現状ほとんどないのである。


 そんな無駄な危険を冒すくらいならば、最悪生じた犠牲に目を瞑ることになったとしても、このままこの敵と停戦協定を結んでしまった方がいいというのは否定のしようのない事実である。


 そんな静の意図が通じたのだろう。

 浜辺とプール上、二か所で視線を交わし合った詩織と理香が、どこか感情を押し殺したような表情で押し黙って引き下がる。

 正直に言えば【敵意の移植】の問題もあったため、二人が引き下がってくれるかどうかは五分五分と言う見立てだったのだが、とりあえず二人の理性が感情的反発に勝ってくれたらしい。

 だが――。


「なんで――」


「――はい?」


「なんでッ――!! あ、ああああたしが、あんた達の質問に応えなくちゃいけないのよォッ!! 質問してるのはこっちなのに……。なんで――、あんた達が素直に答えてくれれば、あ、あああああたしは、これ以上ッ、記憶を、穢さずに済むのに……!!」


「……!!」


 思いのほか過剰で感情的な反応が返ってきたことに、さしもの静も一瞬だけ驚きに息を呑む。

 いくらなんでも、ここまで感情だけの反発が返ってくるというのはさすがに想定外だった。

 相手に停戦を受け入れる意思がなかったとしても、最低限情報を引き出すために会話を続けるくらいの分別はあるだろうと勝手に思い込んでいた。


 加えて、現状にはもう一点、静自身が想像だにしていなかった要素が絡み、影響を及ぼしている。


「――それにッ、そうよ……!! あんた、さっきそっちの女から『オハラ』って呼ばれてたわ」


「――はい? ええ、まあ、確かに私の姓は小原ですけが――」


「――あ、ああああやっぱりぃッ――!! やっぱりあんたは、あのオハラの血族・・・・・・なのねッ――!!」


「――は、はい?」


 突然の指摘に、さしもの静もしばし意味が解らず珍しく狼狽させられる。

 確かに静の家名は小原(オハラ)だが、それがこの場において何の意味を持つのかはまるで不明だ。

 少なくとも静の知る限り、自身の生まれた小原の家はそれなりに裕福で特殊と言えば特殊な家だったかもしれないが、こんな場所で名前が出てくるほどに特殊な謂れを持つ家柄ではなかったはずである。


 実際、少なくとも静達の暮らしていた世間一般ではそうだったのだろう。

 同じようにハンナの反応を見ていた詩織達も、やはり彼女の発言の意味が解らなかったのか、同じように困惑したような表情をその顔に浮かべている。


 だがどれだけ静達自身に心当たりが無かろうとも、もはやハンナのその過剰なまでの反応は止まらない。


「あ、あああ、なんでオハラが敵にいるのよ……。まさか連中、私たちを裏切って敵方に付いたって言うの――!?」


「待ってください。貴方は何か勘違いを――」


「うるさい――!!」


 誤解を解こうとする静に対してそう言い放ちながら、ハンナは二冊の魔本を取り出して、同時にハンナ自身のその周囲を光の粒子が渦巻くように回りだす。


「そ、そもそもあんたは何を勘違いしてるのよ」


 やがて粒子は集約して二枚の栞となって、開かれた本のページにそれぞれ舞い降りるように挟まれる。


「あ、あたしが今してるのは質問じゃなくて尋問なの……。神敵であるあんた達に、教えてやることなんて――」


「――!!」


「ありはしないのよ、なに、一つ――!!」


 次の瞬間、本のページが勢いよく閉じられて、本の側面に取り付けられていた金具によって噛み砕かれた栞が、再び光の粒子となって舞い上がる。


 同時に、注ぎ込まれた魔力が仮初の肉体を形成し、魔本を核に人の形を編み上げる。


 否、そうして生まれ落ちたその姿は、やはりもはや人の形と形容していいのか、いささか判断に迷う存在だった。


 一体は、最初の人形よりも若干細身で、しかしその全身にとげとげしい鎧をまとうことで全体的にボリュームを増した男性的な体つきの鎧武者。

 ただし、その両足に加えて両の手でも大地を踏みしめた獣の如き態勢をとっており、さらにその背からは金属質な野太い尾が伸びて、その先端が五つに分かれて、まるで鋭い鉤爪を伸ばした人間の手のような形を形成している。


 もう一体は、袴を着た女性のような女武者。

 ただしこちらも、頭の両側からまるでツインテールのように第三、第四の腕が生えていて、さらに腰の両側と後ろ側に二本づつ、さらに両足の腿の部分に二本、背中に交差するようにさらに二本と言う計八本もの刀を装備した姿をとっている。


 全身凶器の獣の如き鎧武者に、八刀四つ腕の女武者。


 加えて、この場にはまだ脅威となりうるハンナの召喚人形がいまだその存在を保ち続けている。


「も、戻りなさい、六号――!!」


 足元に落ちていた、先ほどの身代わり人形に着せていたマントを拾い上げながら、ハンナは先ほど瞳によってぶっ飛ばされた最初の人形を自分の元へと呼び戻す。


 六本の腕を持つ巨大な人形がその巨体に似合わぬ身軽な動きでハンナのすぐそばへと着地して、その六本の腕でそれぞれ三つの弓を構えて、番えた矢でそれぞれ静達三人に狙いをつける。


「こ、言葉が通じるようになったからって、下手に会話でッ、情報を聞き出そうなんて考えたのが、間違いだったんだわ……。そうよ、情報の正確さを考えるなら、あんた達の記憶を直接覗いた方が早かった……!!」


 言葉とは裏腹に不快感をにじませながら、しかしハンナは既に自身の行動を決めてしまったかのように静達の姿を睨み付ける。


 その視線からは、明らかに記憶を見られるだけでは済まないと、そう感じさせるだけの殺気が満ち溢れていて――。


「さあ、ダイル――、アーメリアッ――!! オーリック家への忠誠をその仮初の身で示しなさい――!!」


「――!!」


 ハンナがそう叫んだその瞬間、ダイルと呼ばれた鎧武者が静の元へ、アーメリアと呼ばれた女武者が詩織の方へと一直線に走り出し、同時に六号と呼ばれていた六腕の人形が理香と愛菜の二人を目がけて番えていた矢を撃ち放つ。


 狭い通路や壁面を自在に足場として迫る鎧武者の接近に、すぐさま静は迎撃の態勢を整える。


「先口さんは愛菜さんの撤退を――!! 詩織さんは私とここで人形の足止めです――!!」


 さしもの静も、この状況下ではそれだけ言い切るので精いっぱいだった。

 四つ足による猛烈な速度で迫ってきた獣の如き鎧武者が静を間合いに捕らえて跳躍し、その手にから伸びる爪をさらに伸ばして、合計十本の刃へと変えて静目がけて斬りかかる。


「【爆道はぜみち】――!!」


 迫る右腕五本分の斬撃に、静は足裏で魔力を炸裂させて、後ろ向きに飛び退くことでその間合いから離脱する。


 すでに壁際の通路は先ほどの魚人形との戦闘で半壊している。

 敵の攻撃範囲がやたらと広いことを考えても、狭い通路上での戦闘はどう考えても静が不利だ。

 それならば、せめて静の側に動ける余地のある海岸に戻ってそこでこの相手を迎え撃つ。


「変遷――【苦も無き繁栄ペインレスブリード】――!!」


 バックダッシュを繰り返しながら一閃し、分裂増殖した苦無をこちらへと突っ込んで来る鎧武者の体へと叩き込む。


 だが敵もだてに獣の如き姿をしていない。

 恐るべき俊敏さで細い通路から壁面へと跳びあがり、さらにそこから水上へと跳躍して水中に沈むことなく水面に着地し、さらに左右への跳躍を繰り返しながら苦無を躱して迫って来る。


(当り前のように水上を足場にしてきますか……!!)


 牽制目的で投げつけていたとはいえ、放った苦無が相手をかすめることすらなく回避されていくその状況に、しかし静は動じることなく同じ要領で苦無を放ち続ける。


 だがどれだけ放っても、もはやこの敵は止まらない。

 多くを投げたおかげで一部の苦無は鎧武者の体にヒットすることもあるにはあったが、しかし堅固な鎧は伊達ではないらしく、ぶつかる苦無をあっさりと弾き飛ばしてものともせずに静目がけてその爪を振りかぶる。


 両の手から伸びるその爪が、静の五体をバラバラにするべく振り抜かれようとして――。


『ギュゲガッ――!?』


 その寸前、ギャリギャリと言う切削音と共に空中に跳びあがった鎧武者が何かに引っかかり、その鎧の表面で火花を散らしながらほんの一瞬動きを止める。


「【風車】――。先ほど苦無を放つ際に、一緒に仕込ませていただきました」


 両手を広げて隙を晒した状態で硬直した鎧武者へと肉薄しながら、静はぽつりとそんな種明かしの言葉を口にする。


 刃の軌道上に気流の斬撃を残す【嵐剣スキル】の技、【風車】。

 そんな技を、静は先ほどから苦無を振り回した際に、一緒に発動させて迎撃の準備を整えていたのだ。

 と言うよりも、苦無の分裂投擲は技の発動を悟らせないためのフェイクだったと言ってもいい。


「変遷――!!」


 魔本のある大体の位置にあたりを付けて、静は手の中の武器を苦無からさらに変化させながら、敵の胴を目がけてその武器を体ごと叩きこむ。

 使用するのは先ほど魚人型を倒す際にも使用した、召喚人形にとっては天敵と言っていい【応法の断罪剣】。

 魔力を吸収する効果を持った魔剣が敵の胸部へと激突して、魔力でできたその体を、丸ごと吸収して内部の魔本へと刃を届かせようとして――。


「――!?」


 だが叩きつけたその刃は、静が想定していた敵の体を丸ごと吸収するような効果は現さなかった。


 鎧の胸元、そこにあった鎧の一部のみが剣に吸収されて、その内側にあった人形の素体に刃を喰い込ませただけで、体ごとぶつかるようにして放った一撃はその威力を使い果たしている。


(――ッ、鎧と中の人形は別々の魔法と言う扱いなのですか……!!)


 一度に一つの魔力しか吸収できない、【応法の断罪剣】の思わぬ弱点の露呈に、静はとっさに再び足裏で魔力を炸裂させて、敵から距離をとることで安全圏への離脱を試みる。


 とは言え、流石に一度懐に飛び込んだ直後とあっては、敵の攻撃圏内から完全に逃れるのはさすがに難しかった。

 静の逃走など許さぬと鎧武者が獣の動きで突っ込んできて、再びその右手を振るって、刃物の如き爪で静の方へと斬りかかる。


「シールド――!!」


 回避しきれないとみて即座にシールドを発動させて、迫る爪撃を魔力の壁で受け止める。


 否、受け止めたとそう思えたのは、それこそ接触したほんの一瞬だけだった。


 理香の使用する【斬光スキル】を彷彿とさせる、シールド表面を削断するように爪が魔力の壁を侵食し、攻撃の勢いこそわずかに鈍らせながらも確実に内部の静を切り裂くべく迫って来る。


(当然のように防御破りの性能も兼ね備えていますか……!!)


 思いながら、即座に静は右手の【応法の断罪剣】を迫る五本の爪のうちの一本へと打ち付けてそれを吸収。間髪入れずにその隙間へと飛び込んで、シールドごと静を切り刻まんとするその斬撃をギリギリのところで掻い潜る。


(守りを切り裂けるというのなら――!!)


 攻撃から逃れると同時に、即座に静は今しがた吸収したばかりの魔力の爪を長剣の切っ先から展開。今度は静が敵を鎧ごと両断すべくその胴体へと斬りつける。


『ギュルガッ――!!』


 だが対する敵の方もやはり一筋縄ではいかなかった。

 腕を振り抜いたばかりの回避しようの体勢にあったはずの敵が、まるで持ち上げられるように攻撃の軌道上から逃れ出て、必殺を期した静の攻撃があっけなくも空を切る。


 見れば、鎧武者の背中から伸びていた、先端が人間の掌のような形になった尾が、その指先の爪を突き刺すようにして床を掴み、鎧武者の本体を持ち上げていた。


 そのまま尾に振り回されるような形で鎧武者が間合いの外へと着地して、同時に爪を引き抜かれた手のような尾が、どこか蛇が鎌首をもたげるような動きを見せる。


 否、あるいはそれは蛇の方がましだったかもしれない。


 直後、太い一本の尾だったはずのそれが、指の数と同じ五本の細い尾へと分裂し、その一本一本の先端に付いた鉤爪でもって静の身を引き裂き、貫こうと襲い掛かって来る。


(――ッ、そういう構造ですかッ――!!)


 横薙ぎに振り抜かれる鉤爪付きの尾を飛び越えて、上空から降って来る刺突の如き爪を左右のステップで跳んで交わしながら、静はこの敵のデタラメの体構造と動きに内心で密かに舌を巻く。


 しかも攻撃そのものはでたらめなようでいて決して戦略というものをおろそかにはしていない。


 現に今とて、分かたれた尾の一部は静の退路を塞ぐような形で彼女の背後へと回り込み、同時に地面に突き立てた尾が鎧武者の本体を持ち上げ振り回す形で、その爪による攻撃を的確に静の身へとあてに来ている。


「――ッ」


 敵の攻撃を飛びのき躱したその瞬間、敵の攻撃によって左二の腕当たりを浅く裂かれて、静はいよいよこの敵の厄介さをこれ以上ない形で理解する。


 あるいはこの人形一体だけで、あのハイツを相手にしても闘えるかもしれない。


 相対する敵の力量に、静は冷静に、しかし危機感と共にそう思った。

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