187:彼女たちの集結
振動を帯びた青龍刀が波打つ水面を斬り進む。
浜辺を模したプール、その水上に足場を築きながら走る詩織が手にした剣を水中へと突き込んで、走る勢いそのままに水中にいる敵の首を周囲の水ごと斬り飛ばす。
(――これで、二体――!!)
水中からすくい上げるように斬り落とした首を跳ね上げて、すかさず空中でその中央にあった核を両断することで、ようやく人ならざる影人の、その息の根を完全に止め終える。
とは言え、そうして仕留め終えた敵も、まだようやく十体ほどいるうちの二体目でしかない。
プールを超えようと侵攻する【影人】達の内、空を飛ぶ一体目に続いて、やたらと速く泳ぐというシンプルな方法で進んでいた二体目を討ち取った詩織だったが、まだまだこの場にはそれぞれの方法で浜辺へと向かう【影人】達がうんざりするほどいるのだ。
(次、三体目は――、あの氷の道――!!)
付近の影人たちの内、最も早く浜辺に到着してしまいそうな相手を素早く探して、即座に詩織は水面を凍らせて道を作りながら走る、その一体へと狙いを定め、走り出す。
対して集団の先頭を走るその影人の方も、自身が狙われているという事実に気が付いたらしい。
『ビリロ――』
杖を携えた老人のような恰好の影人が、そのデザインコンセプトを明らかに見失ったなめらかな動きで足を止めて、同時に引き絞った左手に向かってプールから水滴が巻き上げられて、周囲の空気と共にその腕の周りで渦を巻く。
『ボムズ――!!』
「――!!」
とっさに走る軌道を変えて身をかわした次の瞬間、猛烈な冷気を伴った空気の奔流が詩織の真横を通り過ぎて背後の壁付近で鋭い音を響かせる。
音から察するに、冷気の風と氷の刃を一直線に放出する砲撃魔法と言ったところか。
『リロウレ――!!』
「……!!」
そんな魔法を、今度は杖を握った右手の方にも準備し始めたのを目の当たりにして、詩織は面倒なその相手に思わず歯噛みする。
恐らくあの魔法は両手を使うことで連続での発動も可能なのだろう。
回避すること自体は、【魔聴】の存在によって発射のタイミングを計ることのできる詩織にとってはそれほど難しくないが、このペースで連射されるとなるとあの一体を倒すのにもそれ相応に時間がかかる。
そして、今この状況下では一体に時間を取られるというのが一番致命的だ。
なにしろ詩織の背後には守らなくてはならない人間がいて、そして周囲にはまだ何体もの影人と、そして舞台上に控える敵と思しき人間がいるのだから。
(グズグズしてたら水中から近づいてる影人たちが浜辺に着いちゃう……。こんな数がいっぺんに浜辺に上がったら、いくらなんでも私一人じゃ抑えきれない……)
そんな思考に囚われていた詩織は、ほんの一瞬、それに気づくことができなかった。
自身が相対していた氷を操る老人、その背後からエプロン姿の主婦のような恰好の影人が跳び出して、眼の前の老人を飛び越えるような形で自身の方へと飛び掛かって来ていることに。
(――ッ、しまった――!!)
上空からの攻撃、振りかぶられたフライパンによるその打撃を、詩織はどうにか青龍刀を上に構えることで受け止める。
『ヤガルドォッ――!!』
とは言え、【影人】による攻撃がただの日用品による打撃で終わるはずもない。
詩織がフライパンを受け止めるのとほぼ同時、その表面から勢いよく炎が噴き出して、そのジェット噴射のような推進力が攻撃を受け止めた青龍刀ごと詩織を叩き落とそうと圧力をかけてくる。
「――ぅ、ッ――」
そんな攻撃の予兆を音で察して、寸前に青龍刀の角度を変えてフライパンの圧力を受け流した詩織だったが、それだけで難を逃れるのはこの相手に対しては不可能だった。
詩織の目の前で、ジェットを噴出する主婦がその噴射の勢いにものを言わせて一回転し、再び詩織にそのフライパンを叩きつけるべく噴射確度を調節して迫って来る。
「――く、のぉッ――!!」
再び迫る一撃に、詩織はどうにか足裏に足場を形成することで身をのけぞらせ、顔面を狙って振るわれたフライパンの一撃をどうにか回避する。
同時に、さらに足場を蹴りつけることでその身を回転。フライパンからの推進力にものを言わせて自身の斜め上を通り過ぎようとしていた主婦の横っ腹目がけ、その身を強引に捻って空中で回し蹴りを叩き込む。
『ィギロ――!!』
【功夫スキル】と【天舞足】。蹴り技と空中歩行機能を組み合わせての繰り出される異次元の動き。
とは言え、いかに詩織が常識に囚われない動きができると言っても、流石に重力の制約を全く受けないというわけではない。
主婦の体を離れたところに蹴り飛ばし、そこからさらに数度空中を蹴りつけることで、どうにか詩織は水の中に膝から下を突っ込む形でその態勢を立て直す。
だが、そのために費やした数瞬と膝から下の動きが水によって阻害されてしまったというだけで、晒した隙は大きすぎるものだった。
どうにか着水して向き直るころには、水面を凍らせる老人はもう攻撃の準備を完了させている。
「――ッ、ぁ――」
渦巻く冷気、込められた氷刃。
もはや回避するのも間に合わない。人間一人を余裕で切り刻める刃が老人の腕の周りで凝縮されて、その腕を突き出される動きと共に詩織の元へと容赦なく発射されて――。
「【斬光】――!!」
その寸前、突き出されかけていた老人のその腕を、詩織の背後から伸びて来た光の刃が押しとどめるように貫いた。
(――なに?)
見覚えのない攻撃にとっさに背後を振り向いて、それによって目にした光景に、詩織は密かに『ああ――』と感嘆の声を漏らす。
浜辺にあったのは、折れたレイピアから光の刃を伸ばすという、詩織にとっても未知の攻撃を繰り出す先口理香の姿。
そしてその隣に理香と先ほどまで戦っていたはずの小原静が、今は並んで立っているというそんな様子だった。
そしてこのタイミングで、この場所へと駆け付けたのは何も理香と静の二人だけではない。
「そこどいてナァァアアッ――、シオリぃィ!!」
上空から自身の体重を消す魔法の音が飛んできて、直後の真上を聞き覚えのある少女の声が飛んでいく。
光の刃に攻撃を阻まれた老人が、とっさに刃から腕を引き抜いて、その声目がけて準備していた冷気と氷の刃の奔流をそちらに向かって撃ち放ったが、しかしそれを撃ち込まれた相手はそんな攻撃など歯牙にもかけていなかった。
「【
たっぷりと魔力を込められた籠手がその力を開放し、腕を振り下ろす動きと共に、使用された重力の魔法が自身に迫る攻撃魔法ごと術者である老人を押しつぶす。
否、最大開放で放たれた重力の魔法が引き起こしたのは、魔法と術者の圧殺、ただそれだけでは終わらなかった。
叩きつけられた重圧は老人がこれまで作ってきた氷の道を粉砕し、同時に周囲の水をも叩き潰して海岸プール全体の水をステージ側へと一気に押し戻す。
当然のように、氷の上を走っていた他の影人や、そして水中を泳いでいた影人もそれに巻き込んで。
一帯が押しつぶされたことにより荒れ狂う気流とバランスをとるように、自身の重量を調節し、空中に立つ詩織の元へゆっくりと瞳が下りてくる。
「ヒトミ――」
「――今、だけだよ」
呼びかけた言葉に返ってきたのは、あらかじめ用意していたかのように素早い、そんな返答。
「あっちの二人とも話した。……今だけ、共闘。あとは知らない。この後あんた達とどうするかは、あとでセイジが来てから決めた方がいいことだから」
「――、うん……」
「それと、話があるなら、それも後で……」
「……!!」
言われたその言葉に、とっさに詩織が思いをうまく言葉にできずに息を呑んでいると、対する瞳はその全身から魔力をたぎらせて、詩織の言葉を封じるように鋭い声で呼びかける。
「サぁ、あんたは後ろで撃ち漏らしニ対処して、たくさんノ敵を相手にするなら、たぶんアたしの方が向いてルし、強いから……!!」
「――うんッ!!」
感極まったようにそう返答しながら、すぐさま詩織は瞳に背を向け、彼女の言う通り浜辺に残した二人を守るべく心成し軽い足取りで空中を走り出す。
そんな友人の背を見送って、その気の早さにため息をつきながらも、瞳自身今のこの気分は悪くないものとして受け止めていた。
(――ま、そういうのは全部、こいつらを片付けた後の話なんだけどね――!!)
手にした鉄棍の先端に斧の刀身を展開し、瞳は自身の体重を操作することで地上へと落下し着地する。
浜辺に流れ着いた、まだ態勢の整っていない影人に狙いを定め、抵抗の余裕すら与えずに手にした斧を振り下ろす。
浜辺へと流れついた影人の顔面に小太刀による一撃を振り下ろす。
【加重の小太刀】に設定された、一撃の重量を底上げする機能をしっかりと使用して、【影人】が態勢を立て直すその前に一撃で仕留めて無力化する。
(どうやら、今回は駆けつけるのが間に合ったようですね)
その怪力によって城司と愛菜の二人を運んでいた瞳と合流し、あらかじめ目を付けていたという、付近にあった浮き輪などの貸し出しを行う売店の小屋へと二人を隠したその後で、静達は三人そろって残っていた詩織の救援に駆け付けていた。
とは言え、駆け付けたとは言っても静達がここに来てから成し得たことなど数えるほどしかない。
現状では静自身、理香や詩織と分担して、浜辺にたどり着いた【影人】に対処する布陣を敷いているものの、前線に出た瞳が暴れに暴れているためか対処しなければならない敵も少なく、ようやく役目が回ってきても今のように抵抗の暇も与えずに仕留められてしまうことがほとんどという状況になっていた。
「とりあえず、現状はまだ瞳さん一人いれば何とかなってしまうようですね」
混乱した敵を相手に縦横無尽に暴れまわる瞳の姿を見据えながら、静の傍に駆け寄ってきた理香が冷静な口調でそんなことを言う。
元々、絶大な力を得る代わりに理性を飛ばしてしまいがちな彼女は、単独で敵陣に飛び込んで力任せに暴れまわるような戦い方を最も得意としているのだ。
実際今も、瞳は自身の体重を消して軽やかに飛び回り、重力の魔法で相手の攻撃を叩き落としながら手にした斧で次々と影人の核を叩き潰している。
ここまで圧倒的であれば、もはやこの場で静達には討ち漏らしを狩る以外にできることはもうないだろう。むしろ下手に加勢しようとすれば、かえって瞳の邪魔をしてしまいそうな様子ですらある。
「そうなると、目下のところ問題は、あの舞台に一人残る【決戦二十七士】の方ですね」
そう言って、静は舞台上で立ったまま動かない、ハンナ・オーリックと言うらしい、恐らくは女性の姿へと視線を移す。
先ほどのメッセージにて、【決戦二十七士】の通知と共に映っていた、この階層に来たものの中で唯一の人間。
女性と目されるだけあって、その姿はこれまで見てきた者達に比べると随分と小柄に見えるが、そもそも魔法と言う規格外の力が飛び交うこのビルの中の戦いにおいて、性差などそれこそちょっとした誤差のようなものだ。
今見極めなくてはならないのは、この相手が果たして対話が可能であるのかという点ともう一つ、現状こちらと戦う意思がどの程度あるのかという点である。
「先ほどから見ていても、あの方はこちらの戦いを見るばかりで少しも動く様子がありません……。
向こうも友好的な態度と言うわけではなさそうですが、困惑、とまでは言わなくとも、予想外の私たちと言う存在と遭遇して、どう対処するべきか測りかねているように見受けられます」
相手の立ち居振る舞いから読み取ったのか、【観察スキル】を持つ理香がそう分析結果のようなものを告げてくる。
同時に、読み取られた相手の様子は静達にしてみてもそれなりにありがたいと言えるものだった。
無論、これまでの経験を踏まえれば油断はできないが、しかしこれまでのように問答無用で襲い掛かってこない分、まだしも状況はこれまでよりもマシであると、そう考えた方がいい。
ただし、このとき静は失念していた。
たとえ互いに敵意が無かろうとも、争いというものは互いのことがよくわからないこの状況では、容易に発生しうるものであるということを。
なによりこのビルに潜む何者かが、互いに様子をうかがっての膠着状態など許す気はなく、そのために静達プレイヤーに対して、既に仕込みを完了させているのだということを。
その影響があまりにも薄かったが故に、このとき静はそうなる可能性に気付くのが一手明確に遅れてしまった。
「こイつで、最後ォッ――!!」
沖にある舞台へと続く、壁際にある細い通路に上がろうとしていた最後の一体の頭を叩き割り、全ての影人を掃討し終えた瞳が次の敵を追い求めるように周囲へと視線を走らせる。
そうして彼女が次に目を付けてしまったのは、当然というべきなのかその影人たちを引き連れて来た、敵と言う印象ばかりを植え付けられてきた舞台上のハンナの存在だった。
「――ッ、待ってくださいヒトミさん。そっちの舞台上の人にはまだ手を出さないでください――!!」
「ええ――!? え、デもさぁ、あいつがあのアパゴって奴(・・・・・・)ノ仲間なら、今のうチにぶっ飛ばしておイた方がよくない――?」
『――!!』
「――ァッ!!」
「――ッ!!」
「ヒトミ――!!」
「――え?」
何の意図もなく瞳が口にしてしまった言葉に舞台上のハンナが反応し、直後にそのことに気付いた静達がほとんど同時にその反応の意味を理解する。
そもそも【決戦二十七士】の人間は言葉が通じない。
それを考えれば、本来であればこちらが何を言っていたとしても相手にそれを理解される心配はないわけだが、ただ一つの例外として『固有名詞』だけは話が別なのだ。
たとえ互いに、相手の言っていることが何一つ理解できなかったとしても。
唯一翻訳されても変わることの無い人物名だけは、そのままの音として会話の通じないそんな相手に伝わってしまう。
前後の言葉の意味が何一つ伝わらないままで、ただその人物にすでに遭遇しているという中途半端な事実として。
『――ゼスタッ、オルスレイゴル、ビロッ!!』
案の定、舞台上のハンナが何事かを叫んで、同時にそのマントの内から四角い何かを勢いよく抜き放つ。
「あれは――、魔本――!?」
現れた文庫サイズの魔本に、即座に魔法攻撃を連想したのか理香と静が身構えて、同時に瞳が飛ぶように戻ってそんな二人の前に立つ。
どんな魔法が来ようとも、瞳が重力によってそれを叩き落とそうという、防御体制のその中で――。
「違う――、あの魔本は、召喚スキルの中核触媒だよ――!!」
ただ一人詩織だけは、込められる魔力の音によって使用されようとしている魔法の正体に気付いていた。
だが、例え気付くことができたとしても、その行いを阻むにはこのタイミングはあまりにも遅かった。
『ベルゲェ、サングライチオウ、ヴィサド――!!』
未知の言語で何事かを呟きながら、同時にハンナは魔本に魔力を注ぐのとは別の手で、懐からなにやら本の栞のようなものを取り出して、目の前の本のページの間へと淀みない手つきでそれを挟み込む。
直後、ハンナが躊躇なくその本を閉じて、それによって本の側面についていた、まるでトラバサミのようなギザギザとした金具がページからはみ出した栞を勢いよく噛み砕いて、砕けた栞が光の粒子となって本の周囲で舞い上がる。
「あの、光は――!!」
見覚えのある輝きに理香が思わず声を漏らすが、状況はまだそれだけでは終わらなかった。
舞い散る光の粒子、そして本に注がれあふれ出した魔力がその本を中心に渦巻いて、やがて詩織の予測通りに一つの召喚獣をその舞台上へと作り出す。
否、その姿形は、もはや召喚獣と言うよりも召喚人、あるいは召喚人形と呼んだ方が正しいかもしれない。
なにしろ生み出されたのは完全なる人型。体格こそ二メートル近くとかなり大柄なものの、他の二足歩行できる生き物とは決定的に違う。見るからに屈強な大男をイメージさせるような、そんな体付きの人形がその場所に立っていた。
「ヒトミさん、貴方は後で少しお説教です」
「――えエッ!? やっぱりこれっテあたしのせイなのッ!?」
自身を睨んでそう言ってくる理香に対して、瞳が自分の何が悪かったのか、あまり理解できていないらしき声でそう悲鳴をあげる。
とは言えこの展開、もっと言うならこうなった原因については、他ならぬ静達も少々失念していたところがあった。
筋力の代償に理性が弱まるという【調薬増筋】。そのデメリットは、しかし単純に怒りっぽくなる、凶暴になるというだけのものではないのだ。
判断力の低下、あるいは思考能力の減退。どんな言い方をしても大差はないが、ありていに言えば馬鹿になるというその部分について、静はもっと事態を深刻に考えておくべきだったのだ。
「攻撃、来るよ――!!」
とは言え、今の静達にそんな反省や後悔に浸っていられる余裕はない。
攻撃の予兆を音で察知したらしい詩織が声をあげて、同時に舞台上の人形が何もなかったはずのその手の中に、それぞれ弓と矢を一本づつ出現させる。
即座にその矢が弓へと番えられ、放たれる一矢に反応して瞳が右手を突き出してそれに対応する。
「皆さん、ヒトミさんの後ろに――!!」
「【加重域】――!!」
矢が放たれたその瞬間、瞳が前方に重力の力場を発生させて、それによって迫る矢が叩き落とされてプールの中へと落下する。
直後に起きたのは、それこそただの矢ではなく、携行式のミサイルか何かが炸裂したような巨大な爆発。
腹の底に響くような轟音と共に、矢が落下した水面が勢いよく水柱をあげて、そうして舞い上がった水が重力に引かれて急速に元の水面へと落下する。
「なんなんですか、この威力――!!」
「まだ次が来る――!!」
矢の威力に瞠目する間もなく、水柱の中央を突き破って新たなる矢が飛来する。
重力によって矢を叩き落とし、一度は魔法の発動を終了させていた瞳だったが、再びの攻撃に即座に先ほどと同じように、同じ魔法を発動させていた。
「【加重域】――!!」
再び矢が叩き落とされて、先ほどと同様水中へと没して同様の爆発を起こす。
だが、やはり先ほどと同様この敵の攻撃はそれだけでは終わらない。
いったいどんな撃ち方をしているのか、今度は右側から大きく弧を描くように別の矢が飛来して、続けて左からも同じように別の矢が飛んでくる。
さらにその次は右斜め上から、その次は三本の矢が一直線に、その次は直前の矢の真上を大きく弧を描くように。
次は――。その次は――。さらに次は――。
次は――。次は――。次は――。次は――。次は――。次は――。次は――。次――。次――。次――。次――。次――。次――。次――。次――。次――。
「な、ん、ダよこれぇ――!! 際限がないよぉ――!!」
詩織からの指示を元に次々と矢を重力の魔法で叩き落としながら、しかし一向に終わる気配のない連続射撃にいい加減瞳が音を上げる。
もとより、爆発する矢を安全な位置で叩き落とすために、瞳自身が籠手に込める魔力を増やして重力の範囲を広げていたことも仇となった。
フルパワーとまではいかなくとも、相応の魔力を消費する魔法を立て続けに使用し続けたことで、籠手を使う瞳の魔力にいよいよ限界が見え始めてきたのだ。
対して、同じように魔力を消費して矢を撃ち込んでいるはずのハンナの方は、その攻撃が一向に途絶える様子がない。
「――!! あの人形、あのハンナって人から魔力が供給されてるだけじゃなくて、人形自体も少しずつ自分で周囲から魔力を集めてる……!! それこそ、片方が息継ぎしてる間に、もう片方の魔力を予備バッテリーみたいに使って……。このままだとこっちが音を上げるまで延々撃ち続けてくるかも……!!」
「そんな、滅茶苦茶なことが――」
スキルシステムによって植え付けられた常識が通用しない相手の手の内に、思わずそれを聞かされた理香が呟きの後に言葉を失う。
とは言え、詩織の言うとおりであれば静達もいつまでもこうして一塊になっているわけにはいかない。
なにしろ相手の攻撃に終わりがない以上、このままこうしていては間違いなくじり貧だ。
そして、守り続けることが不可能であるというならば、かくなる上は全員がバラバラに分かれて舞台の上を目指して、直接ハンナを狙い攻撃することでこれ以上の攻撃そのものを封じるよりほかにない。
そんな風に考えて、静が他のメンバーへとそのことを提案しようとしていたその時、不意にそれまで途切れる様子のなかった攻撃が急に途絶えて、同時に直前まで話していた詩織が顔色を変えて勢いよく背後へと振り返る。
「詩織さん――?」
直後、立ち上っていた水柱が攻撃が止んだことで水面へと戻って、それまで隠れていた舞台上のハンナの様子が静達にも見える形で露わになった。
そうして見えてきたのは、自身の顔を爪を立てるような手つきで掴んで、なにやらふらふらと後退っているハンナの姿。
「詩織さん、もしかして今――」
「――うん。背後からあの精神干渉の魔力が広がってきた。相変わらず、音だけしか感じないからどっちの方から来たかって言う、大体のことしかわからないけど」
「このタイミングで……。いえ、このタイミングだからでしょうか?」
こんなタイミングでボスが動いたとなれば、その意図として考えられるのはやはり【決戦二十七士】の迎撃だ。
あるいはこの階層そのものが、そもそも精神干渉が効かないはずの静達プレイヤーではなく、そうした耐性を持たない【決戦二十七士】の迎撃用に造られているのかもしれない。
なんにせよ、今回ばかりは助かったかもしれない。
そんな風に思いかけて、しかし静達の間で漂いかけたそんな思考は、直後にハンナの手によって完膚なきまでに消し飛ばされることと成った。
『――ッ、ゥゥ――、ぁァッ――!!』
ふらふらと精神干渉の影響を受けていたその女が、急にいらだった様子で微かなうめき声をあげて、直後に右手を真上に掲げて何かの魔力を解き放つ。
「――え?」
「んにょ!?」
「――なッ!?」
「これは……!!」
直後、放たれた魔力が急激に拡散して、同時に静達の周囲一帯を包むような巨大な魔力の気配が突如として現れる。
否、それは単に今現れたというのとも違う。
しいて言うならこれまで見えていなかったものが、急に見えるようになったようなそんな感覚に近い現象だった。
「――これ、さっきまで聞こえてたのと音の感じが変わって――。もしかしてこの魔力、みんなにも……?」
「ええ、感じられます。――まさか、通常では察知できない精神干渉の魔力を、自分の魔力で変質させて感じ取れるようにした……!?」
起きている出来事の正体をそう推察して、思わず静は広がっていく魔力の感覚を追うように周囲に視線を走らせる。
そして気付いた。海岸エリアの片隅、流れるプールから海を模したプールへと水が流れ込むその場所に、いつの間にか一人、先ほどまではいなかったはずの人物が現れていることに。
(あれは――、及川さん――!?)
それなりに距離はあったが、それでも見間違うはずもない。
そこにいたのは先ほど瞳が付近にあった小屋へと運び込んだはずの、気絶させた状態で安全な場所へと隠していたはずの及川愛菜その人だった。
(なぜこんなタイミングでこの場所に――。いえ、それよりも今の、この場所はいけない――!! あんな状態の方がこんな戦場にノコノコ現れたら、それこそあのハンナと言う方に狙い撃ってくれと言っているのと変わらない――!!)
虚ろな目とおぼつかない足取りと言う、どう見ても戦えそうにない様子の愛菜の様子に、流石の静もその胸の内で焦りを覚える。
そして案の定、精神干渉に抗っているらしきハンナの行動は止まらなかった。
「あれは――、いったい何を――!?」
自身の記憶を塗り替えようとする魔力に抗うように、舞台上のハンナがマントの内から先ほど本に挟んでいたのと同じ、あの栞のようなものを勢い良く引き抜いて――。
手の中にすっぽりと収まるその栞を、指先から掌の内へと指の動きひとつで持ち変えて――。
『――エズデンッ、リガルグッ――!!』
まるで苛立ちをぶつけるかのように。
引き抜いたばかりのその栞を、躊躇なくその手に力を込めることで、あまりにもあっさりと圧し折り、握りつぶした。
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