182:憤りの根源
スキルシステムについて考える。
あるいは、スキルシステムに仕込まれた『敵意の移植』、そこからうかがい知れる、このビルのゲームマスターのやり口について。
静によって解き明かされたことで、今回竜昇達はスキルシステムの裏に潜むデメリットの存在を自覚することができた訳だが、それによって明らかになったのは、ゲームマスターによる、まるで人間の攻撃的な性質を利用するかのようなやり口だった。
厄介なことに、人間と言う生き物には他者を悪者として糾弾し、攻撃したがると言う質の悪い習性がある。
これは、詩織一人をパーティーメンバーだった四人が排斥してしまったことなどがいい例だろう。
こんな言い方をしてしまうと少々意地悪な物言いになってしまうかもしれないが。
全体にとっての最善と言える行動をとれなかった詩織を悪意ある悪者として扱い、集団の中で迫害してしまった彼ら彼女らの行いは、集団の外にいる竜昇の眼から見ればまさしくそういう類のものだった。
そして、今回見えて来たゲームマスターのやり方は、まさしくそうした人間の攻撃性を利用するやり口だ。
これは静とも話して至った結論だが、竜昇達が便宜上『敵意の移植』などと呼んでいるスキルシステムの裏の効果は、実のところ『敵意』と言う
恐らくスキルシステムが植え付けているのは敵意そのものではなく、敵意を呼び起こすための【決戦二十七士】に対する悪印象のようなものなのだろう。
標的に対する悪印象を植え付けることで敵として認識させ、さらにはその悪印象によって相手に対する不快感や攻撃的な感情を煽り立てる。
竜昇達に思い当たる記憶がないところから考えて、例えば『身内を【決戦二十七士】に殺された』と言ったような具体的な記憶を植え付けられているわけではないのだろうが。
それでも漠然とした悪いイメージと言うだけで、この場で狙う効果としてはそれで十分だ。
それでなくとも、プレイヤー達は唐突に命の危険が伴う環境に放り込まれ、強いストレスにさらされているような状態なのである。
そんな状態で攻撃するべき標的を示されてしまえば、ストレスのはけ口を求めるプレイヤーたちは、
(けど、もしそうなんだとしたら――)
そんな風に、ゲームマスターのプレイヤーに対するやり口、その根底にある人間と言う生き物への思想のようなものを読み取って、だからこそ竜昇は考える。
スキルの効果によって植え付けられているものが『感情そのもの』ではなくただの悪印象であるとするならば、その悪印象を受けて生まれる敵意はあくまでも竜昇達自身の内から生じたものだということだ。
たとえその感情が誰かの思惑によって呼び起こされたものだったとしても、結局のところ【決戦二十七士】に対して敵意を向けているのは竜昇達プレイヤー自身に他ならない。
故にこそ、竜昇は自身と、それ以外の誰かに対して『それでいいのか』と問いかける。
己の内から湧き出す憎悪の感情に流されて、そんな感情を利用しようとする誰かの思惑に左右されて、お前はそれで満足なのか、と。
少なくとも竜昇自身は、そんな風には微塵も思わない。
自身の中の暗い感情を突き動かされて、誰かの掌の上で踊るように戦わされるなんてそんな生き方。
少なくとも竜昇は――。
「
剣の腕持つ猿が斬りかかる。
ただでさえ視界の悪い黒雲の中、その雲の中に身を隠すようにして近づいてきた猿達が、互いに相手を視認できる距離に入った瞬間、猛烈な勢いで竜昇の元へと飛び掛かって来る。
「【
対して、竜昇の方は敵の姿を確認するや即座に雷球を展開。
猿たちが向かってくる四方に配置して、そこに身に纏った黄金の衣からすぐさま電流を流し込む。
「
放たれるのは充填した電力によって規模と威力を底上げした貫通の電撃。
直撃すればいかに金属でできた召喚獣といえども大破は免れないそんな攻撃に、対する猿たちは攻撃が発動したと見るや一斉にその身を翻した。
結果、四体の猿達の内一体が腕を、一体が右足を一本もぎ取られながらも、残る二体が攻撃をかわしきって、再び一直線にこちらへと向かってくる。
「――チィッ!!」
舌打ちしながら、竜昇は残る二つの雷球を両手の動きと連動させ、掌から【雷撃】の魔法を発動させつつまずは右手から来る猿の方を迎え撃つ。
「【
わずかな時間差をつけて放たれた雷の光条は一発をかわした猿の動きを二発目でとらえて胸から上を的確に貫き、消し飛ばした。
金属の破片がバラバラと落ちて消えていくなか、しかし残る一体が竜昇の所に背後から迫る。
「――ぐッ」
振り下ろされる斬撃を、竜昇はとっさに腰から抜いておいた剣で受け止める。
静と詩織の武器が充実してきたがゆえに、竜昇が装備することとなった【応法の断罪剣】。
無論剣術のスキルなど習得していない竜昇では、せいぜい盾のかわりにしたり闇雲に振り回したりするのが関の山だが、それは猿達を操る誠司の方とて同じことだ。
加えて、今この一瞬に限っては相手の攻撃を一回受け止められれば事足りる。
「【
右手の剣を受け止めた瞬間に追加の雷球を発生させ、それらを至近距離から打ち込むことで猿の体に穴を穿つ。
胸と腹、そして両足をぶち抜かれたことで崩れ落ちる金属の肉体。
そうしてバラバラになって散らばった猿から飛び退いて距離を取りながら、竜昇は残る雷球に電気を注ぎ込み、今だ形をとどめている目の前の一体を完全に破壊するべく止めの一撃を準備する。
召喚スキルによって産み出される召喚獣は基本的に不死身だ。
根本的に生物ではなく、あくまでも魔力によって産み出された傀儡にすぎないその肉体は、多少破壊されても術者が無事である限りその魔力によっていくらでも再構成させることができてしまう。
ただし、そんな不死身に近い召喚獣でも、核となっている触媒の破壊についてだけは話が別だ。
術者の魔力を受け止めて、その魔力を霧散しないようとどめる役割を持つこれらの触媒が破壊されれば、さすがの召喚獣もそれ以上その形を留めることができずに消滅を余儀なくされてしまう。
そして、誠司が召喚スキルの触媒として使っているのは、彼自身が【錬金スキル】と【魔刻スキル】、そして【触媒作成】の知識を組み合わせて自作しているという手製のナイフだ。
聞けば、そうした生産系スキルを用いてのアイテムの制作にはそれなりの手間がかかるという話だったし、加えていくら小さなナイフとは言ってもあまりたくさん持っていてはそれなりの重量になって来る。
竜昇の予想では、誠司が自身で装備しているナイフの数は多くても十本程度。
これは詩織から聞いていた情報に加えて、ナイフの大きさや重さなどからあたりを付けただけの数だが、恐らくそうかけ離れた数にはなっていないはずだ。
あるいは、監視・通信用に他のメンバーやこのフロアの各所に配置していたものまで考えれば、既に使用して減っているということもあるかもしれない。
なにはともあれ、十体程度であるならば、竜昇でも一体一体確実に数を減らしていけば削り切ることもそう不可能な話ではない。
そんな計算の元、眼の前で行動不能になった猿の触媒を確実に破壊しておこうとしていた竜昇だったが、しかし誠司の側もそれを黙って見ていてくれるほど甘くはなかった。
『僕が挫折を知らない、自分のことを主人公だと勘違いした痛い奴だって……?』
「――ッ」
雲の向こう側から声が聞こえて、同時にそれとは
とっさに竜昇が飛び退くことで攻撃を回避して、半壊した猿から距離を置いたその隙に、新たな魔力を注がれた猿の召喚獣がその破損個所を修復して立ち上がる。
『僕が彼女たちをヒロインだと思うために、彼女たちの罪から目を逸らしていただって――?』
雲の向こう、風に乗って飛んでくるその声を聴きながら、竜昇はその苛立ったような声に応えることなく、飛び掛かってくる猿の刃を再び自らの剣で受け止める。
どうにか斬りかかってきた猿をその体ごと押し返し、向かい合う形になったその状況で聞くのは、雲の向こうから伏せ以前に響いてくる誠司の声。
『本当に好き勝手なことばかり言ってくれる……。詩織も詩織だ……。どうやら自分のことは棚に上げて、ずいぶんと自分にとって都合のいいことばかり君たちに吹き込んでくれたらしい……』
「――それはまるで、自分達にはなんの負い目も責任もないような言い草ですね」
『ないさ。僕にも、もちろん愛菜や瞳達にも何の罪もない』
言い切られたその瞬間、まるでその音すらも遮るように、竜昇の周囲に一滴二滴と大粒の雨が降ってきて、直後にそれが猛烈な突風と共に、人一人をなぎ倒せるような猛烈な豪雨に変わる。
「――ぅ、ブ――、シールドッ!!」
浴びせかけられる横殴りの雨に、竜昇はとっさに腕で顔を庇いながらシールドを展開して雨粒を防ぐ。
使用されたのは恐らく、台風の如き雨風を相手に叩きつける魔法、【
性質としてはただの雨と風であるため、殺傷能力はそれほど高くない魔法だが、それでも感じるその圧力はシールドで防がなければ、竜昇自身がなぎ倒されかねないほどのものだった。
なによりこの魔法は次なる攻撃のただの予兆でしかない。
『【
案の定、雲の向こうで本命の術を唱える誠司の声がして、同時に雨粒に変わってほとんど弾丸のような氷の粒が展開したシールドの表面を乱打する。
詩織からの情報をもとに、まだ降って来るものが雨粒である内にシールドを展開していなければ、その時点でハチの巣にされていた。
そう感じるほどに、先端の鋭くとがった雹の弾幕が、まるで誠司の殺意を現すかのように猛烈な勢いで次々と打ち込まれてシールドの表面で砕け散っていく。
『彼女のことで、僕らが負い目を感じる理由なんて何もない……。彼女に対して行ったのは、単なる迫害ではなくれっきとした制裁なのだから――!!』
「……!!」
先端のとがった氷がシールドにぶつかるその音に交じって、雲の向こうから苛立ちを滲ませながら、誠司の声がはっきりとそう自分たちの正当性を断言する。
『癇に障ったかい? けど少なくとも僕は、あの時彼女と僕らとの間で起きたことは、そういうものだったと思っているよ。
自分勝手な理由で僕達への協力を拒んで、そのことが他のメンバーにばれて報いを受けた。
要するに彼女は分かっていなかったのさ。こんな危険なビルの中で、非協力的な人間が一人でもいるということが、どれだけ他の人間の命を危険にさらすかってことが……』
「――っ、上かッ!?」
霰の弾幕が止むのとほとんど同時に、竜昇は声のする上空で魔力の気配が急速に収束していくのを感じ取る。
『そこをわかっていなかった奴に――。そのことで罰が下ったってだけのことで……。君みたいな部外者に僕や彼女たちが責められなきゃいけない謂れは、無い――!!』
落とされるのは地上にあるものを根こそぎ吹き飛ばす下降気流の鉄槌。
『【
「――ッ!!」
事前情報から攻撃を予見して、とっさにシールドを解除してその場から逃れようとした竜昇だったが、しかし撃ち落された攻撃はそれだけで対応できる攻撃の規模を超えていた。
誠司の魔法によって気象条件を整えられ、上空に集められていた空気の塊が一気に地上へと落下して、それらが地面へとぶつかって周囲に拡散、付近にいた者、あった物を、根こそぎなぎ倒してふっ飛ばす。
「ぐ――あ――」
押し寄せる暴風に硬い床の上を転がりながら、それでも竜昇は反撃の隙を逃さない。
雲に隠れて、これまで姿を隠して攻撃していた誠司だったが、魔法を発動させる関係なのか先ほど下降気流が発生するすぐそばを飛行しているのが微かに見えた。
どうやら事前情報通り体重を消して身に纏うマントで周囲を吹き荒れる風を受け止めることで、まるで凧あげのように雲の中を飛行していたらしい。
先ほどまでは襲い来る召喚獣や魔法への対処で位置を探る余裕もなかったが、幸い今は【白嵐天槌】の影響で召喚獣たちも身動きの取れない状況に陥っていて、生身の誠司自身はわずかに隙を晒した格好となっている。
「
『おっと――』
すかさず身にまとう雷をその手に集め、下降気流によって生まれた雲の晴れ間を目がけてその手を差し向ける。
「【
『【
撃ち出された大火力の電撃に、それを予想していたのか空中の誠司が背後の雲から同じく大火力の電撃を撃ち放つ。
二つの電撃が激突し、竜昇の電撃の中央付近を誠司の電撃が突き破って、結果的に誠司は中央に開いた大穴をくぐる形で電撃を回避して、竜昇の方は自身に向かってくる雷を受け止めて己のリソースとすることでこれを無力化した。
「――っ、ハァ……、ハァ……」
立て続けに行使された大規模魔法による猛攻をしのぎ切り、受け止めた電撃の吸収しきれなかったダメージに微かによろめきながら、それでも竜昇は下を向くことなく誠司のいる上空を睨み付ける。
胸の内より湧き上がるのは、先ほどの言葉の、その裏にある真意がわかってしまうからこその、荒れ狂うような激しい感情。
「――嘘を、つくんじゃねえよ……!!」
『なに……?』
竜昇の言葉に、誠司がさも何を言っているのかわからないという顔をする。
けれどとうの昔に誠司の本音を看破している竜昇にとってみれば、その表情はあまりにも嘘くさい、薄っぺらなものだった。
「さっきのあんたの発言――。自分達に攻められる謂れがないなんて、迫害じゃなくて制裁だったなんて、そんなのは、嘘だ……!! あんたは誰よりもそのことを自覚してる。自覚して、だからこそあんたはッ、それを否定しようとやっきになっている……!!」
竜昇の言葉に、上空の誠司の表情が不快気に歪む。
けれど、不快感と言うならば今竜昇の中で渦巻いている感情もそれに負けてはいなかった。
「あんたが詩織さんの前で言い続けていたことだって、結局のところそう言う類のものだったんだろう……!?
――あの時、詩織さんの目の前で俺達に事情を話したことだって、あんたは詩織さんに対して、『自分たちは
すべての事情を知ってから振り返って見れば、あの時の誠司がやろうとしていたことは明白だ。
本当の事情を知る詩織の目の前で、堂々と自分たちにとって都合のいい筋書きを語って見せることで、それこそが真実なのだとなし崩し的に詩織に飲みこませる。
逸れたこと以外特筆するべき問題は何もなかったのだと言外にそう言い聞かせて、本当の問題を問題として扱わないことで問題などなかったことにしてしまう。
自分たちの悪性を自覚しながら、それをなあなあにして、よしんば相手のせいにして解決してしまおうという、どこまでも醜悪で癇に障るやり口。
「随分なやり口だ……。自分達で勝手に詩織さんをストレスのはけ口にしておいて、そうなった責任まで、全てをあの人一人に押し付けようとしてたんだから……」
彼らの発言がそういうものだったと知った時、竜昇が覚えたのは、間違いなくそれまでで最大の憤りの感情だった。
あるいは竜昇は、誠司達が詩織を迫害してしまったというそのこと以上に、それを誤魔化すために彼らが行っていた行為の方に強い憤りを感じていたかもしれない。
恐らく、途中までは誠司自身、自分たちの行いから目を逸らすことには成功していたのだろう。
彼が己の行いの意味をはっきりと自覚したのは、恐らく詩織が彼らとはぐれたその後だ。
渡瀬詩織が死亡したかもしれないとそう知って、自分たちのせいで人が一人死んだかもしれないと言うそんな段階になって、はじめて彼は自分たちがまずいことをしていたのだと自覚した。
自覚して、それでもなお仕方がなかったのだと思い込もうとした。
自分自身に言い訳をして、その言い訳を詩織自身にも言い聞かせることで、それを彼女に認めさせることで、自分達を正当化するための後付けの理由を真実にしてしまおうと考えた。
「結局あんたがかけ続けていた言葉って、『悪いのは自分じゃない』って、そんな言葉ばっかりだったんじゃねぇかッ――!!」
「黙れ……!!」
誠司が声を荒げたその瞬間、周囲を取り囲んで渦巻いていた雲の壁を突き破り、竜昇の背後から巨大な影が金属の音を鳴らしながら飛び出してくる。
現れたのは、案の定他の召喚獣と同様肉体を金属の魔力によって構成した馬に近い形状の召喚獣。
ただしただの馬ではなく、その額からは日本刀のような角が、そしてその背からは多数のナイフを束ねて作ったような翼の生えた、まるでユニコーンとペガサスを足し合わせたような姿をした個体だった。
(この形状、【
内心で『虎の子』を出してきたと、そんな風に考える竜昇だったが、しかし魔本を使う誠司が一度に操る召喚獣の数を一体だけで済ませるはずがない。
案の定、天馬が出てきたのとはまた別々の位置から、雲の壁を突き破るようにして二羽のフクロウが現れて、それぞれ三方向から竜昇を取り囲むように襲撃を駆けてくる」
「【
すでに周囲に展開していた雷球へと意思を飛ばし、竜昇は自身が回るようにしながら雷球一つ一つに電力を供給しつつそれを発砲する。
一発目の雷球がこちらに羽のナイフを打ち込もうとしていたフクロウのその翼を撃ち抜いて、続く二発目がその頭部を中の核ごと粉々に粉砕した。
三発目、四発目がもう一羽のフクロウに躱されて、しかし無理な方向転換で動きの止まったフクロウに五発目の雷球が着弾し、こちらも一羽目同様核のナイフごと粉々に粉砕して見せる。
ただし、そうしている間にも、竜昇の背後から剣の天馬が急速にその距離を詰めてくる。
「
手元に残る最後の一球をまるで野球ボールのように掴み取り、迫る天馬のいる方向へと身を翻しながら、身に纏う電力を手の平から雷球へと流し込む。
「【
振り向きざまに雷球を投げつけるように撃ち放ち、かける天馬の鼻先目がけて雷の光条を叩き込む。
とは言え、流石にそんな直線的な攻撃を馬鹿正直に受けてくれるほど相手も甘くない。
竜昇が光条を放ったその瞬間、天馬も蹄で地を蹴り横っ飛びに回避して、一直線に走る光条を翼の先をかすめただけの被害で難なく躱される。
ただし、かと言って竜昇の攻撃が全くの無意味だったかと言えばそんなこともなかった。
攻撃を回避したことで、竜昇の元へと真っ直ぐに向かうはずだった天馬の進路が僅かに逸れて、竜昇自身もその場から飛び退いたことによって、天馬の刃が標的を捉えることのないままその真横を通過する。
ただし、そうしてすれ違うことができたのはあくまでも天馬のみだった。
天馬の背中、そこで首の後ろに隠れるように乗り込んでいた二体の猿については、さすがにその限りではない。
(――ッ、こいつら、さっきから見ないと思ったら――!!)
回避したと思った、そんな竜昇の油断をつくように、天馬の背から跳躍した猿二体が両腕の剣を振り上げ、飛び掛かる。
「シールドォッ――!!」
転がった体勢から起き上がると同時に後ろに飛び退いて距離を稼ぎ、猿達が追いついてくるまでのわずかな時間をどうにか稼いで、竜昇は振り下ろされる剣に対して自身のシールドの再度の展開を間に合わせる。
寸でのところでその両手の剣を阻まれて、誠司の操る猿達がシールドの表面を闇雲に叩いてくる。とは言え、この猿達程度のパワーでは竜昇の展開するシールドを突破するのは不可能だ。
仮にシールドを突破しようと思うなら、より強い出力と、そして高い貫通力を持った攻撃が必要になる。
例えば、今竜昇が手元で生成し繰り出そうとしているもののように。
「
身にまとった雷の衣から両手の先に生み出した雷球へと電力を注ぎ込み、身を守るシールドを内側から突き破って、光条が二体の猿の胸から上を同時に撃ち抜き消し飛ばす。
ただし、そんな猿達との攻防すらも、術者である誠司にしてみれば単なる次の攻撃への時間稼ぎに過ぎなかった。
本命である天馬の方は、すでにその翼で飛び上がって旋回し、竜昇のすぐ真上から、その重量に任せた強烈なダイブアタックを仕掛けに来ている。
(迎撃――、いや、間に合わない――!!)
竜昇がそう判断した次の瞬間、天馬の前足がシールドの上部をぶち破り、その蹄が容赦なく竜昇の頭部を砕きにかかる。
まともに喰らえばそのまま首から上をもぎ取られかねないそんな攻撃に、しかし竜昇は蹄が自身の額に接触するその寸前、まるで静のようなギリギリの見切りでどうにか回避した。
脳の処理能力が増幅され、緩慢な動きとなった世界の中で、竜昇の体の横を天馬の脚部がゆっくりとした速度で落ちていく。
(【
自身の真上、三か所に穴が開いただけで未だにその形を維持できているシールドの様子を見上げながら、竜昇は今しがたシールド内部に侵入して来たばかりの天馬の左足を掴み取る。
今の天馬は、ドーム状のシールドに穴をあけて、そこに片足だけを突っ込んだような状態だ。
そんな状態で足を掴まれて中へと引っ張られれば、天馬は足の付け根の胸部をシールドにぶつけるようにしてその動きを封じられることになる。
もっともそんなもの、天馬の脚力で足をばたつかせれば容易に振りほどくことができてしまうような軟な拘束でしかない訳だが、剣を握ったままの竜昇の右手を、その天馬の胸に突きつける時間さえ稼げればいいとなれば話は別だ。
あるいは、剣を握ったままの右手の先、そこに生成した電撃をたっぷりと込めた雷球を、ほぼゼロ距離から天馬の体の中央に叩き込むことができるなら。
「【
竜昇の時間が元の速度に戻るのと、シールドと天馬の体が砕け散るのはほぼ同時の出来事だった。
竜昇の手の中、直前まで掴んでいた天馬の足が砂へと変わるようにして消滅し、誠司が動かしていた最後の召喚獣がその触媒を砕かれて跡形もなく消え失せる。
(よし、これで召喚獣は全部片づけた。あとは誠司さん本人を雲の中から探しだせば――)
と、そこまで考えたその瞬間だった。
竜昇のこめかみに、硬い鉄の感触と共に殴りつけるような衝撃が炸裂し、それによって竜昇の体が真横に投げ出されるようになぎ倒されることとなったのは。
(な、に――!?)
倒れ込みながら背後を振り返り、そこにあった姿に思わず竜昇は驚愕させられる。
そこにいたのは、先ほどまで天上にいたはずの、しかし今しがた気流に乗って背後の雲から飛び出してきたらしき、煙管のような形状の杖を振り抜いたばかりの中崎誠司の姿だった。
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