183:逸らした目には映らない
不意打ちの一撃が竜昇の頭に炸裂する。
唐突に頭部襲った衝撃に、竜昇の両足が地面を見失い、肉体がなす術もなく足元の床へと倒れ込む。
(――が、あ――、後ろ、から――)
転倒しながらも背後を振り向いて確認したことで、竜昇も即座に誠司の姿を見て自身の現状を理解できた。
風に乗ることで雲の中を飛行できる誠司による、背後に回り込んでの突然の強襲。
どうやら先ほどまで竜昇を襲いに来ていた召喚獣たちは、竜昇を背後の雲の近くにまで誘導し、誠司自身の接近を察知させないよう気を引くための囮だったらしい。
竜昇もまさか誠司自らがやってきて直接殴りかかって来るとは思っていなかった。
その点において、誠司は間違いなく竜昇の裏をかいた形になる訳だが、しかし一方でその誠司の方も、全てにおいて目論見通りに事が進んだというわけではないようだった。
「クソ、ビリっと来た……。やっぱり雲中活動用の絶縁術式程度じゃダメか――」
「ぅ――、く、ぁ――」
痛みに呻く竜昇をしり目に、当の誠司はそう言って、自身が纏っていたオーラが消滅するのを忌々しそうに確認してそう語る。
竜昇の使用する【電導師】の魔法は近接攻撃を封じる魔法としても有効だ。
常に雷の衣をまとっているというその状態は、触れた相手を自動的に感電させる自動迎撃の側面を帯びている。
ただしここで相手にしているのは、自身も天候と言う形で雷を操る【魔法スキル・黒雲】の使い手である中崎誠司だ。
誠司が習得している魔法の中には、術者が帯電した雲の中で活動することも想定してか、雲の水気や冷気、そして電気に対抗するための、いわば『対候魔法』とでも呼ぶべきものが確かに存在している。
(【
「僕がわざわざ近づいてきたのが意外だったかい? まあ確かに、考えてみればシオリの前で僕が杖のこんな使い方を披露したことなんて、それこそ一度もなかったからね」
そんな竜昇の表情から内心を読み取ったのか、床上を転がった竜昇を覆って歩きながら誠司がそんな言葉を口にする。
「種明かしをすると簡単だよ。僕の習得している【魔杖スキル】に収録されているのは、それこそ【魔本スキル】と内容がかぶっているような【魔杖】との【意識接続】の方法だけじゃないんだ。僕の【魔杖スキル】にはね、それ以外にも杖を武器として使うための、言うなれば【杖術スキル】の内容に近い知識も、まとめて収録されているんだよ……!!」
「……!!」
誠司の言葉に、竜昇も衝撃に揺れる頭でどうにかその意味を理解する。
ここに来る前、竜昇が事前に詩織から聞いていた【魔杖スキル】の内容は、【魔杖】という特殊な武器を扱うための、言うなれば【魔本スキル】の魔杖版とでもいうべきものだった。
実際、それ自体は別段間違った話ではなかったのだろうが、どうやら【魔杖スキル】はそれにさらに杖術についての知識を加えた、言うなれば【魔本スキル】と【杖術スキル】、二つのスキルを合わせたような複合スキルに近いものだったらしい。
「こんなことなら、杖の方も打撃に使うことを想定して作っておけば良かったよ。なにぶん中身が空洞なものだから、殴った時の一撃がどうしても軽くなっていけない――!!」
そんなことを語りながら、直後に誠司はどうにか立ち上がろうとしていた竜昇の足を、その煙管のような形状の杖の先端で殴打する。
「グ――ゥ――!!」
衝撃に揺れる意識では防御の魔法など発動させようもなく、足元を払われた竜昇はなす術もなくふたたび床へと倒れ込む。
その身を固い床へと強かに打ち付けて、肺の中から苦悶の声と共に空気が漏れる。
「――さて、どうしたんだい? さっきまでは随分と威勢がよかったのに、今度はまた随分な体たらくじゃないか?」
続けて、誠司の手から魔力の気配が放たれて、同時に竜昇の体が急激に重くなったかのような、まるで竜昇の体を押しつぶそうとするかのような強烈な重圧がその全身に襲ってくる。
もはやその正体は疑うべくもない。誠司が習得する【魔法スキル・重域】の初期魔法であり、同時に最大威力を誇る魔法でもある【加重域】の魔法。
「本当に、君にはつくづく失望させられたよ。口の方は随分と達者なようだったが、やっぱりこうして実力が伴っていないというのはいただけない」
どこか白々しい余裕の態度を見せつけながら、重力によって押さえつけられた竜昇の頭を砕くべく誠司がゆっくりとした動きで歩み寄る。
その口からどこか自身に言い聞かせるような、まるで剥げたペンキを塗り直すような言葉を淡々と語りながら。
「残念だ……。ああ、本当に残念だよ。シオリとの件は僕らのせいじゃないと、君に分かってもらえなくて……。けどまあ、どうしてもわかってくれないというなら仕方が――」
「――別に、誰のせいとか、思っちゃいねぇよ……」
「ん?」
そうして、竜昇のすぐそばまで近づいて杖を振り上げた誠司に対して、地に伏す竜昇の方は重圧によって床へと押さえつけられながら、それでも彼へと向けた言葉を喉の奥から絞り出していた。
ただしそれは彼の言い分を受け入れてのことはない。
「詩織さんとの、一件が……。誰のせいとか、誰が悪いかなんて、こっちは最初(はな)からそんなレベルでことを考えちゃ、いない――!!」
「――チィッ!!」
声を荒げるのとほぼ同時に、竜昇を中心にして魔力の領域が展開されて、それを感じ取った誠司が舌打ちしながら、とっさにその場からの離脱を図る。
「【
直後、展開された魔力が電撃へと変わり、飛び退こうとしていた誠司から、その身に纏ったオーラを剥ぎ取って、同時に誠司が動いたことで重圧の範囲が外れて竜昇はその身の自由を取り戻す。
「ッゥ――、この期に及んで、まだ――」
呻きながら、即座にこちらへと杖で撃ちかかろうとする誠司に対して、竜昇もまたその動きを制するように言って素早く己の掌を突きつける。
「悪いがこっちは、最初からあんた達と詩織さんとの件を、誰のせいで起きただとか、誰が悪かっただとか、そんな尺度で捉えてなんかいないんだよ」
「――フン。なんだいそれは……? まさかとは思うけど、今さら命乞いみたいなことでもしようってんじゃないだろうね……?」
自身の言い分を竜昇が認めたと思ったのか、言われた瞬間、誠司がその顔にどこか安堵したかのような、暗い満足感を湛えた笑みを微かに浮かべる。
ただし、この時の竜昇の考えはむしろ彼が望んでいたものとは全く逆のものだった。
「誰か一人が悪いなんて思っちゃいない……。けれど――、いや、だからこそ……!! 問題の原因を誰か一人のせいにして、責任から逃れようなんて真似を許すつもりもない……!!」
「な、に……?」
「あんた達の間で起こってしまったことは、このビルの中の、いろんな条件や要因が積み重なった結果起こってしまったことだ。
極限の状況と一人一人の判断、人間が人間であるが故に取ってしまいがちな行動や陥りがちな心理、抱いてしまいがちな感情……。
そういう様々な悪条件が重なって、あんた達は自分たちの暗い感情を詩織さん一人にぶつけるという、最悪の選択肢へと流されてしまった」
そうした悪条件を原因とみるのであれば、確かに詩織の行動にも原因と呼べるものは少なからずあるのだろう。
静などは、被害者である詩織が起きた出来事に対して自責の念を覚えている理由が理解できない様子だったが、実のところ竜昇にしてみれば、彼女がそう考えてしまう理由がわからないでもない。
けれど原因と言うのであれば、それは間違いなくかかわった全員、詩織以外のメンバーにも少なからずその原因があったはずなのだ。
「確かに原因の一端は詩織さん本人にもあったんだろう。けど、あんた達が最悪の結果に至ってしまった理由はそれだけじゃない……。
詩織さん一人を悪者として糾弾できる流れが生じて、あんた達はその流れに従うことを良しとした……。
場の空気に逆らうことを恐れて……。あるいは誰かをストレスのはけ口にしてしまいたい、そんな自身の中から湧き上がる衝動に甘えて――!!」
そういう意味では、竜昇は決して誠司達四人のうちの誰かが、特別に悪い人間だったとは微塵も思っていなかった。
彼ら彼女らを突き動かしていたものは、言ってしまえば酷く
こう言う言い方をすると、自身を特別な存在であると考えようとしていた誠司にとっては不本意な話になるかもしれないが。
彼らが陥ったのは、同じ立場に置かれれば誰もが、それこそ竜昇自身であったとしても同じ過ちを犯してしまいかねない、そんなありきたりでやってしまいがちな間違いであったのだと、少なくとも竜昇はそう考えていた。
「――いい加減、あんただって本当は分かってるはずだぞ……!!」
そしてそれ故に、だからこそ竜昇には、この問題をなあなあで済ませるつもりが微塵もない。
「あんた達が詩織さんにやってしまったことは、どんな理由があろうが絶対にやっちゃいけないことだったんだよ……!!」
「……ッ!!」
ぶつけられた言葉に、もはや誠司は何かを言い返すこともできずにその表情を歪めて立ち尽くす。
もはや自分を偽ることすらも、すでに限界を迎えてしまったかのように。
剥がれかけたメッキを塗り直すこともできずに、誠司はただ焦燥に駆られるままに、からからに乾いた喉から言葉になり損ねた空気を吐き続ける。
「――詫びは入れてもらうぞ、中崎誠司……!!
あんただけじゃない、あんたの他の、パーティーメンバーまで含めて全員に……!!
あんた達に、詩織さんに対してキッチリと、自分たちがやってしまったことのけじめをつけてもらう」
「――詫びてどうなる? もしも仮に僕が彼女に対して謝罪の言葉を述べたとして、それですべてが丸く収まると、君は本当にそう思っているのか……?」
そうして、突きつけられたその言葉に、しかし誠司の方はどこか力の抜けた、虚無感を感じる表情でそう問い返す。
「もしもそんな風に思っているなら、それはいくらなんでも考えが甘いよ。
シオリとの関係だけじゃない……。僕たちのパーティーは、僕という『正しいリーダー』がいるからかろうじて一つにまとまっているんだ……!!
そんな僕が、自分が間違っていたなんて認めてしまったらどうなる?
あるいは彼女たちの行いを悪いものだったなんて言って、彼女たちを糾弾してしまったら……?
そんなことをしてしまったら、今度こそ僕らのパーティーは完全に瓦解するよ。
僕と言うリーダーは信用を失って、彼女たちみんな信じる相手を見失って――。全員が全員バラバラになって、このビルで生きていくことすら難しくなる……!!」
「……」
そんな誠司の言葉に、ふと竜昇は考える。
あるいはそれこそが自分を主人公として見るような、ある種の幻想に誠司が囚われてしまった理由だったのではないか、と。
もしも誠司が、自分は『強く正しい主人公のような存在でなければならない』とそう考えて、そうした意識の果てに自分達を物語の筋書きに当てはめるという、そうした現実逃避に流れてしまったのだとすれば。
もしもそうだとすれば、つくづく誠司と竜昇の間にはその根底的部分で通じるものがある。
同時に意識するのは、根底で通じているからこそはっきりとわかる、竜昇と誠司の間にある決定的な差異。
「――【
「――ッ!!」
そうして、竜昇の思考が一瞬逸れたその瞬間、その隙をつくように誠司の背後の雲の中から突風が噴き出して、その風に乗る形で体重を消した誠司自身が竜昇の元へと猛スピードで打ちかかって来る。
もはやなりふり構わないと言わんばかりの、徹底して竜昇のことを排除しようという、そんな行動――。
(――やっぱり、言葉だけで説得できるほど甘い話にはならないか――!!)
とは言え、そうして竜昇に生まれた反応の遅れはほんの一瞬のことだった。
もとより竜昇とてこの程度の言葉だけで誠司が戦いをやめるなどとは思っていない。
唯一、誠司が不意討ちまがいの手段に打って出たことが予想外と言えば予想外だったが、再び攻撃を仕掛けてきたこと自体は十分に予想できていた展開だ。
「「【
二人の距離が限りなくゼロに近づいたその瞬間、まるで示し合わせたかのように二人の魔本使いがそれぞれの魔本から同じ機能を呼び出して、自身の思考処理速度を一瞬のうちに爆発的に増大させる。
緩慢になった時間のその中で誠司が横薙ぎに杖を振り抜いて、竜昇の方が屈むことでどうにかその攻撃を回避する。
ただし、使用する機能が同じだったとしても、竜昇と誠司では使用している魔本の性能差が圧倒的だ。
なにしろ、竜昇が使用しているのは手帳サイズの魔本が一冊だけであるのに対して、誠司の方はそれより大きなサイズの魔本も含め、三冊もの魔本を保有しているのだ。
加えて、同じく思考補助機能を搭載した魔杖までも同時に使用しているとなれば、案の定、振るわれる杖の動きに、竜昇の対応が少しづつ追い付かなくなっていく。
「【
手にしたものの重量を跳ね上げる魔法を使用して重量を底上げしたうえで、誠司が杖を竜昇の頭部へ目がけて振りかぶる。
自身の武器の性能面での弱点を他の手札で適切に補って、本来打撃武器として想定されていない杖に十分な破壊力を加えて振り下ろす。
「シールド――!!」
やむなくシールドでその殴打を受け止めて、しかし直後に竜昇は自身のその判断を呪うことになった。
受け止めたシールド全体を、撃ちつけられた杖越しに流し込まれた魔力が飲み込んで、同時にその内にいた竜昇の身が、体重が丸ごと消失する感覚に襲われる。
(まずい、これは――)
「【
直後に展開していたシールドに猛烈な突風が吹きつけて、体重を奪われた竜昇の体がシールドごと宙へと浮き上がる。
押し寄せた風が竜昇の体をシールドごと風船か木の葉のように舞い上げて、その身をプールエリアの屋根の近くにまで巻き上げたところで今度は上から吹き降ろす下降気流へと変わって、戻ってきた体重と共に竜昇を地上へと真っ逆さまに叩き落とす。
(地面に叩きつけてシールドごとこちらを叩き割るつもりか――!!)
そうと気づいた時にはもう遅かった。
吹き降ろす風の元、竜昇の展開するシールドが勢いよくプールサイドのへりへと叩きつけられる。
まるでキッチンの角に卵をぶつけたかのように、シールドの表面に無視できない大きさのヒビが入り、そんな状態のシールドが竜昇を閉じ込めたまま斜め上へと跳ね上がる。
その先にあるのは、付近をにあった流れるプールの、その水面。
(しまった――!!)
直後、竜昇は展開していたシールドごと付近にあった流れるプールに着水し、そのまま生じた亀裂からの浸水によってなす術もないままに水没する。
侵入してきたプールの水が竜昇の纏う雷の衣に接触し、抱えていた莫大な電力が瞬く間にプール全体へと散らされる。
(クソッ、やられた……。接近戦を挑んでおいてわざわざこっちを打ち上げるような真似をしたのはこれが狙いか……!!)
恐らく先ほどの風圧も、実際には竜昇を地上に叩きつけるという以上に、プールのへりにシールドを叩きつけるための、落下軌道の微調整をするのが狙いだったのだろう。
幸い、竜昇自身は【電導師】の魔法の性質上感電することはなかったが、それでも確保していた電力が根こそぎ失われてしまったというのは大きな痛手だ。
電力の上乗せによる魔法の強化に、近接攻撃を仕掛けた相手を感電させる自動迎撃と、雷の衣は誠司に対抗するうえで戦術的に重要な意味を持っていたのだから。
『【
そんな竜昇の状況にさらに畳みかけるように、上空から下降気流の鉄槌が竜昇のいる水中目がけて振り下ろされる。
狙いが大雑把だったためか今度も直撃は避けられたものの、水中にいた竜昇の体を周囲の水ごとふっ飛ばして、まるで台風などで魚が陸に打ち上げられるように、竜昇の体が陸地の床へと放り投げられ、叩き付けられる。
「これで……、君の身を守っていた電撃の衣は大方君から剥ぎ取った……。今の【
「――く、【
「無駄だ――!!」
痛む体に鞭打って、自身の周囲に雷球を生成しようとした竜昇だったが、風に乗った誠司が猛烈な速度で竜昇の元まで飛んできて、発生させた雷球を撃ち込む間もなくその杖で竜昇の腹部を殴打する。
「グ――、ブ――」
タイミング的に軽量化から加重に切り替える余裕はなかったのか、打ち込まれた一撃は致命的と言えるものではなかったが、それでも少なくないダメージに竜昇が体をくの字に折って倒れ込む。
「君との戦いは勉強になったよ。どうやら魔法使い同士の戦いなら高威力の魔法を撃ち合うより、杖で殴りにかかった方がいい場合もあるらしい」
なにかの皮肉のようにそう言って、誠司が左手の指先をピストルのような形にして倒れる竜昇目がけて突きつける。
使用されるのは誠司の覚える魔法の中で最も簡易で、しかし人一人を殺めるには十分な威力を持った攻撃の魔法。
「【飛び火花】――!!」
「――させ、るかァッ――!!」
放たれる極小炎弾。受ければ脆い人体程度、簡単に重傷を負わせられるその攻撃を、竜昇はとっさに周囲に浮かべていた雷球、その一つを無理やり射線上に割り込ませることでどうにか受け止めた。
雷球と火花。二つの魔法が両者の間で激突し、爆発と共に互いの魔法を相殺し合う。
「――ッ、いつまでも余計な抵抗を――」
「まだまだァッ――!!」
爆発に一瞬誠司がひるんだその隙をつくように、すかさず竜昇は用意した雷球の内、二発目と三発目を相次いで誠司の方へと差し向ける。
そうして、自身に攻撃が向かってきているとなれば流石に誠司もそれに対処しない訳にはいかなかった。
直前まで竜昇の方へと向けていたその指先を自身に向かってくる二発の雷球の方へと差し向けて、立て続けに火花の魔法を撃ち放ってそれらをどうにか相殺していく。
(ここだ――!!)
自身が誠司の魔法の矛先から外れたその瞬間を、この時竜昇は見逃さなかった。
即座に体勢を立て直してその場から立ち上がり、同時に右手に握っていた長剣を手放して、かわりに別のモノへと手を伸ばす。
「――来いッ!!」
竜昇の声に反応したように、付近に浮かんでいた四発目の雷球が竜昇の手の中に飛び込んで来る。
電力を失って、しかし未だに維持されていた【電導師】の力場に雷球が触れて、竜昇の手の先から肘までの狭い範囲を、再び電撃の衣が包み込む。
(この状況で僕に接近戦を挑むって言うのか――!?)
相手が自分にとって有利な土俵に飛び込んで来たというその事実に、誠司はとっさにその意図を測りかねて迷いを覚える。
直後に発動するのは、またしても二人全く同時の、まったく同じ思考補助手段。
「「【増幅思考】――!!」」
ふたたび目に映る世界が急激にその速度を落とし、緩慢になった世界の中でふたりの思考がこの場における最適解を求めて駆動する。
(【飛び火花】は――、距離が近すぎる。それにあの防壁の魔法を使われたら意味がない)
相手の手札を引き伸ばされた一瞬の中で考慮して、誠司は自身が持ちうる迎撃手段を一つ一つ吟味し、判断していく。
同一の理由で、【魔法スキル・火花】に収録された魔法は全てダメ。
【魔法スキル・黒雲】の魔法は吸収されてしまう電撃以外威力や即応性に欠けると判断し、ならば【加重域】でねじ伏せようかとも考えたが、その考えも直後に竜昇の背後にあるものを見つけて即座に却下した。
(なるほど、それが君の本当の狙いか――)
竜昇の背後にあったのは、先ほど生成されていまだ使われないままあった二発の雷球。
それらを竜昇は自身の背に隠すようにして、その射線を自身の体で隠すようにしてこちらに向かってきている。
(僕が君を重力でねじ伏せれば、あの電撃レーザーの射線が開いて僕に真正面から撃ち込めるという訳か――)
いかに誠司が重力を扱えるとは言っても、その重力は光を捻じ曲げられるほど強いわけではないのだ。
そしてそれは【加重域】によってねじ伏せずとも、杖術を用いて相手を打倒しても同じこと。
誠司の手の内に現状あの電撃レーザーを防げる手札はなく、かと言ってこのまま迎撃しなければ接近してきた誠司の、恐らくはあの電撃を纏った拳による攻撃を受けることになる。
誠司が迎撃してもしなくても、確実に次の一手を相手へと叩き込める二段構えの攻撃態勢。
(なんて、そんな風に思ったかい?)
胸の内で、空虚な気分のまま無理やりそうほくそ笑んで、次の瞬間には誠司は魔本によって獲得した処理能力にものを言わせて、同時に三つもの魔法を並行して発動させていた。
「【
杖の先端、煙管のようになった吐き出し口から雲と気流を同時に噴出して、その勢いを利用して振り抜いた杖先が竜昇の太腿を殴打する。
「――がッ」
「――【
同時に、体重を奪う魔力が杖先から竜昇の体へと打ち込まれて、羽のように軽くなった竜昇の体が空中に浮いたまま横転する。
竜昇の背後にある雷球、その射線を当の竜昇自身の体で遮って、さらに杖から噴出する黒雲の壁で、眼の前の視界さえも閉ざしにかかる。
ここまでやってしまえば、もはや竜昇も雷球からの光条で誠司への追撃など狙えない。
よしんば狙いもつけずに闇雲に撃ってきたとしても、竜昇の体が重量を取り戻して射線が開くころには、すでに誠司自身はこの場を飛びのいてその射線上から離脱することができている。
そう、思っていた。
直後に目の前の黒雲の壁を突き破り、横倒しのままの姿勢で竜昇がこちらへと突っ込んで来るまでは。
(馬鹿な――!?)
思いもよらない早さでの相手の出現に、増幅された誠司の思考が一瞬混乱に満たされる。
いくらなんでも、こんなタイミングで竜昇がこちらを追ってくるなどそれこそあり得ない。
そもそも竜昇にかけた【羽軽化】の魔法はまだ効果時間中で、竜昇は宙に浮いた状態のまま身動きなど取れないはずなのだ。
地に足を付けることすらままならない。先ほどから見ていても空中移動の手段など持ってもいない。そんな相手が、この短時間でどうやって自由を取り戻して、こちら側へと追いすがってきたというのか。
そんな風に、誠司の脳裏を支配した疑問は、しかし直後に見えた光景によってあっさりと晴れることとなった。
雲を突き破って現れた竜昇の背後、背中のちょうど中央付近に、先ほどまで見ていた雷の光条が命中し、その身を突き飛ばしているのを目の当たりにしたことで。
(自分の魔法で、自分を撃って……!?)
竜昇が今回とった手段は単純だ。
体重が消え、空中に浮かされた自身の体を、竜昇は背後に配置していた雷球で背中を撃って、着弾のその勢いでこちらへと吹っ飛んできたのだ。
(無茶苦茶だ――!!)
だがそうと理解してなお、否、理解できたからこそ、誠司は竜昇のとったそんな手段を冷静には受け止められない。
確かに手加減して撃つことはできるのかもしれない。なにしろ自分の魔法なのだ。
電撃の方は例の【電導師】なる魔法で吸収できるだろうし、本来ならば金属製の召喚獣すら貫通できる威力を殺して、貫通力を押さえて撃ち込むことも自分の魔法ならば可能なのかもしれない。
けれどそれでも、こんな怪我一つが命取りになりかねないビルの中で、本来ならば容易に命さえ奪えるような魔法を自分に対して撃ち込むなどと言うそんな選択をするものがいるなどとは――。
(――ありえ、ない……!!)
それこそが、魔本によって竜昇よりはるかに高い思考能力を獲得していたはずの誠司が、竜昇のとっさのアドリブを予見出来なかった最大の理由。
自身が、あるいは自分たちが傷つかないための最適解ばかりを予想して、いつしか目先の安全のことしか考えられなくなっていた誠司の意識の、最大の死角だった。
「本当はただビビって守りに入ってるだけのくせして――、ごちゃごちゃと理屈をつけて逃げ続けてんじゃねぇよ――!!」
(しまった――、回避を――)
我に返って、そう思った時にはもう遅かった。
雲の向こうから、残っていた最後の雷球が光条へと変わって竜昇の背中に着弾し、その衝撃によってふっ飛ばされた竜昇が強引に軌道修正をして誠司のいる方へと降って来る。
その身に受けた雷球三発分の電撃を右腕に宿し、途中で体重をも取り戻した竜昇の拳が誠司の頬へと突き刺さる。
「ブ――、ガ……!!」
殴られた衝撃と全身を駆け巡る電流に、もはや誠司の意識が堪え切れるはずもなかった。
殴り倒されて床へと投げ出されながら、誠司が耳にするのはほぼ同時に着地したらしい竜昇の、どこか同類に向けて語るようなそんな言葉。
「強くなった気になって、それだけで満足してるんじゃねぇよ……!! 思い込むだけじゃなくて、強くて正しい自分をちゃんと目指せよ……。
俺達みたいな人間にとって、そこの違いは絶対に見誤っちゃいけない、そういう一線だろうがよ……!!」
(く……ぅ、ぁ――)
そうして、その言葉を最後に誠司の意識はそれ以上の存続に失敗し、まるで疲れて眠りに落ちるように暗い闇の中へと消えていく。
瞳や愛菜、そして理香と、最後に自身について来てくれた三人の少女と、そして敵対することとなってしまったもう一人の姿を脳裏に浮かべながら。
まるで何かを諦めるような思いで、そのまま誠司は意識を失った。
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