181:歩まなかった道筋

 反攻の電撃が天へと昇る。


 天よりの罰であるかのように落とされた雷が逆に天へと向けて撃ち返されて、それを落とした本人へと反逆するかの如く牙をむく。


「く――、そッ――!!」


 自身に迫る攻撃に対して、上空にいる誠司の方もとっさに素早く対応していた。

 自身の握る杖、【麒麟の角杖】を横一文字に振り抜いて、その煙管の如き先端から黒雲を吐き出し、電撃系攻撃を吸収する壁とする。


 とは言え、今の竜昇を相手にその雲の壁はあまりにも脆弱で心もとないものだった。


「う――、ぎぁっ――!!」


 風に乗って回避行動をとっていた誠司の左腕に、あっさりと雲の壁を突き破った電撃が喰らいつく。

 左腕を中心に全身に電撃の衝撃が走り抜け、誠司の意識が一瞬だけ漂白されて、制御を失った誠司の体が風に流されて雲の中へと突っ込んだ。


「――う、はっ――、はぁ――、はぁ――」


 対して、その電撃を放った竜昇の方も、攻撃を放ったその直後には耐えきれなくなったように片膝をついていた。


(流石に……、一〇〇パーセント自分の魔力から作った電気でもないと、完全なノーダメージとはいかないか……!!)


 吸収しきれなかった電気によって若干の痺れが残る体の状態を確かめながら、竜昇はそんな自身の体を包み込む雷の衣へと視線を向ける。


 竜昇の習得した【魔法スキル・雷】の新たな魔法、【電導師アンペアロード】。

 それは言うなれば、電気を自分の支配下に置く魔法だ。


 この魔法を発動させると、術者の体をオーラ系の魔力が覆って、その身の周りに特殊な力場のようなものが形成されることとなる。

 その力場に電気が触れると、その電気は術者の体に流れることなく力場によって受け止められて、そうして吸収された電気が術者の周りに、まるで身にまとう衣服のような形で蓄積されていく。


 その吸収率たるや、術者本人が自身の魔力から生成した魔力であればほぼ百パーセント。

 流石に他人の魔力から生成された電気となれば多少吸収効率は落ちるようだったが、それでもあれだけの規模の魔法を受けてこの程度のダメージで済んでいることを考えれば、まずまず破格の性能を持つ魔法であると言っていい。


(まったく、正直電撃への耐性さえ獲得できればそれで御の字くらいの積もりだったんだがな……)


 自身が習得した魔法の、当初考えていた以上の性能の高さに、竜昇は内心そんなことを思いながら密かに苦笑する。


 元々、竜昇が習得しようとしていたのは、ここまで破格の性能を持つものではなく、単に電撃に対して耐性を獲得できるような、そんな魔法だった。


 今日のこの時、同じように電撃を使うという誠司を相手にするにあたり、そして何より、あたり一帯に水が多く迂闊に電撃を使えば感電しかねないこの階層で戦うにあたって、竜昇は何らかの形で電撃に対する耐性を獲得できる、そんな魔法の知識を求め欲していたのである。


 幸い、予感はあった。

 昨日、浴場エリアで城司と共に水の攻撃にさらされたその際に、電撃耐性の必要性を痛感したことで、竜昇の中に『そういう魔法がある』という感覚が漠然とではあるが芽生え始めていたのだ。


 結果、そうした糸口のようなものがあったおかげで、知識を引き出す作業そのものは、それほど苦労することもなく。

 ゾッとするほど簡単に、竜昇は当初想定していた以上の、電撃を支配下に置くという、破格の魔法を手に入れた。


(まったく、これでそこ意地の悪いデメリットなんてものが無ければどれだけいいかって話なんだがな……)


 竜昇とて忘れた訳ではない。

 他ならぬ静が暴いた、スキルシステムの裏に潜む巨大なデメリットのことを。

スキルを習得し、レベルが上がるほど【決戦二十七士】なる者達への敵意を植え付けられるという、そんな副作用の存在を。


 そうしたデメリットを理解していて、それでも竜昇は、もはや避けては通れないものと腹をくくって、自身の中にあるスキルの中から【電導師】にまつわる記憶を引き出した。


 奇しくもそれは、静が手錠に対する対策として【盗人スキル】を習得する決断をしていたのと同じように。

 敵意を植え付けられるのを承知の上で、それでもなお竜昇は、静とはまた別種の決意を固めて、危険を承知で新たな魔法の習得に踏み切った。


(だが、その甲斐はあった……!!)


 想いながら、膝に力を込めて立ち上がる。


 【黒雲】と【電導師】。互いに相手の電撃を無効化する手段を持ち合わせることとなった両者だが、電撃の吸収能力においては明らかに【電導師】の方が性能は上だ。

 加えて今の竜昇は、うまく誠司を焚きつけて電撃を使わせることにより、誠司の魔法という莫大な電力リソースを獲得することにも成功している。


 とりあえず現状は、おおむね竜昇の狙い通りに推移していると言っていい。


「……たったあれだけで、まさかダウンしたなんてことはないでしょうね、中崎さん?」


 雲の向こうに隠れた誠司へと向けて、竜昇はあからさまなまでの挑発の言葉を遠慮容赦なく投げかける。

 【探査波動】を使って誠司の位置を割り出しに行った方がよかったが、しかし竜昇はこの場ではあえて誠司に対して会話の続きを持ちかけることを選んだ。


 単に誠司を倒すだけでなく、彼と言う人間に己の正体を自覚させるために。


「どうやら、今の一撃が随分とあなたには堪えたようですね……。それとも、舐めていた相手から思わぬ反撃をくらって、自分で思っていた以上に気が動転している感じですか……?」


 そうして呼びかけた瞬間、案の定言葉に対する誠司の感情を表すかのように、壁のように竜昇を取り囲んでいた黒雲がその形を崩して中央目がけて流れ込む。


 周囲一帯を包み隠す黒雲が竜昇の視界を遮って、同時に雲を構成する水と氷、そして冷気が一切の容赦なく薄着の竜昇を責めたてる。

 攻撃と言うには生ぬるい、しかし明らかに竜昇を害する意図で行われた、まるで嫌がらせのような、身を切る寒さ。


「俺にも経験がありますよ。俺も始めてまともに攻撃をくらったそのときには、痛みと恐怖で半ばパニックになったりしたものですから」


 そんな寒さによる震えを意地で隠して、同時に竜昇は雲の向こうの誠司へと向けてさらなる言葉を投げかける。


 竜昇が誠司の精神性について推察できた理由は簡単だ。

 なにしろ竜昇自身にも、自身のことを主人公か何かのように考えて、心のどこかで自分が負けるはずがないという無自覚な油断を抱えていた時期があるのだ。


 当時の竜昇にそんな自覚はなかったが、今にして思えば第一層にて最初の敗北を迎えるまでの竜昇の精神性は間違いなくそういう類のものだった。


 そういう意味では、竜昇と誠司の間にもまた、その精神性に置いてどこか通じる部分があるのだ。

 そして通じる部分があるからこそ、今の竜昇には誠司の心理がかつての我がことのようによくわかる。


「察するに中崎さん。あなたひょっとして、まともに攻撃をくらったのってこれが初めてだったんじゃありませんか? あなたはこれまで、戦いの中で自身が『痛い目』に遭ったことがほとんどなかった」


 中崎誠司の戦闘スタイルは【魔術師】だ。

 複数の魔法スキルを習得し、それ等を使用することで戦闘を行う彼のスタイルは、一般的なファンタジーでそうであるように、基本的に敵の手の届かない後方に控えての前衛の支援が基本戦術となる。


 そう考えれば、たとえ誠司がこれまでまともに攻撃されたことがなかったとしてもなにもおかしなことはないのだ。

 それどころか、彼が一度も攻撃を受けたことがなかったとするならば、それは彼自身の状況判断と、前衛を務めた彼の仲間たちの優秀さをそのまま表しているとさえ言える。


 ただし、そんな戦術的成功も、中崎誠司と言う少年の中にある種の油断を生む原因となっていたとすればそれは少々考え物だ。


 竜昇達プレイヤーが置かれた状況は劇的だ。

 ある時突然現れたビルの中に囚われて、その中で魔法染みた力を与えられて未知の敵と戦わされるというこの状況は、確かに危険で迷惑極まりないものであるが、同時に物語の中の主人公になったような、ある種ドラマチックな気分を竜昇達に味わわせてくれる。


 ビルの中の過酷さを考えれば、通常であれば竜昇のように痛い目に合って挫折と共に危機意識を取り戻すのだろうが、誠司の場合はそうした機会がなかったがためにそうした気分から脱却する機会を逃してしまっていたのだ。


 そういう意味では、竜昇はまだ運がよかった。

 痛い目を見たその時に助けてくれる存在がいて、なによりも勘違いし、思いあがったその鼻っ柱を叩き折ってくれる、破格の才能の持ち主が身近にいてくれたのだ。


 あるいは竜昇と誠司の間の決定的な違いは、小原静という少女が身近にいたかどうかというその一点だけだったのかもしれない。

 彼女の在り方に間違いを正されて、そしてそんな彼女に並び立とうと強さを求め続けて、今竜昇はこうしてここにいる。


 けれど誠司の場合はそうではなかった。


 彼の場合は自分が他人を助けることはあっても、自身の弱さに直面して、自分の本質と向き合う機会というものが決定的に欠如してしまっていた。


 挫折というなら、あるいは彼らのパーティーが陥っていた苦境や、一番最初の沖田大吾の死などはそれにあたるのかもしれないが、前者は他ならぬ誠司自身の存在によって一定の改善がなされてしまったし、後者に至っては誠司達の陥った状況を、よりドラマチックに演出する効果すら持ってしまった。


 別に誠司とて、大吾の死に何も感じなかったというわけではなかっただろう。

 むしろ彼自身は、友人のその突然すぎる死を、十分に悼んで悲しんでいたに違いない。


 だがそんな大吾の死という悲劇すらも、誠司が抱えることとなった思い違いを否定する根拠にはなってはくれなかった。

 むしろそんな物語の中の悲劇のようなその展開こそが、彼の中の主人公幻想を余計に後押しするそんな結果となってしまった。


 まるで鏡映しの鏡像を見ているかのような、違う道をたどった自身を見ているかのような、そんな感覚。

 そういう意味で、誠司のことをある種の同類と見なしていた竜昇だったが、しかし当の誠司の方は竜昇のことをそんな風には考えていなかったらしい。


「本当に……、黙って聞いていれば、つくづく好き勝手なことばかり言ってくれる……!!」


「……!!」


 周囲で吹き荒れる風の音に紛れるように、雲の中から明らかな苛立ちに満ちた誠司の声がする。


 居所がバレてしまう関係上、誠司の方からの返事があるとは正直思っていなかったのだが、どうやら竜昇の物言いは、誠司にしてみれば黙って聞き流せる類のものではなかったらしい。

 否、あるいはそれは、【探査波動】を持つ竜昇を相手に居所を隠し続けることはあまり意味がないと、誠司が悟ったが故の行動だったのか。


「――!?」


 雲の向こうになにかの気配を感じて、反射的に竜昇はその方向目がけて腕を差し向ける。

 話しながらも準備していた【光芒雷撃】の雷球に形を与えて、そのうちの一発を手の平の中に収めてそこに電流を注ぎ込む。


「充填――」


 直後に雲の向こうから現れるのは、両腕が刃物のようになった、全身が金属でできた猿のような何か。


「【電導雷撃槍ロードスピアボルト】――!!」


 雲の向こうから出現し、刃物のような両腕を振りかざして斬り掛かってきたその猿に対して、竜昇は即座に光条を手から放って迎え撃つ。


 竜昇の身を包み込む雷の法衣、そこからの電力供給を受けた雷球が極太のビームとなって放たれて、飛び掛かってきた金属猿の胸から上を跡形もなく消し飛ばす。


(こいつ――、【召喚スキル・剣獣】の【剣戮猿ソードエイプ】か……!!)


 詩織から聞いていた召喚獣の特徴と照らし合わせ、竜昇は即座にその召喚獣の正体を看破する。

 形態によってさまざまな運用が可能な剣獣たちの中にあって、もっとも近接格闘に向いた前衛がこなせる召喚獣。


「【探査波動】――、発動――!!」


 もはやこれ以上の会話は危険と判断し、即座に竜昇は周囲に向かって気配を暴く魔力の波動を投射する。


 即座に現れるのは、遠く離れた空中にいる誠司の気配と、その手前に展開される複数の召喚獣の感覚。


(さっきの【剣戮猿ソードエイプ】の気配が四体に空中にさらに二体……。これはフクロウ型の【剣梟ソードオウル】か……!!)


 そうと理解した瞬間に、誠司の方もこれ以上隠す意味はないと判断したのか、召喚獣の目から周囲を見るべく竜昇達の周囲の雲が晴れていく。


「好き放題の発言の、そのツケは高いぞ……!!」


 現れるのは合計六体もの召喚獣からなる混成部隊。

 およそ人間が一つの脳で操れる数を優に超えた、【魔導師】にして【魔本使い】でもある中崎誠司の、その真骨頂ともいえる本気の布陣だった。

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