159:彼らが主役の物語

 そもそもの話をするならば、渡瀬詩織と中崎誠司は以前からそれほど親しかったというわけではない。

 これは他のメンバー、誠司と馬車道瞳、及川愛菜との関係性においても言えることだが、当時のクラス内での詩織達と誠司との関係性は、詩織たち三人が元から仲の良いグループを作っていたのに対して、誠司はそれとは全く別の男子グループに属しており、同じクラスであるが故に互いの存在こそ知っていたものの、しかしその実情はクラスメイトという以外に接点のない、他人という表現が近い関係性だった。


 そんな詩織達と誠司との間に、いったいなぜ接点が生まれたのかと言えば、これは単純に詩織たちが住む町に【不問ビル】が出現したことがきっかけだった。

 具体的には、ビルの出現とそのビルに対する周囲の反応に動揺し、慌てふためく詩織たちに対して、同じくビルの存在を疑問視することができていた誠司が声をかけてきたというのがその経緯である。


 とは言え、そんな形で接点を持った詩織たちだったが、実のところ三人の中でのビルに対する方針は完全に統一されていたわけでもなかった。

 というのも、瞳と誠司は仲間を得たことで、ビルに対して積極的な調査を主張していたのに対し、詩織の方はそうした行動には消極的で、むしろビルの存在に関わることそのものを忌避していたのである。


 なにしろ、幼いころから【魔聴】によって、他人には聞こえない音が聞こえるという症状に悩まされてきた詩織である。

詩織にとってビルに対して関わりを持つことは、自らが異端であることを声高に主張することにほかならない。

 当時はまだ魔力の存在を知らず、それゆえ【魔聴】の正体も不明な、ただの耳鳴りだと思っていたことも相まって、詩織は他人とは違う自身の感覚と向き合うことをことのほか忌避する傾向があった。


 加えて、その耳鳴りすら、ビルが出現してからというもの頻繁に聞こえるようになっていたという事情もあって、詩織はビルに対して他の二人以上に不吉な雰囲気のようなものを感じ取っていたのである。当時まだビルの中に何があるのか、その真実を知らずにいた詩織であったが、それでもその時の詩織は、すでにこの正体不明のビルのことを決して関わるべきではない、危険なものとみなしていたのだ。

 

 とは言え、だからと言ってそうした己自身の感覚に頼った意見を声高に主張できるほど、渡瀬詩織という少女は強い人間でもなかった。

 むしろそんな自身のビルへの印象、その理由を問われたときも、詩織はそれを適当に笑ってごまかして、結果として誠司と瞳は、一人難色を示す詩織をよそに二人だけでビルに対する調査を進め、詩織自身はそれを知らないまま二人の行動を止めることもできないという、そんな状況を招いてしまった。


 そうして、ビルの出現からしばらくたったころ、詩織達の元へ決定的な転機が訪れる。


 驚いたことに、誠司と瞳が、それぞれの友人である沖田大吾と及川愛菜の二人を伴って、問題のビルの元まで行ってみようと言い出したのである。


 どうやら、誠司と瞳は詩織を置いて二人だけでビルについての調査を進め、先日遂にビルの一階部分にまで足を踏み入れるところまで行っていたらしい。

 そのときは少し中入っただけですぐに帰ってきたらしいのだが、そのとき特に危険な予兆なども見られなかったために、誠司達はビルに対して、それまでとは別のアプローチを試みようと考えたようなのだ。


 そのアプローチというのが沖田大吾と及川愛菜、すなわち、詩織たち三人以外の、ビルに対して興味を持たない人間の誰かを、それでもビルにまで連れて行ったとしたらどんな反応を示すかというものだった。


 その実験に、誠司が大吾と愛菜という二人を選んだのにも訳がある。

 どうやら聞くところによると、大吾は以前から愛菜に対して好意を寄せていて、そのときすでに愛菜への告白の機会をうかがっていたらしいのである。

 どうやら誠司がこの実験を思いついたのもその話を本人から聞いた時らしく、誠司はそんな二人を肝試しと称してビルまで連れて行き、そこで二人の反応を見ると同時に、大吾に対して愛菜への告白の機会も与えようと考えたらしいのだ。


 当り前の話だが、誠司達の立てたこの計画に、当初詩織は強く反対していた。

 当然だ。ただでさえビルの存在に対して危険性を感じ取っている詩織にとって、そんな場所まで無関係の人間を二人もつれて赴くなど正気の沙汰ではない。


 実際後から考えれば、詩織のそうした見立ては決して間違っていなかったわけだが、しかしそれはあくまで後からだからこそ言える話である。

当時、彼女のそうした意見はあくまでも根拠のない不安感程度でしかなかったために、ここでも詩織は自身の意見を強く主張できず、結局は実際に行ってみたという二人の証言も相まって、詩織自身も同行してビルへと行ってみるという、あとから考えれば最悪の決断を状況に流されるようにして受け入れてしまった。


 そうして、嫌々ながらもビルへの侵入という企てに参入し、愛菜と大吾を巻き込んだ計五人でビルへの侵入を果たした詩織は、やはりというべきかそのことをこれ以上なく後悔させられる羽目になった。


 ことの推移については、それほど特筆して語ることもない。

 ただビルに入ったあたりから、愛菜と大吾の二人が急速にビル内部へと興味を持ち出して、彼らに引きずられる形でエレベーターに乗ってしまった詩織たちが、諸共ビルに囚われる存在となってしまったというだけだ。


 この瞬間、間違いなく詩織たちと誠司はビルに囚われた被害者であり、同時にまったく関係のなかった二人を巻き込んだ共犯者となっていた。






「共犯者、ですか……」


「静?」


「ああ、いえ。今言っても仕方のないことですので……。それよりも一つお聞きしたいのですが、そのもう一人の沖田さんという方も、及川さんと同じく精神干渉を受けていた方だったのですか?」


 不意に発した言葉を含みを持たせながら脇に置いて、静はこの機会にとばかりに詩織に対して質問を投げかける。

 当初は竜昇の方も、詩織の話を最後まで聞いてからいろいろと質問するつもりでいたのだが、こうして機会ができたのならばちょうどいいとその答えを聞くことにした。


「――うん。私も沖田君とはそれほど話したわけじゃなかったけど、沖田君本人がビルそのものに興味を持ってないのは何となくわかったし……」


「ですが、それならばその方もスキルを最初からカンストした形で習得できたのではありませんか? もしそうなら、及川さんの例と合わせてそちらはもっと早く精神干渉とスキルシステムの関連に気付けたのでは――?」


「それは、その――、そういうのを確認する前に、沖田君が、やられちゃったから……」


「……なるほど」


 詩織のその証言に、静の方も納得し、同時にどこか反省したかのようにその一言で引き下がる。

 実際話を聞いてみれば納得の理由だ。恐らくその沖田大吾という人物は、それこそ竜昇が最初に出会ったもんぺ女の【影人】のような、ごくごく初期の相手によって殺害されてしまったのだろう。


(……なんだかなぁ……)


ここまで詩織の話を聞いて来て、竜昇が誠司達に対して抱く思いは複雑だ。


 なにしろ、この【不問ビル】に囚われるにあたって、彼らが下してしまった判断はいっそ最悪と呼んでしまってもいいくらいなのだ。

 関係のない人間を二人も巻き込んで、詩織の制止も聞かずに彼女まで巻き込んで、こんな正体不明のビルの中へと侵入を果たす。

その一連の判断は、このビルの内情とその後起きたことを考えれば、本当に最悪の、愚かしいとさえいえるものであるのだろう。


 とは言え、それはあくまでも真相と未来を知った、ことが起きてしまった後である今だからこそ言える話だ。


 それにそもそもの話をするなら、こうしてビルの中に囚われてしまっている時点で、誠司達だけでなく竜昇達の側とて、多かれ少なかれビルの危険性を見誤っていたという点では変わりはない。


 そう考えると、誠司達のその時の判断を間違っていたと断ぜられる一方で、そんな彼らを攻めようという気には、少なくとも竜昇は到底なれなかった。

 たとえ自分たちがそんな判断を下すことがなかったとしても、その判断に至った経緯そのものは、竜昇にも少なからず理解できてしまうから。


 そしてそれは、彼らがビルに閉じ込められた後の行動に関しても同じことだ。


「……油断が、あったんだよね。ビルに入る前も、入った後も。……ううん、違うな。油断って言うのとは少し違う……。なんていうか、ビルに閉じ込められたって知ってもなお、みんなどこか状況を楽観視してたんだよ。楽観視って言うか、そう……。そんなにひどいことにはならないんじゃないかって、なんの根拠もないのに、そんな風に思っちゃってた……」


「……」


 この【不問ビル】内のシステムは妙にゲーム的だ。

 実体としてはゲームなどとはとんでもない、日常からかけ離れた命がけの戦いを強要して来るくせに、そのシステムが妙になじみのある、ファンタジーRPGのような要素が化けの皮のようにかぶせられているせいで、実際に敵に襲われるその時までビルそのものの脅威度をプレイヤー達が断定しにくくなっている。


 幸い、竜昇などはそのゲームっぽさゆえに、かえって自身が置かれた状況に危機感を覚えることができた訳だが、しかし人間という生き物が持つ、安心を得るために問題を過小評価してしまう習性のようなものを考えれば、詩織たちのパーティーが危機感から目をそらすように状況を楽観視してしまったというのも一概に愚かと責めることはできなかった。

 もしも自分が同じように、一人ではなく集団でこのビルの中に足を踏み入れていたとしたら、同じように状況を楽観視してしまったのではないかというそんな考えが、どうしても自分自身で否定しきれなかったから。


「本当は、その時にもう気付かなきゃいけなかったんだよね……。まずいことになったんだって、危ない場所に飛び込んじゃったんだって、そういうことに……。それこそ、私たちが来るまでずっとあの武器の部屋で待ってたって言う、理香さんみたいに……」


「……あなた方が最後の一人の、先口理香さんに出会ったのは、そのときだったのですね?」


「……うん。理香さんは、あの部屋に通された時点でこの先はまずいって思ったらしくて、先に進まずに、ずっと一人で、あの部屋で待ってたの。私たちが来るまで、私達と一緒に、あの部屋から先に進むまで――」






 先口理香。

 詩織たちのパーティーのメンバーのうち、唯一彼女たちのクラスメイトで無かった、それどころか顔見知りですらなかった彼女と出会ったのは、詩織たちがエレベーターによって武器部屋へと案内された、その直後のことだった。


 聞けば、彼女は詩織たちよりもかなり早く、それこそ一日近く先にビルへとたどり着いていながら、武器が立ち並ぶその部屋を見て先に進むことへの危険を感じて、手持ちの飲み水や食料で飢えをしのぎつつ、ずっとあの武器選択の部屋にとどまっていたらしい。


 その選択が、賢いものだったかどうかは誰にもわからない。

 なにしろあの部屋にとどまったところで、助けが来る可能性はゼロに等しいのだ。それどころか下手をすると食料も水もないあの部屋の中でいたずらに体力を消耗し、どこにも行けないまま死に至るか、あるいは衰弱した状態で先に進まざるを得なかった可能性も充分にある。


 ただ、彼女の場合は幸運なことに、かなり早い段階であたりを引いた。


 一人で先に進むことを危険と考えていた彼女の元に、あとから五人もの人間が同じようにビルに囚われてやってきたのだ。


 とは言え、詩織の言うように後から来たそのメンバーは、理香ほど明確に自分たちの置かれた状況を深刻にとらえていなかった。

 それが本気でそう思っていたのか、理解していながら現実から目を背け、希望的観測に逃げていたのかは定かではないが、特に大吾や瞳などは立ち並ぶ武器を見てもどこかゲームに挑むようなノリ出それらを選んでいたし、詩織自身もそんな彼らの雰囲気に流されて、どこか自分が置かれた状況を楽観視していたところがあった。


 そしてそんな楽観の結果、詩織たちは自分たちのそんな甘い考えを、直後に嫌というほど後悔することになる。


 武器を選んで先に進んだその直後、最初に遭遇した敵によって大吾が戦死するという、最悪の形で現実を突きつけられたことによって。


 その後、最初の階層での戦いを、実のところ詩織はそれほど記憶できていない。


 わかるのは、状況を楽観視していなかった理香と、メンバーの中でもまだ冷静さを保っていた誠司の二人が、獲得したスキルを用いることで率先して敵を倒しつつ、混乱する詩織たちを牽引して行ってくれたおかげで、詩織たちもどうにか次の階層まで進むことができたということだけだ。


 だが、いくらなんでもそんな二人に頼るだけの攻略を続けていては、当然それにも限界が訪れる。


 詩織たちがその壁にぶつかったのは第二層、竜昇達も通過したあの深夜の学校を舞台にたどり着いた後のことだった。

 第一層のボスはどうにか撃破できたものの、敵の一体一体の攻略難易度が跳ね上がるこの階層に出たことで、遂に詩織たちのパーティーは決定的な壁にぶつかることになる。


 そもそもの話、それまでの戦いの中でも詩織たち三人のありさまは酷いものだった。

 特にひどかったのは愛菜で、彼女の場合大吾が死亡したことによる影響が特に大きく、まともに戦うどころか酷くふさぎ込んでほとんど自暴自棄のような状態になってしまっていたのである。


かく言う詩織にしても、その戦いぶりは決して芳しいものとは言い切れず、何度か誠司たちの指示を受けて剣を振るうことすらあったものの、基本的に敵を前にしても満足に動けないことの方が多く、その実情は立派に戦えているとは到底言えないレベルのものだった。


 逆に積極的に戦う意思を見せて果敢に動き回っていたのが瞳だったが、彼女の場合は選んだスキルの存在が仇となった。

 瞳が最初の部屋の中で選んだ武器は巨大な両手斧(バトルアックス)。明らかに勢いだけで選び、向き不向きを考えていなかった瞳は、その【金剛戦斧】なる武器と共に【戦斧スキル】というスキルこそ獲得したものの、女子故の非力さゆえに重い戦斧をうまく振り回すことができず、スキルによって得られた技術をまともに使いこなすことができなかったのである。

 ある意味、与えられた知識や技術に体がついて来ないという、スキルシステムに予想される弱点がもろに露呈した形になる訳だが、瞳の場合厄介だったのは、自身のそんな実状に反して、彼女自身は誰より積極的に敵と戦おうとしていて、そのやる気が空回りした結果窮地に陥り、他のメンバーの足を引っ張る展開になることが多かったということだ


 結果、陥ったのが、出現する【影人】を詩織たちが打倒できない、場合によっては押し返すことこそできるものの、勝ちきれずに取り逃がしてしまうという単純ながらも致命的なそんな状況。

 一応、最初のころに運よく倒せた個体もいないわけではなかったものの、徐々に連携の不備や力量の不足、そして戦いへの消極性などの隙を突かれる事態が増えていき、やがては遭遇した敵に対して防戦一方となって、決して広いとは言えない校舎の中でひたすら追ってくる敵から逃げなければならないという、そんな最悪の状況にまで詩織たちは追いつめられていった。


 このままでは、そう遠くない未来に自分たちは全滅することになる。

 誰が口にするでもなく全員がそんな確信を抱きながら、しかしそれによって焦れば焦るほどそれに比例するように連携は乱れ、行動は裏目に出てしまうというそんな悪循環。

 ならばと、どうにか敵との戦いを避けて次の階層に進もうと試みたものの、しかしそんな詩織たちの企ては体育館の壁や床、天井に刻まれた、まるで【影人】の討伐指令のような血文字を前にあえなくくじかれることとなった。


 万事休す、もはやどうにもならないと、そんな恐怖と諦観がパーティー内を支配し始める。

 詩織自身、そのころはもはやどうしていいのかもわからず、【影人】の目を盗んで隠れ潜んだ教室の中で悲嘆にくれてばかりいたのだが、しかし予想に反して、その次の日あたりから彼女たちを取り巻く状況が徐々に変化をし始めた。


 まず瞳が、それまでのように闇雲に敵に突っ込んでいくような真似をしなくなり、なぜかやたらと誠司の指示を待ち、それに従うようになっていった。


 次に変わったのは及川愛菜。

 大吾の死にショックを受けてふさぎ込み、逃げることにすら消極的だった彼女が、しかしそのころから急に立ち直って、やはり誠司の指揮の元、戦闘にも積極的に参加するようになったのだ。


 そして、元より問題の大きかった二人がまともに戦えるようになっただけで、パーティーの戦力は劇的に向上した。

 特に大きかったのが及川愛菜の本格的な参戦で、彼女の場合、どういった理由なのかスキルを最初からレベル一〇〇の完全な形で習得できたうえ、当時彼女が唯一習得していたスキルがそのころのパーティー内で特に不足していた後方支援型の【弓術スキル】だったことから、その彼女の参戦がパーティー全体の戦力と戦略の幅を劇的に向上させたのだ。


 そうして、バラバラだった五人が誠司を中心にひとまずまとまったことで、それまで劣勢に立たされることの多かった【影人】との戦いが再び軌道に乗り始める。


 かくいう詩織も、この頃になるとレベルの上昇やそれまでの経験によってある程度戦うことにも慣れてきて、自然とパーティーのリーダーとなっていた誠司の指示に従う形で何とか戦えるようになっていた。


 ただしこの時、詩織は、詩織一人だけは知る由もなかった。

 パーティーが急に誠司を中心にまとまり始めたその理由、あるいは瞳が誠司に対して向ける信仰にも似た信頼や、同じように愛菜が誠司に向けるようになった強い感情のこもった眼差しの、その意味を。


 それを詩織が知ることになったのは、二層に出没するボス以外の【影人】をすべて倒して、あとはボスを倒すのみとなったその日の終わり。

交代で睡眠を取ることになっていた詩織が、しかしその眠りからふと目を覚まして、いつの間にかいなくなっていた他のメンバーを探して拠点としていた教室から飛び出した、そのときのことだった。


 まず出会うこととなったのは、まだ見張の順番ではなかったはずなのに、なぜか一人、隣の教室の前に立っていた先口理香。


 そして続けて詩織が目の当たりにしたのは、理香が出入り口に立つ教室のその中で、愛菜と瞳、そして誠司の三人が、そろって情事に及んでいるというそんな光景だった。






「え、ちょっと待ってください?」


 その言葉を聞いたその瞬間、ほとんど反射的な反応で、静は詩織の話にそう待ったをかけていた。

 どうやら未知の世界だったらしく、静は一瞬考えるようなそぶりを見せたあと、ようやく納得できたと言わんばかりに理解したような様子を見せる。


「ああ、なるほど、そうですよね……。考えてみればそういうのは一対一でなければいけないわけではないのでした……。とは言え、一応確認なのですが、それはつまり三人でセッ――」


「躊躇ないなァッ、せっかく詩織さんがぼかして言ってたのにッ!!」


 理解に時間がかかった代わりに特に恥じらいもないと言わんばかりに、直接的な言葉を躊躇なく使おうとする静に対して、竜昇は頬に熱を感じながら慌ててそれを押しとどめる。

 対して、案の定静はと言えば、竜昇達がそこまで直接的な表現を避ける理由がわからないと言わんばかりのご様子だった。


「そんなに隠すようなことでしょうか? そもそもこんな社会から隔絶された場所に年頃の男女が一緒くたになっているのですから、肉体関係に至る人間くらいいてもおかしくはないでしょうに」


「――う、いや、そうかもしれないけど……」


「まあ、流石に二人いっぺんというのは想定外でしたが……、いえ、様子から察するに理香さんも関係しているようでしたから、ひょっとすると三人で代わる代わるだったのでしょうか」


 かなり赤裸々な物言いにたじろぐ竜昇達をよそに、静が実に的確に誠司たち四人の関係性をそう予測する。

 とは言え、実を言えば竜昇自身、誠司たちのそうした関係を疑わなかったわけでもないのだ。

 というよりも、竜昇の場合はそうした可能性を考えていなかった静と違い、男一人に女三人というその人数比を認識したその時点で、避けようもなく一つの単語が頭の中をよぎってしまっていた。


(とは言え、まさかガチのハーレムパーティーだったとはな……)


 静の言う通り、詩織がその現場を見た時に一人外にいたという理香も無関係ではないのだろう。

 順当に考えるなら、どんな危険があるかわからない【不問ビル】の中ゆえに、誠司達が行為に及ぶ際中にも一人は見張りを立てていて、それがその時たまたま理香だったと見るべきなのだろうか。


「しかしそうでしたか。あの方たちが隠していたのはそういう――」


「あ、えっと、そうじゃないの。二人に知られない方がいいって話になってたのは、それとはまた別の、ああいや、完全に別ではないんだけど、他の話で……」


「はい……?」


 竜昇達が困惑する中、同じくなにやら迷うような様子を見せた詩織が、やがて意を決したかのように唾を呑み込み、話しだす。

 どうやら彼女の方も、迂遠な言い回しはやめてまず結論から話すことにしたらしい。


「夕べも話したと思うんだけど、私が習得しているスキルは、【華剣スキル】に【音剣スキル】、【功夫スキル】の三つ。……でも他の皆は……、例えばヒトミなんかだと、【戦斧スキル】に【槍術スキル】、【棒術スキル】に【薙刀スキル】、【戦槌スキル】【杖術スキル】、【怪力スキル】【滅砕スキル】……。後は、【潜水スキル】と【乗馬スキル】の、私が知ってるだけでも合計十個のスキルを習得してる」


「え、十個……?」


 告げられたその言葉に、竜昇は一瞬理解が遅れて、しかしジワジワと後から追い付いてくるその感覚に言いようのない寒気を覚える。

 否、それは本来理解に時間をかけるような話ではなかったはずなのだ。

 ただ十と三という、あまりにも大きなその数字の格差(・・)がいったい何を意味しているのか、その意味と理由を理解したくなかったというだけで。


「ちょっと、待ってくれ……。じゃあつまり、あの人たちが隠そうとしていたことって言うのは――」


「……うん。誠司君たちが隠したかったのはスキルの内容そのものじゃない。私と大きく差ができてしまっている、自分たちの習得しているスキルの“数”なの……」

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