131:何もいない階層

 結局、竜昇達の探索は夕方ごろにはもう何の滞りもなくほぼ終わっていた。

 正確には、昼頃に一度食料を調達してホテルに戻り、昼食をとって今度は入浴施設や更衣室、職員用の施設その他の全てを調べて終わったのが夕方ごろだったのである。

 ただし、この場合滞りなく終わったことは必ずしもいいことばかりとは言えない。

 なにしろ、何の滞りもなかったということは、すなわち竜昇達は探していたこの階層に潜む敵の、その尻尾すら捕まえることができなかったということなのだから。


 竜昇達が戻るころには流石に他のメンバーも帰ってきていて、遊び疲れて帰ってきた愛菜と、それに付き合っていた瞳もホテルのロビーでちらりと見かけることができた。

 ちなみに馬車道瞳も愛菜に付き合っていた関係上水着姿で、デザインは競泳水着とビキニの間をとったようなスポーティーなものだった。とは言え流石に警戒は怠っていないらしく、手の届くところにはしっかりと武器らしい棒が立てかけられている。

 最初に見た時は、あの物々しい装備無しで大丈夫なのかとも思ったが、あるいは彼女の今の格好は、むしろ水中戦を想定しての装いなのかもしれない。

 続けて帰ってきた誠司たちに簡単に捜索結果を報告した後、夜の会談の時間と場所を打ち合わせして、竜昇達は一度部屋へと戻ることにする。

 むろんその目的は、誠司たちにも話した捜索の結果と、彼らからもたらされた地図などの情報の共有だ。


「それじゃあ、結局二人で一日この階層をうろついて、敵は一匹も発見できなかったのか?」


「はい。【探査波動】や【音響探査】まで使って探したんですが、それらしい反応は一つもありませんでした」


 一日療養に費やしたおかげで、だいぶ回復して来た城司に対して、竜昇はサンドイッチをパクつきながらそう報告をあげる。

 事前情報として聞いてはいたためある程度の予想はしていたが、しかし先の階層でフジンという強力な隠形使いを見破ることさえできた竜昇と詩織が、この階層では一体の敵も発見できないというのは相応に驚くべき事態だった。


 なにしろそれが真実だとすれば、本当にこの階層にはボスを含めて敵性存在がいないということになってしまう。


「一応、俺達二人の感知範囲から、この階層の敵が逃げ回っているという可能性はあります。常にこっちの位置を補足して、その感知範囲の外に逃れていたのだとすれば、こちらには補足できなかった理由には一応なります」


「そんなことってあり得るのか? いやまあ、魔法なんつうもんがあるんだから何でもありって言えば何でもありなのかもしれないが……」


「まあ、魔法とは言ってもスキルの知識の感じからして何でもありというわけではない、そう言う意味では普通の技術のようですからね……。

 相手がこちらの位置を常に捕捉しながら姿を隠して逃げている、という可能性は捨てきれないと思います。ちょうど、前の監獄であのフジンさんがやろうとしていたのがそう言うことだったはずですし」


「っつか、この広さだともっと単純にたまたますれ違っちまったって可能性もあるんじゃねぇか? 相手がどこかのルートを巡回してて、そいつと出会えずじまいになってる可能性も――」


「いえ、その可能性は低いと思います」


 そう言うと、竜昇はまだ地図を本格的に見ていない城司と静のために、二人に見えるように地図を広げて提示する。

 竜昇が示す根拠は、昼間詩織に聞いた誠司たちが行っていた捜索方法だ。


「向こうのパーティーは、どうやら生産系のスキルを持っているらしくて、探知用のマジックアイテムを大量に生産して各所に配置しているみたいなんです。この地図に詳しく位置がのっていますけど、俺の【領域スキル】と同じような探知能力を持ったアイテムを、通路や各部屋の出入り口、小さな部屋ならその中央付近など、かなりの範囲をカバーする形で仕掛けているみたいなんです」


 一日かけてウォーターパーク中を歩きまわり、実際に配置されているアイテムの位置を確認したから実感としてわかる。

 誠司たちの配置したこの索敵網を逃れて移動するのは、不可能とまでは言わないが至難の業だ。

 なにしろ主要な通路はほぼすべて押さえられているのである。

 流石にこのアイテムとてカバーできる範囲に限りがあり、当然その範囲にも隙間というものがある以上、絶対にこの索敵網をすり抜けることができないとまでは言えないが、それでも狭い通路を全て網羅している以上、敵がただ闇雲にこの階層を徘徊しているとすれば間違いなくこの捜索網に引っかかる。


「恐らく、たまたま出会わなかっただけ、ということはないと思います。俺達より数日早くこの階層に到着していた誠司さんたちのパーティーも他にも手を尽くしていたはずですし、それでも見つけられなかったということは、何かしらの理由があるのではないかと」


「何かしらの理由、か……」


 竜昇の意見に、城司は包帯だらけの腕を組んでしばし考え込む。

 対して、竜昇もしばし考えた末に、とりあえず思いついたことを口に出してみることにした。


「現状予想できるこの階層のテーマは、まず考えられるのはまたも『ボス探し』だという可能性です。とは言っても、これは前の階層とは若干趣が異なる。

 前の階層では、大量の敵の中からボスと呼べる個体を探すのがテーマみたいなところがありましたけど、今回の相手はどちらかというと『かくれんぼ』的要素が強い……、それこそ前の階層のフジンを探すようなイメージでしょうか?」


 もしもこれでこの階層のボスがこちらに攻撃を一切しかけることなく、姿と気配を消した状態でこちらから逃げ回っているのだとすればその発見は至難の業だ。

 あるいは彼に対して使用した攻略法、端的に言うなら囮作戦がそのまま転用できるかもしれないが、しかしあの囮作戦を敢行するのはできればこちらが万全の準備を整えてからにしたいところである。少なくとも城司がまともに動けず、誠司たちのパーティーでも現実認識に支障をきたした愛菜がいるという今の状況ではそんな危険は冒せない。


「その場合、加えて厄介なのは敵が自分からは私達に一切しかけてこない場合ですね。以前のフジンさんの時には、それでも向こうから攻撃を仕掛けてきてくれましたから、私達も彼を発見することができましたけど、もしこの階層のボスが徹底して逃げの一手を打って来たら本当に見つけられるかどうか……」


「それに関しては、誠司さんたちの方とも相談する必要があるな。そもそも、この階層のボスのパターンとしては他にも可能性はある」


 敵がフジンと同様のスタイルのボスと、そう決めつけたうえで話が進んでしまいそうな気配を読み取って、竜昇は一度この話に待ったをかける。

 そもそもこの階層のボスがフジンのような隠形使いというのは、考えられる可能性の一つでしかないのだ。

 不意打ちの警戒など、大前提として備えておく必要はあるものの、考えておかなければいけない可能性、この階層のテーマかもしれない候補は他にも存在している。


「さっきこの階層全体を調査して、それでも敵を見つけられなかったとは言いましたけど、それはあくまで目に見える部分だけを調査した結果です。

 たとえば、この階層のどこかに隠し通路や隠し部屋みたいなものがあって、その先にボスがいるとなれば、俺達の索敵で探し出せなかった可能性もあります」


 それは、テーマとして名づけるとすればさだめし『隠し部屋探し』と言ったところか。

 竜昇達の索敵能力とて万能ではない。竜昇の場合、純粋に魔力が届かない範囲に敵がいた場合当然その相手は感知できないし、詩織の場合は音が届かない場所、例えば防音性の高い壁の向こう側などに敵がいればその相手は感知できなくなる。

 実際、前の監獄でも彼女は、閉じ込められている間ずっと【音響探査】による音を聞いていたがために監獄全体の構造こそ把握できていたものの、その監獄内にある独房の一つ一つの中まではその感知も及んでいなかった。

 この階層でも、広いプール内などの構造はある程度把握できているものの、扉一枚、壁一つ隔てた室内の様子などは途端に感知できなくなるか、その精度が下がってしまう傾向があった。

 彼女の【音響探査】は、壁などの無い一つの空間ならば広い空間であっても高い索敵能力を発揮するが、こまごました小さな部屋の内部を廊下からすべて探るような真似は、完全にできないとは言わないまでも苦手としているのだ。

 ならば、そうした二人の索敵能力が届かない場所に、ボスが潜む隠された空間が存在している、という可能性もあり得ないとは言い切れない。


「あとは似た傾向として、この階層内になんらかのギミックがあって、そのギミックを見破ることでボスが出現する、という可能性でしょうか……。

 あくまでも、これはゲームの中によくあるパターンですけど、この【不問ビル】はこれまでもかなりゲーム的な考え方で作られていた節がありますから、可能性はあると思います。ただ……」


 言いながら、しかし竜昇はどうにも自分の考えがしっくりこないような、そんな感覚を感じていた。

 確かに隠し通路やギミックというのはゲームにはつきものだ。

 むしろ、なぜ今までそうしたものが無かったのか、ある種不思議になる部分すらある。


 ただ、これまでの階層になかったそうした仕掛けを投入するにあたって、この階層が適切か・・・と問われると竜昇にはそうは思えない。

 隠し通路やギミックを投入するなら、こんなプール施設などよりも、むしろ古い館や遺跡のような、もっとそれっぽいフィールドを使いそうなものである。


(そう考えると、この階層がプールであること・・・・・・・・にも何か意味があるのか……?)


 考えてみるが、現状では竜昇にもなにも思いつくことはない。

 現状ではまだ結論は出せないとそう思い、同時にこれは長くなるかもしれないとそう思って、竜昇は密かにそうなった場合に一番精神的に不安定になるだろう城司の方を盗み見る。

 娘である華夜を敵にさらわれて、それを奪い返すために急ぎ追いかけなくてはいけない城司の立場。

 現状は自身の負傷と、前の階層で仕方がなかったとはいえ、重要な手がかりであるフジンを自ら殺害する羽目になってしまった自責の念からか、この階層に来てからは随分とおとなしく、少なくとも表面上は落ち着きを保っているようだが、しかしあまり長く足止めを食うことになれば彼の焦燥が再燃することになるのは確実だ。

 そうでなくても、竜昇にだって彼の娘である華夜を心配する気持ちくらいはある。

 できることならなるべく早くこの階層も突破してしまいたいとそう考えて、しかし竜昇はすぐさまその思考を断ち切ることにした。


(いや。焦る必要はない。今回はきちんと扉を固定して来たから、最悪の場合戻って別の階層を探すという手もある。回り道にはなるかもしれないが、八方ふさがりになる事態は避けられるはずだ)


 あの階段空間の上の階が、今どこの階層につながっているのかは予想もできないが、もしも竜昇達が予想していた通り、階層同士のつながりがランダムに変更されるなら、上の階層にはあの監獄ではない別の空間が繋がっている可能性もある。

 そして、そうして戻った階層にハイツや華夜がいる可能性もゼロとは言えないのだ。あまり分の良い賭けとは言えないが、しかし華夜の捜索という意味では後戻りすることは決して無駄なことではない。


 と、そこまで考えて竜昇はふと気付く。

 果たして彼ら、この階層に来るまで他のプレイヤーとの遭遇自体をしてこなかった誠司たちは、この不問ビルで起きる分岐現象を、もっと言うなら戻った時にその場所に監獄以外の空間が広がっている可能性を知っているのだろうかと。

 よくよく考えてみれば竜昇達がその確信を持ったのは前の階で詩織と出会った直後のことだ。それとて、詩織のたどってきた道筋を、そして城司の道筋と聞きだすことでようやくその答えに至った形である。

 対して、誠司たち四人はそもそも自分達以外のプレイヤーに合うのすらこれが初めてだ。

 あるいはいるかもしれないと、その可能性くらいは考えていたのかもしれないが、階層移動の際のランダム転移については彼らには予想する余地はなかったはずである。


(その辺の情報交換も、出来る限り早く済ませておかないとな……)


 この後の話し合いで提供するべき情報のラインナップにこの事実を新たに加えて、取りあえず竜昇は自身の思考を今目の前にいる三人との会議に引き戻す。


「まあ、何はともあれ、ボスの捜索もこの後、誠司さんたちのパーティーと情報を交換したり相談する必要があるでしょう。もしかしたら、向こうにもまだ何か索敵に使えるスキルがあるかもしれませんし、なければ最悪、前の階層に戻ることを提案する手もあります」


 とりあえずボスの問題について、意見は出尽くしたと見て竜昇はひとまず総まとめにかかる。

 結果としてはこの後の情報のすり合わせを待つという結論になってしまったが、そもそも元よりこの場は結論を出すよりも前の情報のすり合わせを行うための場だ。


 そして、現在竜昇が考える、この場で話し合っておかなければならない議題はあと二つ。

 そう意識して、まずこちらで話を竜昇が声を出しかけたその瞬間――。


「――待って、竜昇君」


 問題の当事者たる詩織から、硬い声でそう待ったがかかった。


「自分で、言うから……」


 そう言って顔をあげる詩織に対して、城司と静、事情を知らないはずの二人も真剣な表情で向き直る。

 あるいは二人も、そろそろこの話題が来ることをある程度予想していたのかもしれない。


「……遅く、なったけど、二人にも私のことを話しておこうと思うんです。私が習得してるスキルと戦闘スタイル……、それから、ずっと昔から抱えてる、体質のこと……」

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