130:仕掛けられた感情

 眼を閉じて、己が内に問い掛ける。


 問題。【決戦二十七士】とはなんであるか。


 解答。第三層にて初めて遭遇した非プレイヤーと思しき人間。【決戦二十七士】なる名称はその際にスマートフォンに送られてきたクエストメッセージに載っていたもので、具体的に彼らがどういった存在なのか、名前の通り二十七人の戦士の集団なのか、それ以外のものなのかは不明。自分達とは異なる言語を使用し、ボスクラスの【エネミー】をも凌駕する強力な戦闘能力を保有する。


 遭遇回数は現在のところ二回。ともに戦闘に発展して、一人目は城司の娘である華夜を誘拐して離脱、二人目はどうにか昏倒させることにまでは成功するも、その層のボスに脇からかすめ取られるように殺害されて捕縛には至らなかった。


 二度の接触のうち、一度目は三層目の地下鉄駅。遭遇した相手はハイツ・ビゾン。入淵城司、および華夜親子との交戦中のところに遭遇。

 二度目の接触は第四層の大監獄。相手の名はフジン。階層のボスを追跡、戦闘中に突然の襲撃。襲撃された理由は不明だが、襲われるまで自分達は相手の存在すら認識していなかったことから、襲撃理由は相手の判断によるところが大きいものと推測される。


 それ以外の接触経験、思い出せる限りでは無し。二度の襲撃における戦闘に至る経緯、それらの記憶の中の違和感……、とりあえずは無し。


(――ふむ。やはり明確にこれとわかる形で、記憶を書き換えられるような真似はされていない、と見ていいでしょうか)


 城司の警護のために残ったホテルの一室で、窓辺の椅子に座っての長い考察の末、静は己の中で、自分の記憶についてとりあえずそう結論付けた。


 前の階層にて、静が他のメンバーを見ていて気付いた、スキルシステムによる記憶、もしくは精神への干渉。

 その性質について、空いた時間をかけてたっぷりと検証した結果、静は自分に対しても行われているだろうそれを、記憶の改ざんではなくあくまで敵意や認識の植え付けに留まっていると、そんな結論に至ったのだ。


 むろん、ことが記憶や認識の問題である以上断定はできない。

 内心で静が『これとわかる形で』などと表現しているように、実際には静自身にもわからないように記憶の改ざんが行われている可能性も否定しきれないのだ。この手の問題は疑い出したら切りがないが、しかしこれから先も一定のレベルで自分の記憶については疑いの目を向けておく必要があるだろう。


 ただそう思う一方で、静は自分達に対して行われているだろう精神干渉は、言うなれば色眼鏡をかけるような、【決戦二十七士】への敵意や、悪印象に近い認識を植え付けるにとどまっているのではないかと、そう踏んでいた。


 そう考える理由は二つ。まず第一の理由は、記憶への干渉に使われているだろうスキルシステムが、そもそも一定の知識や経験を静たちプレイヤーに植え付けるものであるということだ。

これまでのスキル習得の経験とそれに対する分析で、スキルが静達にもたらすものが特定の技術体系に関する知識を初めとした“情報”であることは既に判明している。ならば、その植え付けられる情報の中に、静達を【決戦二十七士】と敵対させるための認識が紛れ込んでいると考えたほうが、すでに判明しているスキルシステムの性質とも矛盾が生じない。


 むろんこれもスキルシステムそのものに隠れた機能でもあれば話は変わってくるわけだが、しかし第二の理由として、あまりはっきりとした記憶の改ざんを行ってしまうと、プレイヤー同士の会話などでボロが出やすくなってしまうという、そんな理由も挙げられる。

 そもそもスキルシステム自体、内包されている知識を引き出し身に着ける速度に個人差があるのだ。城司など習得した三つのスキルが最初からカンストしていたというし、逆に力を求める意識が弱く、あるもので何とかしてしまおうとしがちな静は、竜昇と比べてもスキルのレベルアップ速度は若干遅かったように思われる。

 もしもこの個人差が、そうした記憶の改ざんの方にも表れてしまった場合、そうした進捗状況の差異によってプレイヤー間の認識にズレが生じて、些細な会話などからボロが出てしまう可能性が高まってしまうのだ。


 加えて、理由として挙げるには少々弱いものの、静自身の感覚というものもある。

 実際にこうして振り返って見ても、とりあえず件の二人との遭遇について、記憶に不可解な点は見られない。

 さらに、ハイツとフジンという、これまでに出会った【決戦二十七士】への感情を他の敵、具体的には自分や竜昇にけがを負わせた半骨のマンモスや二宮金次郎像、人体模型や骨格標本、体育館のボスや監獄の怨霊などと言った、これまで出会った強敵達への感情とくらべてみたところ、ハイツとフジンに対してだけは他の敵達には感じられない、ある種の嫌悪感の様なものが感じられたのだ。


 もちろん、ことが人間の感情の問題である以上このような比較検証がどこまであてになるかはわからない。嫌悪感の理由も、単に相手が人間かそれ以外の何かかという、相手に性質に由来するものということも十分に考えられる。


 ただ、それを言うならばそもそもの話、自分(オハラシズカ)という人間がここまで他人を嫌悪しているというのも少々おかしな話なのだ。こう言っては何だが、静は自分という人間がどれほど冷淡な人間かを嫌というほどに知っている。それが逃げ延びるという形で今後現実的な脅威になりうるハイツのみならず、すでに目の前で惨たらしく殺されてしまっているフジンにまでそうした感情を抱くとなると、なんというか自分に対して『らしくない』と感じてしまう部分が少なからずあるのだ。

 論理的ではない故に、あまり過信はできない根拠だったが、しかし無視するには少々大きすぎる根拠とも言える。


(恐らく私達に施されているのは敵意や嫌悪感、悪印象と言ったものの植え付けと見てほぼ間違いないでしょう。人格そのものを書き換えてしまうような洗脳や、具体的に何かを“された”記憶を植え付けられている可能性は、とりあえず低いと見ていい……)


 予想していた中では幾分マシな結論に落ち着きながら、しかしそれでも静は心の底から安堵することはできそうになかった。

 というのも、自分達に施された精神干渉の正体にある程度あたりが付いたことで、これを施したビル側の人間の狙い、そのからくりも同時に見えてきてしまったからだ。


 相手に対する敵意や悪印象だけと言われると、精神への干渉としては酷く影響の薄い、些細なものに思えるが、しかしこの不問ビルという環境下ではそんな些細な影響でも到底軽くは見られない。

 なにしろここは、常に敵の襲撃が想定される【不問ビル】の中なのだ。プレイヤー達はもちろんのこと、相手の【決戦二十七士】とて常に警戒しながら進んで来ているだろうし、そんな中で武装した敵とも味方とも付かない両者が対面すれば、瞬時に極度の緊張状態に陥るのは目に見えている。


 ましてやそんな状態で、片方が相手に対して事前に敵意や悪印象を植え付けられているというのはどう考えても致命的だ。


 静自身、実際に味わったことがあるから知っている。

 彼らを見た時に感じることになる、強烈なまでの危機感と『この相手を存在させていてはいけない』という感覚を。


 実際のところ、あの感覚がどこまでがスキルシステムの後押しによるものだったのかは定かではないが、しかしどれほど些細なものだったところで、その後押しは一触即発の緊張状態を破裂させる致命的な一押しに変じうる。


 プレイヤー側が緊張状態に耐えかねて、同時に無自覚の敵意に背中を押される形で戦闘の意思を示したその瞬間、相手もその予兆を読み取って瞬時にこちらを敵とみなしてそれに応じてくることだろう。なにしろ敵は一線級の戦士たちなのだ。油断していたりこちらの存在を認識していなかったりすればいざ知らず、むこうがこちらに警戒していれば間違いなく、こちらの敵対的な意思に対してはことさら敏感に対応して来ることだろう。


 そして一度戦闘が始まってしまったら、もうそれを止めることなど誰にもできない。

 たとえそれが誤解から始まった戦闘だったとしても、そもそも両者は言葉が通じないのだ。誤解を解く術など存在しない以上、両者は自分が生存するために目の前の相手に対して行くところまで行く・・・・・・・・・ことしかできなくなってしまう。


(……あるいは、城司さんが最初にハイツと戦う羽目になったのも、もしかするとまさにそういう状況だったのかもしれませんね)


 そのあたりの詳しい事情を本人に直接確認してみる必要があるとそう思いながら、静は療養のためにベッドで眠る城司を見つめてそんなことを考える。


 ともあれ、これで種は割れた。

 ならば次にするべきことは、この事実を他のメンバーにも周知し、己が内からの感情に対して注意を呼びかけることなのだが、問題はこの事実をどのような形でメンバーに伝えるかということだった。


 なにしろことは精神への干渉である。

 一応、静自身の感覚では、この精神干渉はそれほど強力ではない、どころか、そうと自覚してしまえば容易に無視できそうなものではあるのだが、そもそもの問題として小原静という少女は自分の感覚というものをあまり信用していない。

 自分という人間の精神の異常性を嫌というほど知っていたからこそ、静は他のメンバーに起きている異常事態に気付くことができた訳だが、だからこそ静は自分が大丈夫だったからと言って他の人間までそうだろうと、そう思うことは到底できなかった。


 加えて、この【不問ビル】に置いてスキルは生存のための生命線だ。

 このビルの中での生存に置いてスキルの存在は必須とも言えるし、そのスキルの数が多ければ多いほど生存確率を上げてくれる。

 否、実際にはスキルの習得数が増えたところで生存確率そのものが劇的に変わるとは静自身は思っていないのだが、それでも命がかかったこの状況で自分にできることが増えるというのは、プレイヤー達の心を支える強力な安心材料となっているはずだ。

 そんなスキルに洗脳の可能性が浮上したと言われて、果たしてどれだけの人間がそれを受け入れることができるだろうか。


(おかしな認識を植え付けられることを承知の上で、その影響に注意しながらスキルを習得するという手もないではないですが……)


 一応、静自身がそうであるように、精神への影響を自覚すればある程度跳ね除けられる可能性はある。そもそもすでに習得してしまったスキルはレベルが上がることこそあれ、自分達から切り離す手段が見つかっていないし、それを考えれば、いっそスキルの危険性を自覚したうえで習得し続けるという選択肢もないではない。


 ただ、三つのスキルをカンストした城司が【決戦二十七士】に対して明らかに理性を超越した強い敵意を現していたことや、その城司を取り込み、他にも多数のスキルを習得していた第四層のボスが、【決戦二十七士】の一人であるフジンを執拗に狙って殺害に至っていたことが少々気にかかる。

 新たなスキルの習得やスキルレベルの上昇が精神干渉の効果を強め、植え付けられた敵意によって【決戦二十七士】を前にした時、理性的な行動そのものが阻害してしまう可能性があるとするならば、やはりスキルの習得そのものを控えるべきだろう。


(やはり最善は今後スキルの習得そのものを避けること……。となれば、やはり聞かせた時の反応が気がかりです……。少なくとも全員に一度に知らせるのはやめた方がいい)


 伝えるのなら、全員一度ではなく出来れば一人ずつ。

 自分以外の人間の反応を見る意味でも恐らくそれが一番いいだろう。

 となれば、次に考えるべきは誰から順番に伝えていくかというその点なのだが、これに関してだけは静もほとんど迷わなかった。


(やはり、一番最初に打ち明けるとすれば竜昇さんですね)


 うっすらと口元を緩め、静はあっさりと自らが一番信頼する少年を最初の一人に決定する。

 一応理由をあげるなら、詩織やこの階層であったばかりの誠司たち四人とはまだそれほど信頼関係を気付けていないことや、三つのスキルのレベルをどういう訳か最初からカンストしてしまっている城司は、ある意味で一番伝えた時にどう反応するか読めない点があることなどいくつかあったが、それ以前に静には竜昇ならば少なくとも静の言うことをそう無碍にはするまいという強い信頼があった。


 そうして、誰に話すかが決まってしまえば話は早い。

 どちらにせよこの問題は急いで対処した方がいいし、ならばあとの問題は竜昇とこの状況でどう二人きりになるかであると、静がそんなある意味で乙女チックなことを考えていると、不意に同じ部屋のベッドの上で眠っていた城司が低いうめき声を漏らし始めた。


「――ぅう、んぁ……」


「おや、目が覚めましたか」


「……んん。華夜か……」


 と、眠っていた城司が目を覚まし、身を起こしながらそんな言葉を口にする。

 不意に口にされた彼の娘の名前に、静がどう反応したものかと一瞬の迷いに囚われていると、当の城司も目が覚めたせいか自分の失言を自覚したようだった。


「ああ……、悪いな、静嬢」


「いえ。お気になさらずに」


 娘を誘拐され、その足取りも掴めずにいる父親の反応としてはこれが当然のものなのだろうと、自身の中でそんな風に勝手に納得し、静はこちらもこちらで問題だなと冷静な思考で考える。


 十分に予想できた事態だが、やはりこの階層でも城司の娘である入淵華夜と、彼女を誘拐したハイツ・ビゾンの行方はつかめなかった。

 先にこの階層に来た誠司たちが、どうやら何日も前からこの階層で足止めを喰らっていたことを考えれば、ハイツたちはそもそもこの階層自体を訪れていないらしい。


 一応表向きは落ち着きを見せているものの、城司の内心の焦りは静と言えども想定できる。

 倒すべき【敵】が見つからず、それゆえ足止めを余儀なくされているこの環境で、果たして彼がいつまで平静さを保てるだろうかと、そんな懸念を本人に悟られぬように検討して――。


「ああそうだ。そいうや俺の服は今どこ行ったか分かるか?」


 不意にベッドの上の城司が、静に対してそう声をかけて来た。


「――服、ですか? 確か、城司さんが手当のために脱がせたものを、クローゼットの中にしまっていたはず……」


 内心で、まさか服を着てどこかに行くつもりなのかと、そんなことを懸念しながらクローゼットを開けると、案の定城司の服だったものが思った通りの場所に置かれていた。

 服“だったもの”という言葉の理由は、竜昇がこの階層で本格的に城司の怪我を手当てしようとしたときに、手早く服を脱がせるためにそれらをナイフで裂いてしまったからだ。

 本来ならばもう捨ててしまってもよさそうなものだが、生憎とこの階層のどこにゴミを出せばいいのかが不透明なため、未だにクローゼットの中に残されている。


「すいません城司さん。もうこの服は着られそうにないのですが」


「ああ、いや、それは知ってるんだ。ちょっと思い出したことがあって、悪いんだがズボンのポケットを探ってみてくれないか?」


「ズボンのポケットですか……?」


 何か大切なものでも入れていたのかと、そう思いながらポケットを探り、直後に静は言われた通りポケットに何やら入っているのを見つけ出す。

 なんだろうと思いながら、どこか覚えのある形と手触りのその物品を取り出して、直後に静は本人にしかわからないほど微かに息をのんだ。


「悪いな。このざまになっちまったせいで言いそびれちまってたんだ。実は前の階層で、あの拘束衣の中身を仕留めた時にドロップしたアイテムがあってよ」


 取り出されたのは、なにやら人から荷物を奪うような絵柄の書かれた一枚のカード。

 アプリによって【盗人スキル】という名前が表示されるそれは、静が密かにこれ以上誰にも習得させてはいけないと、そう決意を固めていたスキルカードの一枚だった。

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