132:魔聴の告白

 詩織の告白を、静と城司は一言も発することなく、黙って最後まで聞き続けていた。

 竜昇と詩織が二人でこの階層全体を回っている間に、詩織から竜昇が受けた一つの相談。

 前の階層で竜昇には明かした自分の秘密と、戦いに次ぐ戦いで言えずじまいになっていた彼女自身のスキルについて。


 元々、打ち明ける上で本人程不安を抱いてはいなかった竜昇だったが、それでも彼女が少しでも話しやすいよう、いつでもフォローできるように気を配りつつ様子を見ていると、やがて話が終わるとともにまずは城司が口を開いた。


「……なるほどな。それで詩織は、そんな言いにくそうにこんな話をしたってことか」


「はい……。あの、すいませんでした。もしも私がこの話をもっと早くしていれば、城司さんももしかしたらそんな怪我せずに――」


「――いやねぇから。どんだけ自分一人の責任として抱え込んでんだよ」


 申し訳なさそうに、城司に対してなされようとした謝罪を、しかし当の城司はそんな言葉と共にあっさりと否定する。


「いくらあんたが手の内明かしてたって、俺がこうしてミイラみたいになる結果はそうそう変わんねぇよ。っつうかそもそも、俺がここまでやられた原因にお前はなんも関わってねぇじゃねぇか。今聞いたスキルや技なんかを聞いてても、こうなることを防げる何かがあるとも思えないしよ」


 罪悪感に苛まれるあまり、ほとんど因果関係もない罪まで背負い込もうとする詩織に対し、城司はあまりにもきっぱりとそう言い放つ。

 実際、そう言う時の冷静さは流石大人だと見るべきなのか。


「というかそもそもの話、あの状況ではそんな立ち入った話までしている余裕はなかったように思いますが……。情報が最低限のものに絞られていたことで、かえってわかりやすくなっていたようにも感じますし」


 対して、静の方は静の方で、ある意味身も蓋もないそんな冷静な意見を言ってくる。

 まあ、そもそもの話、静とて話を円滑に進めるために、自分が近接系スキルを持っていないにもかかわらず近接戦闘を行える理由なき理由を、ここに来る以前に武術を習っていたからというそんな理由をでっちあげることで誤魔化している身である。静自身の性格を考えても、それを棚上げにして他人を批判するような真似をするとは竜昇も最初から思っていなかった。


「むしろ興味を引かれたのは、今の話の中にあった、詩織さんが以前からその魔力の音、というのを聞いていたという点ですね。それが確かならビルの外、私達が暮らしていた町や国にも魔法というものが存在していた、その証明になります」


「いや、けどよ。そんなもんあったか? 少なくとも俺は長いこと生きてきて、この魔力って奴の気配を感じたことなんて一度もねぇぞ」


 そう言って、城司は一つ感覚を確かめるように、自分の指先に【竜鱗防盾】の極小の盾を一枚出現させて見せる。

 規模としては恐らくこのメンバーの操る魔法の中で最小量の魔力で行われているだろうその現象だが、しかしこの魔力の感覚というのは同じ室内のこの距離ならばそれでもある程度感じ取れるくらいのはっきりしたものだ。だがそんなはっきりとした感覚を、これまで生きてきて明確に感じたことは竜昇にもない。

 ただ――。


「それについては多少なりとも推測ができます。そもそも詩織さんがあのフジンという男の隠形を見破っていたのは、フジンが姿を消すのに使っていた隠形の魔力を共感覚で感じ取っていたからみたいですし」


「う、うん。私の場合、静さんの【隠纏】とか竜昇君の【領域隠蔽】みたいな魔力も音としては聞こえるから……」


「つまり、詩織さんの共感覚、この際ですから【魔聴】と暫定的に命名しますが、詩織さんの【魔聴】は常人が感じ取れない魔力でも音として聞き取ることができるんです。昼間二人の時に聞いた言い方だと、なにもないのを装っている魔力が音として聞こえる、と」


 隣でなされる竜昇の補足説明に、詩織がそっと頷くことでそれを認める。

 二人に打ち明けるにあたって、この彼女特有の感覚をどう説明するかが一つの鍵になる部分だったのだが、どうやらその説明によってある程度二人にも状況が伝わったらしい。


「するってぇとあれか? 詩織嬢ちゃんがビルの外でずっと聞いていた音は、普通の人間には感じ取れないように隠蔽された魔力のもんだったってことか?」


「恐らくはそうだと思います。ただ、そうなってくると気になるのは、その魔力がいったい何のための魔力だったのかって言うことです。

 ……詩織さん、その以前から聞いていた魔力について、なにかわかることはありますか?」


「え、と……、わかること、って言われても……」


「なんでもいいんです。聞こえる周期、あるいは状況、あとは……、魔力の属性について」


「属性……」


「そう、確か詩織さんが聞く音は、魔力の属性や効果によって違うんですよね?」


 竜昇の質問に、詩織は口元に手を当てて、しばしその音について思い出すようなそぶりを見せる。

 他の二人に先んじて話を聞いた際、彼女はこれまで自分の聞く音の正体がわからず、耳鳴りや幻聴の類だと考えていたという話だったため、そこまで注意して聞いているかどうかは微妙なところかと思っていた竜昇だったが、直後に返ってきた証言は予想したよりもはっきりしたものだった。


「周期は、特に一定のものって言うことはなかったと思う。しばらく聞こえない時もあれば、頻繁に何回も聞こえる時もあったし……。状況も、少なくとも私の周りでその手の規則性は見つからなかったかな。ああ、でも――」


「でも?」


「属性や効果はやっぱりよくわからないんだけど、聞こえる音の中で一番多かったのが、さっき言った【隠纏】の魔力に近い音と、もう一つ」


「もう一つ……?」


「うん。何の効果があるのかわからないんだけど、すごく大きな音。ううん、大きいって言うのとは少し違うかな……。大きいって言うより騒がしい、って言うか、周囲が音に包まれる、囲まれる……、ううん、なんていうか、いきなり喧騒の中に投げ込まれるというか、喧騒にいきなり呑み込まれるみたいな、そんな聞こえ方の音があって……。ああ、そうだ。感覚としては、ちょうど竜昇君の領域の中にいる時がそんな感じだったかもしれない」


 言葉を選んだ末に、ようやく導き出された回答、それが意味するものを瞬時に察して、竜昇はしかし思わず息をのむ。

 そんな竜昇に変わってその意味を口にしたのは、やはりというべきかどんな時でも冷静な静だった。


「音に飲み込まれる、領域……、それはつまり、広範囲に広がる魔力に飲み込まれるような状況だった、ということでしょうか?」


「……うん、たぶん今に染みるとそうだったんだと思う。頻度としては多分【隠纏】の音よりもずっと多かったと思う」


「……その音を、このビルの中で聞いたことは?」


 続く問いかけに、詩織は少し考えるようにしてから、やがて何も言わずに首を振った。

 だがその直後、詩織が思い出した事柄は、ある意味では先ほど竜昇から言葉を失わせた事実よりもよほど驚くべき事柄だった。


「――あ、でも、ビルに入る前、この【不問ビル】が町に現れてからはすごく何度もこの音が聞こえてたかも」


「――んん?」


「待ってください。【不問ビル】が現れた、後……? それは【不問ビル】が|

現れた・・・・ではなくてですか?」


「う、うん。【不問ビル】が町に出てきたときは、逆にほとんど音がしなかったんだけど、現れてすぐのころから、すごく頻繁にこの音を聞くようになって」


「ってちょっと待て、ビルが現れた時には魔力の音はしなかったってのか? これだけバカでかいもんがいきなり町中に現れたってのに?」


 詩織の証言に、ほとんど反射的に城司が驚きの声をあげる。

 それは城司の体が満足に動けば詰め寄りかねない剣幕で、特に城司のような大柄な男性が詩織のような女性に対してとるには少々不適切な態度だったが、しかしそれ以上に詩織の証言は到底聞き逃せないものだった。


「いったいどういうことなんだ……? 詩織さんが魔力の音を聞いていないってことは、あの不問ビルの出現方法は、魔法じゃ、ない……?」


「いや、けどよ、できるとは思えねぇぞ。魔法も使わずにビル一つ丸ごと出現させるなんて真似……」


「……ビルの出現のあとに頻発したという、竜昇さんの【領域スキル】に聞こえ方の似た魔力というのも気になります。話を聞く限り、恐らく広範囲を包み込むような魔力の領域を展開した、ということなのでしょうが……。だとしたら一体何のためにそんな大規模な魔法を、それも頻繁に使っていたのでしょう?」


「あ、あの、単に私には聞こえなかったって言うだけだから、そう言う魔法があるのかもしれないし……」


「確かに、私達は魔法という技術の全てを知っているわけではありませんから、詩織さんにも聞き取れない魔力があるのかもしれませんが……」


 混乱した様子を見せる三人の姿に気後れしたのか、詩織が自身の【魔聴】の、いわば能力的限界という可能性を提示して来る。

 確かにその可能性もあり得ないとは言い切れない訳だが、しかし前の階層で詩織が見せた【魔聴】の有効性を考えると、そうしたある種の例外説に安易に流れることはできそうになかった。


「ああっ、畜生。もういよいよ訳が分からなくなってきたぞ」


 とは言え、いかに気にかかる問題であるとは言っても、いつまでもこの問題にばかり頭を悩ませているわけにもいかない。

 特にこの、不問ビルの外で聞こえていた魔力の問題というのは、今竜昇達が直面している問題の数々とどの程度関わって来るかも定かではないのだ。

 極論、外の魔力は外の魔力で、この不問ビル内の問題とは無関係という可能性もゼロではない。

加えて言えば、いつまでもこうしていられるほど竜昇達に時間的余裕がある訳でもない。


「……ひとまず、この問題は棚上げにいたしませんか? 例の、誠司さん達との会談の時間もそろそろ迫ってきているようですし……」


「もうそんな時間か……。確かに、これ以上考えても答えは出てきそうにない、か……。仕方がありません。とりあえずこの問題はまた後にしましょう。

――で、そうなると、後は詩織さんへのこっちのスキル開示だけど……」


「そちらは私達があちらとの会談に行っている間に、こちらに残る城司さんにお願いすればいいでしょう。最悪私達のスマートフォンを残していけば、それだけでもそちらはとりあえず済んでしまいますし」


「いや、その必要はねぇよ。お前ら二人のスキルは、あらかた実際に見て把握できちまってるし、一応俺の方でも頭の中に叩き込んであるからスマホは持ってってもらって構わない」


「そうですか。ではそのように」


 いつの間にか迫っていた時間に慌てる竜昇に対して、そんな風に静がてきぱきと城司に仕事を割り振って、問題を解決していく。

 今夜の会議に際して、一応この四人の代表者として参加する竜昇だったが、どうやらやはり自分にはこのメンバーの頭を張るような才覚はないようだった。

 そんな風に、竜昇が自分の中で分かり切っていると思っていたことを改めて実感していると、当の静がこの場における最後の議題をメンバーの前に提示した。

 竜昇達も事前に話にだけは聞いていた、今回新たに発見されたという一枚のスキルカードを。


「それでは最後に、これが先ほど軽くお伝えしました、城司さんが持っていた【盗人スキル】になります。事前に鑑定アプリで確認しましたところ、現在のところ判明しているのは【盗人の心得】と【スリ取り】の二つ。早い話、これをドロップしたあの監獄の囚人を解析したときの表示そのままなのですが――」


 と、そこまで行ったところで不意に静は言葉を切り、その視線を示したカードから、なぜか詩織の方へと移動させる

 視界の隅で、なぜか城司が苦笑いする中口にするのは、あまりのもあっさりとした、しかし竜昇が予想もしていなかったそんな問いかけだった。


「――ところで詩織さん、むこうのパーティーの方たちに、だれかこのスキルを欲しがりそうな方はいらっしゃいますか?」

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