第五層
125:行き着いた服装
砂浜に波が打ち寄せる。
白い砂浜。青い海。空には太陽が輝いて、常夏の南の島の海岸が、窓の向こうにまばゆい景色として広がっている。
とは言え、その青い海も白い砂浜も、真っ赤な偽物であることはすでに知っている。
それは外に出られないが故の予想というわけではない。
白い砂浜が、実際にはそういう見た目とざらついた質感の床であることも、波打つ青い海が実のところ波が起きるだけのプールであることも、竜昇達はすでに昨日の段階で確認していることだ。
ここはいわゆる温水プール。それもただのプールではない。波の押し寄せる砂浜と、沖の海賊船型遊具に始まり、ウォータースライダーや流れるプールはもちろん、別の施設まで足を運べば入浴施設もあり、さらには今竜昇達がいるようなホテルまで完備されているという特大サイズのウォーターパークである。
そしてそんなホテルの一室の窓際で、現在竜昇は椅子に腰かけ、人気のない貸し切り状態のプールの様子をジッと眺めていた。
どこか落ち着かない、そわそわとした気分である。
「なんとも、妙なことになったなぁ……」
「そいつは、今のそのお前の格好のことかい?」
何となしに呟いたその言葉に、同じ部屋のすぐ後ろから反応がある。
それが誰の発言かは振り返って確認するまでもない。現在竜昇と同じ部屋にいるのは入淵城司ただ一人だ。
「違いますよ。……まあ、確かに妙な格好にもなりましたけど……」
そう言って、竜昇は外の疑似海岸から自分の衣服へと視線を移す。
下は海パン、上に来ているのはアロハシャツという、なかなかに南国風のこの場所に似合ったその衣装。
外がそれなりに気温の設定が高く、これくらいの格好をしなくては暑くて仕方がないことを鑑みても、しかしやはり城司たちが陥っている状況を考えればあまり相応しくない格好だった。
なにしろ今竜昇達がいるのは、いつ何時【
そんなことを理解していながら、それでも竜昇が今こんな格好になっているのには、それこそ海よりも浅い、まるで室内プールのごとき深度の、そして単純明快な理由がある。
「言っておきますけど、城司さんも着替えるならこの格好しかないんですからね。特に城司さんの場合前の服は血まみれの穴だらけで、しかも手当てするときにあちこち裂いて脱がせたせいでとても着られたものじゃないんですから」
「ああ。それに関しちゃわかってるよ」
竜昇の指摘に、全身包帯だらけでベットに横たわったままの城司が肩をすくめるような仕草を見せながら返答する。
そう、いくらプールが外にあるとはいえ、竜昇がこんなビルの中で水着を着ている理由はただ一つ。血塗れでボロボロの服を着替えようと思ったその時に、手に入った服がそれ以外にないからだった。
実際同じ部屋のすぐそばには、竜昇が脱いだあちこちボロボロのジャージが、血にまみれた状態で畳んでおかれている。
とは言え、これでも服の損耗度合いでは竜昇が一番ましなのだ。
実際、洗って裂け目を縫えばまだ着られる余地がある竜昇の服と違い、そのそばにある城司の服や防具などは修復するにしてもどこから手を付けていいかわからないくらいボロボロで、それ以上に血に塗れてしまっている。
そして当然、服がそんな状態で来ていた人間が無事であるはずもない。
現在、竜昇の背後でベッドに横たわる城司は、その全身、特に背中側に刃物による傷を負っていて、その手当のために全身包帯だらけという状態だ。
そのため、服装もかろうじて下着こそ身に付けているもののあとは包帯を巻かれているだけのほぼ裸で、上から布団をかけることでどうにか体を隠しているような状態である。
竜昇の取得する【治癒練功】によって大分傷は塞がってきているものの、すでに怪我を残しつつもある程度動けるようになっている竜昇と違い、城司がまともに動けるようになるのは早くとも明日以降になるだろう。
「できれば防具の類だけでも修復できればいいんだがな……」
そう言いながら見つめるのは、服と同じく一度取り外すことになった、城司がこれまで身に着けていた防具の数々だ。その種類は現代の警備員が付けていそうなボディアーマーから、片方だけの革製の肩当や、同じく片方だけの金属製の脛当てまで多岐にわたり、意匠も材質もバラバラでおよそ統一性というものが存在しないラインナップだった。
話を聞くと城司は第一層でドロップしたこれらのアイテムを片っ端から装備してここまで来たらしく、特殊な魔法効果こそないものの、これらの防具には何度も助けられてきたらしい。
とは言え、それらの防具は何度も城司を助けてきた故にやはりいいかげんガタが来ているらしい。
元々竜昇達が出会ったその時点でひしゃげていたものなども多かったが、前の階層で背後から大量の苦無を浴びたことでさらに損傷が激しくなり、こちらもいよいよ使い続けるべきかどうか迷う余地が出てきているところだった。
(なんとか修理できればいいんだが……、素人がありあわせの道具だけで修理するのはちょっと難しそうだしな……)
そんな風に悩んでいると、不意に竜昇たち二人がいる部屋の扉を何者かがノックする音がした。
同時に、外から今ここにいない人間の、聞き覚えのある声が飛び込んで来る。
「竜昇さん、城司さん。静です。こちらは終わったのですが入って大丈夫ですか……?」
「あ、えっと――」
「ああいいぞ。つっても俺はさっきの格好のままだが」
返事を躊躇する竜昇より先に、ベッドの上の城司がそう返事をして、同時に竜昇に対して意地の悪そうな笑みを見せる。
それはいかにも『自分はお見通しだぞ』と言いたげな顔だった。否、事実彼は、先ほどから竜昇が落ち着きを失っているその理由をはっきりと見通しているのだろう。
直後、竜昇が止める間も、城司に文句を言う暇もなく、外にいた静が詩織の手を引いて入って来る。
瞬間、視界に入った白い肌と深紅の布地のコントラストに目を奪われた。
「――ぉぅ」
肌を覆う鮮やかな紅色。すらりと伸びる足や、ほっそりとしたくびれや、その中央のへそを惜しげもなくさらした、真紅のビキニを身にまとった静の姿がそこには在った。
流石に武装はしない訳に行かなかったらしく、足にはベルトで呪符を縛り付けているし、左手には【武者の結界籠手】を、腰にも元々竜昇のものだったウェストポーチを付け、そこに十手を差しているが、それでもその格好はこれまでの静の服装を思い出しても一・二を争うまぶしさだ。
しかも本人、その格好を見せつけるがごとく、わざわざ調達したパーカーを脇に抱えて、つまりは着ることなく持ってきている。
さらにその後ろには、同じく水着姿の詩織も静に手を引かれる形で入ってきている。
こちらは静ほど大胆な割り切り方はしていなかったのか、上にちゃんとパーカーを着てはいたものの、布の一枚や二枚では隠し切れない豊かなふくらみが、以前の窮屈な服装から解放されたことでその存在をはっきりと主張していた。さらに腰には水色の布地に赤い南国の花がプリントされたパレオが巻かれ、その隙間から伸びる足も露出が減ったことでかえって色気を醸し出している。
こちらも静同様、ベルトで太腿に呪符を巻き付けているほか、腰にもベルトを巻いてそこに【青龍の喉笛】なる青龍刀を吊って武装はしっかりと整えてはいるものの、そうした武装とのミスマッチが返って本人の魅力を醸し出しているような気さえした。
「ふふ、いかがですか竜昇さん」
そんな風に、二人の姿に目を奪われたその直後、静がどこか楽しげな様子でそう言って、その場でクルリとまわって自らの姿を披露する。
対する竜昇の方は顔に出ないように取り繕うのに必死だ。
竜昇にだとてプライドくらいあるのである。ここでいかにもな、それこそ所詮男はこんなものと、そう思われるような反応をしてしまうのはあまりにも癪だった。
故に、竜昇は内心の動揺を押し隠し、できうる限り普通を装って、あくまでも真面目な口調で返答を試みる。
「うん、まあ、似合ってると思うよ。流石に防御力の低さは否めないけど……」
「おや、私は背中の怪我がちゃんと治っているかを聞いたのですが」
「――ッ」
「なんでしたら、胸の傷の方も確認なさいますか?」
だがやはりというべきか、こうしたやり取りでは相手の方が一枚上手だった。
静の予想外の切り返しに、思わず竜昇の視線が彼女の指し示す胸の谷間へと吸い寄せられて、直後に竜昇は必死の思いで取り繕った仮面があっさりと剥げ落ちるのを自覚する。
しまったと思い、頬が熱くなるのを感じながら静の様子をうかがうと、そこにはどこか楽しげな様子で口元を歪める静と、その後ろで消え入るような様子で同じく真っ赤になる詩織の姿があった。
強いてよかった点を挙げるとするなら、そんな静の体には懸念していた傷跡などが残っておらず、体の前後の傷が全て綺麗に治っていたことか。
掌の上で弄ばれた悔しさに無理やりそう考えて、竜昇はせめてもの抵抗とばかりに心の中だけで今の状況を真面目な言葉で言い表そうと試みる。
不問ビル五層目、遂に女性陣の服装が、ネタ装備ですらなくビキニになった。
そうして、現実逃避のように竜昇は昨日のことを思い出す。
いったいなぜ、自分達はこんな呑気な会話を交わしているのか、危機的状況だった前の階層から今に至るまでの、予想もしていなかったここに至るまでのその経緯を。
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