124:敵意の裏側
「やれやれ、どうやら今度こそ大丈夫なようですね」
床に散らばった拘束衣をひっくり返し、今度こそその陰に敵の核が潜んでいないことを確認してから、静はようやく、本当に敵を倒したことを確認して一息を吐いた。
同時に、その際に発見した怨霊と囚人、二体の敵のドロップアイテムを確認する。
(囚人の方は針金一本、そして怨霊の方はこれですか……)
雑魚だったせいか碌でもないものだった囚人のドロップアイテムのことは脇に置いて、静は怨霊の方からドロップしたアイテムであるスキルカードの絵柄を確認する。
描かれていたのは、手刀を構えてそれを刃のような形のオーラで包んだそんなイラスト。
鑑定するまでもないほどに分かりやすい。それは間違いなく、静達を散々に苦しめた【殺刃スキル】のスキルカードだった。
(これはなかなか、良い拾い物ですね)
先ほど敵の保有スキルを分析した際に見られた【殺刃スキル】の収録技能はなかなかに優秀だ。
明確な術技は魔力で包んだものを刀剣化する【殺刃】だけだが、【殺刃】の応用範囲の広さは尋常ではないし、加えて【剣術の心得】を初めとする各種近接戦闘用のスキルがそろっている。
これがあれば例えば静をはじめとする前衛タイプならば近接戦闘での攻撃力および防御力がさらに上がることになるし、現在唯一近接戦形のスキルを習得していない竜昇が習得すれば、竜昇は唯一の弱点である接近戦もこなせる強力なオールラウンダーとしての能力を獲得することになる。
どちらも魅力的だったが、静個人の判断としてはこのスキルは自分達、すでに近接系のスキルを習得している者達よりも、むしろ竜昇のような後衛タイプが習得した方が一番有効に活用できるのではないかとそんな風に思えた。
とは言え、それを決めるのは今ここでではない。
このスキルを誰が習得するかについては後で全員で話し合うべきことだし、それ以上に今の静にはできるだけ早くやるべきことがある。
「静さん」
と、ちょうど静がそう考え、ひとまずドロップアイテムをスカートのポケットへと収めたそのタイミングで、上の階から静に対して詩織が声をかけて来た。
見上げれば、案の定詩織が先ほどいた階層から少し下りた三階分ほど上の階から身を乗り出して、こちらに対して見覚えのある鞄を掲げている。
「これ。竜昇君がすぐに行くから先に城司さんの手当てをお願いって」
「わかりました。鞄、そのまま投げていただけますか」
内心でちょうどよかったとそう思いながら、静は直後に詩織が投げた鞄を、特に危なげなく待ち構えてキャッチする。
中身を確認し、包帯や薬を取り出しながら城司の元まで駆けつけて、とりあえず出血を止めようとその出血箇所を確認する。
「……ぅ、ぐ、ぅ……。嬢、ちゃんか……?」
「気付かれましたか?」
手当をしていると、その外部刺激に呼び起されたのか、城司がうめき声を漏らしながらもどうにか意識を取り戻した。
静が身を起こそうとする城司を制止すると、代わりに投げかけられるのはある種当然ともいえる一つの疑問。
「あいつは……、フジンの奴は、どうなった……?」
「……」
その質問への答えが、決して城司の望むものにならないことは静と言えどもさすがにわかった。
なにしろ城司の娘である華夜を探す手がかりともなるフジンを捕らえようと画策していて、結局それを果たせずむざむざフジンを殺害されてしまったのだ。
しかもそれを成したのは、あの怨霊のような敵に憑りつかれていたとはいえ城司自身とも言えるのである。
離れた場所に残された、むごたらしく殺害されたフジンの死体にチラリと視線を送りながら、静は『せめて何か情報を残してから死んでくれれば』などと不謹慎極まりないことを考える。
「そうか……。死にやがったのか、あいつは……」
そうして、静がどう答えるのが正解なのかと答えに窮していると、やがて何かを悟ったのか城司がそんな言葉を口にする。
否、それは悟ったというよりも、覚えていたという方が正解なのか。
「俺が殺しちまったんだな……。お前らにせっかくこんなに骨を折ってもらったってのに」
「意識が、有ったのですか……?」
「ああ。ほとんど理性みたいなもんが吹っ飛んで、自分でも何をやってんのか、わかんなくなってたけどな……。ただただ華夜を攫ったあいつらが憎たらしくって、あいつをぶっ殺すことに、スカッとするような感覚さえあって……畜生ッ!!」
静の手当てを受けながら、しかし黙っていることもできずに城司は悔し気にそんな悪態を漏らす。
自責の念に駆られる城司を、静は責めることも諌めることもできずに、ただ――。
「クソッ、俺って奴は……。
――ただその言葉にだけは、わずかながらも引っかかるものを感じていた。
(情報を吐かせる前に……?)
城司の言葉の中に混じる、まるで情報を吐かせたあとにならば殺してしまってもよかったかのような発言。
静としては、その考えそのものに抵抗があったというわけではない。
というより、正直に言えば静も、目的である【決戦二十七士】や【不問ビル】についての情報を吐かせることができたならば、その後はできればフジンに関しては殺害してしまった方がいいのではないかと、そんな冷酷なことすら考えていた。
ただ一方で、静は城司の口からそんな言葉が出たことに、なんというか『らしくないな』と、そんな風に思う。
別段相手の全てを理解しているなどと豪語する気はないが、それでも静は入淵城司という人間について、これまでの言動などから良識ある大人とでもいうべき、そんな印象を持っていた。
これは、彼が自分の職業を警察官と名乗っていたことも一役買っていたかもしれないが、それでも静がこれまで見てきた限りでは城司は社会通念や倫理に従い、それを重んじていて、警察官というその職業のイメージを裏切るような行動はとってこなかった。
それだけに、今の城司の発言にはどうにも違和感が付きまとう。
むろん彼とて人間であるし、さらに言えば彼は娘を【決戦二十七士】にさらわれているのだから、それゆえの苛立ちが表に出てしまったとしてもそれは仕方のないことなのだが――。
そう考えてもなお、静は自分の中にある『こんなはずではないのだが』という感覚をぬぐえない。
「悪い、待たせた」
と、静の背中に待ちわびた声が届いたのはそんな時だった。
振り返れば、そこには詩織に肩を借り、鞘に込められた【応法の断罪剣】を杖の代わりにして階段を下りてくる竜昇の姿がある。
どうやら先ほどの敵を倒した後、負傷した足を手当てし、荷物を回収して急いでこちらに向かってきたらしい。
すぐさま竜昇は城司のそばに座り込み、彼の手を取って魔力を同調、【治癒練功】応急処置を開始する。
「って静さんも背中とか血塗れになってるよ……!! こっちも手当てしないと――!!」
「……ああ、そう言えばそうですね。とは言え城司さんの手当てもまだ終わっていませんし……、詩織さん、お願いしてもよろしいですか? ちょうど背中だと手当もしづらいので。簡単にでかまいませんから」
「……? あ、うん。わかった」
どこか心ここにあらずの静の様子を訝しむ様子を見せながら、それでも詩織は言われた通り、今回の戦いで静が負うことになった傷の手当てを開始する。
そして、そうして手当を始めれば今回の戦闘における被害の大きさがよくわかる。
四人のうちの、実に三人がなんらかの負傷。
特に重篤なのが苦無を全身に浴びることになった城司で、出血量も相まって少なくとも数日の安静を必要とする状態だ。せめてもう少しまともな治療ができればいいのだが、生憎と竜昇たちには医療知識もなければ医療器具もなく、傷の回復に関しては包帯やガーゼなどで傷口を覆って出血を止め、あとは【治癒練功】による自然治癒力の強化でどうにかするしかない。
比較的マシなのは竜昇と静だが、竜昇の方は足に深く苦無を突き立てられていてしばらく歩くのも難しい状態だし、静の場合はそれぞれの傷の深さはそれほどでもないものの、あちこちに傷を負っていてこちらも決して軽いと言える負傷ではない。
「悪い、お前ら。せっかくの作戦が、俺のせいで……。関係ないお前らに怪我までさせたのに、俺は、あいつを……」
やはり目標であった人物を、捕らえることを最も主張していた自分が殺してしまったというその事実には堪えるものがあったのか、城司が手当を受けながら自分を責めるように三人に対してそう謝罪する。
少なくともその様子には、静が先ほど感じた違和感は感じられない。
先ほどの城司の言葉をどう受け止めるべきなのか、あるいは竜昇達に相談するべきなのか、静が詩織の手当てを受けながら内心で頭を悩ませていると、城司の手当てを行っていた竜昇が彼を励まそうと、慰めの言葉を口にした。
「大丈夫ですよ、城司さん。怪我は俺の【治癒練功】で治せます。それに、情報が取れなかったのは残念ですけど、どのみちあいつは敵だったんです。
(――え?)
「そ、そうですよ。それになにも得る者が無かったわけじゃないし……。スキルカード……はほとんどあの囚人に取られちゃったし、武器……も使えそうなのは私の【青龍の喉笛】が戻ってきたくらいだけど……、ああ、でもほら――」
そう言って、詩織はふと何かを思い出したように立ち上がり、離れた場所に残されたフジンの元へと駆け寄っていく。
あまりにも平然と行われる無残な死体への接近。その様子を静が驚きの目で見つめていると、当の詩織はフジンの死体のそばへとしゃがみ込み、何かを拾い上げて静達の元まで戻ってきた。
「詩織さん、それは――?」
詩織が持っていたのは、革製のストラップを編んで作ったような、グラディエーターサンダルなどと呼ばれる一足のアイテム。
解析アプリを向けてみると、アイテム名として【天舞足】という名前が表示される。
「あれ、もしかして静さん、クエストメッセージを最後まで見なかった? メッセージの最後に討伐報酬って言うのが載ってたから、もしかしたら落ちてるんじゃないかと思って」
「討伐報酬、ですか……?」
言われてみれば、確かに最初ハイツと遭遇する前に来たメッセージにも、最後のところにそれらしい文面がのっていた覚えがある。
討伐という言葉の意味が物騒な割にうさん臭くてフジンの時は見もしなかったが、どうやら詩織はあのメッセージの最後のところまで確認していたらしい。
「では、それがあのフジンの討伐報酬なのですか?」
「う、うん。あのフジンって言う人が“死んでくれたから”、こうしていいアイテムも手に入った訳だし――」
(――!!)
城司を元気づけようと頑張って言葉を選んだ様子で放たれたその言葉に、静は今度こそ一人絶句することになる。
こんなはずがないという強烈な違和感が、背筋を走る強烈な悪寒となって静の身に襲い掛かる。
不明瞭だった感覚も、ここまで続けば流石にその正体に思い至った。
先ほどからこの三人はフジンの命にまるで価値を認めていないのだ。
否、どちらかというとフジンという男が死んで当然の人間だったと思っている、というべきなのか。
確かにフジンは敵として現れた人間だ。彼の行動は最初から静を含め四人を殺害せしめるためのものであり、向こうがこちらを殺しに来ていた以上こちらに殺されたとしても文句は言えないだろうと静自身も思っている。
だが静自身でもそう思っているからこそ、静は今の三人の考え方を決定的におかしなものだと確信する。
だってそうならなかったからこそ、今静はこんなビルにまで足を踏み入れることになっているのだから。
自分の思考回路が常人とは違う、異常で危険なものであることを、他ならぬ静自身が嫌というほどに知っている。
(これは、なにかある……)
内心の動揺を得意のポーカーフェイスで押し隠し、静は密かにそう確信を抱き、考える。
人間は危機的状況に陥ると残虐性が露わになるとも言うが、それにしてはその残虐性がフジン一人に向いていて、他の人間に対する態度が変わっていないのが不自然だ。
どちらかというと、三人の態度は残虐性の発露というよりも、フジン個人に対する敵意、あるいは嫌悪に近い感情のように見受けられる。
――まるでそう、何者かによってフジンに対する強い敵意でも植え付けられているかのようだった。
(――ッ!!)
そこまで考えて、不意に静の中で、何かが繋がったような、そんな感覚が生まれた。
(――敵意を、植え付ける……?)
思い出すのは自身のスカート、そのポケットに入れた一枚のカード。
スマートフォンの解析アプリを通して使用することで、スキルと呼ばれる特定の技術体系を丸ごと習得することができるスキルカード。
それによって得られるものが、魔力という特殊なものを扱う手法ではあれど結局は単なる知識だけなのではないかということは、以前にも竜昇と話した中で考えられていたことだ。
知識、それはつまり情報であり、あるいは別の言い方をするならば記憶だ。
そして記憶というものは、人間の
(もしも、このスキルカードというものが、私達に【決戦二十七士】への敵意を植え付けるためのものなのだとしたら……)
例えば、もしも親や兄弟、親友や恋人を目の前で殺された記憶を植え付けられたら、その人間はそうした大切な人を殺した相手に対し強い憎悪の感情を抱くだろう。
否、実際にはそんな具体的な、かつ記憶の整合性が取れなくなりかねないような記憶でなくてもいいのかもしれない。
例えば、特定の人間に対する悪印象や先入観の様なものを植え付けられたなら、植え付けられた人間はその相手に他の人間に対してよりも冷酷に接することができるだろう。
人間という生き物が、相手が『悪である』と認識したときにその相手に対してどこまでも残酷になれることを、小原静は長きにわたる観察によって良く知っている。
(それに、これが事実だとするなら納得できることもある……)
とりわけ厄介なのは、そう考えるとこれまで解消されなかったいくつかの疑問に一定の答えが見いだせてしまうという点だ。
【不問ビル】に踏み入った人間に
本来戦う理由などないはずのプレイヤーたちを、まるで【決戦二十七士】にぶつけるような形で対面させているその理由も。
そもそもスキルカードがプレイヤーを洗脳するためのものであり、静達にはすでにその洗脳が施されている、否、
(もしも新たなスキルの習得や、レベルの上昇によって洗脳が進んで行くのだとすれば……)
思考する中で、不意に静は先ほど戦ったこの階層のボス、監獄の怨霊でも呼ぶべきあの敵の存在を思い出す。
思えばあの敵は、城司に憑り付いた直後から静達をほとんど無視して、【決戦二十七士】の一人であるフジンを執拗に狙っていた。
単体で推定十ものスキルを習得し、さらには三つのスキルをカンストした城司をその身の内に取り込んでいた監獄の怨霊が、ほとんど理性を失った様子で【決戦二十七士】の殺害に執着していたというその事実。
それらの間に何の因果関係もなかったと考えられるほど、静は状況を軽くは見られない。
(だとしたら、これ以上スキルを習得させるのは不味い……!!)
そう思い、直後に伝えるべきだろうかと、静はそっと自分以外の三人の様子を盗み見る。
普通に考えれば伝えるべきだろう。なにしろこれまで安全だと思って使っていたスキルシステムに、洗脳の危険性が発覚したのだ。
だが伝えて大丈夫なのだろうかと、その部分が静には少し気がかりだった。
見たところ三人に自分達が洗脳されているという自覚は見られない。
加えて言うなら、問題となっているのがこのビルの中での生存に置いて生命線とも言えるスキルシステムに関することであるというのが非常に厄介だ。
すでに習得してしまったスキルを捨てることはできない以上、完全に無力になるということはないのだろうが、しかし新しいスキルを習得しないというのは今後の生存に大きな不安を残すことになる。そんな事実を、果たして状況証拠だけで具体的な根拠が提示できない状態で信じさせることができるだろうか。
否、それ以前に。
果たして洗脳をすでに受けている人間が、その洗脳の原因となる物品を捨てるような選択を簡単に選べるものだろうか?
――見極める必要がある。
考えた末、胸の内で静はこの問題をそう結論付ける。
洗脳の存否も、竜昇たち三人の状態も、そしてそうまでしてこのビルが敵対させようとしている【決戦二十七士】なる者達が一体何者なのかも。
他の者達が城司の手当てに専念する中、一人密かにそう決意を固めて、静はポケットの中のスキルカードをひとまず隠して自分達が次に進むべきその方向へと視線を向ける。
監獄の最下層。陰鬱なその空間の壁面に、一か所重そうな鉄の両開きの扉が存在しているのが見て取れる。
監獄の怨霊を討ち取ったその直後に、すぐさま開いたその扉。
その先の階段、そしてさらにその先に広がっているだろう第五階層の存在を予想して、異端であるがゆえに異常に気付けたそんな少女が、一人静かに闘志を燃やす。
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