123:監獄の怨霊
目の前で一人の人間が絶命する。
敵として現れたとはいえ一人の人間が、その喉を刃によって貫かれ、それによって大量の血液をまき散らして。
それも下手人は人外の
否、厳密には
「『ハは、はハハはっはハァッ!!』」
拘束衣に憑り付かれた城司が哄笑をあげて、同時に魔力の腕がフジンの喉から刀剣化させた鎖を引っこ抜く。
吹き出す血液、誰の目にも明らかな人死にの光景。
「――くぅッ!!」
引き抜かれたことで自由を取り戻したその刃に、静はとっさにその場を飛び退いて城司から距離をとる。
せっかく生かして捕らえることのできたフジンが目の前で殺害されてしまったことへの悔恨はあったが、しかしそれで動きを止めてこちらがやられてしまっては元も子もない。
目の前で起きた人間の死を必要性に従うことであっさりと割り切って、すぐさまこちらに矛先が向くことも予想して迎撃の構えをとった静は、しかし直後に起きた予想外の事態に再び驚かされることとなった。
「『ハハはァっ、死ね、シネぇッ、死ネェっ!! 』
狂ったように笑い声をあげ、直後に憎悪のこもったような声へとその様子を豹変させて、城司は引き抜いたばかりのその鎖の刃を再びフジンの心臓付近を目がけて突き立てる。
すでにこと切れているはずの人間を、さらに殺害しようという破壊的な行い。
合理性など欠片もない、死体を破壊するだけの凶悪なその行為を、しかし拘束具に憑りつかれた城司は笑い声をあげ、怒声をあげながら何度も何度も繰り返す。
喉を突き、心臓を破壊したその後には今度は眼球を頭部ごと抉っていた。
その次は腹を、胸を、臓物を。途中からどんな急所を抉っているのか、そもそも狙いを付けているのかもわからなくなり、ただただ笑い声をあげる城司が、それに憑りついた拘束具の怨霊が、血塗れになりながら何度も刃を突き立てて、その死体を破壊する様をまざまざと見せつけられる。
むせかえるような血の匂い。飛び散る臓物と肉、骨、さっきまで間違いなく人間だったはずのモノ。
そんな吐き気を催すような凄惨な光景を至近距離で見せつけられた静は――。
「それはただの隙ですよ、城司さん」
その行為をただの突くべき隙とみて、冷静に己の武器へと呪符を押し当て、敵を倒すための算段を整えていた。
「【
腰に差していた十手を引き抜き、電撃を仕込む。
先ほど城司がこの怨霊に憑りつかれて暴れ出した時から起きていた問題だが、城司の体はああして動かすには無理があるほどに重症だ。
あるいは全身の拘束具が血管を縛って、出血を抑える役割を果たしているのかもしれないが、それにしたとてこのまま暴れ続ければ遠からず出血によって動けなくなり、やがてはその命すら落としかねない。
一刻も早く、早急に拘束衣の怨霊を引きはがす必要がある。
それも怨霊の核が城司の腕に抱きかかえられた状態で、できうる限り城司本人へのダメージが少ない形でだ。
「まったく次から次へと、骨の折れる戦いばかりです」
ため息でも付きたい気分でそう言いながら、静は続けて手持ちの呪符の一枚を引き抜いて己が魔力を注ぎ込む。
「だから城司さん、殺してしまっても恨まないでください――!!」
開戦の狼煙とばかりに電撃がほとばしる。
使用するのは竜昇の初級魔法である【
呪符を用いて発動させたそれが一直線に城司の背中へと吸い込まれ、フジンの死体へと刃を突き立てる怨念の塊のような相手を一切の容赦なく感電させる。
「『ガ、ぁァあッ!!』」
何らかの防御手段を取られるかと思っていたが、しかしすでに死亡したフジンにのみ意識を向けていたこの相手は何の防御もせずに、あっさりと攻撃を受けてその身を痙攣させてよろめいた。
あまりにも無防備なその様子に、静の方も一瞬何かの罠ではないかと疑ったが、しかし間違いなくこの相手は電撃のダメージを受けている。
把握できている最凶悪囚人と城司の手の内に、わざわざダメージを受けることでメリットが生ずるような手札はない。
訝しく思いながらも、城司の体を奪ったこの怨霊を制圧しようとすぐさま距離を詰めた静は、しかし次の瞬間に襲ってきた蹴りをあっさりと“回避できた”ことでその疑問の正体に図らずも行き着くこととなった。
(ああ、なるほど……)
倒れた拍子に手をついて、それを支点に放たれた【逆蹴スキル】の上段蹴り。
だが先ほどそれに散々悩まされた静には、その動きが明らかにキレを失っているのが一目でわかった。
そしてその理由も、その動きのぎこちなさを見れば簡単に理解できる。
「その体、あらゆる意味であなたに合っていませんよ」
確かに状況はすこぶる厄介だ。人間に憑りついて、その人間を操って攻撃して来る怨霊のごときこの敵は、その人間への攻撃が躊躇われることも相まって非常に厄介極まりない。
だが一方で、他人の肉体を奪い取って使うというのはメリットばかりとも言い切れない。
先ほどの中身、恐らくはこちらもどこかで他の囚人型を捕まえて確保したのだろうが、その肉体を使っているうちはまだ良かった。
元々のその囚人がいったいどういった能力を持っていたのかは想像するしかないが、少なくとも以前の囚人の肉体は素早い動きと体術を武器とする、【殺刃スキル】や【逃走スキル】、【逆蹴スキル】などを組み合わせたスタイルには合っていた。あるいは、最初に静たちがこの怨霊を発見した段階で、もしかしたらこの相手は何度も体を乗り換えて、自分に合った肉体を持つ相手を探し終えていたのかもしれない。
だが今回、一度肉体を失って、代わりの肉体が一人を除いて付近に存在しなかったがゆえに、この囚人には城司の肉体を使う以外に選択肢がなかった。
城司はどちらかと言えばタフさとパワーを売りにするタイプの人間だ。その体は以前の囚人よりも大柄で重く、素早い動きで相手を翻弄する戦術をとるには肉体的に無理がある。
加えて、城司はその全身を負傷している身だ。ただでさえ素早い動きをするには向いていないのに、あれだけの怪我を負い、出血していればそもそも拘束衣の動きに体がついて来ない。
(加えて、城司さんの自我を奪う上での弊害なのか、今のこの敵は理性の働きが酷く鈍っている……。城司さんの肉体で、最善の動きをしてくるのなら手の付けられない怪物になっていたかもしれませんが――)
続けて放たれる蹴りをまたも回避して、静は一気に拘束衣の城司の元へと距離を詰める。
先ほどの最凶悪囚人として動いていたときは隙の無い難敵だったが、今の城司の肉体を使うこの相手の動きは実に隙だらけだ。
(――城司さんの肉体を持て余しているあなたに近づくのは、負傷した私でもこんなに簡単です)
思いながら、まず静は【静雷撃】を施した十手を城司の腹に押し付けて再びその体を感電させると、即座に足払いをかけてその身を背後へと転倒させる。
狙うべき敵の核の位置はわかっている。
死んだふりを決め込んで、自身が参戦する機会をうかがいながらも静は城司がこの敵に憑りつかれる瞬間をしっかりと目撃していた。
今の城司は敵の核を抱きかかえるような状態で拘束されていて、この敵の両腕は黒い煙状の魔力で作った偽物だ。
ならばこそ、この敵の腕は城司の腕ではないから安心して攻撃できるし、核の位置がわかっているなら攻撃もできる。
「応法――!!」
右手の武器を変形させて、刀身が伸びた長剣を敵の右腕に突き立てる。
敵もとっさに【殺刃スキル】で腕全体を刀剣化して防御を試みたようだったが、同時に発動させた【応法の断罪剣】の魔力吸収機能によってあえなく無力化された。
同時に、静は倒れた城司の体の上へと即座に跳躍。
腕を胸の前で拘束された城司の、その腕の上に飛び乗るようにして、腕に守られた敵の核を腕ごと押しつぶすように踏みつける。
「『ゴルるりぃァアアああッっ!!』」
自分の体重がことさら重いとは思わない静かだが、それでも人間一人の体重が腕二本で支えられるほど軽いとも思わない。
これが地に足を付けた状態で、足腰に力を入れた城司が静を持ち上げようとしているならば恐らく自分等軽々と持ち上げられてしまうだろう。だが、胸の前で交差する形で拘束された両腕だけで、胸と腕の間にある核が潰されないように守るというのは至難の業だ。
ましてや今の城司は、負傷による出血で万全な状態とは言い難い。静の体重を腕の力だけで受け止めて、胸に押し付けられようとする両腕を支え続けるというのはなおのこと困難なことだろう。
「『ぎりィやァァアアっ!!』」
危険を感じた怨霊が、その左腕を刀剣化して胸の上の静に手刀を見舞う。
とは言えそんな攻撃は静と言えども予想済みだ。跳躍によってその手刀を軽々と回避して、直後に城司の胸の前に現れた多数の竜鱗盾にもあっさりと対応して見せた。
「『すぅブらッシュぅッ!!』」
「シールド」
散弾として発射される竜鱗に対して、空中に跳躍した静は籠手の力を用いてシールドを発動。胸の前から撃ち出された散弾をあっさりと受け止めて、そのまま再び城司の胸の前、そこに構えられた両腕の上へと飛び下りる。
「『ギィぃィイいっ!!』」
再びのストンピングに怨霊が城司の声を交えて悲鳴をあげる。
とは言え、それでもこの相手が消えていないということは核の破壊には失敗したらしい。もっと自分の体重が重ければと、そんな乙女としてあるまじきことを考えていると、怨霊の腕から周囲の床に対して魔力がほとばしるのが感じられた。
「やっとそれを思い出しましたか」
次の瞬間、地面から突き出された岩槍に対して、静は展開していたシールドでそれを受け止め、同時に足裏で魔力を炸裂させて空を目がけて高々と飛び上がる。
シールドを砕かれながらも岩槍によって空へと撃ち出されるように飛び上がり、静は空中で己の態勢の上下を入れ替えると、急ぎ起き上がる怨霊の胸元目がけて己が身を弾丸にするかの如く宙空を蹴りつける。
「【
敢行するのは斜め下へと飛び込むダイブアタック。
狙いを変わらず胸の前で交差された城司の腕に定めて、そこに圧力をかけるべく次の一手を叩き込む。
「【突風斬】――!!」
直後、左の十手で撃ち込んだ暴風の魔力によって怨霊の体が城司諸共背後へ目がけてふっ飛んだ。
なすすべもなく自分の攻撃を受ける怨霊の姿に、静は自身の中でこれならいけそうだという確信を持つ。
戦っていてはっきりした。やはりこの敵は先ほど戦っていた時より明らかに弱くなっている。
確かに城司の肉体を取り込まれてしまったのは厄介だが、その城司とて人質としての役割はともかく、戦闘能力的には決してプラスになっていない。むしろ傷ついた肉体が足を引っ張って動きは悪くなっているくらいだ。
城司のものも含めて十三ものスキルを習得しているというのも脅威だが、見たところそのスキルも全くと言っていいほど使いこなせていない。
城司を支配するにあたってのなんらかの副作用なのかは知らないが、理性が失われて判断力が低下しているらしく、先ほどから状況への対処がワンテンポ以上遅れている。
唯一の脅威はそのスキルの数から来る未知の手札の多さだが、極端なことを言ってしまえば敵が未知の手札を持っているなどこれまで当り前のようにあったことだ。間違っても油断はできないが、絶望するほど戦力差が開いているわけではない。
(このまま仕留めます――!!)
距離の空いた怨霊の元へと追いすがり、再び核を狙うべく右手の武器を十手に変えて振りかぶる。
再び【突風斬】を用いて腕に圧力をかけ、今度こそ城司の腕で敵の核を抱き潰させようと試みて、しかしその寸前、静は否応なくその手を止めざるを得なくなった。
攻撃を受けるその寸前、城司の体にまとわりついた拘束衣から一斉に黒煙状の魔力が噴き出して、同時にその全身にまとわりついた拘束具が静目がけて一斉に襲い掛かってきたことで。
「――ッ、【突風斬】――!!」
一度止めかけた手を再び動かし、攻撃ではなく距離をとるために暴風の魔力を炸裂させるが、襲い来る敵はそれで離れてはくれなかった。
かわりに、十手を撃ち込まれた城司の体だけが背後へと飛ばされて、肝心の拘束具の怨霊は煙の一部を吹き飛ばされただけで変わらず静の元へと襲い掛かって来る。
(――く、今度は私に憑りつく気ですか――!!)
まるで乗り物を乗り換えるように、静に憑りつこうとする敵の意図を察して、静はすぐさまそれを振り払おうと両手の十手で抵抗を試みる。
だが時すでに遅く、振り下ろしていた右手には直後に手枷がはめられて、さらに影の手に首を掴まれて、そして前面が割れた鉄仮面が頭に、赤い核が若干遅れて静の胸へと迫って来る。
声が聞こえる、脳裏にいくつもの映像が浮かび上がり、静の脳裏でいくつもの感情が木霊する。
まるで静の意思を塗りつぶそうとするかのような感情とイメージの嵐。
怒りと憎しみ、敵意や恨み、殺意を言葉にした幾つもの言葉が脳裏で囁き、同時に顔の見えない幾つかの人影が脳裏に映る。
体格も格好もバラバラな、ただ一つ背中に見える紋章だけが共通する幾人もの人影。掌と翼、どちらにも見える二つが交差して、その上に十字星が輝くその見覚えのある紋章のイメージが、酷く憎らしいというそんな感情の奔流と共に押し寄せてきて――。
「好都合です――!!」
次の瞬間、静はただ目の前にやってきた赤い核を目がけて蹴りを放っていた。
脳裏に押し寄せる感情やイメージなど一顧だにせず聞き流し、敵である怨霊が自ら人質である城司を手放し、自分に近寄ってきたのをただただ好都合とみて、その核を目がけて足を振り上げ蹴りを叩き込む。
とは言え、全身が拘束衣の布にまとわりつかれ、体が半分以上拘束されかけているそんな状況。いかに静と言えどもそう簡単に攻撃を当てられるわけがない。
繰り出した蹴りは狙った核をぎりぎり外れてその真横を通過して、直後に拘束された静の体が拘束と敵の腕に押されて床へと倒れ込む。
途端に押し寄せる布と拘束具の奔流。体に絡みつく鎖とベルト、体の周囲で拘束衣の形を形成しようとする布に対して、静は動く体の部位で懸命に抵抗して見せる。
頭に無理やりかぶせられた鉄仮面を自由になる左手で引っぺがし、右腕に喰らいついた手枷とそこから伸びる鎖を掴んで、鎖が体に巻き付こうとするのを阻害する。
脳裏に響く洗脳の声やイメージを全て無視して、ひたすら自身の体に物理的にまとわりついてくる拘束具の数々と決死の格闘を繰り広げる。
(――ぐ……。流石にこのままでは分が悪いですか……!!)
怨霊が自分を乗っ取ることはできないが、静自身もその怨霊を引きはがせないという厄介な拮抗状態。
とは言えこのままだと静の体力の方が先に尽きて、その後静は乗っ取られることこそなくとも身動きを封じられる。
そんな危機感を抱きながらも懸命に拘束に抗って、少し離れた場所に浮かぶ核を何とか破壊しようと狙っていたちょうどそのとき、奮戦する静に対して真上の階から救援の声が響き届いた。
「――今だ詩織さん、そのまま落っことせ――!!」
聞き覚えのある少年の声がして、直後に手足を切り落とされた囚人服の敵が静達のいる最下層目がけて落ちてくる。
静が怨霊と格闘する場所の、すぐそばへとその囚人型が墜落したその瞬間、それまで静の体を乗っ取ろうとしていた怨霊が突如としてその圧力を減少させて、代わりに落ちて来たばかりの囚人にその拘束具の大半を差し向ける。
(なるほど、私を支配できない以上、他に乗っとる相手を用意してやれば肉体を欲しているこの怨霊はそちらに向かう――!!)
とは言え、流石に敵も即座に静を開放するほど迂闊ではない。
右腕の手枷と体にまとわりつく布によってその身を押さえつけられながら、それでもどうにかこの隙をついて敵を仕留めようと動き出そうとして――。
「――静ッ、【応法】構えろ――!!」
投げかけられた言葉に即座に反応し、静は右手の武器を【応法の断罪剣】へと変化させ、不自由な体で声のした方へと構えをとった。
「【
直後に上空から襲い来る極大雷撃。
広範囲を全てのみ込む竜昇の最大魔法が、静諸共拘束衣の怨霊へと襲い掛かって両者の姿が光の中へと飲み込まれる。
直後に現れるのは、オーラ系の魔力で電撃のダメージを緩和しながらも、防ぎきれなかった電撃によって全身を帯電させて膝をつく囚人と、それにまとわりつく怨霊の姿。
そして――。
『ギオルリリィッ――!?』
――そして静が極大電撃にのまれるその寸前、静と電撃の間に割り込んで、静が受けるはずの電撃の大半を吸収した六つの雷球と、そのすぐそばで長剣を構える静の姿があった。
すでに静の身を抑え込んでいた拘束具は本体である怨霊とつながる黒煙状の魔力を焼き尽くされて消滅し、代わりに静の長剣には六つの雷球を盾にして、それでもなお静の身に届くはずだった【迅雷撃】の一部が吸収されている。
「【
「【応法の――」
六つの雷球が一つとなって光条を放つのと、静が剣で吸収した電撃を撃ち放つのは全くの同時。
「「――
その瞬間、放たれた二つの電撃が怨霊と囚人、二体の敵の核を同時に突き穿ち、二つの命を完全に破壊して、その黒煙でできた肉体を今度こそ完全に消滅させた。
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