120:剣舞師

 監獄の中に竜の咆哮が響き渡る。

 ただ武器同士がぶつかっただけのその音が、衝撃波と呼べるほどにまでにその音量を拡大されて、生まれた爆音波が行く先にいる敵を蹂躙する。


 【音剣スキル・絶叫斬】。

 武器に魔力を用いて特定の効果を付与し、剣技と共に扱う魔剣技に分類されるこの技は、言ってしまえば敵の武器と自身の武器をぶつけた際に生じる激突音を拡大し、指向性の爆音として叩きつけるというそんな技だ。

 とは言え、本来の威力はここまで圧倒的なものではなく、自身の攻撃を武器や防具で受け止めた相手に至近距離で爆音を浴びせて怯ませたり、その大音量で鼓膜を破るなどして、相手ダメージを与えるのがせいぜいの、主に一人の敵を相手として想定された技だった。


 だがそんな技も、【青龍の喉笛】と呼ばれる一振りの魔剣を用いて使用することで効果は激変する。


 【青龍の喉笛】。本来は初期装備の青龍刀だったそれに、とあるスキルを用いて独自の改造を施すことで魔剣化したこの武器は、その魔法効果として非常に単純な【増幅ブースト】という機能を持っている。

 機能の詳細は書いて字のごとし。魔剣を用いて魔剣技や魔法を発動した際に、その効果を【増幅】するだけという単純なもの。

 ただし、そんな【増幅】の効果だけを突き詰めて改造されているがゆえに、この魔剣によって放たれた魔剣技の威力は、本来の威力よりも格段に上昇したものとなる。


 それこそ、単独の敵を行動不能にする程度の技でしかなかった【絶叫斬】を、一定方向にいる大量の敵をまとめて吹き飛ばせる、範囲攻撃性能を持つ衝撃波――【青龍の咆哮】へと変貌させる、それほどに。







 それは同じように魔法で敵勢力を一掃した竜昇であっても、目を見張るほどの圧倒的な破壊だった。

 耳を塞いでなお全身が痺れるような巨大振動。

 もはや音と呼ぶのも生ぬるい、空気の振動そのものを攻撃として叩きつけるその技は、放ったその瞬間に目の前にいた敵数体を消し飛ばし、その背後にいた竜昇の撃ち漏らしの敵達を残らず行動不能に陥れていた。


(こんな切り札があったとは……)


 その光景を目の当たりにして、竜昇は思わず胸の内で感嘆の声を漏らす。

 見れば、先ほどまでざっと三十体はいたはずの敵の数は既に一桁台にまでその数を減らしていた。

 もちろん、直前に竜昇自身が放った【迅雷撃】の戦果もあったのだろうが、その【迅雷撃】で撃ち漏らした、あるいは【迅雷撃】の防御に成功した者達も、詩織の先ほどの【絶叫斬】なる技を受けて軒並み地に伏している。

 単純に【迅雷撃】を防ぐので精いっぱいで続けて放たれた【絶叫斬】に対応できなかったというのもあるのだろうが、それ以上に詩織の攻撃が音だったというのも理由としては大きい。

 実際に防御手段であるシールドを何度も使っていたからわかる。少なくとも竜昇の使うシールドは、攻撃は防げても“光と音は防げない”。

 もちろん、中には城司の【弾力防盾】のように光や音を制限する防御手段もあるのかもしれないが、少なくとも竜昇が普段から使っているシールドの防音性能はたかが知れている。


 結果、防御手段は有していたものの、音という性質の攻撃を防ぐことができないものが続出し、【迅雷撃】による攻撃を生き延びた者達も絶叫の一撃に全滅する。

 まさに死屍累々。まともに立っている敵など一人もいないそんな中で、唯一その状況を作り出した詩織だけが、先ほど拾い上げた青龍刀をその手に構えて立っている。


 先ほど【応法の断罪剣】を振るっていた時よりも様になった自然な構え。その姿に、今手にしているその剣こそが本来詩織が振るうべき剣なのだと納得させられる。


 とは言え、そんな光景に竜昇が呆然としていられたのもほんのわずかな間だ。

 竜昇が状況を認識し、理解が及んだ次の瞬間には、もうすでに状況と、そして詩織は動き出していた。


 突如、地に伏していた残る敵の一体が勢いよく身を起こし、その腕を構えた次の瞬間には詩織がその敵目がけて距離を詰めている。


「――!?」


 まるで敵の行動を予知していたような素早い踏み込み。

 先ほどの乱戦の中で、冷気を猟犬の形の魔法として放っていたその看守型は、しかしその魔法を発動するその前に顔面の核を詩織に両断されて消滅の憂き目にあった。


(速い――!!)


 身体強化の影響だけではない。なんらかの走法によるものとみられる神速の踏み込みもあったがそれも違う。なによりも早かったのは、敵が動きを見せるその前に動き出す判断の速さ。

 まるで敵の攻撃を事前に察知していたがごとき初動の速さが、詩織の動きは他の追随を許さないほどに圧倒的だった。


(残りの数は……、七体)


 そんな、ひたすらに驚嘆する竜昇に対して、当の詩織は酷く落ち着いていた。

 否、嘘だ。落ち着いてはいない。ただこれまでにないほどに不安や恐怖が薄いというだけの話だ。

 その精神状態は、しかし落ち着きとは程遠く、むしろある種の高揚感の様なものすらその胸には有った。


 背後から振り下ろされる首切り斧を音だけで察知し回避する。

 起き上がり、すぐさま襲いかかってきた恐らくは首切り役人の振るう斧に対しても、しかし今の詩織はこれまで程に恐怖を感じない。

 ただその身が軽くなったような、まるで重りになっていたものが無くなったような、奇妙な身軽さをその全身で感じている。


「【鳴響剣】」


 迎え撃つべく距離を詰めながら、詩織は剣に対して【音剣スキル】の技を発動。

 直後に体ごと回転するようにして勢いをつけ、詩織は防御のために構えられた首切り斧の、その刃の部分に対して正面から自身の持つ青龍刀を叩きつけた。


 直後、ぶつかり合った斧と青龍刀が激しい火花を散らし、数瞬のうちに首切り斧の刃が詩織の青龍刀によってあっさりと両断された。


 【音剣スキル・鳴響剣】。それは俗に高周波ブレードや振動カッターなどと呼ばれる、主にSF作品などに登場する武器を通常の剣で再現したような技だ。

 刀身を振動させることにより斬りつけた対象を切削し、防御に使われた盾や武器をそのまま両断して破壊する。

 自身の武器があっさりと破壊されたことに動揺し、それでもどうにか防御を固めようとする首切り役人に対し、詩織はその動きをすり抜けて、下から打ち上げるような左掌底を首切り役人の顎目がけて打ち上げる。

 よろめく相手に、対する詩織は動きを止めない。

 動き回るために深いスリットの入れられた改造拘束衣の裾を翻し、詩織は流れるような動きで体を一回転させると、その遠心力を利用して強烈な回し蹴りを敵の胴体へと叩き込む。

 蹴り飛ばされたことで敵の体が後ろに蹴り飛ばされながらくの字に折れる。まるで詩織に対して差し出されるように頭部が前へと突き出され、それに対して詩織は頭部中央にある敵の核へと刃を走らせて、最後まで敵を圧倒したまま見事にその命を刈り取った。


(すごい――!!)


 身に纏うチャイナドレスにも似た改造拘束衣の形状も相まって、まるでカンフー映画でも見ているかのような気分で眺めながら、竜昇は内心で意外とも言えるそんな感想を彼女に対して抱いていた。

 そう、実を言えばこの展開はかなり意外だった。

 この土壇場で、詩織が自分の身の危険も顧みず敵陣に飛び込んでくれたことも意外だったが、それ以上に彼女がここまで戦えるというのも意外だった。


 正直に言えば侮っていた。

 【音響探査】など、詩織が有用なスキルを持っていることは知っていたが、しかし竜昇は、彼女の持つスキルはどちらかと言えば索敵系がメインで、直接的な戦闘能力はそれほど高くないのではないかと予想していたのだ。


 ましてや、この時竜昇は思ってもいなかった。自分達をここまで導き、周囲の索敵においても圧倒的な有効性を発揮していた【音響探査】が、その実【音剣スキル】においては音を放つ魔剣技の、その放った音を有効活用するための、おまけの様な扱いの技能でしかなかったなどとは。


 渡瀬詩織が習得するスキルは現在三つ。初期スキルである【華剣スキル】と【音響探査】を収録する【音剣スキル】。そして一つのスキルでありながら、格闘、身体強化、歩法など様々な技術を収録した【功夫スキル】の計三点だ。

 これに自前の共感覚を合わせ、さらには武器である青龍刀、【青龍の喉笛】の効果などを併用することで、詩織は仲間内で最も習得スキル数が少なくありながら、それでも他のメンバーに勝るとも劣らない強力な戦闘スタイルを確立していた。


「――!!」


 直後、首切り役人を仕留めたばかりの詩織の背後で、倒れていた囚人型の手元から三つの炎が飛び掛かる。

 出現したのは、なにやら火打ち石のようなものを核に形成された、炎属性の、恐らくは猫の形状をした召喚獣。

 猫ゆえか音もたてず、それどころか魔力の気配すら隠して襲い掛かる紅蓮の猫達。

 だがそんな相手に対して詩織は、“召喚が始まってすぐに”振り返り、猫が生み出されて地面を飛びあがるその瞬間にはすでにその軌道上に刃を走らせていた。


「――【仇華】」


 三匹の猫達が三方向からとびかかろうと地を蹴ったまさにその瞬間、一息に距離を詰めた詩織が宙に浮いた三匹を高速の三連閃で瞬く間に斬り捨てる。


 手にした青龍刀の重量と遠心力を用いて一瞬のうちに放たれた三度の斬撃。

 刀身に魔力を宿し、その魔力を刀身として伸ばして対象を切り刻む高速斬撃が、まるで花びらを散らすように輝いて三方向からとびかかってきていた赤い猫たちを、その核となっていた火打ち石ごと一瞬のうちに両断する。


「こっそり発動しようとしてても、聞こえてるから――!!」


 言うが早いか、すぐさま詩織は地を蹴って、先ほどの赤猫たちが飛び出してきたその場所目がけて走り出す。


 魔力を用いる戦闘に置いて、魔力の感覚はそれを読み取る重要な情報だ。

 仮にどんなに気配を殺して不意打ちを企む者がいても、そのものが攻撃のために魔法を準備し、その気配を盛大に発していれば即座にその術者は存在がばれて不意打ちなど失敗に終わってしまう。

 だからこそ、静かも習得する【隠纏】や竜昇の【領域スキル】に収録された【領域隠蔽】が意味を成してくるわけだが、しかしそうした気配隠蔽系の術技も詩織に対してだけは通用しない。

 なにしろ彼女は魔力を音として感じる共感覚者。魔力の気配を隠蔽する、『なにもないように装っている魔力』であろうとも、彼女はそう言う魔力の音というものを自身の中で変換し聞き取ってしまう。

 加えて、通常なら気配が希薄で感じ取りにくい他人の体内で操作される魔力にも彼女は敏感だ。普通の人間ならば感じるか感じられないかという微妙な気配でも、彼女は音という追加情報が加わることで常人よりもはっきりとその存在を察知することができる。


 下手人たる囚人型も誤魔化せないと悟ったのだろう。素早く身を起こすと目の前に手をかざしてそこに火打ち石を浮かべ、それに炎の魔力を収束させて新たな召喚を成そうとする。

 だがそんなもの、今の詩織を相手取るにはあまりにも遅すぎる。


「【散華】――!!」


 再び放たれる三連斬。今回は先ほどと違い、間合いを伸ばしてなお届かない距離で放たれた技だったが、しかし刃の切っ先から放たれた魔力の斬撃があっさりとその距離を駆け抜けて瞬くうちに火打ち石を、敵の胴を、そして頭部の核を両断する。


 音を探知する【音響探査】と生来の共感覚で敵の接近や魔法を発動の前段階から察知して、間合い自在の【華剣スキル】と防御無効化能力に優れる【音剣スキル】、そして多彩な補助技と超近距離での格闘戦を可能とする【功夫スキル】で敵を仕留める。

 それこそが、渡瀬詩織のスキル構成。

 パーティーメンバーからは【剣舞師ブレイドダンサー】などと呼称されていた、音を聞き、舞うように戦う魔法封じに特化した近接戦闘スタイル。


(これなら――!!)


 先ほどの【絶叫斬】のダメージからかろうじて立ち直った敵達を、立ち上がるそばから危なげなく切り伏せる詩織の姿に、ひとまず援護がいらないことを確認した竜昇はようやく次なる行動を開始する。


 すでに魔力を最大にまで充填し直した魔本を構え、同時に発動させるのはもはや先ほどから何度使っているかもわからない【探査波動】。

 隠れ潜むものを暴き出す魔力の波動が、先ほどからなぜか動きを見せる様子が無い、しかし絶対にこの場にいるはずの、その人物の居場所を探し出す。


「よお、そこにいたのか――」


 隠形破りの波動に景色が揺らめき、ようやく隠れ潜むフジンが竜昇の前に姿を見せる。

 耳から血を流し、苦しげな様子で蹲る決戦二十七士の暗殺者が、倒れ伏す敵群の中でようやくその姿を現した。

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