111:追跡不能

「野郎ッ!!」


 そのメッセージ画面を見た瞬間、城司の表情が怒りに染まり、すぐさま彼は動き出していた。


 踵を返し、激情に任せてどこかへ向かおうとする城司を、慌てて竜昇が押しとどめる。


「待ってください。いったいどこに行くつもりなんですか!!」


「決まってるッ!! あの野郎を締め上げて華夜の居場所を吐かせるッ!!」


「だから、そのためにどこに行くのかと聞いてるんです!! 相手は行方も分からない上に、その姿さえ見えなく出来るんですよ!!」


「――ぐ、っぅ……!!」


 竜昇の指摘に、ようやく城司も我に返ったのか竜昇を振りほどこうとしていたその手を止める。

 実際問題として、激情に任せて探そうにも彼にはそもそも姿を消す敵を見つける手段がないのだ。

 よしんば何かの間違いで敵のいる方角に行けたとしても、その時には見えない敵からの不意打ちにやられてしまうのが落ちである。


「敵の名前はフジン。推測通り【決戦二十七士】の一人のようです。メッセージに乗っている後ろ姿の写真に、あのハイツという男と同じ紋章のマントを羽織っているのがのっていますね……」


「あれ、この写真ってさっきちらっと姿が見えた時のものじゃない?」


 静の持つスマートフォンを覗き込んで、詩織がふとそんなことを指摘する。

 言われて、竜昇が持ったままになっていたスマートフォンを覗いてその写真を確認すると、確かにその写真は今しがた、竜昇の【探査波動】によって一瞬だけ姿を現した時の姿そのものだった。


「これは……、ひょっとしてビルの奴らも、こいつのこの階層への侵入に今気付いたのか……?」


「そうかも知れませんね。メッセージの来るタイミングといい、標的の写真といい、いつの間にか入り込んでいた敵に今しがた気がついて、慌てて姿の見えたその一瞬の写真を添付して送ってきたと見るのが妥当なところでしょうか」


「これは……、こいつの手の内みたいなのも表示されるぞ」


 城司の声に慌ててた竜昇も画面をスクロールすると、確かに彼の言う通りそこに幾つかの術技の名前の様なものが表示されているのが見て取れた。


「【光陰隠れ】、【忍びスニーキング】、【隠纏】、【遅延起動スロースターター】……?」


「【隠纏】は私が習得している魔力隠しの技ですね」


「この【光陰隠れ】って、たぶん【隠形スキル】の技だと思う。光の屈折を魔力で操って、自分の姿を見得ないようにする魔技で、私達のパーティに修得した娘がいたから知ってる」


「……なるほど、恐らく先ほどの光景を見て、相手が使っている術技を推測して伝えてきているということなのでしょうね……。それにしても、今回は随分と親切ですね……」


 いったいどういう理由なのか、今回のクエスト通知にはハイツの時にはなかった、敵の手の内を教えるような表記がされている。

 竜昇としては今回敵の手の内が晒された、その理由についても興味はあったが、しかし今は他にも優先して考えるべき点があった。


「【光陰隠れ】で姿をくらまし。その魔力を【隠纏】で遮断、か。【忍びスニーキング】のせいなのか、足音も詩織さん以外聞こえてなかったみたいだし、こいつの侵入にビルの連中ですら気づいていなかったってのも納得だな」


「以前詩織さんが言っていた、扉が開く音がしたのに誰かが入ってくる音はしなかったという証言。あれは恐らくあのフジンという男だったんでしょうね。むしろ攻撃の瞬間を察知されたことすら、ひょっとするとフジンさん本人にはイレギュラーな事態だったのかもしれません」


 冷静な口調のまま、静は詩織がいなければ、先ほどの襲撃で竜昇たちが全滅していた可能性すらあると暗に言いってのける。

 誰にも気づかれることなく移動して、必要とあらば気づかれないまま標的に近づき、その対象を抹殺する。

 それがこのフジンという男の戦闘スタイルなのだとすれば、確かに本来察知できないその接近を察知できる詩織の存在は、本来想定していないレギュラーなものだったことだろう。


「この【遅延起動スロースターター】ってのが何か、この中で分かる奴はいるか?」


 敵の隠形の仕組みがある程度判明すると、間髪入れずに次の質問を城司が投げかける。

 娘の救出のために早くフジンを追いに行きたいのか、心なしか焦れているような、苛立っているかのようなそんな様子。

 そんな彼の心情をどこまで察してかは知らないが、静の方は一度自分の思考を切り上げると、【遅延起動スロースターター】なる術技について彼女なりの分析を述べて来た。


「先ほどこのフジンという男が襲ってきたとき、反撃しようとした詩織さんの剣が何かに受け止められていましたけど、それが何だったか見ていた方はいますか?」


「……いや。もしかして見えたのか?」


「ええ。竜昇さんの【探査波動】で隠形が解除されたときに」


 言われて、竜昇も先ほど【探査波動】を放った際に、姿が見えないままこちらに投げつけられていた大量の苦無が、その姿を現していたのを思い出す。

 竜昇たちにしてみればそれどころではなかったため見ていなかったが、どうやら離れて見ていた静はそれの正体や様子もしっかりと観察できていたらしい。


「結論から申し上げれば、詩織さんの剣を受け止めていたのもそこに転がっているのと同じ苦無でした。ただし、姿を現した後も数秒間空中に制止して、まったく動かない状態になってはいましたが」


「空中に制止してた?」


「はい」


 問い返す城司に対し、静は近くにあった苦無を拾い上げてこちらへと見せてくる。


「こう、横向きに構えたような状態で、しばらく空中に留まっていたあと、少ししてからものすごい速さで床に墜落してそのあたりに飛んで行きました。苦無が一本で剣を受け止めたその衝撃を、その時になってようやく思い出したような、いえ、それ以上のスピードで……」


「つまり、この【遅延起動スロースターター】ってのは一定時間物体の動きを止めておく魔法、ってことなのか? 確かにそれなら、見えない状態の苦無の攻撃に取り囲まれていたって言うさっきの静の状況も説明できるな」


「いえ、恐らく止めておくだけではないでしょう。あの苦無による攻撃、単なる投擲にしては威力がありすぎました。なにしろ私のシールドは完全に、竜昇さんのシールドもかなり深くまで突き破られているのです。先ほどの詩織さんの剣を受け止めた苦無がすごい速度で飛んでいったことから見ても、動き出した時にその動きを加速するくらいの効果はありそうです」


 なるほど、そう考えると、確かにただの投擲武器でシールドを突き破るような真似ができたのにも説明がつく。

 だとすると、同じシールドで完全に突き破られて砕かれてしまった静と、貫かれながらもどうにかシールドを維持できた竜昇たちとの違いは、あるいは【遅延起動スロースターター】で止めていた時間と、威力や勢いが比例しているのかもしれない。


 と、そう竜昇が考えていると、静の手の中の苦無が形を崩し、みるみる砂へと変わって消えていく。

 砂へと変わったというのに、その砂粒もみるみる薄れて消えていく。

 まるで先の処刑場で、あたり一面に積もっていた魔力からなる砂鉄が消えていくのにも似た完全消滅。

 見れば周囲にバラ撒かれていた苦無も、何らかの条件故なのかひとつ残らず砂へと変わり消え始めていた。

 その様子に、静が手の中の砂を払いながら少し残念そうに呟きを漏らす。


「持ち歩くには随分と数が多いとは思っていましたが、やはり魔法か何かで作った物でしたか……。もう投擲用のボールペンも数が尽きかけているので、使えるなら何本かいただいていこうと思っていたのですが……」


「敵も武器の再利用を許すほど甘くはないってことか……」


 魔法で作った、あるいは取り出した武器だとすると弾切れの可能性もないかとそんな分析を行って、直後、ふと竜昇は先ほどのクエスト通知の文面を思い出して一つ疑問を覚えた。

 良くよく思い出してみれば、先ほどのクエスト通知には最後に敵の使っていたと思しき四つの技名の様なものは書かれていたが、この苦無を生み出した、あるいは取り出すのに使ったと思しき魔法か何かの術名は記述されていなかった。

 いったいその線引きは何なのかと、そのことに疑問を覚える竜昇だったが、しかし生憎とその疑問を突き詰めるだけの時間は残されていなかった。


「……んで、どうすんだこれから。早くあのフジンって野郎を追いかけないと、この広い監獄の中じゃ簡単に逃げられちまうぞ」


 ようやく先ほどの襲撃の際にフジンが見せた手の内の分析が済んだというのに、なかなかその追跡に向かおうとしない竜昇たちの様子に、若干苛立った様子で城司がそう問いかける。

 やはり彼にとっては、フジンの存在は娘である華夜を追うための重要な手がかりである故に、一刻も早くその後を追って動き出したいところなのだろう。


「追いかける、と申しますが城司さん、そもそも城司さんはどうやってあのフジンという殿方を探すおつもりなのですか?」


「んなの決まってんだろ。そっちの詩織嬢なら、あいつの立てる音を聞き取れるんだ。そいつを頼りにすれば大体の位置は割り出せ――」


「あ、あのッ」


 城司の言葉を遮るように、慌てたような様子で詩織が声をあげる。

 その理由について、竜昇は生憎と少し心当たりがあった。


「詩織さん、一応聞くけど、フジンが今どこにいるか、位置は特定できますか?」


「……ううん。さっきまでは距離が近かったせいか聞こえてたけど、少し離れたらもう聞こえなくなっちゃって……」


 竜昇が言い出しやすいようにと出した助け舟に、詩織はそんな予想通りの答えを返してくる。


 そう、その回答は、竜昇自身ある程度予想していたことではあった。

 実際、【音響探査】を持つ詩織であっても、この階層にフジンが侵入してきた際にはその存在を察知することができなかったのだ。

 この中で唯一、詩織だけがフジンの存在を察知できるとは言っても、その能力に距離的な限界があることは想像に難くない。


「おい、ちょっと待てよ……。詩織嬢ちゃんでもわからないって、だったらどうやってあいつを、華夜の手がかりを追っかけたらいいんだよ……?」


 とは言え、今の城司は、そんなことにも思考が及んでいなかったらしい。


 正直に言えば、それはかなり良くない兆候だった。

 元々城司は娘の華夜のこととなると感情的になる傾向があったが、これまではまだ理性が効いていて、周囲に配慮するだけの対面も保っていた。

 だが今は、実際に【決戦二十七士】を目の当たりにしたせいなのか、あるいはそれをきっかけにこれまで溜め込んでいた娘の安否への不安が噴出したのか、フジンを追いかけて捕まえるという、そのことしか考えられなくなってしまっている。

 静の方もそのことは感じていたのだろう。一応の可能性を模索するように、再び詩織に対して一つの質問を投げかける。


「詩織さん、この【光陰隠れ】と言う技、お仲間の方が習得したというのなら、他に何か知っていることはなにかありませんか? 例えば何か弱点や、付け入る隙になりうる欠点の様な……」


「えっと、習得したのは私がはぐれるちょっと前だったから、詳しいことまではちょっと……。ああ、でも、【光陰隠れ】には一つ副作用があって、あれを使うと自分の姿を周りからまったく見えなく出来る代わりに、自分も周りが何も見えなくなっちゃうんだって。最初に修得したとき、使って見た娘が周りが真っ暗になったって騒いでて……。光の屈折を利用しているからじゃないかって話も、確かその時に出たはず……」


「暗くなる……?」


 言われて、竜昇は自分の中にある知識の中から似たような知識を引っ張り出す。

 とは言っても、今回引っ張り出したのはスキルによって与えられた知識ではなく、竜昇が以前に読んだSF関係の知識の方だった。確か『光学迷彩』を科学的に再現する方法として、人間が光の反射でものを見ている関係上、光が自分をよけて通るように屈折させれば、光の当たらない人間は周囲から見ることのできない透明人間になれるという話があったはずである。

 ただこの方法だと、自分も光の反射を視認できないため、周囲のものを一切見ることができないという話も語られていたはずだ。それと同じなのだと考えれば確かにその欠点には納得できるものがある。


「けど、だったらあいつはどうやって周囲のものを認識してるんだ? あいつの動きは、明らかにこっちの位置を認識してる動きだったぞ」


「そのあたり、詩織さんのパーティではどうしてたんですか?」


「えっと、私の知ってるやり方は多分違うと思う。別の魔法を使うやり方だったから、隠してたとしてもさっきの【探査波動】っていうのに引っかかると思うし、動き回ることを考えた使い方でもなかったから」


 どこか困ったような表情で、詩織は言葉を濁して、そんな曖昧な答えを返してくる。

 詩織がいかなる理由でそんな答えをしたのかは定かではなかったが、とりあえず竜昇も静もそのことについては特に追求しなかった。


「しかしそうなるとどうやって……。詩織さんの言う通り、魔法的な手段なら【探査波動】に引っかかるはずですし、それにかからないということは――」


「――耳、かもな」


 考え込む詩織に先んじて、竜昇がふとそう頭に浮かんだ答えを口にする。

 すると静の方も、それに気づいたようにハッとした後、一度頷きを返してきた。


「そう、ですね。耳に限らず、視覚以外の感覚、特に魔力の感覚などから、私たちの位置を探っているのかもしれません。実際こうして、音から高い精度で敵の位置や動きなどを探っている方もいることですし」


「あ、け、けど、いくらなんでも音や魔力だけで複雑な接近戦はできないと思うよ。さっきは剣の一撃を受け止められちゃったけど、目をつぶった状態だと、足音とかはわかっても近くの相手の動きは大雑把にしか察知できないから」


 そこは実体験から来るものなのか、詩織が敵の索敵能力の、微かな隙と言える部分を教えてくれる。

 とは言え、ここで明らかになった情報もやはり現状では活用しにくい物ばかりだった。

 しいて言うなら、実際に戦う局面になれば弱点となりうるような点は多かったのだが、やはりと言うべきか、ことが追跡となると敵の位置を特定するにあたっての糸口になりそうな欠点は少しも見受けられない。


(……これは、正直どうにもならないな……)


 思案の果てに、竜昇はついに観念してそう結論付ける。

 あるいは、もしもこの中の誰かが索敵系のスキルともまた違う、追跡系のスキルとでも呼ぶべきものを習得していたなら話は違ったのかもしれないが、それはそうしたスキルを習得していない現状言ってもない物ねだりだ。


 今の竜昇たちでは、どう頑張ってもフジンを追跡することはできない。

 問題は、その事実をフジンの捕縛を切望する城司に対してどう伝えるべきかということなのだが――。


「……こうなっては仕方がありませんね」


 奇しくも、いや、ここはやはりと言うべきなのか。

 どうにもならないという、その答えへと至った人間は竜昇だけではなかった。


「詩織さん。先ほどの囚人があの後何処に行ったか分かりますか?」


「え?」


「おい、ちょっと待て――」


 静のその発言の意図に即座に気付いたのか、一人額を押さえて、恐らくはまだフジン追跡の方法を思案していたらしい城司が横槍を入れる。


「……おい、静嬢。そりゃあ一体どういう意味での質問だ?」


「どういう意味、と、そう問いかけるということは、城司さん自身わかっているのではありませんか?」


 そう、フジンの参戦で一度脇に置かれてはいたが、もともと竜昇たちはここまでこの階層のボスと目される最凶悪囚人を追ってここまで来ていた。

 だから、追跡困難なフジンより先に、あの囚人の撃破を先に持ってくるというのは決してない選択肢ではない。


 だというのに、城司がここまで過敏に、静の意見に反応して見せた理由は、やはりこの選択肢を突きつけられることを恐れていたからなのだろう。


「私の考えは簡単です。追跡困難なフジンの捕縛よりも、追跡できる敵を追うことに力を傾ける。この階層のボスと目される、あの最凶悪囚人を先に倒して、それでも状況が変化しなければもう諦めて先へと、次の階層へと進む。私が提案したいのは、そう言う選択肢ですよ」


 毅然とした態度で、きっぱりと。

 城司と対峙した静がそんな答えを言い放つ。

 それはどこまでも正しくて、同時に、どこまでも容赦のない回答だった。

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