110:見えない襲撃者
その瞬間、なにが起きたのか竜昇にはわからなかった。
突然静に向かって詩織が叫び、その叫びに応じて静がシールドを展開しながら離脱を計って、しかしぎりぎり間に合わず、何者かの攻撃を受けた。
そこまではわかった。だがわからなかった。
なぜなら、その攻撃そのものが全く見えなかったから。
本当にそんな攻撃があったのかもわからない。ただ破壊の痕跡だけがそこにある。
地面に付けられた複数の傷と、離脱しようとした静の砕けたシールド、そして静のものと思われる無数の血の玉が宙へと散って、それが唯一、攻撃の実在を竜昇へと物語っている。
(なんだ――、あの囚人が何かしたのか――!?)
驚きに満ちた頭で即座にそう考えたが、直後にその考えは見える状況によって否定された。
見れば、静だけではなく、竜昇たちが追っていた拘束具の塊の様な囚人、静と交戦中だったその一体も、その謎の攻撃をその身に浴びて派手にその場から吹っ飛んでいる。
未だ実体を伴っているところを見ると核を破壊されたわけではないようだが、その体からは黒い煙が無数に上がっていて、刀剣並の硬度を誇っていたはずのその体がその鋼鉄すら撃ち抜くレベルの攻撃にさらされたことは明らかだった。
「なんだ今のは――!?」
背後から城司の声が近づいてくる。
どうやら遅ればせながら、彼もこの階層へと到着したらしい。
だがやはりと言うべきか、彼の方も状況が理解できていない様子で、困惑した様子で竜昇たちの元まで追いついてくる。
だが城司が二人の元までたどり着き、合流するよりも一瞬早く、切迫した様子で詩織が声をあげた。
「音が、こっちに近づいてくる――!!」
「――なッ!? 近づいて――!?」
状況がつかめず詩織の方へ視線を向けると、この場では唯一、彼女にだけは何が起きているかが理解できているかのようで、その視線は倒れた静でなく、その左側の虚空に焦点を当てている。
「なんだ、あの囚人の攻撃なのかッ!?」
「違うッ、そこにいるの、こっちに向かって――、ッ!!」
混乱する二人に、説明してからでは間に合わないと悟ったのか、詩織は途中で叫ぶのをやめて己の武器を抜き放つ。
魔力を吸収する【応法の断罪剣】。明らかに扱いに不慣れなその剣を振りかぶり、彼女にしかわからないなにかを目がけてとっさにそれを振り下ろす。
傍から見れば意味の分からない彼女の行動。だが竜昇たちがその意味を理解する前に、甲高い金属音と共に詩織の剣が虚空で何かとぶつかった。
まるで何か、見えない武器によって斬撃そのものが受け止められたかのように。
「――ッ!!」
「そこにいるのかッ!!」
その現象に、どうにか理解の追いついた男二人が動き出す。
不可解な状況を分析するべく竜昇が魔本の【
ただし――。
「ダメッ、その場所にはもう敵はいない――!!」
この場で唯一、敵の位置を補足できる詩織から見れば、その対応は遅きに失していたらしい。
剣を何かに受け止められた状態のまま、視線の向きだけを移動させる詩織に、竜昇はとっさにその場を飛び退きつつ城司に向かって指示を出す。
「城司さん、詩織を守って全体防御――!!」
「くッ――!!」
盾を構えて突貫しようとしていた城司が、とっさに構えを解いて詩織の方へと飛び掛かる。
盾を詩織の視線の先に向けるようにして詩織の身を抱きかかえ、続けてシールドを展開しながら彼女諸共勢いよく床へと倒れ込んだ。
同時に、見えないなにかが空を切り裂き飛んでくる微かな音が聞こえてくる。
城司の展開したシールドに何かが衝突する音が連続し、城司に覆いかぶさられた詩織がその下で微かな悲鳴をあげる。
(魔力も、どこにいるのか気配も感じない――!!)
明らかに攻撃を受けているのに、攻撃を行っている敵の姿や気配どころか、その攻撃自体がほとんど見えないし感じられないというその事態。
まるで幽霊にでも攻撃されているような状態だったが、しかし見えない幽霊というのならば、ある意味それに近い存在をすでに竜昇は経験していた。
(姿も見えず、魔力も感じない敵……、けど、それなら――!!)
思い出したのは静と共に攻略した深夜の学校。その中で遭遇した、姿を完全にくらませて襲ってきた骸骨の敵。
「【探査波動】、発動――!!」
その敵を思い出し、その敵の姿を暴くのに使った【探査波動】を即座に準備し、発動させる。
敵の魔力を刺激して感知しやすくし、同時に隠形系の魔法を乱して無力化する【探査波動】。
その魔力の波動が周囲一帯へと広がって、まずは城司と詩織を襲っていた攻撃の、その正体を暴きだす。
(これは、クナイか……!?)
まず現れたのは、黒光りするひし形の両刃と布が巻かれた持ち手、そしてその後ろが輪のような形状になった見覚えのある刃物。
フィクションなどで忍者がよく使う、
そして魔力の波動の広がりが、範囲を広げてその持主の姿をも暴き出す。
広がる波動の行き着く先で、苦無の出現と同じように空間が揺らめいて、ようやくそこに隠れていた
否、そこにいたのは敵ではあっても
(人間……!?)
まるで蜃気楼のようにおぼろげに姿を現したのは、白い髪と糸目が特徴の細身の男。
全体的に白いつなぎの様な装束に身を包み、背中に同じく白い羽織の様なものを纏ったそんな男が、ほんの一瞬姿を見せてその顔に驚いたような表情を浮かべた後、しかし次の瞬間には、竜昇を睨んで再びその姿を周囲の光景に溶かすようにして消えていく。
(こいつ、この一瞬で姿を消す魔法をかけなおしたのか――!?)
一瞬姿を見せただけで、すぐさままた姿を消してしまった敵の消失の速さに、竜昇は焦りを覚えながら再び敵の姿を探すべく身の内で魔力を準備する。
だがそれでは対応が間に合わなかったらしく、【探査波動】を発動させるその前に詩織から危険を知らせる声が上がった。
「竜昇君伏せて――!! 今度は竜昇君が攻撃に囲まれてる――!!」
「ッ――!?」
放たれた警告に、竜昇はとっさに床へと身を投げ出し、同時に自分を中心にシールドを展開させる。
状況についていくことさえ困難な状態だが、それでも次に何が起きるかはすぐにわかった。
案の定、先ほど城司のシールドに対して行われたのと同じように、投擲された苦無と思しき大量の気配が突き刺さる音が聞こえてくる。
(うッ、さっき城司さんを攻撃していて物より威力が高い――!!)
それはいったいどういうからくりなのか、先ほどの苦無は城司のシールドに阻まれ、弾かれていのに対して、竜会の展開したシールドには苦無が突き刺さっているらしく、半透明のシールドにはところどころひし形の穴が開いている。
そして穴からひびが広がる。依然見ることのできないそんな攻撃が、一撃一撃で竜昇のシールドに穴を穿って、その向こうにいる竜昇に刃を届かせようとその鋭い刃先を侵入させて来る。
「う、ぉぉおおおおッッ!!」
慌てて声をあげ、必死にシールドの強度を底上げするべく魔力を注いだおかげか、竜昇の元へと殺到して来た鋭い何かはどうにかシールドが防ぎ切った。
どうやら何本かはシールドを突き破って内部へと侵入を果たしたようだったが、生憎と威力不足だったのかその先端を喰い込ませるだけに終わり、ほどなくして豪雨にも似た激しい攻撃音はピタリと止んだ。
「ぐッ、次はどこからくる――!!」
「待って」
どうにか起き上がり、シールドを維持したまま【探査波動】を放とうとする竜昇だったが、その直前に詩織がそれを止めに入った。
「音が遠ざかってく……。これは、逃げて行ってるの……?」
「恐らくこれ以上は確実性が薄いとみて撤退を選んだのでしょう」
起き上がり、警戒を続ける竜昇に対して、静がそう言いながらこちらへと駆け寄って来る。
その様子に、静かも無事だったのかと胸を撫で下ろしかけた竜昇だったが、しかし次の瞬間、生憎とそれほど無事ではなかったことを嫌でも理解させられることとなった。
「静、それ……」
「……ああ、どれも掠り傷ですよ」
見れば、静の左手で押さえられた右腕と、スカートが破れてますますむき出しになった左足からは明らかに血が滴っていた。どうやら二の腕と太腿のあたりを攻撃がかすめたらしい。大きな傷はその二箇所だけのようだったが、逆に言えばその二箇所の傷はとても掠り傷と呼んで済ませてしまっていいものとは言えなかった。
「どうにかシールドと【鋼纏】を使って防御を図ったのですが、生憎と防ぎきれませんでした。動き回るこちらを狙ったおかげか、狙いが大雑把だったのが唯一の救いですね」
「すぐに手当てを――、いや、その前にさっきの囚人は――」
「生憎と、あちらにも逃げられてしまいました。こちらの動きが止まっているときに襲われなかったのは幸いでしたけど……、申し訳ありません、流石に仕留められませんでした」
「いや、いいよ。すぐに手当てしよう」
そう言って、竜昇は自身が背負っていたリュックから消毒液と包帯を取り出すと、静の手を取って魔力を同調させて【治癒練功】を発動させつつ怪我した個所に包帯を巻いて、一般的な意味での手当ても同時に施す。
できれば“手当て”ではなく完全な“治療”までしてしまいたかったが、生憎と状況がそれを許さなかった。
怪我の治りを速める力を持った【治癒練功】だったが、しかしそれはあくまで人間の体が持つ自然治癒力を高めて怪我の治りを早くするだけで、怪我を一瞬で完治させられるほどの魔法の技術ではない。
時間をかければ、それこそ一晩あればこのくらいの怪我を完治させるのはたやすいだろうが、そんな時間がないこの場ではせいぜい出血を止めるのがせいぜいだ。
とりあえず静も動けるようだし、この場では包帯を巻く間だけ【治癒練功】を続けて、あとの治療は安全が確保できる場所でするしかない。
と、そんなことを考えながら竜昇が静の右腕に包帯を巻いていると、傍でそれを見ていた詩織が『きゃあっ!!』と言いう実に女子らしい悲鳴をあげた。
「どうしました、詩織さん」
「どうしたって言うか、静さん、それ……」
「それ? ああ、こちらは大丈夫ですよ。服は裂けましたが傷自体は薄皮一枚斬られただけですので。実際血も出ていないでしょう?」
「いや、そう言う問題じゃなくて……!!」
指さす詩織につられて、竜昇が視線を向けると、先ほどまで静が右腕を押さえるために胸の前で構えていた左腕の向こう、静が着用していたスクール水着の胸の下、わき腹のあたりが大きく裂けていた。
確かに静本人の言うように出血もしておらず、怪我としてはたいしたことが無いようだったのだが、問題だったのは斬られた後に裂け目が広がったらしく、その裂け目が胸のあたりの見えてはいけない部分にまで届いてしまっていたことだった。
ありていに言ってしまえば下乳が見えていた。
肌にピッタリと張り付いたスクール水着の隙間から彼女自身の肌が見えてしまっていることもあり、はっきり言って非常に目の毒な光景である。
「隠して隠してッ!! 静さんなんで自分のその格好に何も感じないのッ!?」
「そんなに大騒ぎすることもないと思いますが……。以前これよりもっとボロボロになったこともありますし」
「そう言う問題じゃないのッ!! なんていうかこう……、とにかく危ない格好だからッ!!」
幸いなことに竜昇の言いたいことを詩織が全部代弁してくれたため竜昇は自分で墓穴を掘らずに済んだが、しかしどうにも静本人の反応は淡白だ。
相も変わらず羞恥心というものが希薄というべきなのか、自分の今の服の状態にまったく危機感を抱いていないらしい。
慌てて詩織が通路の先に放り出されていた【染滴マント】を回収し、腕の手当てを終えた静がそれを羽織ると、周囲の見張りをしていた城司が待ちかねたように声をかけてくる。
「おい、おまえら。そろそろいいか? 悪ぃが今の俺達に、あんまりラブコメしてる余裕はねぇぞ」
先ほどのやり取りを緊張感が欠けるものとして見ていたのか、城司がどこか咎めるような様子でそう声をかけてくる。
竜昇たち本人としては別段ふざけているつもりはなかったのだが、しかし状況を考えれば確かにあのやり取りは緊張感に欠けていたかもしれない。
そんな自省をしつつ、足の手当てを静本人に任せて竜昇は【治癒練功】による静の治療に専念し始める。
恐らくこの話し合いと静の手当てが終わったらすぐにでも出発することになるだろうと予想して、それまでにできうる限り静の治療を進めておこうという判断だった。
「いったい何なんださっきの野郎は? 竜昇の【探査波動】で一瞬見えた敵の姿は人間の男に見えたぞ」
「私にも確かにそう見えました。そして現状判明している中では、この【不問ビル】にいる人間はおよそ二種類しか確認できていません。私たちと同じプレイヤーか、あるいは――」
と、静が言いかけたその瞬間、詩織を除く三人の荷物から、ほとんど同時に三種類のアラームが鳴り響く。
城司が自身のスマートフォンを取り出し、静のスマートフォンを預かっていた竜昇がすぐさま自分のスマートフォンを取り出して静と共にのぞき込むと、そこには案の定一つの文面が記載されていた。
それは見覚えのある、そしてどこか予想できていた一文。
『アラタナくえすとヲジュシンシマシタ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます