108:犯罪歴
「敵の持ってるスキルは今のところ五つ、【
逃げた囚人を追いかけながら、詩織が城司から借りたスマートフォンを片手に読み取った敵の手の内を読み上げる。
本来ならば城司のスマートフォンなのだから城司が読み上げればいいという話ではあるのだが、生憎と後方の防御を担当する城司にそれ以外のことに意識を割かせることは危険極まりなく、先陣を切る静や魔法による先制攻撃を担当する竜昇も同様の理由で却下されたため、暫定的に陣形の中で比較的即応性が求められない詩織がその情報の読み上げ役へと抜擢された形だ。
「【殺刃スキル】とはまた物騒なスキル名ですね。それで、それぞれのスキルの術技や技能についてもわかりますか?」
「うん。【逆蹴スキル】は技で【逆輪脚】と【舞足の心得】、【魔法スキル・大地】は【
それぞれスキル順に表示される術技や技能の名が読み上げられていくが、しかしやはりと言うべきか、五つもスキルがあるとその数は並大抵のものではない。
そもそもすでにスキルが五つというのは、現状判明しているプレイヤー三人の中でもトップである竜昇と同じ保有数なのだ。
あるいは保有スキルについての情報交換が済んでいない詩織などはそれを超える保有数を誇っている可能性もあるが、ここまで多彩なスキルを持っているというのはかなり厄介だ。
「最後の【殺刃スキル】については、たぶんあの刀剣化の技だと思うんだけど【殺刃】って言うのが一つに、あとは【剣術の心得】と【双剣の心得】、【蛇剣の心得】って言うのが表示されてる」
「クソ……、厄介だな。【盗人スキル】に関しては拳銃を掏られただけで直接的な攻撃能力じゃなかったからまだましだけど、【魔法スキル・大地】ってあの裁判官の使ってたスキルだろ?」
「魔本と木槌が無い分どこまで使えるかは不明ですけど、どのみち油断できないことは確かですね……。後は、この【逆蹴スキル】って言うのはあのカポエイラみたいな足技のことでしょうか?」
「カポエイラ、ですか……?」
城司と竜昇の会話に、先頭を走る静が疑問の声を投げかける。
竜昇としては、それなりに特徴的な格闘技であるためなんとなく連想しただけのものだったが、実際に口にしてから自身の中でもありえるというそんな感想が膨らみ始めた。
「カポエイラって言うのは、あんなふうに足技を主体にした格闘技だよ。結構アクロバティックな動きが多くて……、ああ、そう言えば植民地時代に手を拘束された状態の人間が練習してたから足技主体になったって話があったか……」
話の信憑性に関してはそれほど高くないという話だったが、しかしそういった逸話を持っていたがゆえにこの階層で登場したというのは少しばかりうなずける話だ。
そうなるとひょっとするとこのスキル、あの囚人が裁判官のあとに倒した、手枷を付けられた囚人が習得していたスキルだったのかもしれない。
そう考えると、他のスキルも同様に奪って習得した可能性が高く、そう言う視点で見るとそのスキルの羅列は一種の犯罪歴のようでもあった。
「なんにせよ厄介な事態ですね。その格闘スキルのおかげで、【殺刃スキル】がより有効に活用される事態になってしまいました」
確かに、読み取ったスキルの中でも【殺刃スキル】と【逆蹴スキル】の組み合わせはなかなかに厄介だ。
ただでさえ全身を刀剣化できるそんな敵が、手だけでなく足でも攻撃できるスキルを身に着けてしまったのである。その上、【逃走スキル】の【
「しかもそれ、現状あいつが見せたことのあるスキルや術技しか表示されねぇんだろ? ってことはあの囚人、そこに表示されてないスキルや、切り札になる魔法やら技やらを、まだ温存してる可能性もあるってことだ」
ここまでの間に走りながら聞いた話では、どうやら解析アプリのアナライズ機能というのは、一度アナライズしてしまえば一度でも敵が見せた手の内ならば自動的に更新されていく代わり、見せられていない手の内に関しては全く表示されないらしい。
となれば城司の言う通り、当然ここに表示されていない、未知のスキルを敵が保有している可能性もある訳で、そう言う意味ではこの機能、アナライズというよりも敵の使用した術技を、あとから名前だけ教えてくれるというそれだけの機能とも言えるものだった。
「そのうえ放置すりゃ、さらに保有スキルや高性能な武器を手に入れて強くなりかねないって訳か。さっきの戦闘で足の鎖一本と散弾銃を破壊できたのが唯一の慰めだが……」
「ですが、敵も城司さんから拳銃をスリ盗って手に入れています。そもそも全身が凶器になりうるあの敵を相手に、一つや二つ武器を奪ったところで焼け石に水でしょう。武器なんて極論、そこら中からいくらでも調達できますし」
冷静な、そして実際にそこら中から武器を調達してきた経験を持つ静が、そんな楽観を許さない言葉を投げかける。
確かに、触れるものすべてを武器化できるというのなら、極論ドロップアイテムとしては捨て置かれているようなガラクタすら武器になりかねないのだ。そう言う意味では、【殺刃スキル】の脅威度は全身が凶器になる攻撃性能でもなければ、全身が硬質化する防御性能でもなく、どちらかと言えばあらゆるものを武器にできる汎用性にこそあるのかもしれない。
(強いて良かった点を挙げるなら、この敵が今のところ索敵系のスキルを習得してる様子が無いってことか)
ここまで、詩織を通して囚人の移動経路を観察していた竜昇達だったが、どうやらあの囚人は獲物のいる場所まで最短距離で移動しているというわけではないらしい。
どちらかというと、行き当たりばったりに移動して、遭遇した敵を襲って持ち物を奪う行為を繰り返しているようで、その点から竜昇たちはこの囚人が竜昇の【探査波動】や、詩織の【音響探査】の様な索敵系のスキルを保有していないのだろうと予想していた。
とは言え、それもあくまで現状ではまだというそれだけの話であり、このままでは敵がそうした索敵に使えるスキルを習得するのも時間の問題だ。
そして、もしもこの上、この最凶悪の囚人が付近の獲物を感知する索敵能力まで獲得してしまったら最悪だ。
ただでさえ追跡が厄介な敵がこちらの存在を感知して動き始めることは想像に難くないし、なにより他の囚人や看守の位置を感知してのより効率的な『狩り』を初めて本当に手が付けられない怪物になってしまう。
「で、どうするんだ? このままだと敵を捕まえるより先に敵が強くなっちまうぞ」
同じ認識は全員が持っているのだろう。背後から城司が竜昇に対してそう問うてくる。
現在標的である囚人は竜昇たちの真下。二つほど下の階層を天井二枚を盾にする形で走っている。
この状態では遠距離攻撃も当てられないし、唯一の手段として吹き抜けから【光芒雷撃】の雷球を下へと向かわせて、下の階層へと攻撃を行う手もあるが、仮に【探査波動】との併用で気配を頼りに狙撃するとしても、どれほど命中するかは相当に怪しい。【六亡迅雷撃】を使うことも考えたが、敵に防御手段も逃走手段もある現状では確実性に欠けるのは明らかだ。
「やはりここは、私が行くしかないようですね」
竜昇がその結論に達するのと、静自身がそう発言したのは全く同時のことだった。
前を走る詩織が驚いた様子をその背に見せるのを視界に捉えながら、竜昇は一言静に対して問い駆ける。
「行けるのか?」
「幸い先ほど【
真横にある通路の欄干、その向こうに口を開ける監獄中央の吹き抜けを眺めながら、静が冷静な口調でそう答える。
確かに問題はむしろその点だ。なにしろ静は、先ほどあの囚人に対して一度とは言え後れを取っているのだ。静の戦闘能力は知っているし、二度目ともなれば前と同じようにはいかないだろうが、それでもその事実は不安材料ではある。
「詩織さん、このまま最短距離で今あの囚人がいる場所に向かった場合、どういうルートを通ってどのくらい時間がかかる?」
「えっと、ここを進んだ角を曲がれば、すぐの所に下に続く階段があるから、下の階には下りられるよ。あとは、その下の階にも、来た道を少し戻る形になるけど、さっき通った場所の真下に下りられる階段がある。時間的には、この速度なら……、たぶん二分くらい」
「――静」
「わかりました。二分、時間を稼ぎます」
言うが早いか、静は肩に担いでいたカバンを竜昇へと投げ渡すと、走る速度そのままに通路際の欄干の上へと飛び上がる。
「っておいおいちょっとま――!!」
急な動きに、城司が慌てて止めに入ろうとしたがもう遅かった。
まるで自室のベッドに飛び込むような身軽さで欄干の上の静が体を倒し、意図的に自身の頭を下に向けるように態勢を変えて、静は監獄中央の吹き抜けから下の階へと向けて身を投げた。
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