107:聞こえる者音

 それが襲来したのは、城司たちが対岸への通路を渡っていたまさにそのときだった。

 向かう先の対岸、竜昇の魔法によってついに捕らえられようとしていた囚人が、槍衾によって宙へと撃ち出されてこちら目がけて降って来る。


「ヤロッ――!!」


 即座に前を走っていた城司が全身に強化をかけ、魔力で拳を覆う【迫撃練功】を発動。自身に迫る囚人が、ちょうど着地するその瞬間を狙うようにして一気に距離を詰めに行く。


「【迫撃】――!!」


 絶好のタイミング。あらゆる敵を一撃で葬り去れるその一撃を、最初から敵の顔面目がけて叩き込む。

 だが逃げようもないはずのタイミングで放ったはずのその一撃は、次の瞬間には虚しく、簡単に空を切った。


「んだとぉ――!?」


 城司が拳を撃ち込んだその瞬間、着地の一瞬を待たずして囚人の体が宙を跳ねる。

 空中で体を丸め、城司の頭上を飛び越えるようにして、囚人の体が城司の攻撃を本人諸共飛び越える。


(ヤバい――!?)


 とっさに態勢を落としたその瞬間、直前まで城司の首があったその場所を空気を凪ぐ音が通り過ぎる。

 刃物状にした手枷の鎖を翻しての斬撃。それをどうにか逃れて反撃しようと振り向いた城司は、ほとんど逆さまに落下しようとしていた囚人の、その手に構えられていた見覚えのある武器に一瞬目を剥いた。


(拳、銃……!!)


 見覚えのある銃口。先ほどまであの敵は銃など持っていなかったという思考が城司の脳裏を満たし、直後に城司は自分の腰の後ろ、そこにベルトに挟むようにして持っていた拳銃の感覚がなくなっていることに気が付いた。


(こいつ、俺の拳銃をスリ取って――!!)


 思った瞬間、銃口が火を噴いた。

 覗いていた銃口、その奥に込められた弾丸が城司の眉間目がけて発射され、直後に城司は自身の額を襲う衝撃にもんどりうって背後へと転倒する。


「城司さん――!!」


 一番出遅れた詩織の目の前で、城司が弾丸に撃ち抜かれるさまを見せつけられて、おもわず詩織は恐怖と共に絶叫する。


 回避しようのないタイミング。魔法など使おうにも、そんな猶予があったとも思えない。


 目の前で起きたその光景に、詩織の脳裏で一人の友人の姿がフラッシュバックする。

 自分の、自分たちのせいでこのビルに踏み込んで、そして死んでしまった男友達。

 このビルに連れてなど来なければ、あるいは別の場所に連れて行っていれば、今頃一つの幸せを手にしていたかもしれないクラスメイトの、その死に際の表情が脳裏をよぎる。


「ぅ、ぁ、ぁあああああッ――!!」


 次の瞬間、詩織は絶叫と共に手にした【応法の断罪剣】を振りかぶっていた。

 ここに来ると途中で、すでに詩織は自身に身体強化の技を発動させている。


 城司の【迫撃スキル】と同じ体術系統のスキル、【功夫スキル】の身体強化技、【錬気功】。

 静の【剛纏】のようにオーラの様な外見的にわかる特徴もなく、肉体の内部での魔力操作故に外部からはなかなか感知しにくいその魔力操作は、女子としてはそれほど腕力が強いとは言えない詩織に重い長剣を片手で振り回すだけの筋力を与えてくれる。


「ヤァッ――!!」


 静のように首だけを狙うようなスマートな攻撃ではない。

 空中で逆さに落下する敵の中央、胴を薙ぐように繰り出された、それゆえに回避の難しい一撃が囚人目がけて襲い掛かる。


 だがその一撃も囚人にとっては予想の内の攻撃だったのか、囚人は自身の腕を魔力によって硬質化して構え、空中で詩織の斬撃をあっさりと受け止めた。

 それどころか、囚人は詩織の斬撃の勢いをそのまま利用して、追加でふたたび宙を蹴りつける不可解な跳躍を成し遂げて、空中で態勢を変えながら離れた場所に見事な着地を決める。


(失敗した――!!)


 相手にあっさりと自分攻撃を防御されたことで、詩織は自身の失策を嫌でも理解する。

 敵には手枷の鎖をはじめ様々なものを刃物に変えるような技があるのだから、ただの斬撃では防御されるのは当たり前だ。

 だというのに、詩織は何の工夫もなくただの刃物で、そんな敵に斬りかかってしまった。

 硬い防御を破る技も防御越しにダメージを与える技も、それどころか今の手元には相手の防御手段を奪い取る【応法の断罪剣】もあるというのに。


「くッ――!!」


 それでも、今からでも遅くないとばかりに詩織は剣の重さに体を預けるようにして身を回し、態勢を整え直して再び囚人へと斬りかかる。

 詩織がこれまで使っていた剣と、西洋剣風の【応法の断罪剣】は少々勝手が違う。

 剣の重心が明らかに違うその剣は、詩織の習得している剣術系スキルとはあまり相性がいいとは言えなかったが、それでも即座に距離を詰めにかかったのが功を奏したのか、敵が攻撃態勢を整える前にどうにか詩織の剣は敵の元へと届いていた。


 届いて、今度もまたあっさりと振り下ろした剣は敵の防御に受け止められた。


 敵の能力故ではない。呆れたことに詩織自身が、【応法の断罪剣】の特殊能力と自身の技、それらを“いつもの癖で同時に”発動させてしまったことが原因で。


(あ……!!)


 受け止められたことでようやく自分の攻撃が通らなかった理由に気が付いて、詩織はあまりに無様なその失敗に頭の中が真っ白になる。


 魔力を吸収することで魔法から身を守り、同時に防御魔法を無効化することすら可能な【応法の断罪剣】。

 だがそれによって吸収できる魔力は一系統のみ。故にこの剣の特殊能力はそれ単体で発動させる必要があったのだ。

 だというのに、詩織は同時に魔力を用いた別の技を発動させてしまったがゆえに、自分の技の魔力が剣の特殊能力に吸収されて、結局敵の防御を破るための技が互いに互いを妨害し、両方共がうまく発動せずに敵の防御に受け止められてしまったのだ。


 だがそんな自分の失敗を、今さらのように後悔してももう遅い。


 目の前では、すでに左腕の鎖を剣へと変えて詩織の攻撃を防御した囚人が、城司の腰から奪った拳銃を詩織の眉間へと突きつけて引き金を引こうとしている。


「動くなお嬢ちゃん――!!」


 殺される。そう覚悟しかけたその瞬間、男の声が耳を打って言われた通り詩織の体が硬直する。

 別段自分の意思で動きを止めたのではない。強い言葉によって反射的に動きが止まっただけだったのだが、それが功を奏して、直後に目の前の囚人を小さな魔力の気配が複数襲って、囚人が何かに殴られた、あるいは撃ち抜かれたかのようにふっ飛んだ。


「――ぅ」


 敵の姿が消えたことで正気に返り、慌てて詩織は剣を引き戻し、敵が飛び退いたその方向へと身構える。


 同時に詩織の目の前に、見覚えのある大柄な男が立ちはだかるようにして割り込んで、目まぐるしく変化するその状況に混乱しかけていた詩織に荒々しい声をかけた。


「無事か、詩織嬢ちゃん」


「――え、ぁ、城司、さん……?」


 聞こえた声によって、詩織はようやく自身の目の前で身構えるその男が、先ほど目の前で殺されたと思っていた入淵城司であることを理解した。

 いったいあの銃弾をどのようにしてガードしたのか、眼の前の城司の額には当然穴など開いておらず、それどころか銃弾がかすめた傷一つ負っていない。


 いったいなぜと、そう思うだけの余裕も残されてはいなかった。

 直後に詩織たちの頭上に六つの魔力の気配が配置され、それらを追うように放たれた巨大な音と気配が六つの魔力に直撃して、巨大化した六つの気配から広範囲殲滅の魔法が放たれる。


「【六亡迅雷撃ヘクサ・フィアボルト】――!!」


 目の前を覆いつくす閃光。まばゆく輝く殲滅の光が、城司の何らかの攻撃によって地に転がっていた囚人の姿を掻き消すように焼き払う。

 それがいったい誰の魔法なのかを、状況についていき損ねた詩織がようやく理解したその時には、すでに自分の両側にまでその術者である竜昇と、彼とずっと行動を共にしていたらしい静という年下の少女が追いついてきていた。


「申し訳ありません。ものの見事にやられました」


「それはこっちだって同じだ。今のでやったか――?」


「入淵さん、それ言っちゃダメな奴――!!」


「は? なんで?」


 これがジェネレーションギャップというものなのか、城司が意図せず立ててしまった生存フラグ。

 果たして、そのフラグを立ててしまったからなのかは定かではないが、身構える四人の視線の先に現れたのは敵の姿ではなく、先ほどの囚人が攻撃や移動に使っていた岩の柱が並んでできた壁だった。


 魔法による防御に身を隠しているのかと、竜昇が再度攻撃のために雷球を展開し、岩柱の後ろへと撃ち込もうとしていたようだったが、しかしその前に耳を澄ませていた詩織がその予想を否定した。


「雷魔法を防御して、その後下の階に逃げたみたい……。微かだけど、さっきの空中で飛び回る技を使ってる音がする」


「恐らくですがこの【空中跳躍エアリアルジャンプ】という技ですね。私の方にも今発現しました」


「なに?」


 そう言って、静が自分のスマートホンからスキルの一覧を表示して、その中の【歩法スキル】の欄に一つの技が増えているのを全員に対して見せてくる。


 確かに、実際にその歩法スキルの欄には、今まで習得していた術技に加えて、静が言っていた【空中跳躍エアリアルジャンプ】なる技が新たに追加されていた。どうやら、スキルに収録されている技を実際に目の前で見せられたことで、記憶が引き出されて新たに習得するに至ったらしい。


「これで恐らく、あの敵が【歩法スキル】かそれに類するスキルを習得しているのは決定的ですね。となれば、私の使える【壁走り】や【爆道】などの技も使ってくる恐れがあります」


「――いや、あいつが習得してるのは【逃走スキル】だな。【空中跳躍エアリアルジャンプ】と【壁走り】ってのは表示されてるが、そのハゼミチって技は今んとこ表示されてない」


 と、目の当たりにした敵の動きや技から竜昇たちが敵の手の内を予想していると、そばにいた城司が確信に満ちた声色でそう断言してくれた。

 その証言に、驚きと会議の表情を浮かべる二人に対して、城司は自身が覗いていたスマートフォンの画面を向けて、そこに表示されていた情報を開示する。


「さっき詩織嬢ちゃんに習ったんだ。リーダー、えっと、お前らが言うところの解析アプリか。こいつを敵に使うと、その敵が使ったスキルやその術技が、使うたんびに表示されるようになるらしい」


「えっ!?」


「そうなのですか!?」


 思わぬ機能に、竜昇と静が同時に驚きの声をあげてその視線を詩織に向ける。

 対する詩織は、その二人の様子に一瞬たじろぎながらも、自身が持っていた情報を二人に対しても早めに開示することにした。


「う、うん。私たちはアナライズって呼んでたんだけど……。さっきからみんな使ってる技から予想するばっかりで、使ってないみたいだったから、もしかして気付いてないのかなって……」


 おずおずとそう言うと、どうやら図星だったようで二人は納得したような表情で自身のスマートフォンへと視線を向ける。

 城司もそうだったが、どうやらこの二人もその手の機能の検証は万全に行ってはいなかったらしい。

 あるいは、単純に人数的な余裕の問題だったのかもしれない。

 なにしろ詩織たちのパーティーは詩織たちを含めてその人数が五人もいたのだ。


 当初こそ連携も何もない、ぎこちない戦い方しかできなかったものの、それでも大抵の敵は数に任せてどうにかできてしまったし、一人一人がある程度戦えるようになれば戦闘中に敵にスマートフォンを向けるような余裕もあった。


 それに対して、恐らくこの三人はそれぞれが二人一組のパーテーで活動していただけに、戦闘中に余計なことに手を出すような余裕はなかったのだろう。

 逆に言えば、そんな少人数で生き残ってこられたというあたりに、詩織はこの三人に対して驚異的なものを感じてしまうのだが。


「とりあえず、今はあの囚人の後を追いましょう。敵のスキル情報については移動しながらで。渡瀬さん、敵が逃げた方向を――、渡瀬さん?」


「え、あ、ごめん」


 竜昇に声を掛けられて、詩織は慌ててこの周囲の地形を【音響探査】で解析した情報を元に頭に思い描く。

 囚われていたとき、脱出できた時のために必死に頭に焼き付けたこの階層の地形を思い出して、そうして作ったマップの中に聞き取った音から得られた情報を追加して、周囲にいる敵達の位置を特定、その上で目当ての囚人の発する音に目星を付ける。


「大丈夫、まだ追えるよ」


「それでは、まずは敵を追って出発してしまいましょう。解析アプリによるアナライズ結果は道中でということで。すいませんが詩織さん、道案内をお願いできますか?」


「う、うん」


 静にそう促され、詩織は少しだけ焦ったような気分で、それでも隊列を組むべくその背を追って走り出す。


 走り出す寸前、ちらりと“上の階の通路”へと視線をやってから。

 先ほどからその付近で聞こえている、いつもの耳鳴りにも似たこの音が何なのかと、そんなことを頭の片隅で考えながら。






 驚愕。


 その瞬間、その者の内心で吹き荒れた感情は、まさにその感情だった。


 存在そのものが予想外で、どう対処したものか迷っていたがゆえにとりあえず観察に徹していた男女四人組。

 そのうちの一人で、先ほどの交戦の中でも一番動きが悪いと感じていた女が、あろうことかこちらへと振り返ったのだ。


 思い当たる節としては一度だけ、戦闘を観察するさなかに攻撃に巻き込まれかけて、仕方なく男の一人の注意をそらすことで自身が離脱する時間を稼いだことはあったものの、それに関しては今のところ当の本人以外気にしている様子はない。

 そもそもその時の行動は自分の存在を疑われる要素ではあっても、今この時、この瞬間に居る場所を特定できる要素ではないはずだ。


それ以外で自分が何かミスをしたか、と考えてみるが思い当たる節はない。

隠形の綻びについても考えたが、自分の隠形はもはやそんなレベルにはないことを、その者は自信を超えた確信として己の胸に抱いていた。


 だがだとしたら、いったいあの女はどうやってこちらを探知したのか?


 自身を探知しえる方法が無いわけではないが、今のところその女がその手の特殊な探査法を行使した様子もない。視覚的にとらえるのはもちろんのこと、距離が離れているがゆえに匂いや空気の流れで探知したとは思えないし、なにより“足音や呼吸音すら消している”その者にとって音による探知というのは一番“有り得ない”。


 故に不可解。故の驚愕。そしてそれ故に、脅威。


 細い目を見開きその者は一切の音を立てることなく己の武器に手を伸ばす。


 なぜ気付かれたのかはわからない。あの四人の正体もまた不明だ。


 だが自分に気付くことができた以上、あの女と、その連れである残る三人は自分の脅威となりうる。


 その瞬間、決戦二十七士の十九番・フジンは、見つめる四人の抹殺を物音一つ立てずに決意した。

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