103:異様な囚人

「――なッ!?」


 その光景を見た瞬間、竜昇は事前にその魔法の存在を知っていたにもかかわらず驚きに言葉を失った。

 叩きつけられた鳥かごが上空目がけてはじけ飛ぶ。まるで叩きつけた衝撃全てを吸収されて、それをそのまま跳ね返されたかのように。

弾力防盾バウンドシールド】。それは事前に聞いていた城司の魔法の中でも、使用条件が限定されると感じていた二つの魔法うちの一つだ。

性質は名前の通り、通常の硬いシールド系とは一線を画した弾力を持つ。

この弾力は斬撃や刺突などに対してはぜい弱だが、衝撃、特に打撃に対しては非常に強く、仮にこの【弾力防盾バウンドシールド】を殴りつけようものなら、その衝撃を弾力によって吸収されて、殴った人間の方がはじき返されることになる。


 そして今回、そんな弾力を誇るシールドに、あの囚われのお姫様は手にした鳥籠を思い切りたたきつけてしまった。

 結果、城司自身が狙って位置取りしていたことも相まって、コンクリートのつまった超重量の鳥籠が弧を描いてお姫様の真上を通り過ぎ、その背後に固まっていた牢名主を中心とした囚人集団、それを叩き潰すように一切の容赦なくその直上から落下する。


『アーメンッ――!!』


 敵集団にとっても予想外の反撃だったのだろう。慌てて防御を担当していた隠れキリシタンが光の羽を直上にまき散らし、上から迫る鳥籠をどうにかギリギリのところで受け止めた。


 先ほどまで竜昇の魔法を防御するのに使っていた羽の、ほとんどすべてを注ぎ込んでのとっさの防御。

 それによって、どうにか上から落下して来る鳥籠を受け止めた隠れキリシタンだったが、しかしそれによって晒された隙はあまりにも大きなものだった。


「今だ――!! 静ッ!!」


「はいッ――。いいですか詩織さん。私に合わせて魔力を注いで――!!」


「う、うん――!!」


 事前に撃ちあわせていたことも相まって、竜昇の声に応じて静が詩織と二人で背中合わせになるように構え、二人で前に掲げるようにした呪符に魔力を注ぎ込む。


 同時に、竜昇の方も先ほどから攻撃と並行して魔力を注ぎ込んでいた魔本から魔力を開放、自身の魔力をさらに上乗せして、必要量の1.5倍の魔力量で最大火力の魔法を発動させる。


「「【迅雷撃フィアボルト】」」


 静と竜昇の声が重なり、二つの巨大電撃が全く同時に放たれる。

 狙いは敵集団ではなく、その手前に配置された大きめの雷球。

 放たれた電撃が雷球六発分の【光芒雷撃レイボルト】の塊に直撃し、膨れ上がった電撃の塊を竜昇が魔本の力を借りて一点突破の砲撃へとまとめ上げる。


 撃ち込むのは現状このパーティに用意できる最大火力。

 注ぎ込む魔力量は通常の三倍。二人で発動させようとすれば二人そろって倒れかねないそんな魔法が、鳥かごの落下を防ぐために守りの手薄になった隠れキリシタンを狙い撃つ。


「【六亡三柱迅雷砲ヘクサ・トリニティカノンボルト】――!!」


 視界を白く塗りつぶす雷の光条。エネミーの光の羽の守りを、力技で突破することすら念頭に置いて準備していた魔法が、守りの手薄になったそのタイミングで発射されてわずかに残っていた光の羽を消し飛ばし、その向こうにいる敵集団へと直撃する。

 防御のために羽を展開していた隠れキリシタン、その背後で銃を抱えたまままごついていた二体の囚人がなす術もなく雷光の中に飲み込まれ、その黒い煙のような姿が掻き消えて、その急所である顔面の赤い核がなす術もなく消滅した。


 残るエネミーは、そんな攻撃の軌道から外れた位置にいた、あるいはからくも逃げ延びた最後の二体。


「あの牢名主、自分だけ落下して逃げ切りやがった――!!」


 見れば、極大光条の駆け抜けた場所の少し下に、畳諸共落下していく牢名主の姿があった。

 どうやら攻撃を受ける直前、自分だけは畳を乗せていた雲を消滅させて、ギリギリも竜昇たちの魔法の攻撃範囲から逃れていたらしい。


 そしてもう一体、この場には今だ消滅せず、取り残されたエネミーがいる。


「とりあえず消えとけやお姫様――!!」


 広い通路の端、欄干にほとんど引っかかるような形で、どうにか落下を免れたお姫様の元へと城司が距離を詰める。

 どうやらあのお姫様、超重量の鳥籠が監獄中央の吹き抜けから落下してしまったことで、それに引っ張られて落下しかけ、欄干に掴まった状態から身動きが取れなくなってしまったらしい。

 これが普通の人体ならば、人間の腕などとうの昔に引きちぎられていそうなものだが、魔力によって強化された肉体故なのか、それとも肉体を構成する黒い煙の性質なのか、お姫様の腕はそのままに、しかし落下した鳥かごによって動きを封じられてしまっている。


『アァァアアアアッ、レェッ!!』


 それでも、囚われのお姫様という在り方に逆らうかのように、お姫様は最後まで足掻く姿を見せつけた。

 動きを封じられたその状態のまま、近づく城司に対してヒールを吐いた足で蹴りを放って――。


「あばよお姫様。お前のお転婆はもうここまでだ」


 ――【迫撃】。

 蹴り足をあっさりと躱して距離を詰め、顔面へと撃ち込まれたその一撃が核を打ち砕き、命を失ったお姫様の体が空気に溶けるように消滅しながら、鳥かごに引っ張られるように吹き抜けから下へと落下した。


 残るエネミーは後一体。


「奴は――、牢名主はどこに行ったッ!?」


「え、えっと、追撃するの!? 逃げたのなら、別に放っておけばいいんじゃ――」


「いいえ。また他の囚人を引き連れて襲って来ても厄介です。それにあの牢名主がこの階層のボスである可能性もあります」


 追撃を躊躇する詩織にそう言い放ちながら、静が竜昇と共に牢名主が落下した吹き抜けの下を覗き込む。

 事と次第によっては竜昇は魔法で、静に至っては処刑場の時にやった下の階へ飛び移る荒業で追撃をかけようと考えながら牢名主の姿を探すと、案の定先ほどの牢名主が煙管を片手に吹き抜けを挟んだ対岸の、一つ下の階の通路を走っているのが見て取れた。


 同時に、牢名主の方も自身が発見されたのを察知すると、口から煙を噴出してその中へと姿をくらます。


「野郎……!! 煙に紛れて逃げ切るつもりか――!!」


「これでは迂闊に飛び込めません。すぐに対岸に向かう通路を探さないと――」


「――待って」


 城司が追いつき、三人が逃げる牢名主の後を追おうと動き出していると、何かを聞き取ったのか詩織が様子を変えて竜昇たちを呼び止めた。


「あの煙の中、もう一体なにかいる」


「なにか? あいつの仲間か?」


「わかんない。けど、牢名主が煙を出した後に煙の中に飛び込んだみたいな――、あっ!!」


 言っているうちに、竜昇たちの視界を遮っていた牢名主の煙がみるみる晴れていく。


「なんだ? こんなタイミングじゃまだどこにも逃げきれないだろうに――」


「あそこッ――!!」


 予想外に早く晴れた煙の向こうから、人間大の影が一体、煙の中で立ち止まり、立ち尽くしているのが見て取れる。


 先ほどの逃走を図っていた牢名主の様子とは明らかに様子が違う。

 いったい何が起きたのかと、四人が煙の向こうに見えるその影をかたずをのんで見守っていると、ようやく煙が晴れて煙の向こうにいたその相手が姿を現した。


「なんだ、あいつは……!!」


 見えてきたのは異様な、しかしどこか見覚えのある格好の何者かの姿。

 全身を固める、ベルトだらけの衣服。

 頭にも金属のマスクをかぶせられて、唯一服の袖から覗く手足が黒い煙で構成されている点だけが、その存在がエネミーの一体であることを物語っている。


恐らくは囚人型、しかしただの囚人ではない。

 その敵が纏っているのは、先ほどまで詩織が着せられていて、そして今も慣れの果ての様な形に変貌して唯一の着衣となっている拘束衣だった。


 ただし、実際にそれを着せられた人間を目の当たりにしている竜昇たちとしては、その敵の格好を拘束衣と呼ぶには少々抵抗がある。


「……あれ、まったく拘束できてないよね」


 相手を観察しての言葉というよりも、どこか世の不公平を嘆くような声色で詩織がそう呟く。


 確かに、そこにいる敵の手足は全くと言っていいほど自由を奪われてはおらず、服のつくり自体も通常の囚人服と大差がなく、あれではただ丈夫な布の服に大量のベルトを付けただけの様な状態だった。

 否、よく見ればそれだけではない。囚人の手足、ベルトだらけの衣服から覗く両手両足首には、先ほどの囚われのお姫様が付けられていたような枷が付けられ、そこから鎖が伸びているし、腰には縄が打たれ、マスクのすぐ下の首には武骨な金属製の首輪が付けられている。

 拘束衣どころではない。

 体中に拘束具が付けられているというのに、それらが全くどこにもつながっておらず、囚われの身になっていないという奇妙な出で立ち。


 そんな奇妙な囚人型のエネミーが手の中でまるで観察するかのように一つのものを弄んでいた。


 先ほどの牢名主が期待の魔法を使う際に使用していた、古風なつくりの一本の煙管を。


「おい、あの牢名主、あいつどうした……?」


「周囲にほかに敵影は見当たりません。それにあの煙管、あれをあの囚人が持っているということは、恐らく――」


 竜昇の問いかけに静が答えて、そうなったことで四人は嫌が応にもあの煙の中で起きたことを理解する。

 あの牢名主がエネミーだった故に死体も何も残っておらず断定はできなかったが、しかし状況だけを見ればあの拘束衣の敵が牢名主を殺して煙管を奪ったのは明らかだった。

 煙が晴れたのは、恐らく術者が殺害されたが故なのだろう。そう考えればあの状況はその全てが納得がいく。


「あの拘束具の塊みたいな囚人に殺されたって言うの……? でも、同じ囚人同士なら味方なんじゃ……」


「いえ、これが看守同士ならそうかもしれませんが、囚人同士ではそうとも限らないでしょう」


 確かに、竜昇も静の言うことにはおおむね同意するところだった。

 時代も国もバラバラで、看守達ですら共闘しているのが奇跡の様なこの監獄内だが、しかし仲間割れというのなら看守同士よりも囚人同士という方が確かにしっくりくる。


 と、竜昇がそんな風にどうでもいい考察にうつつを抜かしていると、煙管を観察していた囚人がそれを捨てるようにして放り出した。

 どうやら自分には使えるものではないと判断したらしい。


(――ん、あれ?)


 ふと、その様子を見て竜昇は、自身の中に何か引っかかるものを感じ取る。

 一体なんだろうと、その感覚の正体に思いを巡らそうとして――。


 直後、煙管を捨てた囚人が顔をあげて、竜昇の視線とその囚人のマスクの向こうの赤い輝きが交錯して――


「――っ!!」


 瞬間、竜昇の背筋に言いようのない悪寒が走る。

 理由は全く分からない。本当にただの感と言ってもいい、論理的理由を伴わない“嫌な予感”。


 そして竜昇が悪寒を覚えるのとほぼ同時に、囚人の方もこちらに気付いたのか、すぐさまその場で踵を返して竜昇たちのいる方角とは逆方向に走り出した。


 まるでそれは、竜昇たちから全力の逃走を試みるかのように。


「え、逃げるの――!?」


 詩織の口から発せられたその声は、恐らく他の二人にも共通する感想だっただろう。

 だがこの時、竜昇の中にあったのは、先ほど感じたばかりの、まだ言葉になり切らない危機感だった。


「追いかけよう」


「あん?」


「え、どうしてわざわざ――」


「――わからない。けどダメだ」


 理屈になり切らない危機感に駆られて、竜昇は逃走する囚人を追って走り出す。


「――あいつを放置しちゃ絶対にダメだ――!!」

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