104:最凶悪の囚人
追いかけ始めてすぐ、竜昇は自分の判断自体の是非はともかくとして、すぐに追いかける決断をしたという、その判断の速さに関しては正解だったと思わされることになった。
あの時判断していなければ見失っていた。
恐ろしいことに、あれだけ重そうな拘束具で全身を固められているにもかかわらず、走る囚人の走行速度は竜昇たちのそれよりも早かったのだ。
(どうしてここの囚人は牢屋の外じゃこんなに生き生きしてるんだ――!!)
娑婆の空気はそんなにうまいというのか。ここだとてまだ監獄の中で、しかもその監獄とて【不問ビル】の中だというのに。
竜昇が標的のその様子に内心で悪態をついていると、背後から追いついてきた静がそっと竜昇の背中に触れる。
途端に竜昇の体を包み込む二種類のオーラの感覚。
身体強化の【剛纏】と破壊耐性の【甲纏】。
碌な打ち合わせもできないままなし崩し的に戦闘の中に飛び込む形になってしまったがゆえに、これまで静自身以外に使用しないまま来てしまった二種類のオーラの加護を受けて、竜昇の走行速度が眼に見えて上昇する。
「ありがとう、静」
「いえ、それよりも隊列を組みなおしましょう。今私たちは四人組ですし、周囲には今のところ敵はいないようですけど、念には念を入れた方がいいでしょう」
「――ああ。悪い」
言われて、竜昇は初めて今自分がしていることが他のパーティメンバーを置き去りにした独断専行になっていることに気が付いた。
恥じ入る気分で返事をすると、静は一度竜昇に対して頷く様子を見せて、走る速度を上げて竜昇の前へと移動する。
ついで詩織もそれに続いて前に出て、竜昇が詩織と城司の間に収まるように隊列を組みなおし、そうしてから竜昇は他の三人に自分の迂闊な行動を詫びる。
「すいません。変にあせって一人だけ勝手に動きました」
「それは良いけど、あの敵なんで追いかけなくちゃいけないの?」
「確かにそっちの方が俺も気になるな。お前はあの敵にいったい何を感じたって言うんだ?」
「それは……」
前後から詩織と城司から問われて、竜昇は自分の中の言いようのない感覚を言葉にできずに言いよどむ。
そんな竜昇に助け舟を出した、というのとは少し違ったのかもしれないが、代わりに言葉を発したのは隊列の一番前を走る静の方だった。
「まあ、プレイヤーである私達から逃げるように動く、やたらと素早い敵というのなら詩織さんの証言にあったこの階層のボスの特徴とも一致します。もっとも、証言にあった剣のような武器を持っていないのが気にはなりますが、先ほどの牢名主を倒しても何かが起きた様子はありませんし、あれがボスの可能性もあるのですから倒しておいても損はないかと」
「あッ、そう言えば確かに……」
静の言葉に、ようやく気付いたという様子で詩織がそう反応する。
実際のところ、竜昇もこれまで気づいていなかったという点では詩織と同じだった。逆に言えば、竜昇が覚えた危機感の様なものは、そうしたボスの特徴との一致とは全く別のところにあるものだったと言える。
「どちらにせよボスを探すのに他に当てもないのです。とりあえず追えるだけ追って、相手の様子を見るというのも一つの手でしょう。幸いあの敵の手の内は、思いのほか簡単に見られそうですし」
「簡単に?」
言われて、対岸の一つ下の階を走る囚人の行く先を見れば、そこには三体、別の敵集団が走る囚人に対して迎撃態勢をとっているのが見て取れた。
場所が対岸である上にまだ距離が遠いためその姿はまだはっきりとは見えないが、どうやら逃げる囚人もその先にいる敵集団も、お互いのことは既に認識しているらしい。
竜昇たちがその戦闘を見られる位置まで到着して欄干の影に身を隠すのと、迎撃態勢をとっていた三体の敵の内の一体が戦いの火ぶたを切るのとはほとんど同時のことだった。
三体のうちの一体、なにやら棒状の武器を持った囚人が、手にしていた武器を突きつけ、直後に発砲。
同時に、猛烈な速度で走っていた囚人が勢い良くその場を飛び退いて、直後に囚人が走っていた後方の床が何か所も砕けて弾け飛ぶ。
「あいつ……、使ってるのは散弾銃だ。どうやら看守型みてぇだな」
こちらに撃ってきた場合を考えて片手に盾を構えて城司がそう言う中、散弾銃を撃った看守の方はポンプアクションで次弾を装填。その隙をつくように飛び込んで来る囚人に対して続けて散弾の雨を叩き込む。
「あれを躱すとか、無茶苦茶な運動能力だな」
対して、囚人の方もむざむざ射殺されるほどおとなしい相手ではなかった。
自身に銃口が向くと見るやすぐさまそれを横っ飛びに回避して、直後に発射された散弾が狙いを外して背後の床を粉砕する。
二度目のポンプアクション。
そして三度目の発砲。
三度行われた散弾による攻撃だったが、しかし結果は三度とも同じ結果に終わった。
散弾銃の特性を考えれば、その攻撃範囲は決して狭くないはずなのだが、しかし全身に拘束具を付けられているはずの囚人はそれをたやすく回避して、さらに装填の隙に徐々にではあるが距離を詰めて行っている。
このままでは接近を許すのみと考えたのだろう。
三発目の散弾を放つと同時に散弾銃を構えた看守が後退し、代わりに六尺棒を構えた看守が前に出た。
今度の看守はどことなく中華風の服装、時代的にも銃器が主流になる前の古い時代を思わせる格好だったが、どうやら連携は取れているらしい。
棒を構え、明らかに武術的な動きでそれを操ると、すぐさま近づいてくる囚人目がけてそれを打ち下ろす。
対して囚人がとった行動は、今度は回避ではなく腕による防御だった。
「……え?」
と、撃ちおろした棒が囚人の腕に接触したその瞬間、隣で見ていた詩織が何かごと下に眉をひそめる。
「どうかしましたか、詩織さん」
「え、と……、今なにか音が――、手枷で受け止めたのかな?」
「言われてみれば、確かに今妙に硬い音がしましたね……」
「なんだって?」
詩織と静の会話に、竜昇も聞こえる戦闘の音を拾おうと耳にも意識を集中してみる。
とは言え、結論から言えば竜昇のその試みは無駄に終わった。
なぜなら、音を聞くまでもなく、直後に看守が構えた六角棒が二つに折れて同時に看守の胸から黒い煙が噴き出して、囚人によって横へと突き飛ばされたからだ。
「――!?」
その間にも竜昇は、囚人と看守の戦いから目を離してはいない。
今の攻防も、棒の打ち下ろしを腕で受け止めた囚人が、普通に素手で反撃していただけだった。
「今あいつ、武器かなんか使いやがったか?」
「いえ、私にも素手で棒を叩き折って、看守の胸を裂いたように見えました。いえ、あの棒の様子を見ると折られたというより、あちらも斬り裂かれたという方が正しいでしょうか」
「斬られた……?」
確かに、言われてみれば二つに折られた棒の断面は、しかし折るという言葉のイメージとは裏腹に遠目にもかなり綺麗に、それこそ切断したかのような形になっている。
そして、城司と静がそんな会話を交わす間にも囚人の動きは止まらない。
六尺棒の看守は核こそ破壊されなかったが、突き飛ばされたことで否応なく道を開ける羽目になっている。
その隙をつくように拘束衣の囚人が前に出て、それに応じるべく散弾銃の看守が己の得物で距離を詰めてくる囚人に狙いを定めようとして――。
次の瞬間、看守の腕に囚人の腕から伸びる鎖が絡みつき――、
直後にその腕が黒い煙となってバラバラに寸断された。
「え――?」
「あいつなにしやがった――!?」
その疑問の答えに、誰かが答える暇もなかった。
腕が切り刻まれて四散し、その影響で看守が体勢を崩した次の瞬間、その顔面の核へと目がけて囚人が左手の手刀を突き入れる。
眼にも止まらぬ速さで行われる抹殺手順。そして息吐く間もなく、次の瞬間には囚人は次の行動へと移っている。
看守が消滅した後に残された散弾銃。腕が切り刻まれて、落下しようとしていたそれを見ることもなく空中で掴み取ると、そのまま腕だけを後ろに向けて散弾銃を背後にいた六尺棒の看守の顔面へと突きつける。
直後、発砲。
武器である棒を二つに折られ、それでも反撃のために動き出そうとしていたもう一体の看守の頭部が、その行動に移る前に木っ端微塵になって煙となって消え失せる。
(強い……!!)
囚人の見せた圧倒的な立ち回りに、竜昇は思わずそんな思いと共に息をのんだ。
瞬く間に二体の敵を仕留めた圧倒的な腕前。
動きの無駄の無さはあのハイツや静のそれを彷彿とさせる。
(恐らく接近戦を挑まれたら、そのためのスキルも持ってない俺なんてまず秒殺される。魔法で攻撃するにしてもあのスピードを何とかしないと――)
竜昇が囚人の戦力をそう分析したその瞬間、敵を射殺したばかりの囚人が勢い良くその場を飛び退いて、次の瞬間直前まで囚人がいたその場所の床を突き破って岩でできた槍の様なものが突き出した。
見れば、看守たちの残る最後の一体が、地面に屈みこんで地面に右手に掴んだ武器を当てている。
否。やはりそこにいた敵も、看守達の側の敵ではあっても看守と呼ぶには程遠い姿だった。
なにしろその格好は、どう見ても看守と呼ぶよりは裁判官と言った方がいいような出で立ちだったのだから。
法服を身にまとい、手に本と木製の鎚を持った裁判官が、その場に膝をついたまま右手に持った木槌を勢いよく振り上げる。
直後、木槌が地面を叩くとほぼ同時に、囚人が素早いポンプアクションと共に散弾銃を再び発砲した。
「あれは――」
「魔法使いタイプか……!!」
放たれた散弾が裁判官に命中せず、その目の前の地面に突然生えた岩の柱に着弾したのを見て、静と竜昇が続けざまに判断の声を漏らす。
どうやら魔法で岩柱を作り出し、それを盾に攻撃から身を守ったらしい。
そう思ううちにも、すでに裁判官は続けざまに木槌を振り上げて、静粛さを求めるには過剰なほどに地面を激しく叩き始めた。
ともすれば意味の分からないとも言える奇怪な行動。
だがそんな行動の意味も、次の瞬間に囚人の足元から勢いよく岩の槍が床を突き破って飛び出して来れば、嫌が応にもその意味など推測できる。
足元から囚人を処刑しようと迫る、鋭くとがった岩槍の魔法。
とは言え、それをおとなしく喰らうほど囚人も模範囚ではない。
大きく身を後ろに倒し、顔面に迫る岩槍をあっさりと回避すると、そのままバック転で裁判官から距離を取り、そしてまるでそうして逃げた囚人を追うように床から連続で岩槍が生えてくる。
それも一本や二本ではない。少なく見積もっても一度にダース単位の岩槍が、それも連続で地面から飛び出して、それが攻撃を行うと同時に、囚人の裁判官への接近を阻む壁かフェンスとしての役割を伴ってその場に残されていく。
「なるほどな。あの裁判官が味方二人がやられるまで手を出さなかったのはあれが理由か」
瞬く間に床一面が針山のように槍に覆われるのを目の当たりにして、竜昇は思わずそんな言葉を漏らしていた。
ほんの数秒のうちに、すでに裁判官と囚人の間には槍衾がびっしりと突き出して足の踏み場もないようなありさまだ。
確かにあれでは、他の二体の看守との連携は難しかっただろう。
あの岩槍の魔法では、たとえ今ほどの規模で使わなかったとしても迂闊な使い方をすれば散弾銃の看守に対しては遮蔽物として利用されてしまう恐れがあるし、棒術使いの看守にしたところであの岩槍があちこちに生えていては棒を振り回すのにも邪魔になってしまう。
前衛がいるのに散弾銃使いがいるという時点でも思ったことだが、どうやらあの看守型三体のパーティはスキル編成的にはあまり連携には向かないメンバーだったらしい。
だが逆に言えば、味方がいなくなった今、あの裁判官は己の力を存分に振るえる状況になっているとも言える。
「あの槍の魔法、ずいぶんと連続で、しかも大量に使っていますね」
「恐らくあの裁判官が持ってる本が魔本の一種なんだろうな。たぶんさっきの二体が戦ってる間に、【
「それだけじゃねぇな。あの木槌、さっきから魔法を使うたんびに地面に叩き付けてるところを見ると、あれもなんかの魔法発動を補助するアイテムだ。ひょっとすると【杖術スキル】で使う杖の一種かも知れねぇ」
竜昇の分析に対して、城司が補足するようにそんな分析の言葉を告げてくる。
竜昇としては、彼が口にした【杖術スキル】なるスキルについても詳細を尋ねたいところではあったが、生憎とそれを問うよりも状況が動き出す方が早かった。
地面から生える大量の岩槍、それを横っ飛びに飛び退いて回避した囚人が、獣じみた俊敏な動きでそこにあった“壁を”走り出す。
「【壁走り《ウォールラン》】……!!」
囚人が見せた明らかに身体能力だけでは発揮できない能力に、同一の技を持つ静が瞬時に反応する。
対して、当の囚人はと言えばサイドの壁をまるで平面でも走るかのような動きで駆け上がり、地面から距離を取りながらどんどん裁判官の真上にまで迫っていた。
なるほど、地面から岩槍で埋め尽くされて近づけないというのなら、その地面を走らずに近づけばいいというのはわかりやすく、そしていい判断だ。ついでに地面から距離をとることで、あの岩槍の攻撃範囲からも逃れることができる。
ただしそれは、壁からも岩槍が生やせないという、そう言う前提に立てばの話である。
「あッ――!!」
詩織が声をあげたその瞬間、裁判官が勢いよく木槌で壁を叩き、そして壁の上方、囚人の足元から勢いよく岩槍が生えてくる。
間一髪、岩槍を躱して壁を蹴り、空中へと飛び出した囚人だったが、それはほんの一瞬囚人の命を長らえさせただけだった。
真下は岩槍に埋め尽くされていて、落ちれば間違いなく串刺しになるだろうそんな状況。
仮にそんな岩槍に埋め尽くされた範囲を飛び越えることができたとしても、その向こうには最下層にまで続いているのだろう監獄中央の吹き抜けが待っている。
加えて逃げ場のない空中に飛び出してしまった囚人を、裁判官が黙って見ているような理由はない。
案の定、裁判官が勢いよく床を叩くと、次の瞬間には床に縦横無尽に亀裂が走り、そこから床そのものが弾けて、床一面を埋め尽くすように生えていた岩槍が一斉に発射されて空中の囚人へと襲い掛かる。
回避しようのない空中の標的。
地面から勢いよく発射された槍衾が次々と天井に突き立って、まるでそのついでのように途中にいた囚人の全身を貫いて岩槍が槍で囚人の五体を天井に磔にする。
――はずだった。
もしも地面がはじけたその瞬間、空中にいた囚人がその空を蹴って、岩槍の攻撃範囲から勢いよく飛び出すような動きをしなければ。
「なにっ――!?」
「空中ジャンプだと――!?」
現実ではまずお目にかかれない、しかしゲームなどでは意外と目にすることの多い空中での跳躍。
ある種空想世界のみの技であるそれを、ものの見事に体現することで槍の攻撃範囲から退避して、その直後に囚人は飛び込んだ監獄中央の吹き抜け空間で己の態勢を反転させる。
今度は頭を通路側に、足を虚空に向けての反転軌道。
そしてそれは同時に、岩槍の守りを失って無防備になった裁判官への、襲撃のための跳躍姿勢だ。
「――ッ!!」
再び空を蹴って通路へと飛び込み、同時に囚人が手にした散弾銃を振りかぶる。
誰の目にも明らかな殴打の構え。その攻撃の予兆に反撃は無理と判断しながらも、とっさに腕でそれを防御しようとした裁判官だったが、あろうことか囚人は武器とした散弾銃で裁判官の顔面の核を防御した腕ごと“ぶった斬った”。
瞬時に裁判官が黒い霧とかして消滅し、最後に囚人型の敵がただ一体だけ残される。
「……あの散弾銃、今剣みたいに敵を斬りやがったったか……?」
「……恐らく、先ほどの看守の棒を叩き割って、看守自身を負傷させたのも、散弾銃の看守の腕をバラバラにして、その後止めを刺したのも同じ能力でしょう。さだめし、『魔力を流した対象を刃物に変える』魔法技、と言ったところでしょうか……。私の【鋼纏】と通じる部分もありますが、【鋼纏】ではあんな切れ味は出ませんし、似て非なる別の技と言ったところでしょうか……」
言われて、竜昇もようやく先ほどからあの囚人が見せていた不可解な攻撃方法にも納得する。
腕の鎖で看守の腕をバラバラにしたのも、恐らく鎖を巻き付けた直後に鎖の輪の一つ一つを刃物に変えて引き斬ったのだろう。
それだけでも、恐らくは相当に厄介な能力だ。先の攻撃で散弾銃の銃身でそうして見せたように、手にした武器が全て刃物と化すというのも相当に脅威と言える話だし、その上あの敵には両手両足の鎖という、もはやこうなっては有効な武器としか思えない装備が付いている。あるいはあの敵のデザインは、囚人っぽさを演出しつつ現実的に脅威となる装備としてのあの格好なのかもしれない。
(詩織さんが聞いたって言う、剣を使うって言う特徴とも一致する。けど……)
思う一方で、しかし竜昇の中にはどうにも釈然としない感覚がこびりついて離れない。
確かに能力自体は厄介だ。
現状判明しているのは件の『刀剣化』の能力に、【歩法スキル】かそれに準じた移動能力系のスキルだけだが、敵のあの立ち回りの上手さも相まって三体の敵集団を軽々と圧倒できるようなそんなレベルの強敵足らしめている。
だが一方で、この程度なのかという思いがどうしてもぬぐえない。
確かに強敵ではあるのだろう。
竜昇とて、単独で挑めば高確率で瞬殺されるという確信がある。
だがしかし、その強さは決して竜昇の中で対処できないものではない。
これは竜昇たちのレベルが上がり、頭数も増えたことで選択の幅が広がったことも影響しているのかもしれないが、しかし現実問題としてあの敵を攻略する方法が全く思いつかないというほどの、絶望的な戦力差があるようにも思えない。
確かに強敵なのだろうが、しかしその強敵はそれでも竜昇たちにとって対処可能な相手なのだ。
そのことが、どうにも竜昇の中の感覚と矛盾して引っかかる。
(そうだ……。確かにあいつは強いんだろうけど、ただ強いだけならさっきの感覚に説明がつかない)
先ほどあの敵を見ていて感じた、背筋に悪寒が走るような嫌な感覚。
その感覚の正体がどうしてもつかめず、竜昇が内心で思考を持て余していると、ふと、当の拘束衣の囚人に先ほども見たような動きを見せた。
手にした散弾銃を腰の後ろの腰縄と背中の間に差し込むようにして装備すると、裁判官が消滅した場所の、その足元から何かを拾い上げる。
「ん? ありゃ、カードキーか?」
「カードキー?」
囚人が拾い上げたものに目を凝らして、城司がつぶやいたその言葉に竜昇も反応する。
もしやそのカードキーであの囚人も他の囚人を開放して回る気なのかとそう考えて、しかしその囚人すら先ほど竜昇たちの目の前で手にかけているその事実を思い出して――。
「あ――」
そうしてようやく、竜昇の中で先ほど感じた悪寒が現実の思考へとつながった。
「え、あれって――!!」
同時に、詩織のそんな声と共に竜昇の中で明確になった危惧が現実のものとなる。
地面からカードを拾い上げた囚人が、そのカードを躊躇なく握りつぶし、カードの破片が周囲の空間に散り散りになって舞い散り、踊る。
どこか見覚えのある、光の粒子へとその姿を変えて。
「スキルカード!?」
静が驚きの声を発した瞬間、その光の粒子がさらに見覚えのある動きへと移行した。
まるで示し合わせたかのように、周囲に散っていた光の粒子が一斉に囚人の元へと集い、その体内へと消えていく。
それは恐らく、この場にいる誰もが絶対に一度は目にしてきたはずの光景。
「ああ、そうか。俺があいつを見てて感じた嫌な感じはこれのことか……!!」
もっと早く気付いていればと、そんな後悔に苛まれながら竜昇はそれでもその言葉を口にする。
「敵を倒して、その装備や、そしてスキルを奪ういとる。あいつが煙管を牢名主から奪ったあの時の様子が、俺たちプレイヤーのやり方にそっくりだったんだ……!!」
そうして、やがてすべての光を飲み込んで、囚人は裁判官の持っていただろうスキルを己のものとする。
放置しておけばそこら中の敵から戦力を奪い取り、手が付けられなくなるまで強くなるだろうそんな最凶悪の囚人が、新たな獲物を求めて再び監獄の中を走り出す。
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