102:迫撃スキル

 半透明の防壁が砕け散る。

 銃撃が降り注ぐ中、城司のみを守っていた防壁が、お姫様の放った瓦礫の散弾と接触した瞬間、その全体にひびが入って周囲に飛び散るように爆散する。


 ただしそれは、攻撃を“受けたから”ではない。


「――ォシッ!!」


 シールドが砕けたその瞬間、砕け、飛び散ったシールドの破片によって押しのけられた瓦礫の隙間を突くように、【決闘防盾カイトシールド】を構えた城司がその場所を強引に突破する。

 瓦礫の砲弾が着弾するその瞬間、城司が使ったのは【全周球盾オールレンジシールド】を対象にした【防盾砲弾シールドブリット】だ。

 通常、今城司が使っている【決闘防盾カイトシールド】の様な一枚盾に【防盾砲弾シールドブリット】を使った場合、盾はそのまま前方目がけて砲弾のように飛んでいくが、【全周球盾オールレンジシールド】の様なドーム、もしくは球体状に展開するシールドに対して使用すると、対象となったシールドは爆発四散するように砕けて四方八方に飛んでいく。

 城司が使ったのは【爆発反撃砲盾リアクティブブリット】と呼ばれる、敵の攻撃が着弾する瞬間に【防盾砲弾シールドブリット】を発動させて攻撃を相殺、あるいはその軌道を逸らして身を守るという、術技というよりは高等テクニックに近い代物だ。

 もちろん、通常ならばある程度ハイレベルにならなければ覚えないだろう技術だが、城司はこれを【魔法スキル・盾】を習得したときから、他の魔法とまったく同時にその身に修めていた。


 そんなテクニックを駆使してなんとか敵の攻撃を掻い潜った後、城司は構えていた【決闘防盾カイトシールド】を対象に魔法を発動。同時に自分の体に纏っていた【頑体ハードボディ】を解除して、己の戦闘スタイルを切り替える。


「【周回盾陣ファランクス】――!!」


 まず盾に対して発動させた魔法によって、腕に装着されていた盾が腕から離れそのまま宙に浮くようにして背後へと回る。

 【魔法スキル・盾】の魔法の一つである【周回盾陣ファランクス】は、言ってしまえば通常腕などに装着する盾を自分の周囲に自由に配置する魔法だ。

 やろうと思えば盾を複数展開して四方に配置することもできるし、一定距離ならばある程度動きの操作も可能だが、それほど精密な操作ができるわけではないし、今はこれ以上魔力を防御に割くわけにもいかない。

 背後に感じる敵の気配。そこから撃ち込まれるだろう銃弾に対して最低限の防御だけを用意して、城司は次にあのお姫様を倒すためのもう一つの強化を発動させる。

 使用するのは現在確立している三つのスタイルの内の二番目、その根幹をなす自己強化の技だ。


「【迫撃練功】――!!」


 発動させたその瞬間、城司の体内で魔力がみなぎる感覚がして、同時に固めた拳が輝くオーラに包まれる。

 【迫撃スキル】に収録された【迫撃練功】は、必殺の技である【迫撃】を放つために最適化された、肉体強化と拳の硬化を同時に行う合わせ技だ。

 実際に得られる効果としては静の【剛纏】を全身にかけて、拳に【甲纏】と【鋼纏】を付与している状態に近いが、【迫撃練功】の場合は全身の強化の度合いに一定のばらつきがあり、その強化は【迫撃】を叩き込むために相手に近づき、相手に打ち込む【迫撃】の威力をあげることを念頭に身体の各所で調整がなされている。

 【盾スキル】の【頑体】が相手の攻撃を受け止めるために筋力と耐久、そして体重を底上げする強化技なら、【迫撃】スキルの【迫撃練功】は相手により強い迫撃を撃ち込むための強化技だ。

 それを切り替えるということは、すなわち城司が己のとる戦術を、防御主体の戦術から攻撃主体の戦術に切り替えることを意味している。


(とにかくこのバイオレンスなお姫様をぶっ倒さないことには状況が進まねぇ――!!)


 強化を切り替えたことで、静ほどではないにしろ機動力が上がった城司が背後の盾で銃弾を防ぎながらお姫様目がけて疾走する。

 この状況下、荒ぶるお姫様とやり合えるのは城司を置いて他にいない。

 少女二人はここまで見てきた限りこうした力技の敵を相手にするには分が悪いように思えるし、竜昇は竜昇で敵の後衛を牽制するので精いっぱいだ。

 なにより、城司は既にこのお姫様への対処を若者三人に対して引き受けてしまっている。


 ならばこそ、この場では是が非でも、城司がこの敵を排除しなければならない。


『アァァァァァァァァァァ……、レレレレレレ……』


 奇妙な高い声を漏らし、立ちはだかるお姫様が戦意をたぎらせる中、その手に握られた鎖の先では口のような形に変化した鳥かごがカリゴリと音を立てて足元のコンクリートをむさぼっている。

 次の瞬間、振りかぶられる鳥かごの中には、そうしてむさぼったコンクリート片がぎっしりと詰まっている。

 どうやら飛び道具として使うだけでなく、ああして中に重いコンクリートを詰めることで一撃の威力を底上げするつもりらしい。


(こっちに攻撃を受け止められたのがそんなに気に障ったのか――? 良いぜ、一撃の威力を突き詰めてんのはこっちも同じだ――!!)


 背後の盾を散発的に打ち付け、周囲の地面に降り注ぐ弾丸の雨を半ば無視して、城司は目の前の敵を相手に戦意をたぎらせる。

 とは言え、真っ向勝負の力任せにこの場を乗り切るつもりは毛頭ない。


「【迫撃震】――オラァッ――!!」


 お姫様が鳥かごを高々と振りかぶったその瞬間を狙い、城司が【迫撃】と同じ要領で魔力と力を込めて、全力で己が足元を踏み鳴らす。


 炸裂した衝撃に足元に亀裂が走る。

 撃ち込んだ衝撃が前方に広がるように地面を駆け抜けて、お姫様の足元をわずかではあるが確かに揺るがせる。


 武道における震脚のような動きで行う、相手の足元を揺るがす【迫撃スキル】の崩し技。

 それによってコンクリートのつまった鳥籠を力いっぱい振りかぶっていたお姫様の態勢が僅かによろめき、手にした鳥籠の重さに引っ張られるように背後へ倒れ込む。

 重い鳥籠が床へと轟音を立てて落下する。

 敵がいかに怪力を誇る相手だろうとも、あの体制からすぐさま鳥かごを持ち上げるのは不可能というものだ。

 ならば今この瞬間こそが、あのお姫様を討ち取る絶好のチャンスだ。


「【迫撃】――!!」


 一気に距離を詰め、城司はすぐさま必殺の一撃をお姫様の顔面を狙って叩き込む。

 当たれば確実に核を破壊できる拳の一撃。

 対して、お姫様の方もその攻撃の危険性は嫌というほどわかったらしい。

 城司の接近を察知するや否や、己の武器である鳥かごを持ち上げることを諦めて身を逸らして城司の攻撃を回避する、


「チッ――!!」


 響く破砕音。檻の中の瓦礫の一部が城司の拳を喰らって砕け飛び、向こう側の鉄格子の隙間から細かく砕けた破片が飛散していく。


『アアアアァァァッ、レェッ!!』


 直後いお姫様がヒールを履いた足で蹴りを放つが、その程度の攻撃は今の城司にとっては脅威とはなり得ない。

 強化された拳であっさりとヒールによる蹴りを受け止めると、すぐさまそれを払いのけて第二の【迫撃】を叩き込む。


『アレェァアアアアアッ――!!』


 とっさに跳び退こうとしたお姫様だったが、しかしその回避は間に合わなかった。

 顔面への直撃を避けることにはどうにか成功したお姫様だったが、代わりに【迫撃】を左肩に受けることになり、その箇所から黒い煙が盛大に散って行く。


(チッ、飛び退こうとしてたせいでダメージの通りとしちゃ不十分か……。けどこれなら追いつめられる――!!)


 ここに来て、敵の手首と鳥かごの天井部を繋ぐ鎖が仇となった。

 これまでは囚われのお姫様を名乗るには無理があるほど自由に暴れまわっていた敵だが、ここに来て鳥籠と本体とのつながりが本格的にお姫様の行動範囲を狭める枷となっているのだ。


(行ける――!!)


 すでに射線を外れたのか、あるいはお姫様が近くにいるせいで撃てなくなったのか、囚人たちからの援護射撃は既に止んでいる。

 敵は武器を持ち上げられず、その武器から離れることもままならない。

 このまま攻め続ければ遠からずあのお姫様は城司の攻撃を避けきれなくなる。


 そう思ったその瞬間、しかしやはりと言うべきか背後の敵方から横やりが入った。


「――ッ!?」


「入淵さん――!! 牢名主が何か吐き出した――!!」


 背後から迫る広範囲に広がる魔力の気配と竜昇の声に、城司は攻撃を中断してその場を飛び退き、迫る気配の正体を確かめようとその方向を振り返る。


 だが牢名主の方から迫るその気配は、確かに魔力の気配としては存在しているものの、先ほどの催涙ガスのように目で見て見えるようなガスとしては存在していなかった。


(無色透明のガス――、けど竜昇の奴の電気に引火していないってことは可燃ガスじゃない――)


 見えない気体、しかし確かに魔力の気配として存在するその感覚に、城司は迫る気体の正体に探りを入れる。

 煙幕でもなく、しかし可燃ガスではないとなれば答えは決まって来る。しかもこの局面で、使ってくるとなればその候補はおのずと限られるというものだ。


(毒ガス、あるいは酸欠空気か――!!)


 毒ガス、特に化学兵器と呼ばれるようなガスでも十分に危険だが、実は気体を自在に生成できるというのならもっと危険なのは酸素の量が極端に少ないただの空気だ。

 人間の体というのは血中酸素が少なくなると反射的に呼吸をしてしまい、それによってさらに酸素の少ない空気を取り込んでしまうと、血中酸素がさらに空気に溶けだす悪循環を引き起こして、一呼吸だけで致命的な酸欠症状を起こしてしまう。


 実際のところ、眼の前の気体が実際にはなんであるかはわからない。

 まさか一呼吸で死に至るかもしれない問題の気体の匂いを嗅いでみるわけにもいかないし、そもそもこの状況で悠長に気体の正体を確かめようという考えがまず愚の骨頂だ。


「――クソッ!!」


 迫る見えない気体の壁に、城司は悪態をつきながら追撃を諦めて距離をとる。

 それでも追撃して来るようなら最悪呼吸を止めて攻撃に打って出ることも考えたが、どうやら牢名主の目的はお姫様が態勢を立て直すまでの時間稼ぎだったらしく、予想していたような追撃がなされることはなかった。

 どうやらあのお姫様を含め、このビルに出てくる敵達はまっとうに呼吸などしていないらしい。

 見れば、先ほど城司を襲った無色透明の魔力の気体がお姫様を飲み込む形で展開されているにもかかわらず、お姫様は特にダメージを受けた様子もなく鳥籠のそばへと戻り、それを持ち上げ直している。

 そして、いくら待っても牢名主が展開した気体の領域は、お姫様の周囲から一行に離れたり消えたりする様子が無い。


(野郎……、お姫様に生きた人間が近づけないようにするつもりか――!!)


 接近戦を挑めば命を落としかねない、呼吸そのものを封じる防御領域の存在に、城司は舌打ちしながらその場で腰を落として身構える。

厄介な状態に愚痴を漏らす暇もない。見れば、視線の先では改めて鳥かごを振りかぶり直したお姫様、今度こそ城司を叩き潰すべく鳥籠を投げつけてくる。


『アアアアアアアアアッッッレェェェェェェェッッッ――!!』


 正面から迫る鳥籠の一撃。しかもその中には先ほど鳥籠が貪り食っていたコンクリートがたっぷりと詰まっている。

 先ほど正面から受け止めた時よりも、さらに重さを増したその攻撃に、城司は今度は先ほどと同じ手段では受け止めきれないと判断した。


「【鉄壁防盾ランパートシールド】――!!」


 展開するのは、自身が誇る最大防御の盾。

 堅牢な盾でありながら、魔力で出来ているせいかうっすらと向こう側が見えるその盾の向こうの迫る鳥籠を見定めて、城司は激突の瞬間に追加の魔法を発動させる。


「【防盾砲弾シールドブリット】――!!」


 激しい激突音と共に、鳥かごと防壁が激突する。

 【鉄壁防盾ランパートシールド】を媒体にして行った【爆発反撃砲盾リアクティブブリット】が敵からの超重量攻撃と正面から激突し、拮抗した力の激突によって巨大な運動エネルギーが相殺される。

 さらに――。


「【迫撃】――!!」


 ダメ押しの一撃。盾越しに鳥かごへと衝撃を叩き込み、城司は迫っていた鳥かごの一撃をどうにか弾き、押し返す。

 だが城司が全力を持って防御したその攻撃も、敵にとっては強化を重ねた結果とはいえ通常攻撃だ。

 跳ね返された鳥籠がすぐさま鎖に引かれる形で振り回され、お姫様の真上で音を立てて回った後、今度は真上から叩きつけるような動きで城司の元へと降って来る。


 重く、硬く、重力すら味方につけた、恐らくはこれまで以上の威力を持つ最大の一撃。


「――【――防盾シールド】」


 迫撃を撃った直後、息すら吐き出しきった故の擦れるような声で術名を唱え、それによって城司の体から発せられた魔力がドーム状の壁となる。

 先ほど展開した【鉄壁防盾ランパートシールド】と比べれば見る影もない脆弱な守り。

 案の定、上からたたきつけられたその攻撃に、ドーム状のシールドは大きくひしゃげて凹み、城司の頭上の手前まで超重量の鳥籠が迫って来る。


 ただしそのシールドは、これまでのシールドのように一切“ひび割れることがない”。


「――待っていたぜ、その一撃を――!! テメェと後ろの奴らが一直線になるこの位置で、テメェが真上からそいつを叩きつけてくるその瞬間を――!!」


 最初からこの手段を狙っていたかと言われればそう言うわけではない。だが一方で、城司は常にこの反撃手段を己の念頭に置いていた。

 念頭に置いて、だからこの場所でこの魔法を発動させた。

 敵の前衛と後衛が一直線になるこの場所で、こと打撃に対して圧倒的な反撃能力を持つこの魔法を。


「弾き返せッ、【弾力防盾バウンドシールド】――!!」


 瞬間、まるでつぶしていたゴムボールが元に戻るかのように、ひしゃげていたシールドが元へと戻り、それによって叩きつけられていた鳥かごが大きく上へと弾け飛んだ。

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