101:盾スキル
その存在は確かに囚われの身となっていた。
右手首にはめられた手枷。そこから伸びる冷たい鎖は、同じく鋼鉄でできた冷たい檻へとつながっている。
「だから何だァッ!! その檻振り回しといて囚われの身とか笑わせんなァッ!!」
思わずつっこみを入れた
流石につっこまずにはいられなかった。
というかもういい加減言わずにはいられなかった。
「この敵つくった奴絶対遊んでるだろッ!! こっちは命かかってるってのに、時々明らかに変な敵ぶち込んできやがってェッ!!」
「竜昇さん、落ち着いてください。悪ふざけだとわかっているならツッコンでは負けです」
煙が晴れて、完全に姿が見えるようになった静が宥めるようにそんなことを言う。
確かに、これが悪ふざけだというのなら竜昇のこの反応はまさに相手の思うつぼだろう。
「おいおいお前ら。正直今はコントやってる場合じゃないと思うぞ」
続けて目の前から投げかけられた城司の言葉で、竜昇もいい加減衝動に任せて叫ぶのはやめることにした。
すぐさま準備していた【光芒雷撃】を発動させて、手にした魔本に魔力を注ぎ込む。
実際、敵の数自体はすでに半分以下にまで減って、新たに加わった囚われのお姫様を加えても五体のみとなっているものの、状況は刻一刻と悪化する一方だ。
敵の中の二体は銃器で武装した囚人型の敵で、これはこれで相当に厄介だが、それ以上に厄介なのは残る三体だ。
背中から放出されるつばさと、そこから放たれる羽で魔法を防御する隠れキリシタン。
煙管から煙のように特殊な気体を吐き出して、それを自在に操る牢名主。
そして新たに加わった、巨大な鳥かごをまるでモーニングスターかフレイルのように振り回す囚われのお姫様。
しかもそんな五体がよりにもよって牢名主の魔法で、こちらの攻撃が届きにくい空中に陣取っているというのだから極め付けに達が悪い。
しかも先ほど煙幕によって視界を奪われている間、敵はこちらに近づいたうえで少しばかり高いところに陣取っている。
敵は上を取り、雑魚二体は遠距離攻撃手段が充実。
防御も攪乱も手段がそろい、加えてあの巨大大名を思い起こさせるパワーファイターの前衛までいる始末。
「お前ら、とりあえずあのお姫様は俺に任せろ」
と、竜昇が対応手段を模索しているうちに、背後から体勢を立て直した城司が歩み出る。
「見たところ敵は一体を除いてみんな後衛だ。そっちの牽制はお前らに任せる。その代り俺の方であのお姫様に対処する」
「なにか狙いがあるのですね」
「ああ。話し合う時間は貰えそうにないから任せてくれとしか言えん。後、まあ言えることと言えば、畳みかけるタイミングを間違うなってことくらいか」
「……わかりました」
少しの迷いのあと、竜昇は城司に任せることを決めて彼にこの戦局をゆだねる。
どのみち、他のメンバーでは状況を打開する決定的手段に乏しい。
ならば今は、竜昇と同じく魔法型でありながら、前衛でもある彼にこの状況をゆだねるよりほかになかった。
三つの習得スキルが全てレベルカンストという、驚異の習熟度を持つそんな彼の実力に。
城司が歩み出ると同時に背後から閃光が炸裂する。
どうやら竜昇は自分の注文通り、魔法攻撃をあの隠れキリシタンに相殺させて敵を防御に専念させているらしい。
あの羽の魔法は相手の銃器にとっても遮蔽物になってしまうだろうから、こちらが攻撃している間は向こうも攻撃しづらいし、牢名主の方も電撃を撃ち込まれている間は可燃ガスによる攻撃もできない。
状況によっては他の二人も呪符を使って参戦してくれるだろうし、これならば遠距離戦はある程度まで膠着状態に持ち込めるはずだ。
その間に、自分はあの敵を仕留めねばならない。ドレスにティアラ、ヒールに白手袋という完全なお姫様の衣装でありながら、その肩に人一人が入れそうな鳥かごを軽々と担いで、その天井部分から伸びる鎖をもう片方の手で掴んで雲の上の畳に立ってこちらを睥睨しているお姫様の敵を。
「悪いがお姫様が相手だろうが手荒に行くぞ。テメェらは人間じゃあないようだし、何より、鎖には正直良い思い出が無い」
言いながら、城司は適度な距離まで行くとその場で足を止めて全身にオーラのような魔力を発現させる。
【盾スキル】の自己強化技、【
能力の性質としては身体能力の強化と、自身の耐久力・もしくは人体強度の強化という、言って見れば静の【剛纏】と【甲纏】を足し合わせたような技だが、しかし【剛纏】と違い強化の方向性がパワーの方向に偏っている上、“体重が増加する”と言う副次的な効果があるため、移動しながらの戦闘がメインだったこれまでの戦いでは使ってこなかった技だ。
同時に敵も、その全身に再び強い魔力の感覚を発現させる。
こちらも【剛纏】に近いオーラ系。感覚としてはそれに近いものだったが、しかし一つ違っていたのは敵の纏うオーラが単純な不定形のエネルギーではなく、揺らめくような不確かさを持ちながらも一定の実体感を持っていたという点だ。
例えるならそれは、全身に別の生き物の肉を纏っているような、とでも言えばいいのだろうか。
まるで筋肉と骨格を体の上に纏った、強化外骨格の様なものを魔力で形作り、対する囚われのお姫様もまた臨戦態勢を整える。
「この音……!! 気を付けてください、あれは召喚系の魔法を応用した強化外骨格に近い強化魔法です」
「――? ああ、わかった」
背後から投げかけられた詩織の忠告に、城司はとりあえずそう返事をする。
一瞬、一つの疑問が頭をよぎったが、しかしその疑問を問いかけるような暇を相手は与えてくれなかった。
膨れ上がった魔力の気配、それに比例するように敵の戦意も跳ね上がり、次の瞬間には巨大な鳥かごが正面から城司目がけて襲い掛かる。
「――、【
半ば不意を討たれるような勢いで攻撃を受けても、ある程度予想はしていたが故に城司の対応は的確だった。
即座に左腕に盾の魔法を発現させ、上下と正面に付いた棘の内、下部に付いた棘を床を砕くように突き刺して、同時に体全体で盾を支えるように構えをとる。
腹に響くような激突音。同時に全身をそれを上回る衝撃が駆け抜けて、直後に身構えた己の体の内、一番後ろに配置していた右足の足元が激しい衝撃と共に陥没する。
【盾スキル】の型の一つ、【大樹の構え】。敵の攻撃の衝撃を体全体で吸収して地面に逃がし、城司は敵の攻撃を真正面から受け止めていた。
(チッ、鳥かごの底をぶち抜くには至ってねぇか)
とは言え、それで城司が満足する結果を得られたかと言えばそんなこともない。城司としてはこちらを襲う鳥かごの底を、棘だらけの盾のその棘によって貫通して、一気に敵の武器を破壊し、捕らえてしまいたかったのだが、生憎と結果はこちらの棘が折れたばかりで敵の扱う鳥かごには大きなダメージを与えることができなかった。
と、思うと同時に、盾越しに感じていた敵の重みが一瞬のうちに消え失せる。
(右か――!!)
敵が畳の上から飛び降りて、着地と同時に鳥かごを勢いよく振り回して城司目がけて横薙ぎの一撃をぶち込んでくる。
「【
真横から襲い来る鳥かごを下からすくい上げるような一撃によって跳ね上げて、攻撃の軌道が大きく逸れて城司の頭上を斜め上に向かって飛んでいく。
敵の攻撃を華麗に回避する静のスタイルとは真逆とも言える、力に力をぶつけて対抗するパワフルな戦闘スタイル。
加えて城司には、魔法スキルによる強力な遠距離攻撃能力もある。
「【
すかさずお姫様の本体目がけて腕から【
まともに喰らえば致命傷になりかねない盾の砲弾。だがそんな攻撃を、お姫様はその身の怪力にものを言わせて鎖付の鳥かごを振り回して一回転させ、飛んでくる盾に正面から叩きつけるという力技で対処した。
轟音と共に盾と鳥かごが弾き合い、城司の放った盾が上の階のどこかに着弾する。
「……チッ」
舌打ちを漏らす。
どうやらこの敵、最初から一筋縄でいくような敵とも思っていなかったが、想像していた以上にパワーに優れた相手らしい。鳥かごの方も何らかの防御手段を施しているのか思いのほか強度があるし、これでは鳥かごを破壊して武器を先に奪ってしまうという手段も使えない。
唯一敵の戦闘スタイルでこちらにとって有利な点があるとするなら、あの巨大な鳥かごを振り回すというパワフルなスタイル故に、敵が狭い足場である雲の上から降りて来てくれたことと、鳥かごを振り回すという攻撃の性質上周囲の味方を巻き込みかねず、敵が迂闊な援護ができなくなっている点だろうか。
そう思っていた時だった。敵が手元に戻した鳥かごの天井部分を掴んで頭上に振り上げ、逆さまに掲げられた鳥かご莫大な魔力を注ぎ始めたのは。
「なに……?」
ギリギリと金属が鳴く音がする。
同時に敵の手にある鳥かごの底、金属の格子で編まれた檻の中で、唯一鉄板で出来ていた底の部分が二つに割れて、格子の部分もそれに合わせて二つに開いて鳥かごが別のものへと変貌する。
それは例えるなら、鳥かごの面影を持つ一つの
まるでトラバサミか何かのように、何かを食いちぎるもののようにギザギザに開いたその口が、実際に食いちぎる何かを求めてガチガチと金属の牙を打ち鳴らす。
(こいつぁ、ヤバいな――!!)
お姫様が鳥かごを振りかぶり再び城司目がけて投擲してきたのは、その直後のことだった。
「――ッ、【
即座に腕に盾を形成、それを砲弾として打ち出して真っ直ぐにこちらへと向かってくる鳥かご目がけて射出する。
だがその程度の攻撃を敵はものともしなかった。
射出した【
「【
それに対して、城司もまた正面からぶつかっていった。
敵が先に発射した
「【
同時に盾スキルの突撃技を発動させて、城司は盾によって敵の檻へと攻撃を仕掛ける。
互いに武器ではないもの同士の激突が周囲に確かな破壊力を思わせる轟音を振りまいて、次の瞬間に城司は盾で攻撃を逸らすことに方針を変更。斜め後ろへと盾を使って鳥かごを押しのけると、同時に鳥かごが再び口を開いて背後の床をその牙によって齧り取った。
「おいおいッ――、どんな口だよそれ――!!」
思わず声に出しながら、城司はすぐさま敵本体への突撃を敢行。同時に鳥かごと敵本体の間に伸びる鎖へと向けて右手に盾を展開して一撃を叩き込む。
「【
本来なら敵を上から叩き潰す、そんな技を鎖目がけてぶち込んで、盾表面の棘で鎖を地面に打ち付け動きを封じる。
敵の怪力相手にどこまで持つかは不明だが数秒もてばそれで十分だ。
再び全身に魔力を纏って【
だが――。
「なに――!?」
無防備に立つお姫様の、その手の鎖がいきなりどこかに引っ張られて、囚われの姫の体が鎖に引かれて強引に城司の突撃の方向から攫われる。
見れば、鎖自体がうねるように動いてお姫様を引っ張っているようだった。
まさかと思いその鎖の動きの先を見ると、先ほど回避した鳥かごが、その格子の一部を蟲の足のような形に変化させ、先ほど鎖を地面に打ち付けるのに使った【
(あの鳥籠自体を怪物化して操ってやがんのか……? あの鎖、手綱の役割も果たしてやがる――!!)
あるいはほかの例えを持ち出すなら、それは猛獣の首輪を引くリードか。
竜昇ならばこの鳥かごに対して召喚獣や使い魔と言った言葉を使ったかもしれない。
そう思う中、城司はもう一つ決定的な事実に気付く。
城司が突撃し、お姫様がそれを回避する形でその場を離れたことで今二人の位置関係は最初のものから綺麗に入れ替わっている。
流れを考えれば当然と言えば当然の結果だが、重要なのはこの場の敵が目の前のお姫様だけではないということだ。
これまではお姫様が前で暴れていたために動けずにいただろうが、今の城司の背後には銃器を奪って武装した囚人たちがまだ残っている。
「入淵さんッ、シールドだ――!!」
「言われなくても――!!」
竜昇の声が響くのと、城司がそれを発動させるのは全く同時のことだった。
城司が即座に放出した魔力の塊が、一定の距離を離れたところで実体をもって半透明の壁となる。
ドーム型の防壁、竜昇たちがただの“シールド”と呼ぶ【
「チッ――!!」
城司が舌打ちするのと同時に閃光が飛ぶ。
どうやら相手の銃撃を牽制するべく竜昇が雷球からの光条によって攻撃しているらしい。
とは言え、それで牽制しきれるならそもそも最初から撃たれてはいない。
どうやら位置が入れ替わってしまったために射線が通ってしまったらしく、竜昇が撃ち込んだ光条もキリシタンの光の羽に防がれるばかりなのに、銃弾は竜昇の牽制射撃などお構いなしに城司の元まで飛んでくる。
強いて救いがあるとしたら牢名主が何もしてこないことくらいだが、それとて前衛であるお姫様の動きを邪魔しないように配慮してのことだろう。
そこまで考えたところで、城司は思い出したように意識を目の前のお姫様に戻して、自分の迂闊さを呪うことになった。
背後の危険に気を取られて意識を逸らした僅かの時間。
その数秒のうちに、お姫様はこれまでになかった新たな行動に出ていたのである。
「な、に……?」
ガリゴリと、床のコンクリートを噛み砕く音がする。
食べていた。
驚くべきことに向けた視線の先では、巨大な顎門と化した鳥かごが、その割れた床部分の口を使って床を片っ端から噛み砕き、その破片をたっぷりと鳥かごの中へと収めていた。
「【
巻き込まれかねないがゆえに迂闊に近づけないながらも、それでもその行動は看過できないと踏んだのか、静がボールペンに金属コーティングの魔力を纏わせ、投擲スキルの技を使用する。
貫通力に優れ、核に当たればそれだけで敵を絶命させられるというその投擲は、しかし直前にコンクリートをむさぼる鳥かごをお姫様が振りぬき、弾き飛ばしたことで無力化された。
いかに強化を施し、貫通力を付与しているとは言っても所詮はペンの投擲だ。あの重量をまともに叩き付けられては原形などとどめていられるはずもないし、それ以前に撃ち払われずにそのまま貫通することなどできるはずもない。
とは言え、そこまでは予想通りの展開だ。敵への攻撃は届いていれば最善だったが、しかしそこまでを望むのはさすがに無理があるというものだろう。
だが次の瞬間、静の警告と同時に敵がとった行動は流石に城司にとっても予想外だった。
「全員、攻撃来ます――!!」
「なッ――!!」
「え――!?」
牽制に専念していた竜昇と、武器と呪符を用意しながらも何もできずに立ち尽くしていた詩織が驚きの声をあげる中、恐らくはこの中でただ一人、敵の攻撃を予想してたらしい静が呪符を使って【鉄壁防盾】を展開する。
実際、それは本当にギリギリのタイミングだった。
静が二人を庇うように割って入り、防壁を展開したその瞬間、展開された【鉄壁防盾】目がけて先ほど鳥かごによって噛み砕かれて喰われていたコンクリートの塊が次々と着弾する。
「んだとぉッ――!?」
見れば、お姫様のやっていたことは実に単純だった。
手にした鳥籠を振りかぶり、振りぬいたその瞬間、鳥かごが口を開けて中にあったコンクリートを吐き出し飛ばす。
遠心力によって放り出されたコンクリート塊は、しかしただ単に吐き出されただけではないのか魔力をたっぷりと込められていて、敵の攻撃を受け止めた【鉄壁防盾】、その表面を容赦なく凹ませる。
「――ッそ、力任せにもほどがあんだろ――!!」
悪態をついた次の瞬間、敵は静達の方を攻撃しても無駄と悟ったのか、今度は城司の方に矛先を向けてくる。
【魔法スキル・盾】の術者だからわかる。【鉄壁防盾】にあそこまでのダメージをくれる相手に、今展開しているシールドでは強度が持たない。
だが背後からはいまだひっきりなしに銃弾が降り注いでいて、前方のみのシールドではいずれ背後から撃ち抜かれる。
「クソッ――、たれぇっ!!」
声を荒げたその瞬間、まるで生き物のように変貌した鳥かごが振り回された遠心力によって瓦礫の塊を投射する。
魔力を纏った特大の弾丸が激突し、城司の展開したシールドが木端微塵に砕け散った。
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