100:投入される戦力

 煙に飲み込まれるその瞬間、竜昇はどうにか自身の視覚を守ることには成功していた。


「シールドッ!!」


 自身を中心にドーム型の魔力の壁が形成されて、その壁によって周囲を満たす催涙ガスの煙がその侵入を阻まれる。

 とは言え、その方法で守ることができるのは自分自身だけだ。他の仲間が近くにいれば話は別だが、生憎と直前の戦闘の関係上四人は互いをカバーしきれない程度にはその距離を離されてしまっている。


(これは、意図してやってやがるのか……? だとするとこの采配をしてるのはあの牢名主か?)


 敵が思いのほか戦術的に動いていることを察して、竜昇はその指揮をとっていると思しき牢名主型の敵のその知能へと思考を巡らせる。

 実際のところ、これまでの敵の行動がどこまで戦術的な行動なのかは定かではない。定かではないが、しかし他の囚人たちを束ねてこちらに襲撃をかけてきたことと言い、敵集団が闇雲にこちらを襲ってこないことと言い敵の行動にはどこか戦略染みたそんな思考回路が垣間見える。

だとすれば、敵が次に打ってくる手はいったいなにか?


(もうこっちの三人に、半端な前衛じゃ対抗できないのはわかったはず。だったら次に来るのは、煙の中で孤立したこちらの、遠距離攻撃による各個撃破――!!)


 魔本による補助を受けた思考でそう判断し、すぐさま竜昇はその判断からの指示を飛ばす。


「詩織さんッ!! 防御の呪符だ、早く――!!」


「は、はいッ!!」


 周囲の魔力の感覚から、静と城司が竜昇と同じようにシールドを展開して煙から身を守っているのは感じていた。

 そして同様に感じていたのは、詩織がシールドではなく、魔剣による吸収能力によって煙を吸収し、剣を顔の前に構えることで煙から目や呼吸を守っているというその現状だ。その判断自体はとっさのものとしては上々と言ったところだが、次に来るだろう敵の攻撃を考えればそれだけでは防御が足りていない。


(どうせなら【鉄壁防盾】の呪符だけじゃなく【全周球盾オールレンジシールド】の呪符も作ってもらうべきだったか――!!)


 詩織が自分たちのシールドの様な、全周防御魔法を習得していなかったことを今さらのように察して、竜昇は思わず自分の迂闊さに舌打ちを漏らす。

 ついつい自分たちの習得状況に合わせて呪符のラインナップを決めてしまい、彼女の手の内を勝手に推測し、思い込んでしまったのは竜昇のミスだ。


 幸い煙の向こうで詩織がどうにか竜昇の声に反応し、渡しておいた【鉄壁の呪符】で【鉄壁防盾】を発動させることに成功したようだったが、直後に竜昇が予想した通り銃弾の雨が降り注ぎ、同時に【応法の断罪剣】による煙からの防御を中断してしまった詩織がむせる声が聞こえてくる。


(まずい、これじゃあ声で位置がまるわかりだ――!!)


 どうやら今回の敵の銃器は拳銃や散弾銃ではなく、連射性の高いマシンガン、もしくはサブマシンガンの様な銃らしい。

 恐らくこちらが見えない中で闇雲に打っていだのだろうが、詩織がむせる声を漏らしたことで周囲一帯に降り注いでいた弾丸の雨が声の方に向って行く音が聞き取れた。


このままではまずいと、そう判断して竜昇は反撃のための一手に打って出る。


「城司さん、少しの間守ってください。魔法で反撃します」


「任せろ!!」


 竜昇が言うが早いか、城司が煙を突き破って竜昇の元まで駆けつける。

 どうやら先ほどの声を頼りに背後に【鉄壁防盾】を展開しながらこちらへと駆けつけてくれたらしい。

 そう察して、竜昇は城司の盾が自分を攻撃から守る範囲に来るのを待ってシールドを解除。準備していたいくつかの手を続けざまに発動させる。


「【光芒雷撃】――上昇」


 自身の周囲に浮かべていた雷球六つを至近距離に集めるようにしてから真上に射出。さらに同時に練り上げていた魔力をつぎ込んで【探査波動】を発動させる。


 露わになる周囲一帯の敵の配置。煙によって閉ざされた視界の向こうに、魔力の気配という形で敵がいるのを竜昇の感覚が知覚する。

 そして位置さえわかるなら後はそれを大火力の魔法で焼き払うだけだ。


「【充填魔力マナプール】開放――、【迅雷撃フィアボルト】――!!」


 上空に待つ雷球目がけて巨大電撃を放出。待ち構えていた六つの雷球が電撃を吸収して一気にその大きさを膨張させる。

 【探査波動】で見つけた敵の気配へと目がけて大雑把に狙いを付けて、竜昇は一気に自身の編み出した広範囲攻撃を解き放つ。


「【六亡迅雷撃ヘクサ・フィアボルト】――!!」


 雷光が放射状に広がり瞬く。

 目の前で城司のシールドを叩いていた銃弾の雨が急激に止んで、同時に【探査波動】によって顕在化していた気配のいくつかがまとめて消滅する。


「――うッ、グッ、ゲホッ――!!」


「あんまり煙を吸い込むな。目や喉をやられるぞ」


 防御魔法を【鉄壁防盾】から通常のシールドに切り替え、再び煙の防御のために防壁を張った城司がそう注意を促してくる。

 どうやら攻撃のためにシールドを解いた拍子に催涙ガスをわずかながらも吸い込んでしまったらしい。


(くそ……。あの牢名主は仕留め損ねたのか。それだけじゃない。他にも二・三体敵が残ってるな……。防御したのはあの隠れキリシタンか……?)


 消えない催涙ガスの煙幕と、その向こうに感じる恐らくはあの隠れキリシタンの羽の魔力なのだろう、覚えのあるその感覚を精査して、竜昇は現在の状況をそう分析する。


 とは言え、敵の数は牢名主と隠れキリシタンを含めて五体にまで減った。

 敵の攻撃は現状無力化できている以上、もう一度【光芒雷撃】と【迅雷撃】を組み合わせ、今度は【六亡迅雷砲】あたりで隠れキリシタンの防御突破を目指せば、遠からずこの敵の群れを殲滅できる。


 そう竜昇が考えるのと、その気配が生まれるのはほとんど同時のことだった。


「――ッ、なんだッ!?」


 それは城司にも感じられたのだろう。自身の足元、今竜昇たちがいる場所からさらに下層にあたるその位置に注意を向けて、城司が危機感を覚えた様子でそう声をあげる。


 そして、感知してからその気配が動き出すのに、そう時間はかからなかった。


 階段を上って来るのとはわけが違う。ほとんど空中をかけるような、何かしらの足場を飛び移って上がってくるような、そんな動きで気配が移動して、まっしぐらに竜昇たちが現在いるこの場所を目指してくる。


 否、よく気配に意識を向ければ、感じられる魔力がもう一つある。

 先ほどから牢名主が使っている煙の魔法。気配としては少々薄いその感覚が、飛び移るように動くその敵の、ちょうど動きが変わるその場所から感知できるのだ。

 まるでそこに、なにがしかの足場を作っているとでもいうかのように。


(まさか、温存していた切り札の戦力を投入して来たのか――!?)


 その敵を呼び寄せているだろう、牢名主の存在を思い出して、竜昇は敵がとってきた戦術にあたりを付ける。


 この局面における最大戦力の投入。確かにそれは判断としては適格だ。

 こちらは大規模な魔法を放ったばかりで次を撃つまでに若干の隙がある。視界は煙幕よって閉ざされ、煙から身を守るためにシールドを使っているため、遠距離攻撃で敵を迎え撃つだけの余裕もない。


「く、来る――!!」


「――ッ、【防盾砲弾シールドブリット】」


 それはせめてもの抵抗ということだったのか、とっさに城司が展開したままだった【鉄壁防盾】に魔力を叩き込み、それを砲弾として感じる気配目がけて射出する。

 上級の魔法にも耐えうる強度を持つシールドの砲弾。しかしそんな攻撃は、金属同士がぶつかり合うような激しい轟音共にその軌道を逸れて真上へと打ち上げられた。


 直後、シールドの弾丸を上空に打ち上げたその敵と思しき気配が、竜昇たちがいる階の通路の端へと地響きを立てて着地する。

 同時に聞こえるのは、金属同士がぶつかり合うような、聞き覚えのあるそんな音。


「鎖の音ッ――。横薙ぎの一撃がくるよ――!!」


 煙幕の向こうから詩織のそんな声が聞こえて――。


「ぐ、オォッ――!!」


 直後、城司の展開していたシールドに巨大な衝撃が襲い掛かり、竜昇と城司、男二人がなす術もなく砕けたシールドと共に吹っ飛んだ。


「なん、だ、今のはぁぁぁッ――!!」


 シールドブレイクの衝撃フィードバックに晒され、城司と共に床へと投げ出されながら、竜昇は叫ぶ城司が求める答えの、その一端をわずかではあるが垣間見ていた。


 大きさはかなり大きい。それこそ人が一人は入れてしまうくらいには。

 それだけ聞くとなんとなくあの博物館で遭遇した巨大大名の存在を思い出すが、しかし煙幕の中で垣間見たその衝突物の外見は大名が振り回していた駕籠とは違う、言って見れば鉄格子か何かでできたような何かだった。


 一瞬見えたその姿だけでは、竜昇もそれを何と評していいのかわからない。

 だが幸いなのかなんなのか、煙幕の向こうに消えた敵の武器の正体を、竜昇たちは直後に嫌でも目の当たりにすることとなった。


 敵は先ほどの攻撃によってこちらに攻撃が当たった手ごたえを感じ取っている。

 それはつまり、同時にこちらのシールドを破壊して、こちらがその衝撃によって体勢を崩しているということも筒抜けということだ。

 ならば、少し考えればこの次に敵が打ってくる手など決まっている。

 竜昇ならばその選択をする。例え敵に姿をさらすことになったとしても、瞬時に煙幕を消して、隙をさらした相手を正確に狙って叩き潰すというその判断を。


「攻撃、来ます――!!」


 煙が薄れて消える様子を瞬時に察して、竜昇はとっさに倒れた城司に代わって立ち上がり、ポケットから呪符を取り出して魔力を注ぐ。


再起動リブート――、【鉄壁防盾ランパートシールド】――!!」


 展開する方向は自身の正面。

 感じる巨大な気配向けて真っ直ぐに盾を展開して、そして煙が晴れた瞬間にそれが来た。

 盾越しに響く激突の轟音。同時に、直前に煙が晴れたことで視界が開け、半透明の盾の向こうに敵とその武器の姿が晒される。


「これは――、鳥かご――!?」


 盾の向こうでその盾にぶつかっていた物体を目の当たりにして、まず竜昇はその姿形に驚かされる。

 そこにあったのは、人一人が余裕で入れそうな巨大な鳥かご。無理やりに見方を変えればどうにか巨大な分銅に見えなくもないその形は、しかし鉄格子で編まれている時点でやはりその本質を見失うのは難しい。

 どうやら先ほど聞こえた鎖の音は、鳥かごの天井部分から鳴っていたらしい。

 見れば、鳥かごの上部には本来上から吊るす形で使うための鎖が伸びていて、それがこの鳥かごを振り回していたと思しき敵の手元へとつながっていた。

 そして、敵の武器の正体が予想外のものなら、その武器の持ち主もまた予想外。


 纏ったピンク色の豪奢なドレスと白い手袋。頭の上にはティアラがのっていて、畳の上に立つその両足はヒールのついた靴を履いている。


「……おい、なんだあいつは」


 思わず口を突いて出たそんな言葉。

 脅威を感じながら、しかしそれとは全く別の感情から漏れ出たそんな言葉に対して投げかけられたのは、一人離れたところで防御を固めていた静の酷くに的確な一言だった。


「――あれは、囚われのお姫様ですッ!!」


 言われて、同時に竜昇は一つの事実に気付く。

 お姫様の手元、鎖を握る手のその手首の部分に、鎖の先がまるで手枷のようにはめられているというその事実に。

 これだけ自分が入っているべき鳥籠を振り回しておいてなお、このお姫様が『囚われている』のだという現実に。

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