99:囚人を束ねし者
雲の上に畳を敷いて、その上に囚人の集団がのってやって来る。
言葉にすればたったそれだけの表記で済むそんな事態も、理解するにはなかなかに巨大な抵抗感を覚えた。
もはや何が起きても驚かないつもりでいたし、実際この時竜昇も別に驚いていたわけではなかったのだが、それでも目の前の光景は見ていてなかなかに受け入れがたいものがある。
「なんで雲の上に囚人が乗ってんだよ……。そう言うのって普通仙人しか乗れないもんじゃねぇのかよ……!!」
「……だから畳を敷いてその上に乗ってるんじゃないでしょうか。なにか敷いておかないと突き抜けてしまうから、とか?」
「なにか上に敷きゃ罪人でも乗れるとか、仙術の縛り緩すぎるだろッ!?」
冷静で、どこか達観したような声で予想を口にする静に対して、不条理によるストレスを緩和しようとしているのか城司が声の限りに叫ぶ。
正直この階層全体がいくら混乱の渦中にあるとは言え敵陣ど真ん中で叫び声をあげるというのは決して褒められたものではなかったが、それを攻めるのを忘れるぐらいには竜昇も気持ちはよく分かった。
とは言え、いかに気持ちがわかるからと言って明らかにこちらを狙って近づいてくる集団を座して待つという選択肢は竜昇にはない。
「こっちに来る。迎撃しましょう――!!」
言いながら、瞬時に竜昇は【光芒雷撃】を展開。雲に乗ってこちらへとやってくる囚人の群れを撃ち落すべく一斉に発射する。
狙うはとりあえず二組。一発で敵を撃ち落せるとは考えず、かといって六発全部をつぎ込んでいては間に合わないと見て、展開した雷球を二か所に振り分けての射撃体勢だ。
実際、その判断は正しかった。三発づつの集中砲火によって狙った片方は畳を貫き、雲を散らすことによって相手を奈落の底まで転落させることに成功したが、もう一方の雲の方は乗っていた、和服姿でなぜか十字架を握った囚人がシールドで雲全体を包み込み、雷球の攻撃を逸らして端を削るだけにとどめてしまったのだから。
否、それだけではない。
十字架握る囚人の背中から魔力でできた白い翼の様なものが生え、その羽が四方に飛び散って回転し始める。
「あの隠れキリシタン、防御を担当する個体です――!!」
「くそっ、こっちの攻撃を相殺してやがる――!!」
続けざまに雷球を展開して撃ち込んだ竜昇だったが、しかし周囲に飛び散った羽が敵との間に割り込んで攻撃そのものが相殺される。
味方全体を包み込む広域発動型の対空防御。その性能によってほぼすべてが守られながら、撃ち落とされた一体を除く残り十一体の敵がどんどんこちらに迫って来る。
否、敵はどうやらこちらへの到着までおとなしく待っているつもりはないらしい。
竜昇の攻撃が止んだすきを突くように、展開されていた羽が左右に分かれて穴をあけ、その向こうから巨大な火炎の塊が一直線にこちらに飛んでくる。
「――【
敵からの反撃に、瞬時にそばに立っていた城司が反応して目の前に巨大な円形盾を展開する。
防壁の向こうでぶつけられた火球が爆発し、暴力的な熱波が周囲をに広がるのが嫌でもわかる。
「今度の奴はいったいなんだ――!? 火つけ盗賊かなんかかッ!?」
「なんでも構いません。とにかく反撃を」
「わかってるよ――!!」
静の指示に、言われる直前にはもう動き出していた城司が拳を目の前の防壁へと叩き付ける。
「【
拳から魔力を叩き込まれ、最硬の盾から最硬の砲弾と化した防御魔法が敵の中央へと飛んでいき、先ほどの火炎が飛んできた付近にいた囚人達の乗る雲とものの見事に激突する。
隠れキリシタンの羽の魔法が迎撃を行おうとしたようだが、どうやらそれも間に合わなかったらしい。
思わぬ反撃に囚人雲を飛び移って囚人たちが逃げていくが、それでも一体が逃げきれずに撃墜されて、これでようやく敵の残りは十体になる。
ただし、その十体とておとなしくやられてくれるはずもない。
「なんだ、あいつ……?」
再び敵の群れの前面を覆い始めた魔力の羽の向こうで、一体の敵が他の囚人たちに道を譲られるような形で現れる。
周囲の敵たち同様雲の上に畳を敷いて乗る奇妙な姿。ただ一つそのありようが他と違ったのは、この囚人が雲の上に敷いている畳の数がえらく多く、何重にも重ねて敷いていたことと、その囚人が煙管らしきものを片手に持ってそこから煙をくゆらせていたということだ。
「牢名主、でしょうか。この囚人たちの群れも、変なのが幾人も混じってはいますけど、基本的に江戸時代の囚人が基本になっているようですし……」
「ごめんまず牢名主がわかんない」
ぽつりと漏らされた静の言葉に、詩織がほとんど反射のようにそう返答する。
実際静だけは相手の姿形から何となくモチーフになったものを予測したようだったが、他の三人は総じて何をモデルにしているのかさっぱり見当がつかなかった。
唯一わかったのはそれがどんな姿をしていようと敵であるということと、もう一つ。
「あいつがあの連中の親玉か」
「ですから牢名主ですよ。……まあ、間違ってはいませんが」
なにやら静からいらぬ注釈が入ったが、しかし読み取った事実は全員に共通するものだった。
静が牢名主と呼んだ囚人型、それに対するほかの囚人たちの態度は明らかに牢名主に対して敬意の様なものを抱いていることをうかがわせるものだ。加えて言うなら、どうにもこの敵が煙管から噴き出している煙が、他の囚人たちの雲につながってそれらを操作している節がある。
(なるほど……。こいつらが乗っている雲はこいつの能力で作られたものだったのか……)
思ううち、牢名主が煙管を加えて大きく息を吸い込むような動きを見せる。
同時に、その場にいる全員が嫌でも感じさせられた。息を吸い込む動作と共に、この敵の中で莫大な魔力の感覚が膨れ上がったのを。
「来るぞ――!!」
城司が叫んだその瞬間、牢名主が大きく息を噴出して、同時に見えない魔力の塊がこちらに向かって大きく拡大するのが感じられる。
「なんだ? 見えない魔力――!?」
「いや、ヤバい、なにかのガスだッ!!」
困惑する竜昇に対して、城司が何か思い当たる節でもあったのか、慌てた様子で声をあげる。
確かに視認できないもののなんらかの魔力の感覚だけが空間を満たしていくようなその感覚は、無色透明のガス状の何かをこの敵が散布しているのだと考えれば納得がいく。
あるいは竜昇が習得しているのと同じ【領域スキル】によるものかとも思ったが、魔力の広がり方や、牢名主と魔力の塊との接触の少なさなど、そのスキルを習得している竜昇だからこそ感じられる差異が多くあった。ならば恐らく城司の言う通り、この魔力の感覚は何かのガスなのだと考えたほうが自然だろう。
それがいったいどんなガスなのか、毒ガスなのか可燃性のガスなのかは想像もつかないが。
「それでも、ガスだというのならこちらで対処します」
敵の攻撃の危険性を認識すると同時に、静が素早く対処するべく動き出す。
眼前から迫る無色透明な魔力の気配へと目がけ、先ほどドロップしたがらくたの中からつけ髭を拾って前へと投げて、次の瞬間には魔力を込めた十手をその付け髭目がけて叩き付ける。
「【突風斬】――!!」
迫る気体の攻撃目がけて、暴風の魔力がそれを吹き飛ばすようにして炸裂する。
だが――。
「なに――!?」
突風を叩きつけられた魔力の感覚、通常なら吹き飛ばされて、押し返されていたはずのガスの気配が、まるで叩きつけられた暴風の魔力を避けるように分裂してこちらへと襲ってくる。
「戻れお嬢ちゃんッ!! 全員固まれ――!!」
瞬時に敵の攻撃から逃げきれないと判断し、城司が詩織の方へと駆け寄りながら他の二人も呼び集める。
竜昇と、そして静が急ぎは知ってその場所へと集結し、同時に城司が迫るガスから身を守るべく己が魔法を発動させる。
「【
展開するのは、竜昇たちがシールドと呼ぶ【守護障壁】や、静の【武者の結界籠手】による防壁と同質の魔法。
ただしその大きさはさすがというべきか四人全員をカバーして余りあるもので、さらには感じる強度も竜昇たちが張る物よりはるかに強固なものだった。
そんなシールドの展開とほぼ同時に、無色透明なガス状魔法の向こう側で煙管を吸っていた牢名主が、その煙管を自身の脇に置かれていた灰皿の上へと叩き付ける。
――瞬間、爆発。
城司が展開する【
「――ッ」
「さっきの炎もこれかッ!!」
「大丈夫だ。耐えられる。それより次に備えろお前ら。たぶん俺達が守りに回ったその隙に、続々と敵がこっちに飛び移って来るぞ」
実際、城司の注意喚起通りになった。
爆炎が収まり、城司がシールドを解除するのとほぼ同時に、爆発後の煙を突き破るようにして三体の敵が突進して来る。
一体は腰回りにボロ布を纏い、兜と盾、そして件で武装した剣奴のような姿。
一体は白い着物の前をやけにはだけて短刀を握った、まるで今から切腹でもしようとでもいうような恰好の武士が一体。
そしてもう一体は、ボロボロの囚人服を身にまとった、やけに細い手足を珍妙な動きで動かし迫る、両手にナイフを握ったどことなく猟奇的なにおいを漂わせた敵だった。
「――ッゥ――!!」
「ヤロッ――!!」
「迎え撃ちます――!!」
シールドの解除と共に動けるようになった前衛三人が、各々の反応と共に迎撃に動き出す。
その中で最も先に決着がついたのは、やはりと言うべきか切腹武士の迎撃に打って出た静のところだった。
もとより相手は短刀使い。小太刀に十手と、比較的リーチの短い武器を使う静にとって、リーチの差もない近接戦闘型はもっともくみしやすい相手だ。
先ほど竜昇が【静雷撃】をかけなおしていたことも相まって、相手の短刀を十手で受け止めて感電させ、直後に動きの止まった相手の核に刃を突き通すという彼女の必勝パターンであっさりと決着をつける。
そしてその直後、意外にも二番目に早く決着をつけたのは、相手の突撃に若干怯みつつも、それでもここまでに戦闘を行ってきたが故の経験からか前へと出てくれた詩織のところだった。
彼女の体内で、魔力が揺らめく微かな気配がある。
静の【剛纏】ともまた違う、外見には表れない、内側で完結する肉体強化。
どちらかと言えば竜昇の【治癒練功】に通じるところがあるそんな魔力操作の気配を微かにもらしながら敵へと立ち向かい、次の瞬間には詩織は敵との決着をつけていた。
「――【仇華】」
攻撃は一瞬。詩織の暫定的な武器として渡しておいた【応法の断罪剣】が高速で斬撃の軌跡を描き、まるで花びらが開くように広がった軌跡が相手の間合いの外から猟奇的な囚人を滅多切りにする。
明らかに剣の間合いからも遠いところで相手が切り裂かれていたことを思うと、どうやら一層目で剣士タイプの敵がたびたび使っていた魔力の刃で刀身を伸ばすような技を彼女も使っていたらしい。
敵をバラバラに切り捨てた後、最後に一太刀振るって敵の核を斬り捨てて、詩織は躊躇した数瞬静に遅れる形であっさりと敵を片付けていた。
対して、意外にも時間がかかったのが城司のところだった。
剣奴を思わせる、剣と盾で武装した敵に対して城司は両腕に【
ただし、相手もまた盾を持ち、扱うそんな敵だ。
結果として起こったのは盾同士が轟音とともにぶつかり合う、半ば力比べに近いそんな展開だった。
「ぬゥッ、ォオッ――、【迫撃】――!!」
盾同士の激突に両者の力が拮抗する中、城司が力を込め直し、ぶつけた盾越しに相手の盾に接触状態からの【迫撃】を叩き込む。
全身から練り出した運動エネルギーと、魔力による衝撃が相手の盾に炸裂し、剣奴の構えていた盾が大きく凹んでその態勢が大きく後ろに弾き飛ばされた。
「【
すかさず城司は左手の盾を敵顔面目がけて発射。敵が剣でそれを受けようとしてその剣を半ばから叩き折られ、もんどりうって倒れた敵に徒手空拳の城司が距離を詰める。
「【迫撃】――!!」
顔面に炸裂する拳の一撃。他の二人と違って若干手間取りはしたものの、それでも終わってみれば敵を圧倒する形で城司は剣奴の敵を制圧していた。
敵は三体が減って残り七体。だがこちらへと乗り込んできた敵が瞬時に制圧されたためか、敵も真っ向からの勝負に打って出る気はなくなったらしい。
「また牢名主の攻撃が来るぞ――!!」
三人が前衛型三人と交戦する間、【光芒雷撃】よって敵の動きをけん制していた竜昇がそれに気づいて注意を喚起する。
直後に来るのは、先ほどとは違い目に見える大量の煙。
牢名主が息を吹き出すと同時に、明らかに肺に含められる量ではない、莫大な量の煙があふれ出し、その範囲がどんどん拡大してこちらへと目がけて迫って来る。
(味方ごと飲み込む攻撃……。しかも雷球を飲み込んでも引火していない――!!)
先ほどの様な可燃性のガスではない。ならば毒ガスか、それともただの煙幕か、あるいは――。
「――っ、こいつぁ、催涙ガスだ――!!」
剣奴の敵を倒した際にわずかに前に出て、そして倒すのに時間がかかったことで若干逃げ遅れたのだろう。煙を微かに吸い込んだ城司がむせるような声でガスの正体を他の三人に知らせてくる。
だが、それを知ったからと言ってできることなどありはしなかった。
次の瞬間、拡大する煙の壁に追いつかれて四人全員が煙に飲み込まれる。
視力を奪い、視界を閉ざす煙の壁が、ただでさえ混乱する監獄の一画を飲み込んで、戦闘の推移を混戦の坩堝へと落とし込む。
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