98:混戦突破

戦闘のさなかに飛び込むとそう決めて、ものの一分もしないうちに言われていた通り階段が見えてくる。

同時に、効いていた戦闘の激しい音が、【音響探査】の技能を持たない竜昇の耳にも確かに届く。


「あそこの階段、下で看守型と囚人型が戦ってる。階段を遮蔽物にして、魔法や銃を派手に撃ちあってる。数は階段を下りた前方に銃使いの、たぶん看守の方が四人。反対の囚人側は銃が一人に、魔法が二人。魔法二人のうちの一人は防御を担当してるみたい。あとたぶん弓か何かを使ってるのが二人いる」


 息切れしない程度の速度で走りながら、下の階から聞こえてくる滅茶苦茶な戦闘音や魔力の感覚について、詩織がそんな正確な分析を行って残る三人へと伝えてくる。

 どうやら静の持つ【音響探査】というスキルは、聴覚や振動を感じる触覚を強化するだけのスキルではなく、そうして得た情報から状況を分析する判断力と知識まで含めて一つのスキルとしてまとめられているらしい。

 竜昇を含め、他の三人にはただ滅茶苦茶な雑音として混じりあってしまっている音やいくつもの魔力の感覚を、詩織は一つ一つ絡まった糸を解くように解析、判断して、その先で繰り広げられているだろう状況をほぼ正確に他のメンバーへと伝えてきていた。


 そして、どこにどれだけの数がいるのかが大体わかれば、あとの攻撃は竜昇の領分だ。


「集中――、充填魔力マナプール解放――!!」


 走る通路の左手側、監獄中央の吹き抜け部分に向かって雷球を集め、同時に竜昇は走る中で魔本の中に込めておいた魔力の一部を開放する。


「【迅雷撃フィアボルト】――!!」


 雷鳴と閃光が炸裂し、次の瞬間にはその先に待ち構えていた六つの雷球がそれらを吸収して拡大する。

 大きくなったことで感じる手応えが重くなったそれらを竜昇はすぐさま監獄中央の吹き抜けを通して下の階へと移動させ、そこで繰り広げられる攻撃音の根元へと向けて、大体の見当をつけて電撃を開放する。


「――【六亡迅雷撃ヘクサ・フィアボルト】」


 扇状に広がった巨大電撃が真下の階を焼き尽くす。

 下の階ですでに交戦状態に陥っていた敵達も、流石に真横からの特大の横槍には対応できなかったのだろう。

 すぐさま先を走る詩織の口から、竜昇が出した戦果が詳細に報告される。


「敵の数が三体に減った。看守側の敵が一体と、囚人側に二体。けど看守と囚人の一体はしっかりダメージを負ったみたい」


「正面の看守は城司さんにお任せします。後ろの囚人二体は私が――」


「応――!!」


 静と城司が先行する形で階段へと駆け寄り、同時になされた静の指示に城司が猛々しい雄叫びで返事する。


 竜昇の方も前を走る詩織を引き留めて、静が道を譲る形で城司を階段の方へと進ませると、城司の方も心得たもので発動させた【棘突防盾スパイクシールド】を前に構えて一息に階段下へと飛び込んだ。


 続けて静が、そして雷球を生成し直しながらの竜昇と、それに手を引かれた詩織が後へと続く。


『ギ、ネ、ノォォォォオオッ!!』


 階段下の正面、そこに机などでバリケードを築いて銃撃戦を繰り広げていたらしい看守型の一体が、バリケードに手をついてどうにか体勢を立て直しながら銃を構える。

 とは言えその程度の反応は城司の方も予想済みだ。だからこそ銃弾などものともしない彼が先行したのだし、バリケードをどうにかする手段も彼のレパートリーの中には存在している。


「【轢盾シールドクラッシュ】――!!」


 下の階へとたどり着いた次の瞬間、盾を構えた城司が自身の体を砲弾として撃ち出したかのようにバリケード目がけて突進する。

 【盾スキル】の技である【轢盾シールドクラッシュ】。その効果と内容は単純にして明快。盾を構えて相手へと目がけて猛スピードで突進し、そこにいる相手をその技名通りに“轢き殺す”。


『ギ、ニ、ゴォォォオオオオッ――』


 撃ち込まれた散弾などものともせずに突撃した城司になす術もなく、看守型の敵が身を隠していたバリケードごと跳ね飛ばされてふっ飛ぶ。

 どうやら激突の瞬間、城司はさらに【防盾砲弾シールドブリット】を発動させて盾だけを前方に撃ち出していたらしい。

 けたたましい音と共に盾の前にあった物がまとめて跳ね飛ばされて宙を舞う中、壁に叩き付けられてバウンドした敵に対して城司が拳を構え、トドメの一撃を叩き込む。


「――【迫撃】」


 繰り出すのは【迫撃スキル】の基本にして必殺技である【迫撃】。全身を連動させてねり出した運動エネルギーと、同時に拳に集めた、あらん限りの魔力を敵の顔面目がけて炸裂させて、素手で岩をも砕く必殺の一撃で確実に敵の核を砕き、残っていた最後の看守を容赦することなく絶命させた。


 そんな中城司の後方、看守と相対していた囚人側の残存勢力には、静と竜昇の二人がそろって襲撃をかけていた。


 生き残っていたのは、銃を抱えた、見るからに囚人と言った感じの白黒の縞々の囚人服を着て、その手にライフル銃を抱えた敵が一体。

 そしてもう一人は、白い着物の様な囚人服を纏い、そして両手に何やら四角い、巨大な板状のものを張り付けて盾代わりに構えた敵が一体いた。

 四角い板は恐らく静の【鋼纏】のような魔法的技術によるものなのだろう。その全体が金属質なオーラによってコーティングされていて、この囚人が詩織の言っていた防御担当の囚人なのだということが何となく読み取れた。


「銃はこっちでやる。静はあっちの和風な方を――!!」


「承知しました」


 会話を交わしつつ、竜昇はすぐさま銃を抱えた囚人が、銃を構える前に仕留めるべく雷球を向かわせる。

 どうやらこの敵も先ほどの【六亡迅雷撃】のダメージからは逃れられていなかったらしい。

 覚束ない動きで雷球や竜昇の迎撃を試みるも、照準を合わせられる前にバリケードを飛び越えた雷球の接触を受けて感電し、次の瞬間には光条と化した雷球に顔面の核を貫かれて絶命する。


 対して、もう一体の腕に巨大な金属板を付けた囚人の方は若干厄介だった。


『ブリュレリァァアッ!!』


 向かってくる静に対して腕の金属板を突き出し、静が回避するとすかさずそれを振り回して、金属板を叩きつけてくる。

 サイドステップで突きを躱し、追撃を事前に予測して跳躍、金属板による打撃の上を、まるで転がるような動きで飛び越えて回避した静だったが、しかしそれでも相手に近づくことまではできなかった。

 片腕だけでなく両腕で続けざまに叩き付けられる攻撃に、さしもの静も回避するしか打つ手がない。

 攻撃をかわした際に十手を触れさせ、そこに込められた【静雷撃】を発動させてみたものの、どうやらこの敵、【甲纏】の様な防御系オーラを纏って【隠纏】か何かでそれを隠しているらしく、電撃を含めた魔法攻撃にも一定の耐性を持っているようだった。


(なるほど、戦闘スタイルとしては入淵さんのそれと少し近い。となれば次に打って来そうな手は――)


 静が予測したその瞬間、攻撃が当たらないことにしびれを切らしたのか、両腕の金属板を前に構えた和風囚人が猛烈な勢いで静目がけて突進して来る。


 対して、それを事前に予測していた静は即座に踵を返すと、そのままサイドに逃げるのではなく敵を引き付けるようにして【爆道】を用いて真後ろの壁へ向かって走り出した。


『ブレギュァッ!!』


 静の身を押しつぶすべく、和風囚人が金属板を構えた態勢のまま壁へと激突する。

 その最後の瞬間まで静がサイドに交わした様子はなく、一瞬自身の攻撃によって敵を押しつぶしたかと錯覚した囚人だったが、しかしそれにしては人間を押しつぶした手ごたえが無い事にはすぐさま気が付いた。

 慌てて周囲の気配を探り、真上から何かがぶつかるような音を聞いて上を見上げると、そこには今しがた押しつぶそうとしていた静が逆さまの状態で、今は天井になっている上の通路の裏側に両足を付けた状態で存在していた。


「おや、気付かれましたか、思ったよりも少し早い」


歩法スキル・壁走り《ウォールラン》。

 本来足場とできないはずの壁を足場とし、時にはそれを垂直に上ることすらできるその技で壁を駆け上がった静が、次の瞬間には魔力の炸裂と共に天井を蹴りつけて敵の真上からまっさかさまに落ちてくる。


『ブラウッ!!』


 真上から来る静の攻撃に対して、囚人はとっさに壁に対してぶつけたのとは逆の腕についた金属板を盾にする。

 本来ならばそれだけで、全体重をかけたとはいえ根本的に軽い少女の攻撃など防げてしまうだろう堅牢な守り。

 体格差と強化によるパワーにものを言わせて、相手の攻撃を受け止めきろうという囚人の目論見は、しかしその対応すら予想していた静によってあっさりと叩き潰されることとなった。


「【突風斬】――!!」


 構えた金属板の盾に、暴風の魔力が容赦なく炸裂する。

 なまじ表面積の大きい金属板で、暴風を纏う一撃を受けてしまったことが仇になった。

 少女の体重を受け止めることまでは予想していた囚人もこの暴風の圧力まではさすがに受け止めきれず、たまらず体勢を崩して押しつぶされるようにして背後へと倒れ込む。

 当然、そんな隙をさらした囚人を、静がそのまま放置するはずもない。

 暴風によって舞い上がり、一瞬宙に身を翻していた静が手にする武器を【応報の断罪剣】へと変化させてサイド舞い降りて、その落下速度のまま倒れ込んだ敵の頭に容赦なく剣を突き立てた。

 核を貫かれた囚人が絶命し、腕についていた二枚の金属板がボロボロの畳という本来の正体を晒して戦闘のあとに残される。


「まさか畳を武器に変えて戦っていたとは……。これは、モチーフは伝馬町の囚人でしょうか」


「元ネタがわかるのかよお嬢ちゃん……。俺にはすでにこのドロップアイテムは意味不明なんだが……」


 そんなぼやきを漏らしつつ、城司が階段を下りてきた詩織と共に静の元へと戻って来る。


「こっちのドロップアイテムははずれだな。いくつか使えそうな替えの弾倉くらいなら有ったが、どれも手持ちの銃とは弾の口径からして合わないんで放棄した」


「こっちもはずれだ。一応最初の一撃で倒した奴らのドロップアイテムとかも調べてみたけど、なんか脱獄に使えそうなお手製ののこぎりとか、食器の類だとか、あとは囚人髭の付け髭がドロップしてたくらいだ」


「囚人髭って……、なんでそんなふざけたような敵が多いんだ……」


 立て続けに集結してそんな会話を交わす竜昇と城司の姿に、どうやら彼らの方も無事に片付いたらしいと察して、続けて静は詩織の方へと確認のために視線を向けた。


「渡瀬さん、周囲に敵は?」


「え、あ、うん。とりあえず一番近いのはこの先を行ったところで、対岸に渡る通路で四・五体の敵が戦ってるみたい。後は下の階層の対岸の方で結構たくさん、えっと十二体かな、敵が集まってるのと――、え?」


 耳を澄ませ、再び【音響探査】で周囲を探っていた詩織の表情が、突然驚きに歪み、そして焦りを帯びる。

 いったい何事かと、彼女に問い掛けようとした静だったが、その前に静自身が迫ってくるその気配に気が付いた。

 否、気が付いたのは何も詩織や静のような女性陣だけではない。


「おいおい……、なんか来やがるぞ――!!」


 城司の声に、静が感じ取った魔力のその方向へと視線を走らせる。

 迫る敵は一目瞭然だった。


 下の階の対岸、先ほど詩織が聞き取った、その場所に集結していたという囚人の敵集団が、なぜか雲の塊のようなものの上に畳を敷いて、それに“乗る”形でこちらに向かって飛行し、渡って来ていたのだ。

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