97:監獄の攻略法

「時間が無い。すぐにここを出発しよう」


 独房の中から鞄を拾い上げて背負い、竜昇が城司と詩織にそう呼びかける。

 隣では同じように、肩掛け鞄を拾う静が同意を示す言葉を投げかけてきた。


「そうですね。詩織さん、一番近くの敵はここにどれくらいで到着しますか?」


「え、えっと、たぶんあと三分もしないうちに、五人組がここに来ると思う。あと、近い相手だと、二人組の集団がこっちに向かってるけど、こっちは一つ下の階だし、近くに階段もなかったはずだから、接触の可能性は薄いかも……」


「って、ちょっと待て、お嬢ちゃんの【音響探査】ってのは階段の位置までわかるのか?」


 周囲の様子を見ることなくそう言う詩織に対し、城司が驚いた様子でそう問いかける。

 とは言え、実際には【音響探査】“自体”はそう都合のいい技能ではなかったらしい。


「う、ううん。近くだったら音の反響とかで形とかもわかるけど、流石に遠くまでは地形を把握するのは無理ですよ。けど、足音が通るルートとかは動けない間ずっと感じ取って覚えてたから……」


「頭の中に地図はすでに出来上がっている、と? もしかして次の階層への階段の場所もですか?」


「うん、みんなが、私のパーティが次の階層へ移動した場所なら、どこにあるかも把握できてるよ」


 静の問いに対するその回答は、期待した【音響探査】の有用性を示す返答ではなかったが、しかしあるいはそれ以上に頼もしい詩織の優秀さを示す返答だった。

 いくら視界が効かず、身動きも取れないがゆえにそれだけに集中できたとはいえ、遠くに聞こえる音だけでこの階層のマッピングをしていたというのは竜昇も驚く特殊技能だった。

 あるいは、そうした技能のノウハウまで含めて【音響探査】なのかもしれないが、それにしたとて作った地図を記憶しているのは詩織自身である。なんにせよ、この階層の中で敵の位置や地形などが事前に把握できるというのは相当にありがたい。


「では詩織さんにはその扉までのナビゲートをお願いしましょう。ところで、詩織さんは剣は使えますか? それとも竜昇さんのように魔法で戦うタイプでしょうか?」


「えっと、魔法は使えない完全な近接タイプ。剣は使えるけど、今は武器が無いから格闘戦で戦うしか――」


「ではこれをお使いください。使えますか?」


 詩織の回答に、静はすぐさま自分が手にしていた剣を詩織に向けて差し出し渡す。

 慌てて詩織が受け取ったのは、先ほどの処刑場での戦闘で敵からドロップした【応法の断罪剣】。魔力を吸収し、撃ち返す機能を持った装飾剣を、詩織は鞘から引き抜いて確認しつつ確認の問いを投げかける。


「使えると、思う。これまで使ってた剣とだいぶ感じが違うけど……、でも、いいの?」


「私はこの石刃がその剣の代わりをしてくれるから構いません」


 そう言って、静は自身の持つ十手を手の中で回しながら、一瞬のうちに元の石刃へ、そして詩織が持つのと同じ【応法の断罪剣】へと変化させて見せる。

 すでに先ほどの戦闘の中でも使っていたが、静はこの剣がドロップしてすぐに、剣に石刃を触れさせてその形態と機能をコピーさせていた。

 そうして、他の武器を石刃で写し取って使える以上、静にとって手持ちの武器を増やすことにあまり意味はない。

 むしろ今の静は長剣の形をした【応法の断罪剣】を自分が持つには重い荷物とみなし、ならば現状丸腰の詩織に渡してしまった方が最適だというのが静自身の判断だった。


「とりあえずでも使えるなら、詩織さんはそれをもって私の後ろについてください。先陣は私が切りますので、詩織さんは後ろから道筋のナビゲートを」


「じゃあその後ろには俺が続こう。城司さん、すいませんが最後尾で後ろの守りをお願いしてもいいですか」


「ああ。構わない。悪いな。危険な前をお前らに任せる形になっちまって」


「危険はどこでも同じですよ」


 先を走るのが我が子とそう年の変わらない少年少女、しかも前の二人に至っては女子二人であることに、どうやら大人の男である城司は忸怩たる思いを抱いているようだったが、それに至ってはそれぞれのスキル構成上最適な形なのだから仕方ない。

 それに竜昇などは、問題になるのは前よりもむしろ後方だと思っていたため、後方の守りを任せられる城司の存在はむしろありがたかった。


「それともう一つ、こちらの拳銃はどうしましょうか。誰か使いたい人、いえ、そもそも使い方がわかる人はいらっしゃいますか」


 そう言って、静は先ほどの処刑場でのドロップアイテムの内、使えそうだと拾ってきたもう一つの武器である拳銃を提示する。

 とは言え、この場にいるのは拳銃などとは縁遠い国で育った人間ばかりだ。もちろん現代のネット社会を鑑みれば拳銃の扱いの知識くらいは調べられるので、知っている人間がいてもおかしくはないのだが、しかし生憎と一番その手の知識に触れたがる少年であるところの竜昇も拳銃の撃ち方については知識すら持ち合わせておらず、拳銃に関しては引き金を引く以外にどこをどう扱えばいいのか皆目見当もつかなかった。


「ならこの銃は俺が貰ってもいいか? 銃器の扱いについては、一応一通りの心得がある」


 と、全員が銃器の扱いに頭を悩ませる中、見かねた様子で城司がそう名乗り出る。


「構いません。構いませんけど、わかるのですか?」


「ああ。まあ隠すことじゃないから行っちまうけど、実を言うと現役の警察官なんだよ俺。流石に実戦で撃ったことはねぇけど、射撃訓練は受けてるし、銃器の扱いについても一応の知識はある」


 言いながら、城司は静から拳銃を受け取るとなめらかな動作でカートリッジを引き抜いて残弾を確認、安全装置をかけたうえで銃を腰の後ろのベルト部分に挟み込む。

 どうやら銃については彼に任せておいた方がいいらしい。そう三人が判断したところで、詩織が少しだけ急かすような様子で三人に危険を告げて来た。


「あと一分で敵が五体こっちに来る」


「わかりました。それではとりあえず出発しましょう。詩織さん、道案内お願いします。とりあえず下の階層を目指して、敵との遭遇をできるだけ避ける形で」


「わ、わかった」


 言葉を交わしてすぐさま四人が近づく敵から逃げる形で走り出す。

 混乱を極める監獄の中から抜けるべく、四人は自ら混乱の中へ進行を開始した。






「ところでよぉ、次の階層目指して、扉のところまで進むってのはいいけど、その前のボスはどうするんだ? このビルのルールを考えるなら、この階層の扉もボスを倒さないと開かないんだろ?」


 後ろを走る城司が、前の三人に対してそんな疑問をぶつけてきたのは、とりあえず四人が潜伏していた独房を離れて、詩織の探査によって迫っていた五人組の敵を振り切ったことがわかったその後のことだった。

 どうやら城司としてはとりあえずは迫る危機を振り切ったこのタイミングで、本格的に交戦を避けられない事態になる前に抱えていた疑問をはっきりさせたいということらしい。


「ボス部屋、ということであれば、詩織さんがある程度の位置は把握しているのでは?」


「う、うん。下から二番目の、結構角の方の部屋。実際に見た訳じゃないから大体の位置しかわからないけど、たぶん他の牢屋と同じような部屋だと思う。そこに向かえばいい?」


「――いや、前回のボスの位置がその場所だったとしても、今もその場所にボスがいる可能性はかなり低い。というよりも、もうその場所にはボスはいないと考えた方がいいと思う」


「ああ、なるほど。考えてみればこの騒ぎの中、いつまでも牢獄の中でおとなしくしているとは思えませんね」


「それもある。けど実のところ、この場合の理由はそれだけじゃない」


 走りながらそっと周囲に視線を向けて、竜昇はそう己の中の確信を言葉に変える。

 この階層に来てからというもの、竜昇はずっと考えていた。

 これまでの階層に必ずと言っていいほどなんらかのテーマがあったように、この監獄の階層にも何かのテーマがあるのではないかと。

 コンセプト、あるいはクリア条件と言ってもいい。

 看守と囚人が存在し、多数の牢獄が並ぶこの階層に置いて、では次の階層へ進むためのクリア条件は何なのか。


「たぶんこの階層のテーマは『ボス探し』なんだよ。看守から鍵を奪って、そのカギで独房の中を一つ一つ確認して、どこかの一部屋にいるはずのこの階層のボスを探し出す。それが恐らく、この階層内で俺達が求められているクリア条件なんだ」


 壁面いっぱいに並ぶ大量の独房、収監されている囚人を開放するメリットが何もないにもかかわらず、倒した看守から高確率で『鍵』のアイテムがドロップすること、詩織の証言する、ボス部屋らしい特別性を感じさせない中途半端な部屋の位置、そして竜昇のゲーム経験による感がはじき出した答えがそれだった。

 そして竜昇のその答えに、何か思い当たることがあったのか、詩織が一つの証言を口にする。


「そう言えば、私のパーティの皆も、しばらく牢屋をしらみつぶしに探して、扉を開けて回ってたかも……。そっか、なんでわざわざ扉を開けるのか気になってたけど、あれってそう言うことだったんだ……」


 納得した、というよりも、途中からどこか消沈した様子でそう呟きを漏らす。

 あるいは、彼女は仲間たちのよくわからないその行動を、自分を探して牢を開けて回っているのではと考えていたのかもしれない。

 実際、彼女は看守たちによって囚われの身となって牢に入れられていた訳だからそう思うのも無理はないかもしれないが、現実は彼らも牢の中にボスがいる可能性を考えて、ボスと詩織を同時並行で探していたのだろう。

 流石に、詩織の生存を早々に諦めて、ただボスの存在のみを探していたのだとは思いたくないが……。


「……ええっと、とりあえずこの階層がボスを探す場所だってのはわかったよ。けどよぉ、だとしたら俺達は具体的にどうすりゃいいんだ? 前の、その詩織嬢ちゃんの仲間がボスを見つけた周辺までボスを探しに行くのか?」


「いえ、もしもこの階層のコンセプトが俺の予想通りなら、たぶんボスの出現ポイントはランダムに設定されているはずです。前回と同じ牢屋の中にボスが出現している可能性はそう高くないと思います」


「じゃあ闇雲に探すのか? このそこかしこで化け物どもが戦ってる戦場染みた場所の中で?」


「……一応、参考にできる情報はあります。詩織さん、前回あなたのパーティが遭遇したボス、そのボスが立てていた音から何か戦闘スタイルは推測できますか?」


「ボスが立ててた音……? えっと……」


 走りながら記憶をたどり、ふと詩織は自分が抱える【応法の断罪剣】へと視線を向ける。

 あるいはそれが記憶の糸口になったのか、詩織は記憶を手繰るようにゆっくりと、前回のボスの立てた音を口にし始めた。


「……剣、……そう、剣か何か、金属同士をぶつけるような音がしてた。あと、そうだ、前回の時は、ボスの方が結構逃げ回ってたのか、みんなの音が結構あちこちに移動してたかも。それこそ一番下の階に飛び下りたり、途中で看守……、だと思うんだけど、別の敵集団と乱戦になったりしてたみたい」


「逃げ回ってた……? それは、強敵を前にして貴方のパーティが撤退を余儀なくされた、というわけではないのですか?」


「うん、そう言うのとは違ったと思う。どっちかって言うと、みんなの攻撃音が一つの足音を追いかけてる感じだったし。途中から聞こえた他の敵集団の音も途中で消えて、最後にはそのボスらしい一体とみんなが戦う展開になったみたいだけど……」


「その時も敵のボスは武器で戦闘を?」


「わかんない。最後の方は他の敵やみんなの攻撃の音とか、結構入り混じる形になってたから……」


「そうですか」


「……なあ、つまりはあれか? 詩織嬢ちゃんの証言をもとに、それらしい奴をこの騒ぎの中で探そうって言うのか?」


 聞き終わると同時に、背後の城司がどこか苦い声で竜昇に対してそう問うてくる。

 その声には竜昇の攻略法とはとても言えない考えへの不満や侮蔑というよりも、他に答えがあって欲しいというどこか切実な願望が感じられた。

 とは言え、竜昇が返せる答えは実際にはそれよりもさらにひどい。


「まあそう言うことです。ただし、実際にリポップしているだろうボスが全く同じデザインの敵とは限らない訳ですから、できるならそれ相応に強そうなやつは片っ端から狩って行った方がいいと思います」


「マジかよ……」


 竜昇の答えに、その面倒くささを想像した城司がうんざりしたようにそう呟く。

 竜昇としても、願わくばせめて敵のデザインくらいは統一されていてほしいところだが、こればかりは実際に倒してみなくてはわからない。


「それにしても、剣、ないし何らかの武器を持って逃げ回るボス、か……」


 詩織の証言から最低限参考になりそうな情報だけをくみ取って、竜昇はその情報の少なさに思わず呻く。

 途中で看守を巻き込んだ乱戦になって、どれがそのボスの立てる音かわからなくなったというのは少々厄介な情報だ。

 敵が混乱を引き起こして逃げることに特化した、いわば前回の駅員の様なボスだとしたならば、この囚人暴動が勃発している状況はボスにとっての有利な状況だと言っていい。


(……そう言えば、この囚人暴動はどうして起こったんだ? この階層で、一定の条件で起きるイベントみたいなものなのか……?)


 もしも、もしも仮に、この暴動の発端が一体の囚人の脱走で、その囚人が看守を倒して他の囚人を開放して回って現在の状況に至っているというのなら、では最初のその囚人はいったいどうやって脱獄できたのか? 

 あるいは脱獄できたその囚人こそが、問題のこの階層のボスだったということなのか?


(ボスは脱獄囚ってことか? 確かにそれなら、派手に逃げ回ってたって言う証言とも矛盾はないが……)


 何かのきっかけで勝手に脱獄し、他の囚人を開放して監獄全体を混乱の渦に落とし込むボスというのは、確かに厄介極まりなく、プレイヤーを危機に陥らせる存在としては十分な役目をこなす敵だ。

 だが本当にそうなのだろうかと、そんな感情が先ほどから竜昇の中にくすぶって消え去らない。


 何かを見落としている気がする。しかしそれが何かわからず悩む竜昇だったが、生憎とそれ以上考える時間というのはこの戦場は与えてくれそうになかった。


「――みんなごめん。そろそろ敵を回避し続けるのは無理そう」


「いえ、いずれそうなるだろうとは思っていました。詩織さん、現状わかる敵の位置の中で、一番倒しやすそうなところはどこですか?」


「単純に数が少ない敵集団のところか、あるいは交戦中のところでもいい。すぐにこちらに対応できそうにないほど混乱しててくれれば、大規模魔法や奇襲でまとめて消し飛ばせる」


 静の言葉に続けて竜昇が言い放ち、詩織がしばし走りながら意識を集中するような様子を見せて、やがて意を決したようにその中から一つの敵集団を選び出す。


「だったら、このまままっすぐ行った階段の下にいる敵が交戦中だよ。左手に見えてる通路を渡ってそのあと左に行けばその先に三人組の集団もいるけど、そっちだと逆方向からも六人組の集団が来てるから、手間取ってると挟み撃ちになるかも」


「わかった、ならこの先にいる階段の下の奴らだ。このまま進んでそいつらを襲撃する」


 詩織の選んだ戦場に同意して、竜昇はさっそくいつでも魔法を撃てるように己の中で魔力を準備する。

 戦いを避けられないものと腹を括り、いよいよ竜昇たちはその戦闘のど真ん中へとその身を投げ込んだ。

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