78:変幻自在の鎖武器
竜昇が背後の少女を慮り、しかし状況故に目の前の敵に意識を集中させていたとき、静の方も静の方で、眼前の敵の、その手前に倒れる頭から血を流した男性のことを念頭に置いていた。
ただし、頭の中に会った感情は竜昇のような少女自身への気遣いではなく、男性の倒れる位置と、それが戦局に与える影響である。
(あの位置は、どうにもまずいですね。人質に取ろうと思えばすぐに取れる位置、そして竜昇さんの大規模な魔法に巻き込まれかねない位置です)
この状況下に置いて、静は新たに登場した三人の人物のなかで、ハイツ以外の二人が味方であるとは必ずしも考えてはいない。
竜昇同様、二人の外見や格好などから自分たちと同じ『プレイヤー』であることは推測しているが、たとえ同じプレイヤー同士であろうとも利害の対立が起これば敵となりうることを、あるいは静は竜昇以上によく理解していた。
が、その一方で二人のプレイヤーと無暗に対立したり、その命を無碍に扱うことが合理的判断でないこともまた静は理解していた。
確かに利害が対立すれば敵となりうる相手だが、しかし同じ境遇にいる以上、竜昇と自分がそうだったように共闘できる可能性は相当に高いのだ。感情面ではこのまま竜昇と二人で出口を目指すというのも悪くないような気はしているが、しかし現実問題として戦力となる仲間がもう何人か欲しいというのも本音ではある。
それゆえ静の中で、二人の命は助けられるものなら助けるべきという程度の認識だ。加えて、静のパートナーである竜昇の方が男性を盾にされた際に攻撃を躊躇する公算も高い。静自身、そう言う竜昇の性格や良識に特に不満はないのだが、それでも懸念がある以上可能性をできる限り排除しておくべきだろう。
(さて、それでは全力で参りましょうか)
状況を頭の中で整理して、静は意識を目の前の男へと集中させる。
どうやら先ほど使っていた行動加速の【纏力スキル】の技は短い時間しか発動しないらしく、すでにハイツのみからは先ほどまでのオーラは消え去っていた。
静自身経験もあることだが、【纏力スキル】のオーラは重ね掛けが可能な反面、そうして重ねたオーラは効果はそのままに混じりあってしまうため、一つのオーラの消滅に際して他のオーラも道連れ消滅してしまう性質がある。
現在のハイツも、一度消滅した【剛纏】と【甲纏】のオーラだけを纏いなおしてこちらとの交戦に備えている状態だ。二つのオーラを苦も無くほぼ同時に発動させたのは同じ技を習得している静としては驚くてべき点だが、しかし同時に、一緒に先ほどのオーラを使っていない点から、あのオーラが消滅した理由が効果時間の短さというのはあながち間違った予想ではないだろうと推測できる。
(とりあえずあのオーラの弱点が一つ発覚しただけでも収穫ではありますか……。とは言え、それだけではまだ足りない)
思いつつ、静は頭の中を一度整理する。
目的は相手の手の内を暴くことと、人質となりうる男性を相手から引き離すこと。
相手の実力は未知数。ただし確実に静よりも上となれば、静自身に出し惜しみする余裕はない。先ほどの一度の攻防で、静が持つ三つの【纏力スキル】と、シールド、【爆道】と、そして【加重の小太刀】の能力はばれている。これまではあまり意識してこなかったが、人間が相手となれば晒していない手札をどこで切るかもここからはきっちりと考えていく必要があるだろう。
「――【爆道】」
足裏で魔力を炸裂させ、静は相手へと目がけてその距離を一気に詰めていく。
対して、相手の方も手にした奇妙な武器を両手でつかみ迎撃の構えを取っていた。
錨のような、それでいて大鎌の刃を短くして二枚にしたような、そんな奇妙な穂先を背後に振りかぶるように持って構え、替わりにその石突を静に突きつけるようにして――。
「――!?」
突如、石突の少し手前当たりで小規模な爆発が起きて、突きつけられた武器の先端が分離して静の元へと弾丸のような勢いで飛んできた。
(――ッ)
とっさに、走る勢いのまま身をよじり、飛んできたそれを回避する。
すれ違いざまに見えたその形は、弾丸というよりも分銅に近い。
いったい何の真似だと、静が内心でそう思ったその瞬間、分銅と敵の武器のそれぞれの接続面で、まったく同じ、そして見覚えのある紋章が輝いた。
「これは――!?」
瞬間、武器と分銅、それぞれの紋章から同時に鎖が放出されて、一直線に伸びた二本の鎖が空中で接続されて一本のラインになる。
間近でそれを見せられた静にはそれがなんであるかを理解する余地はなかったが、距離を取って敵を観察していた竜昇にはその武器の正体が瞬時に理解できた。
「――鎖鎌!?」
名前の通り、鎌の後ろに鎖を付けて、その先に分銅を付けたようなそんな武器の存在を思い出し、竜昇は相手の武器のその正体に思わず目を見張る。
鎖鎌というには少々巨大で、そもそも刃が両側についているなど異形の武器にもほどがあるが、しかし男が見せたその武器の特性はまさしく鎖鎌そのものだった。
「ヘロッサァッ!!」
謎の言語で何かを叫び、ハイツが伸びた鎖を掴んで鎖付分銅を真横へ向けて薙ぎ払う。
とっさに迫る鎖を右手の刀で受けたが、それはこの相手の武器に対しては全くの悪手でしかなかった。
刀に鎖が衝突したことで鎖の先についた分銅がその軌道を弧を描くようにまげて、それによって長くのばされた鎖が静の上半身に容赦なく絡みつく。
「――ッ!!」
鎖が引かれる。両腕を封じられた静の体がバランスを崩し、床へと向けて倒れ込む。
「――【突風斬】」
そんな状態にあってなお、静の対応は冷静かつ的確だった。
暴風の魔力を宿した足先で無理やり地面を蹴りつけて自分の体を無理やりふっとばし、空中で体勢を立て直して鎖で縛られたままの体でふたたび地面を蹴る。
「【爆道】」
方向を斜め前へと強引に変更し、さらなる加速を得た静が鎖で繋がったまま走り出す。
目指すは付近にある柱の影。
円柱状の柱に鎖をひっかけるようにして、滑車にも似た原理で力の向きを変え、前に走ることで力比べが成立する状況を作ることで、全身の力で鎖を引く相手の力へと対抗する。
「ヘェッ――!!」
どこか感心したような声が聞こえてきたのと、自身を縛る鎖が消滅するのとはほとんど同時のことだった。
柱の影に飛び込んだ静の体が急激に自由を取り戻し、同時に目の前の空間に鎖を失った分銅が投げ出されているのを視認する。
「磁引――!!」
分銅を磁力を帯びた十手が捉える。
とは言えこの分銅を敵から遠ざけることに意味はない。
どういう原理なのかは現状はっきりと判明していないが、敵が自分の持つ武器とこの分銅を鎖で連結して鎖付分銅として扱えることは既に判明した事実だ。ならば静がどれだけの力でどれだけ遠くにこの分銅を投げ捨てようとも、敵は好きなタイミングで自由にこの分銅を回収できることになる。むしろ例の鎖が出現することを考えれば、動きが制限される分その方が危険かもしれない。
ならば今静がとるべき手段はいったいなにか。
「【
発動させるのは、先の戦いで習得したばかりの【投擲スキル】第三の技。恐らく体育館似て大量のボールに襲われる事態となったがゆえに発動したのだろう、石やボールのようなものを投げる際に、その打撃力を純粋に底上げするためのそんな技だ。
狙いは敵の顔面。直撃すればそれだけで頭が吹っ飛びかねないエネルギーを込めて、静は柱の影から飛び出すと同時に十手の先の分銅を投げつける。
「レベリエ――」
呟かれる謎の言語。その意味は解らなかったが、相手が一切慌てた様子が無かったのは静の方にもよくわかった。
顔面に迫る自身の分銅、必殺の威力をくわえて投げ返されたそれをそうと理解しながら、しかしハイツは何ら慌てることなく首を傾けて、飛んでくる分銅をやすやすと回避する。
否、回避しただけではない。彼の持つ武器は既に、その鎖の接続面を背後へと飛んだ分銅目がけて差し向けている。
「アウル・ハウル・ロウディア――!!」
再び鎖が伸びる。背後へと飛び去った分銅とハイツの武器が再び連結されて、ハイツが操る武器の動きに合わせて分銅が飛来する向きを変え、円を描くようにして振り回されて静の方へと帰って来る。
「くッ――!!」
とっさに頭を下げたその直後、頭上を鎖付分銅が通り過ぎ、直前まで身を隠していた柱へと直撃し巨大な破砕音が炸裂する。
太い柱が半ばまで木っ端みじんになる強烈な破壊力。
静が生み出したその攻撃をそのまま使って反撃してきたことに内心で舌を巻きながら、しかしこの瞬間をチャンスと見てすぐさま静はハイツ目がけて【爆道】を発動させていた。
柱を半ばまで粉砕し、それによって食い込んでしまった分銅はそうすぐには動かせない。
それは同時に、分銅と鎖によってつながる相手の武器の取り回しにも不自由が生じているということであり、この状況は静が距離を詰めることができ数少ない絶好の隙だ。
もちろん、先ほどやったように鎖を消してしまえば相手も武器を自由に振るうことができるのだろうが、あの鎖付分銅にこのまま翻弄されていては接近することすらままならない。
まずは懐に入る、と、静胸の内の決断に従って走り出したその瞬間、ハイツの方も手元の武器から伸びる鎖を消して手にする武器を元の槍と大鎌と錨を足したような形状へと戻す。
敵も近接戦で応じるつもりなのだと、そう予想して静が気を引き締めた瞬間、静が見たのは、再び射出されて目前まで迫る敵の武器の柄の部分だった。
「――!?」
疑問と同時に、体の方は反応してどうにか攻撃から顔を逸らしている。
射出された武器の柄、恐らくは端から約四分の一程度の長さだろうそれが頬をかすめるのを感じながら、射出された柄とハイツの手元の柄が鎖でつながれているのを見て、静は相手の武器のその構造をようやく理解する。
(え、と、この武器、なんていうんでしょう)
その手の知識に疎い静には【多節棍】という武器の名前はとっさに浮かばなかったが、それでも敵の武器がいったいどういうものであるかはどうにか理解できた。
恐らく槍のようなポールウェポンに見えて、その実あれは複数の短棒を連結して、その両側にあの錨の様な穂先と、先ほどの分銅を取り付けたものなのだろう。短棒は先ほどのように連結することでリーチの長い武器として使うこともできるし、分割も可能。加えてそれぞれのパーツを鎖の魔法でつなぐことでそれこそ多様な応用性を持った変幻自在の武器になる。
ちょうど今のように。
「ヘッツレィッ!!」
相手にしても近接戦を躊躇する理由はなかったのだろう。手元に残った武器をさらに分割し、右手に半分の長さになった槍を、左手に鎖が長すぎるヌンチャクのようになった残りを手にしながらハイツが静を迎え撃つべく突進して来る。
不意打ちで射出した短棒を鎖で繋がった手元の短棒を振り上げることで上空へと跳ね上げて、直後には静の脳天目がけて一切の容赦なく振り下ろす。
「――くッ!!」
避けられないと判断し、とっさに静は右手に握る【加重の小太刀】で短棒を受け止める。幸い、身体能力を強化している静にとってその一撃はそれほど重いものではない。まかり間違って鎖の部分を受け止めてしまっていたら、そのまま鎖が巻き付いて小太刀を絡めとられていたところだったが、それに関してもなんとか攻撃を見切って短棒の部分を狙って受け止め、はじき返していた。
続けて錨の様な穂先による刺突が襲ってくる。
こちらは身を逸らすことでどうにか回避。同時に、左手の十手を突きあげて槍の柄へとひっかけ、手首の動きでその動きを固定して封じる。
同時に十手に込めていた電撃が炸裂するが相手の様子に変化はない。静の方も元より【甲纏】を習得しているらしいこの敵に電撃がまともに通じるとは考えていないのだ。静が狙う攻撃はそれとはまた別にある。
「フゥッ――!!」
振り下ろす右手の小太刀による斬撃。相手は右手の槍を十手によって捕らえられ、左手のヌンチャクも片側を撥ね飛ばされているため手元に残る短棒だけでは防御も難しい。
仮に短棒一本で防御を試みるなら、鍔などに守られていないその手をそのまま攻撃してしまおうと、そんな目論見も含めて放った斬撃は、しかし直後に静の目の前で左右に走った鎖によってあっさりと受け止められることとなった。
(――そう来ますか!!)
見れば、敵は右手の、ただでさえ半分程度の長さになっていた槍をさらに分割し、それを左手のヌンチャクと鎖でつないで、その鎖でもって静の攻撃を受け止めていたのだ。
(想像以上に読めない武器ですね……!!)
思ううちにも、先ほど弾き返した短棒が三節棍の要領で操られて横合いから静の側頭部を狙って打ちかかって来る。
とっさにその場を飛び退き、距離を取ろうとした静だったが、その瞬間、左手から鎖の音がしてその動きそのものが阻まれた。
(――!? なにが――)
見れば、左手の十手、それが捕らえたままになっていた敵の武器の先端が、他の短棒との接合部分から鎖を生やして敵の足元、ハイツがいつの間にか足をあげて晒した、地面に浮かぶ魔法陣へとつながっていた。
とっさに十手の磁力を解除し、敵の武器を解放するがもう遅い。
距離を取るには、その一瞬が致命的な時間のロスとなった。
次の瞬間、鎖によって振るわれた三節棍が静の頭部に横から容赦なく炸裂した。
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