第三層 接敵交鎖の地下鉄駅

76:送られてきた『くえすと』

 そのメッセージが届いたのは、竜昇たちが三つ目の階層に踏み込んだ、まさにその直後のことである。


 階段空間で休息と痛めた足の治療、話し合いを行い、装備を整えて踏み込んだその直後には、まるで待ち構えていたかのように二人のスマートフォンがアラームを鳴らし、その文章を画面に映し出していたのだ。


 どこか見覚えがある、ひらがなとカタカナが逆転した読みにくい書体で、『アラタナくえすとヲジュシンシマシタ』という、そんな文章が。


「……くえすと、クエスト? なんだこれ?」


「どうやら、二人とも同時に、同じメッセージを受け取ったようですね」


 二人でスマートフォンを取り出し、そこに表示されるメッセージを見つめて、静が冷静な声でそんな報告を告げてくる。

 同時に、竜昇が戸惑う間にも周囲を見渡して、安全確認と周辺環境の把握に努めているのだから抜け目がない。


「……ここは、なんの建物の階段でしょうか? 階段の上はシャッターが閉まっていて出られないようになっているようですが……」


 静が言う通り、竜昇たちが今回出たのはだいぶ幅の広い階段の踊り場にあたる場所だった。しかも階段の左側、しきりの壁一つ隔てた向こう側にはエスカレーターまで完備されていて、それがどこかこの建物の公共性の高さを見る竜昇たちに訴えてくる。

 静の言う通り、階段の上のその先にはシャッターが下ろされていて、どうやらそれ以上先にはいけないようになっているらしい。


「この場所、もしかして駅の階段か?」


 周囲を見渡し、エスカレーターや階段の両側にある手すり、そして何より足元に点字ブロックがあるのを確認して、竜昇は見覚えのあるその設備の充実から駅という建物を思い出す。

 当初こそメッセージの存在もあって周辺の環境把握に戸惑ったが、気付いてしまえばこの場所は竜昇自身利用する駅の、その階段の光景を随分と思い出させる仕様となっていた。


「ああ、そうですね。この階段のつくりは確かに駅のものです。しかも上のシャッター、あれが本来外につながっている場所なのだとしたら、もしかするとここは地下鉄の駅なのでしょうか?」


「なるほど、三層目は地下鉄駅か。もうどんな建物に出ても驚くつもりはないけど、いよいよこのビルの中は空間が滅茶苦茶だな」


 巨大な博物館に小中高一貫学校、それに続けてさらに地下鉄駅を内包していると知って、いよいよ竜昇はこの不問ビルという建物が内包する空間のデタラメさに呆れかえる。

 とは言え、いつまでもそうして呆れてばかりもいられない。


「とりあえず、周囲に敵の姿はないようですね。どうやらこのメッセージは、奇襲のために私達の意識を逸らすものではないようです」


「まあ、この期に及んでそれって言うのは流石にないとは思ってたがな。けど、それにしてもクエスト、ねぇ……」


 これまでになかった展開に疑念を抱きながら、竜昇は意を決してその『くえすと』と銘打って届いたメッセージをタップする。

 いったい何をさせようというのかと、無意識に身構えて画面が切り替わるのを待っていた竜昇が見たのは、『たーげっとヲトウバツセヨ』という簡素な一文と、その下に掲載された何枚かの写真だった。


「これは……、誰だ? それにコイツの、この格好……」


 写真に写っていたのは、どこか鋭い、まるで自然体で警戒しているような目をした金髪の男。

 どうやら監視カメラか何かに移った人物の写真らしく、どの写真も問題の人物を斜め上のアングルから撮影したものとなっている。

 それだけ聞けば、なんとなく竜昇などには時折ニュースなどで放送される、指名手配犯の監視カメラ映像を彷彿とさせる代物だが、問題なのはその写真に写る人物の格好だった。


 真っ先に目に入ったのは、槍のように長い、しかしただの槍と呼ぶには随分と奇妙な形をした、男が右手に握る一振りの武装。

 それをカテゴライズするなら、しいて言うならそれはデスサイズに近いものなのだろうか。槍の穂先と思しき先端の両側から、曲線を描く刃が三日月のように伸びていて、それが何となく竜昇に鎌の刃の部分を彷彿とさせる。

 ただ、竜昇がイメージするデスサイズよりもその刃は随分と短く、直後に竜昇は港の地図記号にも使われる錨のマークを思い出した。

 実際、槍とも両刃のデスサイズともつかないその穂先の形は、その見た目からもわかる切れ味を除けば船で使われる錨に近い。


「……この方、ずいぶんオシャレなファッションを成されてますね」


 まず武器の方へと注目した竜昇に対して、静はそう言って写真の男の服装の方にも注目する。

 実際映っている男の格好も、それはそれで相当に特徴的な格好だった。

 どこか軍服を思わせる地味な服装の上にボディアーマーの様なものを装着し、さらに膝に何やら複雑な文様が彫り込まれたプロテクターを装着している。

 同様のプロテクターは肘などにも装着しているらしく、後姿を移した別の写真には右ひじに同じものを装着した姿が映されており、さらに別の写真を見ると手にはめた指ぬきのグローブの手の甲の部分にも同じ文様が刻まれたプレートが取り付けられていた。


 さらに背中には、肩の周囲を覆う短い丈のマントを纏っている。

 こちらにもどうやら文様が刻まれているようだったが、防具の各所に刻まれた文様がどこか魔法陣染みているのに対して、マントの背にあるのは二つの掌、あるいは翼のようなものが交差し、その上に輝く十字星の様なものがかたどられた別の紋章で、全体的にこの写真の男の印象をファンタジー世界の戦士、あるいはそのコスプレのような格好へと仕上げている。


(……、いや、これはコスプレって感じじゃないな)


 全部で八枚あった写真を確認し、やがて竜昇は自分が頭に浮かべたコスプレという言葉を全否定する。

 否、否定せざるを得ないと思った。

 なにしろ写真の男が纏う雰囲気は、竜昇が考えるコスプレなどという平和的な雰囲気とは似ても似つかないものだったのだから。

 むしろその装備品は、静が左手に装着している籠手のような、実用性を突き詰めた末の装備のようにすら感じられる。


「これは……、プレイヤーの写真なのか? こいつの格好は、ドロップアイテムか何かで全身を固めたもの?」


「ですが竜昇さん、この方が仮にプレイヤーだったとして、この格好は、何というか、“整いすぎて”はいませんか? 統一感がありすぎるというか、私たちのような寄せ集め感が無いと言いますか……」


 竜昇の発言に、静が言葉を選びながらそんなことを言う。

 実際、それは竜昇自身も言いながら胸に抱いていた疑問だった。

 もしもこの写真の男が竜昇の考えるようなプレイヤーで、纏っている装備がドロップアイテムを集めたものだったと考えるのならば、しかし男の纏った装備は妙に整いすぎている。

 あるいはそれは、コンセプトがはっきりしているとでも言えばいいのだろうか。

 なんと言うか、現在の竜昇たちがそうなっているような、手に入るものを寄せ集めて成り立たせたような、ツギハギ感の様なものが存在していないのだ。

 もちろん、同様の文様が刻まれたプロテクターがまとめてワンセットドロップしたという可能性も十二分にあるのだが、それ以外の装備品もただ場当たり的に集めたとは思えないほどにこの男に“似合いすぎている”。


 それは、敵からのドロップという手段でしか装備品を手に入れられなかった竜昇たちには得られない似合いかただ。

 そしてそうだというのなら、ではこの男はどうしてそんな装備品を手に入れたというのか。


「竜昇さん、下の方、この方の名前、のようなものが記載されています。後、よくわからない組織名の様なものも」


「組織名……?」


 言われて、竜昇が画面をスクロールさせると、確かにそこに組織名と名前の様なもの、そしてさらには【充魔の胸当て】なる討伐報酬なるものが記載されていた。

 胡散臭い討伐報酬に静が見向きもしなかったことに内心で苦笑しながら、竜昇はそこに表示されている問題の人物のプロフィールを読み上げる。


「【決戦二十七士】、ハイツ・ビゾン……?」


「ハイツ・ビゾン、というのが名前なのは、まあ間違いないでしょう。けどこちらの【決戦二十七士】というのは……? いえ、待ってください、竜昇さん」


 疑問を呈しかけて、なにかに気付いた静が若干の焦りを滲ませながら急遽そう口にする。

 いったい何を見つけたのかと、竜昇が画面から静に視線を移して身構えると、静は自分のスマートフォンを竜昇の方へと差し出してその焦燥の理由を見せて来た。


「これらの写真、人物中心で背景がわかる写真が少ないですけど、この写真、後ろに小さく“線路のホームらしきものが”映っています。つまりこの写真が撮影されたのは――」


 言い切る前に、それを確信に変える証拠が来た。


 突如聞こえる、腹に響くような振動と音。

 もはや聞こえて感じるそれに対して『なんだ』などとは問い掛けない。

 真っ先に竜昇が問おうとしたのは、その音の正体ではなく『どこで、誰が』という点である。


「下からですね。どうにも爆発音というよりは、なにか重いものをぶつけた音に聞こえましたが」


「――行って見よう」


 頷き合い、直後に二人は静が先行する形で階段を下り、音の発生源目がけて足早に移動を開始する。


 すでにこの階層に飛び込むその前に、静の【纏力スキル】による各種パフは使用済みだ。身体能力と防御力の強化が施されているが、そのための魔力も【隠纏】によって隠蔽されている。

 階段を下り切り、二人は角からその先のフロアの様子を窺う


「ここは、地下街か……?」


 竜昇たちが飛び出したのは、かなり広大な地下街のようだった。

 どうやら竜昇たちは、中央と左右の三か所ある階段の、中央階段を正面に見た際の左手側の階段に出ていたらしい。

 三つの階段の出口にあたるその場所は巨大な噴水のモニュメントが広がり、さらにその先にはさらに地下へと向けて大量の人間が通れそうな巨大な地下街が広がっている。


 当然、それだけの空間が無為に使われているはずもなく、地下街の左右には土産物にできそうな菓子を初めとした飲食物、衣料品やアクセサリ、鞄などのブランドショップや玩具店など、多種多様な様々な店が軒を連ねていた。

 どうやらここから見える店以外にも、ところどころから伸びる通路の先にもさらに商店が広がっている悪しく、近くにあった地下街のマップを見ればどうやらこの地下街、碁盤上の空間が相当な広さで広がっているらしい。


「いい場所ですね。時間があるならゆっくり略奪ショッピングでも楽しみたいところですが」


 ショッピングという言葉がなぜか不穏な言葉に聞こえて、そのことに思わず反応しかけた竜昇だったが、その直前により重大と思われる事実に気付く


「敵が、いない……?」


 見える地下街、そのどこを見渡しても、しかしこれまで竜昇たちが遭遇してきたような敵の姿が発見できない。

 まさか隠れているのかとも考えて、範囲を一定に絞ったうえで【探査波動】を使用してみるが、しかしそれに反応する敵の気配も全くのゼロだった。

 正真正銘、少なくともここから見える範囲には全く敵がいないのだと、そう判断していい状況である。


「先にここを通った誰かが、すべて倒してしまった、ということなのでしょうか?」


「誰か、って……誰だ?」


 思わず口にした問いかけに、今この段階では答えはない。

 一瞬あのクエストメッセージに写真が掲載されていたハイツという男のことが頭をよぎったが、あの男が本当にここを通ったのかも定かではない状況だ。


 あるいは、その『誰か』の正体がわかるとしたら、それは恐らく――。


「戦闘が行われているのはこの先、恐らくは向こうに見える下の階のようですね」


 響く轟音に、竜昇と静の意識が再び遠くから聞こえてくる戦闘音に引き戻される。

 先ほどの【探査波動】によって露わになった気配を静が再び【隠纏】で隠し直し、二人はどちらともなく、周囲に気を配りながらも音のする方向へと向けて走り出す。


 地下街自体が長く広いため距離はまだ相当にあるはずだが、近づくにつれて聞こえる音のバリエーションが増えだして、なにかが衝突するような音以上に金属をぶつけるような音や、男のものと思える怒号のようなものまで聞こえてくる。


「竜昇さん、階段を下りると同時に攻撃を撃ち込めるように準備を」


「ああ。もちろんだ」


 階段の下、そこから響く戦闘音に気を引き締めて、竜昇はすぐさま自分の中で術式を組み上げる。

 使用する魔法は、竜昇の持つ魔法の中で最も自由度の高い【光芒雷撃レイボルト】。魔力の気配を察知されてしまうため、事前に展開してから突入するような真似はせず、突入と同時に展開するようにタイミングを調整して、竜昇はエネミーの黒い煙状の姿があればすぐさま撃ち抜くつもりで、静と共に階下の空間へと一気に飛び下りた。


 同時に、これまで見えなかった階下の光景が一気に二人の視界へと飛び込んでくる。


「――ラァ? セイラァ、ティンキッシュ?」


 目に飛び込んできた光景に、聞こえて来た聞き覚えの無い言葉に、竜昇は思わず目を丸くする。


 結論から言うならば、階下のその空間にエネミーはいなかった。

 あちこちがむごたらしく破壊され、改札や券売機の機械からも火花が散る無残な空間には、竜昇の知る、あの赤い核を持ち、黒い煙上の魔力で肉体を形成したエネミーの姿はどこにも視認できなかったのだ。


 代わりにその場所にいたのは、あまりにも予想外の三人の人影。


 左手の壁面、なにかの広告なのだろう、看板が並ぶその場所に一人、明らかに竜昇たちよりも年下と見える少女が一人磔刑に処されている。

 恐らくは中学の制服なのだろう。若干体よりサイズが大きい、女子用の制服の上から魔法使いのローブの様なものを羽織った中学一年生くらいの少女が、意識を失ったぐったりとした様子で、その両腕を鎖の様なもので壁につながれ、吊るされていた。


そして正面、改札から階段までのちょうど中央のその位置で一人の男性が頭から血を流して倒れている。

 年のころは、こちらは大体三十代半ばと言ったところだろうか。筋肉質な体を白いワイシャツと黒いスラックスで固め、その上からなぜか各所に鎧の様なものを装着した男性が、右手に武器だったであろう、砕けた片手斧を握ったまま倒れ伏し、こちらも意識を失っていた。


 そして、その倒れた男を見下ろす位置で、今しがたこのフロアに飛び込んできた竜昇たちへと注意を向ける男がもう一人。


「サインディ、……レァ、エイリィ、ローリスタ?」


 険しい視線、怪訝そうな表情、そして通じない言葉。

 だがそれらよりも、竜昇たちが注目したのはその姿だった。

 他でもない、先ほどスマホに届いたメッセージで、写真に写っていたのと寸分たがわぬその男。


 槍とデスサイズと錨を足し合わせて作ったような武器を携え、全身を竜昇たちとは明らかに違う、統一された武装で固めた、その名をハイツ・ビゾンと記されていたそんな男が、その身から発せられる濃密な敵意を隠すことすらせずにそこにいた。

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