75:二人の道行き
雷と竜巻が激突する。
互いが持てる最大火力。あらん限りの魔力を一点集中で激突させて、それによって生まれる衝撃波が広いとはいえ密閉された空間である体育館内に吹き荒れる。
雷光が竜巻を食いつぶす。吹き荒れる黒煙の魔力が片っ端から蒸発し、内部に取り込まれていた燃える魔球たちが次々に爆発して、雷光がその電力を使い続けながらやがて渦巻く雲の中心へと突き立てられる。
(――ぐ、うぅ――!!)
急激な虚脱感に膝が崩れ落ちそうになる。
最大の一撃を放つため、全身から魔力を絞り出してしまったことで、竜昇の体が急激な脱力感に襲われて倒れ伏そうとしているのだ。
室内を荒れ狂う衝撃波が竜昇を襲う。二つの巨大な魔法の激突、それによって発生した空気の暴力に押し倒されまいと必死で抗いながら、竜昇は魔本に意識を集中させて雷光の制御にも全神経を傾ける。
ここで制御を誤る訳にはいかない。いかに最大火力を注ぎ込んだとしても、相手の黒煙の盾を撃ち抜ける保証はどこにもないのだ。相手をこの一撃で仕留めるためには、どうしてもこの巨大な魔力の電力を、一点集中で制御しきる必要がある。
(――う、ぉ――!!)
ガクリと、竜昇の体が傾く。
ついに膝から力が抜けたのだと、すぐさま状況をそう理解して、同時に魔本から意識がそれかけたことで魔法の制御すら危うくなりかけて――。
「――互情、さん――!!」
倒れかけたその体が、真横にいた静によってどうにか支えられた。
「――もう少し、です」
見れば、静も今にも倒れそうな状況だった。
やはりと言うべきか、例え静をもってしても【迅雷撃】一発分の魔力消費は体への負担が大きかったのだろう。
彼女自身も倒れそうになりながら、それでもこの暴風の中、竜昇の体に寄り添うようにして、どうにか支えて、ぎりぎり倒れないそんな状態を保っている。
「あともう少しです、互情さん――!!」
「――ああ、わかってる!!」
静に支えられて、竜昇は再び魔本に、魔力の制御に全神経を傾ける。
渦巻く黒雲に突き立った雷の光条が、その電撃を相殺され徐々に細くなりながら、それでも一筋の光となって黒煙の壁を突き進む。
時間としては数秒もかかっていない。しかし竜昇たちの体感ではあまりにも長い、体育館の天井を目指す雷光の進撃はやがて――。
「届けぇッ!!」
ほんの一筋。元の【光芒雷撃】の、その雷球一発分の威力にまで減衰させられた光条が、それでも赤い核を正面から貫いて、決して壊れることの無い校舎の天井に焦げ跡を付けたことでその短くも長い旅路を終えた。
「――ハァ、……ハァ、……ハァ」
暗い体育館を闇に包んでいた煙が消える。
窓から仮想の星と月の灯りが差し込んで、静かな体育館の中に二人の人間だけが残される。
「やりましたね、互情さん」
「ああ、やった」
言って、二人そろって体育館の床へと倒れ込む。
支え合い、寄り添い合っていた二人が、互いに相手をかばい合うようにしながら、力尽きたようにそろって床上へとその身を投げ出した。
もしかしたら、ほんの一瞬ほど気絶していたのかもしれない。
そんな思考と共に竜昇が眼を開けたその瞬間、眼の前のすぐ間近に静の顔があった。
「――わッ、と、悪、いぃ……?」
不意打ちで目にすることとなった整った顔立ちに慌てて起き上がろうとする竜昇だったが、しかし体にうまく力が入らず、再び力が抜けてその体重を体育館の床へと預けることとなった。
その様子に、眼の前の静がクスリと笑いながら忠告をくれる。
「あまり動こうとしない方がいいと思いますよ。私もそうなのですが、魔力を使い切ったせいかまともに動けません。正直今は起き上がるのも億劫です。ここはおとなしくこのままで回復を待つべきかと思いますが」
「いや、けどこのままでって小原さん……」
頬の熱が相手に悟られていないことを祈りながら、思わず竜昇はそんな言葉を口にする。
なにしろ今の二人の態勢は、直前まで支え合い、そのまま相手をかばうように倒れた影響なのか、ほとんど抱き合う寸前のような状態で広い体育館の中に横になっているようなありさまなのである。
相手の吐息すら感じられるようなそんな距離で、動けるようになるまで待つというのは流石に少々心臓に悪い。
とは言え、それでも動けないのだからどんなに心臓に悪くてもどうしようもない。
高鳴る心臓を沈め、目を閉じて心頭滅却し始めた竜昇に対して、しかし静はまるでそうはさせるかとばかりに竜昇の頬へと触れてくる。
いや、別に彼女とて本当にそうはさせないなどと、そう思っていたわけではないのだろうが。
「えっと、小原さん?」
「互情さん、それなのですが」
「どれでしょう?」
「その『小原さん』という呼び方についてです」
会話の流れ故なのか、ますます近づいてくる静の顔からなんとか目を逸らす竜昇に対して、静の方はいつもと変わらぬ調子で、しかしどこか不満げにそんな言葉を口にする。
「以前から思っていたのですが、互情さんのその呼び方、どうにも少しよそよそしさのようなものを感じていたのです。この先いつまで二人で攻略を続けることになるかはわかりませんが、運命を共にすることになるパートナーなのですから、もっと気安く呼んでいただいて結構なんですよ?」
「気安くって……、例えば?」
「普通に名前で呼んでいただいて大丈夫ですよ。実際友人からは『しずか』とか、『しずさん』とか『しーさん』なんて呼ばれ方をしていますから。そもそも『小原さん』より静と呼んだ方が呼びやすいように思いますし」
言われて、どうしたものかとそんな迷いを覚える竜昇だったが、しかし実のところ、静の言う呼び方のよそよそしさと言うものには竜昇自身も憶えがあった。
否、よそよそしいというよりも、それは遠慮していると言った方が正しいのだろうか。
とにかく竜昇自身、なんとなく静に遠慮していることは一応自覚していたのである。
とは言え、この先、この命がけの道程が長い道のりを共に歩かなくてはならないことを思えば、そんな遠慮などしている場合ではないのかもしれない。
もちろん、最低限の礼儀は弁える必要があるだろうが、それでも無用な遠慮や気後れはこの場で廃しておくべきなのだろう。
なにしろ彼女自身が、こうして竜昇をパートナーとして認めてくれたのだから。
ならば竜昇には、彼女のパートナーとして、どんな時でも対等であり続ける必要がある。
「わかったよ、えっと、しずか」
「はい、竜昇さん。とはいえ、まだ少し声に硬さが残ってしまっていますね」
「まあ、たぶんしばらく呼び続けていればなれると思うから、それまでは少し多めに見てくれると助かるかな」
苦笑して、同時に竜昇は自分がの気分が少し高揚しているのを自覚した。
隣を歩きたいと、そう望んだ少女からパートナーとして認められたことは、どうやら竜昇にとってそうなってしかるべき大きな出来事だったらしい。
そうして、二人はようやく動けるようになったその後で、次なる階層へと出発するべく動き出す。
まずは体育館の外に出て、そこに置いてきた荷物を早々に回収、続けて先ほど体育館の核があった天井、その下あたりを捜索して、何らかのアイテムがドロップしていないかを確認する。
実のところ、敵の核がそうだったように、ドロップアイテムも天井に引っかかっていやしないかと密かに心配していた竜昇だったが、幸いにも捜索したその場所からそう離れていない場所に、一枚のスキルカードが落ちているのを発見することができた。
発見されたのは、半球状の魔力が人間を包んでいるような、そんな絵柄が書かれた一枚のカード。
一体何のスキルなのか、鑑定しなくては少々効果が予想しにくいそんなスキルカードが、今回の敵から得られた唯一の戦利品だった。
「まあでも、鑑定と話し合いはとりあえず後回しかな」
拾ったカードをしまい、周囲を見渡しながら竜昇は静とそんな会話を交わす。
この階層のコンセプトを思えばないとは思うが、一応この場所が敵地である以上、いつまた襲われるかわからないこの場所で話し合いをする気はない。
恐らくはこの階層のボスだっただろう先ほどの敵を倒した今、恐らくはある種の安全地帯というべき場所がこの近くにあるはずなのである。
幸い、その場所へとつながる扉は、体育館正面の舞台、その舞台裏付近であっさりと見つかった。
おなじみ、人が走る緑の看板、非常口の表示がある扉の一つが勝手に開いて、その向こうに暗黒の空間と、足元に輝くプレートの列という、次の階層への階段が見つかったのである。
「なるほど、これでこの階層はクリアですか。思えば最初の階層よりも随分と時間がかかったものですね……」
「最初の階層が数時間で、こっちじゃ二日近く過ごしているわけだからな……。これじゃあ一階までたどり着くのにどれだけかかるのか」
自分がいなくなった後家族や友人はどうしているのか、一週間やそこらでは済まないだろうこの旅路を終えた後、ちゃんとまともな、元の生活に戻れるのかなど、これまであまり考えないようにしていた懸念が頭をよぎる。
否、そもそもの話、このビルを無事に脱出できるのかさえ現状は不透明なのだ。竜昇の道行きはこの階段の足元のように頼りなく、そして決して楽観できない、この先の空間と同じ暗闇に満ちている。
と、ついつい竜昇の思考がそんな良くない方向に進み始めたそんなとき、扉の前に立ち尽くす竜昇の手に触れてくる体温があった。
「不安ですか、互情さん?」
その体温の主である少女からの問いかけ。一瞬、ちゃんと強がった言葉を返すべきかと、そう考えた竜昇だったが、しかし直後に思い直して今の正直な気分を吐露しておくことにする。
「まあ、不安だな。この先の戦いもそうだけど、長くかかりそうだと思ったら、帰れた後のこととかも正直いろいろと」
「……まあ、そうですね。私も正直その手の不安はあります。私自身、何となく自分が踏み外してしまったような、そんな実感がありますから」
自身の不安を正直に口にした竜昇に対して、静の方もそんな風に、自身の内心を率直な言葉でちゃんとこちらへと伝えてくる。
“踏み外した”という彼女の言葉には、いろいろと共感できる部分も共感できていないだろう部分もある竜昇だったが、しかし直後に彼女が発した言葉については竜昇自身間違いなく共感できる言葉だった。
「ですが、まあ、なんとかなるでしょう。なにしろ私には、心強いパートナーが付いているのですから」
「はは、それは光栄だな」
「頼りにしていますよ、竜昇さん」
「こちらこそ、だ。静」
互いに名前で呼び合って視線を合わせ、直後に二人はともに目の前の暗闇へと向き直り、一歩を踏み出す。
道行は険しく、行く先はいまだ不明なままで。
それでも、このパートナーとならばなんとかできるだろうと、そんな感覚が確かにあった。
これを信頼と呼ぶのだろうと、輝きを踏みしめるその瞬間、確かに竜昇はそう思った。
――おや、あんたかい。いったい何の用さね?
――んん? ああ、なんだ、バレたのかい。
――そう言いなさんなや。もとよりあたしらはそう言う間柄さね。それともなにかい? 私を粛正でもしてみるかね? “それができた奴がいないから”、私は今だにいき遅れているって言うのに。
――…………。
――そう怒りなさんなよ。むしろ好都合じゃないか。
――見たかい? 件の二人が次に出るのは例の階層だ。今まさに、奴らのうちの一人が来ているその場所さ。
――予定よりちと早いが、まあこうなっちまったもんは仕方ない。すでにもう戦いも始まっていることだしねぇ
――あんたが咎めるあたしの行いが吉と出るか凶と出るか、おとなしくその場で見ているといいよ。
――さあ、実戦投入だ。本当の戦いが始まるよ――!!
扉を開き、三つ目の階層の、その床を踏みしめたその瞬間。
まるで本来の機能を今さら思い出したかのように、二人のスマートフォンに着信のベルが鳴る。
あたかもそれは、新たなる戦いの開幕を告げる鐘のように。
二人が見つめるその画面に、これまでになかった一つの文を表示して。
『アラタナくえすとヲジュシンシマシタ』
互情竜昇
スキル
魔法スキル・雷:38→44
護法スキル:22→25
守護障壁
探査波動
治癒練功
魔本スキル:100
軽業スキル:12→19
バランス感覚
逆立ちの心得
装備
雷の魔導書
雷撃の呪符×5→4
静雷の呪符×5
迅雷の呪符×1
小原静
スキル
投擲スキル:25→33
投擲の心得
纏力スキル:31→35
一の型・隠纏
二の型・剛纏
三の型・鋼纏
四の型・甲纏
嵐剣スキル:12→16
風車
突風斬
歩法スキル:13→17
壁走り
装備
始祖の
磁引の十手
武者の結界籠手
小さなナイフ
染滴マント
雷撃の呪符×5→4
静雷の呪符×5
迅雷の呪符×1→Lost
保有アイテム
集水の竹水筒
思念符×76
【??スキル】スキルカード
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