74:黒雲を穿つ

 無明の闇を雷光が撃ち払う。


 中空へと打ち上げられ、巨大な電撃を撃ち込まれた六発の雷球が、その電撃のエネルギーを六方向へと拡散させて、六条の雷が周囲の闇を焼き尽くす。

 否、その雷を現すに置いて、六条という表現は決して正しくはないだろう。


先ほど雷球に【雷撃】の魔法を撃ち込み、強化して放った【光芒雷撃】の一撃は、それでもまだかろうじて一直線の極太レーザーの形を保っていたが、今回は六分割とは言え上乗せした電撃の総量が桁違いだったためか、放たれた雷撃は一条の光線の形にはまとまらなかった。

 結果として生まれたのは、六方向というより全方位を蹂躙する巨大雷撃。

 六芒星というよりも六花の名を冠した方が相応しい、まるで広げられた六枚の花弁の様な巨大な雷魔法が、周囲の黒煙とそれに隠れ潜んでいた影の選手たちを諸共のみ込み焼き尽くした。


 当然、雷の閃光が収まり、その後に残されるのは、黒い霧が大きく削られて幾分見晴らしがよくなった体育館の内部の光景だ。


 そして、そうなれば当然見えてくるものもある。


「――よう、そんなところにいたのかよ」


 魔本へと魔力を注ぎながら、再び周囲に六発の雷球を生み出して光源とした竜昇は、同時に周囲を見渡し、最後に上を見上げてそう声をかける。


 その場所、体育館の天井にあるのは、まるでよどんだ空気のように天井付近に溜まった黒煙の雲。

 そしてその中央、煙による闇が薄れて、ようやく見えるようになった、天井で赤く輝く敵の核の存在だった。






 思えば体育館が舞台という時点で、その核の居場所は予想してしかるべきだったかもしれない。

 ある意味では怪談以上に体育館につきものの、天井の鉄骨の隙間に入り込み、取れなくなってしまった球技用のボール。この体育館にもいくつか、というか異常な数散見するボールの数々のその一つに、煌々と輝く赤い核が一つ紛れ込んでいたのだ。


「なるほど、考えてみれば体育館の怪談と言えばボールがらみと相場が決まっていましたね……。まさか天井にはまり込んでいるとは思いませんでしたが……」


「普通に探してたら見つからない所だったよ。てっきり体育倉庫とか、そっちにあるんだろうと思ってたからな」


 言いながら、同時に竜昇はその核の隠れ場所を理に適っているとも感じ、納得する。

 天井に輝く核がハマりこんでいるというのは、確かにこうしてみると目立って見つけやすいように思えるが、それはあくまで黒煙が薄れているからこそ言える話だ。

 体育館中を満たすような黒い魔力で視界を遮り、その赤く怪しい輝きを隠せるのであれば、下手に体育倉庫などに隠れられるよりも上方というのは見つけにくく、そして攻めにくい。


 これまでの敵の中にも、やたらと背が高く、通常の武器では核のある頭部を狙いにくいという相手は何体かいたが、今回の相手はある意味ではそれ以上に厄介だ。

 なにしろ敵がいるのはただでさえ高い体育館の、その天井の鉄骨の間である。

 静の武器による攻撃は投擲を除いてほぼほぼ届かない高さにあるし、かといって核を下まで引きずり下ろすこともこの場合はできない。

 残る手段は竜昇の魔法による攻撃だが、相手には黒い煙による盾があるし、それを突破するだけの火力を用意させないための攻撃手段も向こうには、ある。


「どうやら、向こうも居場所を暴かれたことで本気になったようですね……」


 静のそんな言葉の通り、天井付近で生き物が鳴くような、あるいは風がうなるようなそんな音がして、淀んでいた黒い煙が勢いよく渦を巻く。

 同時に天井にはまり込んでいた異常な数のボール、それらに一斉に赤い炎が灯り、ハマりこんでいた鉄骨の隙間から抜け出るようにして空中へと解放される。

 渦巻く黒い煙が火のついたボールを受け止める。

 受け止め、渦を巻く魔力の、その渦の中に巻き込んで、やがてその渦を生み出していた黒い煙がそのうちに大量のボールを内包したまま、黒い竜巻となって竜昇たちの元へと襲い掛かる。


「走ってください、互情さん――!!」


 言われるまでもなく走り出した竜昇の背後、直前まで竜昇がいたその位置を、ボールを巻き込んだ黒い竜巻が通過する。

 空気がうなる音と共に通過した竜巻は、その先でかろうじて先ほどの雷撃から逃れ、障害物として残っていた跳び箱を飲み込むように直撃して、竜巻の中に内包されたボールの嵐が跳び箱を粉砕してその破片を竜巻の構成要素として取り込んだ。


 その破壊に、タイムラグの様なものはほとんど見られない。

 ほとんど障害物に直撃すると同時にその障害物が木端微塵になり、竜巻の殺傷力を上げる構成要素として飲み込まれたようなありさまだった。

 そのまま体育館の壁へと直撃し、飲み込んだ破片やボールを周囲にバラ撒きながら、そうしてようやく竜巻はその姿を散らして消滅する。


「――ッ、あんなもん、シールドでも防ぎきれないぞ」


「仮に防ぎきれたとしても、一度捕まったらそれで終わりです。一撃では破れなくとも、捕らえたうえで破れるまで攻撃すればそれで済む話ですから」


 まるで本物の竜のように、空中をうねりながら破壊を振りまいた竜巻の姿に、竜昇は静とそんな会話をしながら背筋を凍らせる。 


 幸い黒煙が晴れて視界が効くようになったことで体育館内はそれ相応に逃げやすくなったが、かといってこのままでは捕まるのは時間の問題だ。こちらが捕まるその前に、何としてでも天井の核を攻撃、破壊して、この敵を倒してしまう必要がある。


「小原さん、攻撃する。フォロー頼む!!」


 次の攻撃にまでまだ間があるのを確認し、竜昇はすぐさま静にそう呼びかけて周囲の雷球へと意識を飛ばす。

 やるならグズグズしてはいられない。持久戦などこの敵を相手にはもってのほかだ。竜昇たちに勝ち筋があるとするなら、相手にこれ以上の攻撃の隙を与えずに一撃で相手を仕留めるよりほかにない。


「集中――!!」


 かざした手の先、周囲に浮かべていた六つの雷球を一つに合わせる。

 同時に、竜昇自身も左手に握る魔本から【分割思考】のプログラムを起動。さらにはポケットから呪符をも取り出してそちらにも魔力を注ぎ込み、即座に用意できるありったけの電気を目の前で一つとなった雷球へと注ぎ込む。


二重起動ダブルブート――【雷撃ショックボルト】」


 威力は【雷撃ショックボルト】八発分。性質は貫通。自身で生み出した、記憶にない魔法に名前を付けて、その名と共に竜昇は核へと目がけて手の先の雷の槍を解き放つ。


「【八亡光槍雷撃オクタ・スピアボルト】」


 放たれた光条は、雷球一つに電撃一発をくわえた時よりも、やはりと言うべきか遥かに太く、強大なものだった。

 通常の光条など比ではない、竜昇の両腕でも抱えきれない極太の電撃レーザー。だがそんな一撃を、それでもこの体育館を支配する敵は黒い煙を使って受け止める。


「なに――!?」


 煙が集中する。電撃の向上を阻むべく、まるで竜巻をぶつけるかのように。

 竜昇が用意し、一点集中でぶち込んだ八倍電撃の光条を、同じく一点に集中させた黒煙の渦によって力技で相殺する。

 そして敵が打つ手は、単にこちらの攻撃を相殺するという、それだけのものでは終わらない。


「反撃が来ます――!!」


 天井付近、渦巻く黒煙に巻き込まれるように鉄骨に挟まっていたボールが開放され、それぞれが炎を纏ってまるで流星群のように竜昇たちの元へと撃ち込まれる。

 先ほどのボールを取り込んだ竜巻ともまた違う、燃える魔球による怒涛の絨毯爆撃。

 それに対して、竜昇たちが取れる選択肢は事実上逃げの一手しかありえない。


「クソッ、防御系の魔法がもっと欲しいッ!! 遮蔽物無しでこんな攻撃、いつまでも逃げきれないぞ」


「周囲にあった遮蔽物なんて全て吹き飛んでしまいましたからね」


 恐らくはもともとは竜昇の望むような遮蔽物だったのだろう。よくよく見れば周囲の床には、砕けた跳び箱の欠片やバレーボールなどのネットを張るのに使う鉄製のポールなどの残骸が至る所に散見している。恐らく先ほどの竜昇の全包囲攻撃や敵の魔球によって、その全てが破壊されてふっ飛んでしまったのだろう。

 とは言え、そのことについては竜昇もさほど後悔していない。そもそもそんな攻撃で木端微塵になってしまうようなものが遮蔽物になったとも思えないし、恐らくそれらの本来の用途は、暗闇の中での竜昇たちの足止めだ。その意味合いは遮蔽物というよりも障害物に近く、むしろ積極的に破壊しておいたがゆえに、現状はまだ逃げやすくなっていると言ってもいい。


 とは言っても、やはり何の遮蔽物もない中で絨毯爆撃染みた攻撃から逃げ回るのはやはり限度がある。


「――ぐッ!!」


 背後で爆発が起こり、それによってバランスを崩した竜昇が破片だらけの床へと転倒する。

 それでもすぐに起き上がり、立って走ろうとするが、その行動は直後に走った足首の痛みによって阻まれた。

 どうやら転倒した際に、無理な力がかかって捻ってしまったらしい。


(――なッ、まずい。これじゃもう走って逃げることも――!!)


 思い、すぐさま【光芒雷撃】を発動し、雷球で迫る魔球の爆撃を相殺しようとするがそれすらも間に合わない。

 怪我を負ったこと出遅れた対応がそのまま致命的なものとなり、押し寄せる魔球に竜昇のみが爆破されそうになって――。


「――互情さんッ!!」


 その直前、魔球と竜昇の間に静が割り込み、すぐさまシールドを展開して魔球の爆発をどうにか受け止める。

 着弾によってあっさりとひび割れ、直後の爆発によってシールドが粉々になるまでの僅かな隙に、静が全身に赤いオーラを纏い、足裏を爆発させる【爆道】の技を使用して、一瞬で竜昇を抱え上げて致死の領域から離脱する。


「小原さん、駄目だ――!! 人一人抱えてたらいくら強化してても逃げきれない――!!」


「だから何だというのですか――、くッ!!」


 【剛纏】による身体強化と、驚異的なバランス感覚で竜昇を抱えたまま走っていた静が、しかし横合いに着弾した魔球の爆風を浴びて竜昇諸共その場で転倒する。

 二人そろって破片だらけの床を転がって、しかしそんな二人に対する止めの一撃は降っては来なかった。


「球切れか」


 見上げて、竜昇はすぐさまトドメの爆撃がこない、その理由を理解する。

 どうやら敵も天井に集めていたボールを使い切り、こちらへの攻撃ができなくなってしまったらしい。

 とは言え、その問題は生憎とすぐさま解消されるようだった。

 見れば、黒煙の竜巻が竜昇たちのいる位置から遠く離れた体育倉庫へと飛び込んで、けたたましい音と共に中から大量のボールを略奪して来る。

 どうやら、先ほど一度見せたあの魔球仕込みの竜巻で、二人まとめて木端微塵にするつもりらしい。


「互情さん」


 敵が用意する最大級の攻撃、そして今だ天井付近で渦巻く黒煙の壁を前にしながら、それでも静は臆することなく竜昇の隣で立ち上がる。

 その手にあるのは、竜昇が作って渡した一枚の呪符。


「それは――!!」


 呪符に刻まれた術式を目の当たりにして、竜昇は即座に静の考えを理解する。

 確かに、現状を打破できる手段があるとしたらもうそれしかない。だが同時に、その手段は酷く不確定で危うい賭けだ。竜昇たち自身がうまくやれる保証もなければ、それで確実にこの状況を打破できる保証もない。

 そしてそれは同時に、失敗すればその時点で二人に生存の手段はもうないことも意味している。


「――いいのか?」


 だからただ一言、竜昇はそう問いかけた。

 竜昇はもう逃げられない。

 足を負傷し、走ることができなくなった竜昇は、ただでさえ逃げ切れるかどうかも怪しい敵の攻撃からの逃走手段を完全に失った。もしも竜昇がここから生き残れる手段があるとするならば、静が今持ちかけているその手段を採用するよりほかにはないだろう。


 だが、静に関してはそうではないのだ。

 特に負傷することもなく、【歩法スキル】による逃走手段を持つ彼女だけならば、恐らく今からでも扉に向かえば逃げ切れる可能性は十分にある。


「互情さん、貴方は、私のパートナーです」


 それがわからない静かではないだろう。

 それでも静は竜昇に対して返事と共にその手を差し伸べて来た。


「私は、貴方のパートナーです――!!」


「――わかった」


 取った手を通じて、静から竜昇へと魔力が流れ込む。

 ここに来るまでの間、【静雷撃】を使う際に何度も行った魔力の融通。

 静から渡された魔力を竜昇が受け止めて、その魔力にさらに竜昇の魔力を加えて魔本の中へと流し込む。

 すでに地道にため込んでいた魔力と合わせて、二人がかりのチャージによって魔本の中はすぐに最大まで魔力が満ちた。

 竜昇の中の魔力も、すでにその大半が回復している。それは恐らく、眼の前にいる静も同様だろう。

 後は竜昇自身が最後に腹をくくるだけ。


「賭けに乗ってくれ、小原さん」


 静の手を借り、痛む足を押して立ち上がる。左手で呪符を構える静の横に並んで、竜昇自身も周囲にあった六つの雷球を一つに集めて、生まれる大型の雷球へと向けて右手をかざす。


 彼女の横に並び立つように。


「二人分の命がかかった、この賭けに――!!」


「――貴方とならどこまでも」


 爆撃を内包した竜巻が降って来る。

 敵の最大の攻撃が、その向こうに盾を構えた敵の命を伴って。


「【充填魔力マナプール】解放――!!」


 それに対して竜昇たちが行うのは、回避や防御でもなければ絡め手でもない。

 二人の全力、それらをすべて注ぎ込んでの最大攻撃。


「「【迅雷撃フィアボルト】――!!」」


 瞬間、視界が閃光で真っ白に染まる。

 静が呪符から放った通常の【迅雷撃】に加えて、竜昇が魔本と自身の中のありったけの魔力を振り絞って撃ち出した、通常の倍の量を込められた【迅雷撃】が目の前にあった雷球へと直撃し、合計で【迅雷撃】三発分の電力を吸収した雷球がその大きさを一気に拡大させる。


(ぐ、うぅぅうぅぅうううッッッ!!)


 魔本と脳裏に、強烈な負担を感じる。

 先ほどのように電撃を無用に拡散させるわけにはいかない。

 二人で捻出した全魔力を全て一点に集中させるべく、竜昇は【光芒雷撃】の術式を通じて注ぎ込んだ巨大な雷撃を必死の思いで制御する。

 狙い撃つは竜巻と雲の向こう側。赤い星のように輝く、敵のいのちのその一点。


「――【六芒三柱迅雷砲ヘクサ・トリニティカノンボルト】」

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