53:二つの道
どちらが習得するかという最大の問題はさておいて、まずは二人でスキルの内容を把握しておくことにした。
「えっと、こっちの【歩法スキル】で発現してるのは、とりあえず【壁走り《ウォールラン》】って技一つだけみたいだな」
「階段の時のあのピアノの壁走り、あれが【歩法スキル】の技だったのですか……。
こちらの【嵐剣スキル】は【突風斬】と【風車】の二つですね。察するに、【突風斬】の方があの切り結んだ時に相手を吹き飛ばす技、【風車】がこの胸の傷をつけてくれた気流の刃の技でしょうか」
「あの接触破壊の技が無いな。あれはまた別のスキルの技だったのか?」
とりあえず二人でドロップしたスキルカードを鑑定し、習得できる技を確認してその内容を吟味する。
幸い、どちらのスキルの技もグランドピアノと人体模型、ドロップした敵がそれぞれ実演して見せてくれていたため、その内容を推し量るのはさほど難しくなかった。
もっとも、あのピアノの壁を走る能力がスキルによるものだったことには少々驚きは感じたが。
「察するに、【歩法スキル】は普通に機動力を上げるタイプのスキルなんだろうな。技が一つしかないから続けて発現する技については予想するしかないけど、歩法って言うと相手との距離を詰めるとかのイメージもあるし、速く走ったりって言うスキルの可能性もあるか」
「なるほど、でしたらどちらかと言えば接近戦に使うイメージでしょうか? いえ、互情さんが習得して敵から逃げながら魔法を撃つ、という使い方もできるのかもしれませんが……」
「いやぁ、やっぱりここは接近戦で使うのが王道だろうな……。けど、どちらかというと先に問題にすべきなのはやっぱり【嵐剣スキル】だな。これをどちらが習得するかで【歩法スキル】の処遇も決まって来るし」
そう言って、竜昇は静のスマートフォンを受け取って、自分の眼で【嵐剣スキル】についての記述を読み返す。
【歩法スキル】も重要ではあるが、しかし今先に決めるべきはやはりこの【嵐剣スキル】だ。なにしろこの不問ビルに入ってから初めてドロップした剣の、もっと言えば接近戦向けのスキルである。これからのことを考える意味でも、このスキルをどちらが習得するかは非常に重要な問題になって来る。
「方針としては二つに一つだ。【嵐剣スキル】を俺が習得して、近接戦ができない俺の弱点をつぶして魔法剣士型のビルドにするか、あるいは小原さんが習得して小原さん自身の接近戦能力を強化、攻撃力不足を補って、接近戦での選択肢に幅を持たせるか、だ」
「なるほど。どちらを取っても一応どちらかの弱点を補うことにはなる訳ですか」
二つの選択肢を吟味して、静と竜昇はそれぞれの選択肢の是非をしばし二人で吟味する。
竜昇自身としては、自分が接近戦ができないことに対して若干の負い目のようなものを覚えていたためこの【嵐剣スキル】の存在には非常に魅力を感じているのだが、しかし一方で、これまで接近戦系のスキルを一切持たず、むき出しの才能だけで戦ってきた静に対して、こうした剣術系のスキルを習得させたいという思いも同時にある。加えて言うならば、彼女がこうしたスキルを習得していれば、あるいは今のようにここまで負傷することもなかったのではないかと、そんな考えも頭の片隅に存在している。
「そう言えば、これは一つ確認なのですが、先ほど互情さんが言っていた【魔本スキル】、というより、その【雷の魔導書】の機能である【
「見切りの能力について小原さんに見事と言われるのは何とも複雑な気分だけど……。でもまあ、あれについては正直緊急回避的な使い方しかできないかな。何というか、効果時間が酷く短いんだ。
あれは言ってしまえば、脳機能を滅茶苦茶に酷使するようなものだから、いきなり鼻血を出して倒れるみたいな過激な副作用はないにしても、長く使いすぎると脳ミソに疲労を感じるし、そうなると集中力が落ちたりして、頭がうまく回らなくなって来る」
実際にあの機能を使ったのは先ほどの戦闘ただ一回だけだが、それでも竜昇はあの機能を使った直後、若干頭が重くなったような、そんな感覚を確かに感じていた。
短時間の使用だったがゆえにたいした反動はなかったのだろうが、あれを長時間使い続ければ軽くない副作用があるだろうことは想像に難くない。
「だから、安全に使おうと思ったら使えるのはせいぜい数秒、相手の攻撃を一度だけ躱して、カウンターの一撃でも撃ち込めればそれで御の字ってところだろうな」
「なるほど。そうなるとやはりこの機能で接近戦はできないということですか」
竜昇の言葉を聞いて、静は特に落胆した様子もなく、淡々と現実を受け止めるように考え込むようなしぐさを見せる。
とは言え、少し迷いはあったものの、少し考えただけで竜昇の中ではもうこのスキルの処遇について結論が出てしまっていた。
「まあ、でもやっぱりここは小原さんにこの【嵐剣スキル】を習得してもらうのが妥当だろうな」
「……よろしいのですか? 確かにその方が私としては助かる話ではありますが……。互情さんにとってもこの手のスキルは有用なはずですし、【魔本スキル】の代わりにと考えているならばその必要はありませんよ?」
「いや、そうじゃない。理由はいくつかあるけど、そもそもの話、ここでこのスキルを習得したとしても、二人で接近戦を行うにはまず武器が足りない」
【魔本スキル】を習得したが故に遠慮したのかという、静の様相をきっぱりと否定して、竜昇は静が【嵐剣スキル】を習得するべきと判断した、その理由を口にする。
実のところ、【嵐剣スキル】を習得するうえで、竜昇が一番問題視したのが現状の武器の不足だ。
先ほどの戦いで、静は投擲に使っていた古銭と、そしてメインウェポンである【加重の小太刀】をまとめて喪失してしまった。
加えて竜昇の方も、二丁あった石斧と、石槍一本をあの二宮金次郎像との戦いで喪失している。
現状残っている武器はと言えば、静の手元に十手があるほかは、投擲に使う小さなナイフや思念符、後は接近戦には使えない魔本と、武器として使えるかもわからない【神造物】なる石刃一つしかない。
一応、嵐“剣”スキルと言いつつ骨棍棒でも使えていたことを考えれば、剣どころか刃物でなくとも使えるスキルである可能性は高いわけだが、そもそも刃物はおろか武器そのものが少ない現状ではそんな予想すらなんの意味も持たないのだ。
「近接戦闘用のスキルは魅力的ではあるけど、そもそも近接戦用に使える武器が無い現状、前衛を増やすことには大した意味がない。先のことを考えれば必要なスキルではあるんだろうけど、現状はまだ今を生き残ることを優先してスキルを配分するべきだろう」
加えて言うなら、先ほど静が魔本スキルを欲しがらなかったのと同じような理由もある。
先ほど静は本を片手に戦うわけにもいかないと、冗談交じりにそんなことを口にしていたわけだが、実際のところそれは竜昇が近接戦闘用のスキルを習得しても当てはまる話であるのだ。もちろん、魔法戦と近接戦を状況によって使い分けるなど、まったく両立できないというわけではないのだが、しかし魔法戦専用とも言える魔本スキルと近接戦用のスキルは、両立するのが非常に難しい、いわばアンチシナジーな関係性のスキルであるとも言える。
ならばこの場は静に【嵐剣スキル】を譲って、竜昇は今回新たに手にした【魔本スキル】と【
「あとは、もう一つの【歩法スキル】の方だけど、俺が接近戦を行わない以上は、こっちも小原さんが習得するべきだろう」
そう言って、竜昇は持っていた【歩法スキル】のカードもまた、習得を促しつつ静の方へと差し出した。
対する静も、聞かされた竜昇の判断に異論はなかったらしい。
「……わかりました。それではありがたく、この二つのスキル、私が頂戴いたします」
少しの沈黙の後にそのカードを受け取り、静はすぐさま自身の持つ【嵐剣スキル】のカードに竜昇から受け取ったカードを合わせ、自分のスマートフォンをそれらに向けて習得ボタンをタップする。
直後、二枚のカードが立て続けに光の粒子に替わり、暗い保健室の中を照らしつつ静の体の中へと消えていく。
二つのカードが跡形もなく消え去って、替わりに静の持つスマホの画面に、二つのスキルと三つの技が新たに加わった。
互情竜昇
スキル
魔法スキル・雷:26→35(↑↑)
護法スキル:13→18(↑)
守護障壁
探査波動
治癒練功
魔本スキル:89(New)
装備
雷の魔導書
小原静
スキル
投擲スキル:12→20(↑)
投擲の心得
纏力スキル:9→25(↑)
二の型・剛纏
三の型・鋼纏
四の型・甲纏
嵐剣スキル8(New)
風車(New)
突風斬(New)
歩法スキル6(New)
壁走り(New)
装備
磁引の十手
武者の結界籠手
小さなナイフ
加重の小太刀→Lost
永楽通宝×10→Lost
雷撃の呪符×3→Lost
静雷の呪符×2→Lost
保有アイテム
集水の竹水筒
思念符×76
石斧→Lost
石槍→Lost
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