52:魔本スキル
結局、服の問題に関しては竜昇のジャージ、その上着を貸す形でどうにか決着をつけることにした。
竜昇の方も、ジャージを貸してしまうとTシャツ一枚になってしまう訳だが、現状はもはやそうも言っていられない。
なにしろ、静の着ていた霧岸女学園の制服は、鬼火の爆発に巻き込まれた際にあちこちがひどく焼け焦げ、加えて人体模型の技によって全面を切り裂かれたため胸元が丸見えになってしまっているのである。
しかも、今の静は胸元に直接包帯を巻きつけているため下着をつけていない。
一応、包帯自体が隠している面積は普通に下着をつけるよりも広くなっているし、竜昇自身、極限の精神状態の中でもしっかりと縛ったつもりなので簡単に解けるとは思っていないのだが、それにしたとて今の静の格好はあまりにも目の毒だ。竜昇のジャージとて上の階層で左袖が無くなってはいるが、それでもないよりは幾分マシだと判断したのである。
(……できれば、スカートの方も何とかしたかったんだけどな)
上着と同様に焼け焦げて、包帯の撒かれた太腿が大胆に覗くその光景から必死に目をそらしながら、竜昇は頭の中でそんな紳士的なことを考える。
とは言え、上はジャージを貸してなんとかなっても、流石に下の方はどうにもならない。
まさか竜昇がはいているジャージのズボンを貸し与えるというわけにもいかないのだ。これに関しては、もはやどこか別の場所で着替えを調達するよりほかにない。
これについては、静の方も同じ考えだったのだろう。竜昇のジャージに袖を通して我が身の姿を見降ろしながら、露出に関しては大して気にしているようでもない、冷静な声で自身の現状に嘆息する。
「やはり我ながら酷い格好ですね。早々にどこかで着替えを調達したいところですが、替わりの制服や体操服など、学校ならば購買などに置いてあるでしょうか?」
「さあ、それはさすがに行って見なくちゃわからないと思うけど……」
あらん限りの自制心で目をそらしながら、竜昇は同時に先ほど物色した際に、この部屋には少なくともこれ以上竜昇たちが求めるものはないようだったことを思い出す。
一応静が手当に使った薬や包帯など、この先も使えそうな手当の道具はありったけ鞄に詰めておいたが、やはりと言うべきなのかそれ以外に必要な食糧や衣服の類は全くと言っていいほど見つからなかった。食料についてはともかく、衣服については少し期待していたのだが、そちらも白衣一枚見つからず、完全に当てが外れた形になる。
とりあえず、休ませる意味もあって静にはベッドに入ってもらい、まるで上半身を起こした入院患者と、それを見舞う見舞客のような立ち位置で話し合いを行うことにする。ちなみにその本当の狙いは一番見えては不味いだろう静の腰から下をベッドの布団で隠してしまうことだった。いくらなんでも見えるか見えないかという危うい服装のままでは竜昇にとっても話しづらい。
「あとは【治癒練功】で怪我の治りを速めて対応するか……。とりあえず小原さん、手を――」
「おや、接触面が多い方が【治癒練功】は効果を発揮しやすいのですよね。せっかく大義名分があるのに手だけでよろしいのですか?」
「ことあるごとに危うい発言を挟んでくるのやめてくんないかなぁっ!!」
思わず竜昇が突っ込むと、静がどこか楽しそうにクスリと笑う。その様子を見る限り、少なくとも静のメンタルに怪我による影響はほとんどないようだった。
というか、こちらの階層に来てからというもの竜昇との会話がやけに楽しそうですらある。
「さて、冗談はともかくとして、とりあえず互情さん、【治癒練功】の方、お願いできますか?」
そう言って、言葉通り静の手が竜昇の方へと差し出され、竜昇もその手に自身の左手を重ねて、目を閉じて自分と二人の体内の魔力へと干渉を開始する。
欲を言うならば静の言う通り、もう少し接触面が多い方が干渉はしやすかったのだが、しかしスキルレベルが上がった今、この程度の接触箇所でもそれほど治癒を施すのに苦労はない。
自分の体、そして静の体の魔力へと順番に干渉して同調させ、竜昇はその魔力の色を順番に治癒を促進する形へと染め上げる。
体温が上昇する感覚を覚えながら集中を解き、目を開けて目の前の静を見ると、静の方も自分の中の魔力の変化になれて来たのか、吐息と共に緊張を解き、その表情を若干リラックスしたようなものへと変化させた。
とは言え、治癒を行う間、ずっとリラックスしているだけという訳には流石に行かない。
「……フゥ。さて互情さん、とりあえずこのまま治癒を続けながら、今回の戦果や今後の話などしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。時間もいつまで猶予があるかわからないし、できるうちに互いの持ち札については話し合っておこう」
枕元に置いたスマホ手に取る静に対し、竜昇の方も荷物の中の自信のスマホへと手を伸ばす。
次にいつ来るとも限らない危機に備えて、二人はほとんど同時にスマホの中からステータスの画面を呼び出した。
【魔法スキル・雷】のレベルが26から35にまで上昇。
【護法スキル】のレベルが13から18へ上昇。
【魔法スキル・雷】に新術である【
そして最後に、新たに習得した【魔本スキル】の出現。レベルは何と89。
それこそが竜昇のステータス画面に起きていた、あまりにも大きな変化だった。
「これは……。魔法スキルのレベル上昇もさることながら、【魔本スキル】のレベルが尋常じゃなく高いですね。一体どうしてここまで一気に知識を引き出せたのでしょうか?」
竜昇のスマートフォンに表示されるそのレベルに、流石に静も驚いたらしく、竜昇に対してそんな問いかけをぶつけてくる。
ちなみに彼女の方のレベルは、【投擲スキル】がレベルが12から20へ、【纏力スキル】に至ってはレベル9から一気に25に上がっていたほか、先ほどのグランドピアノとの戦闘時に発現した【三の型・鋼纏】が表示されていた。そう言う意味ではこちらも結構なレベル上昇だと言えるわけだが、むしろだからこそ竜昇の魔本スキルの89という数字は、習得したてのレベルとしては有り得ない数値と言える。
とは言え、それはあくまでもこの魔本スキルのレベル上昇の、その理由を知らなければの話だ。
「ああ、いや。実のところ魔本スキルの場合は他のスキルとは事情が違うんだ。数字として表わすと89なんて大きな数字に見えるんだけど、そもそも魔本スキルは覚えることが少ないせいなのか、基本的なことを一つ覚えただけでこのスキルの知識の全体量は大半が習得できちゃうみたいなんだよ」
「覚えることが少ない、ですか? ……確かに、全体量が少なければ一つ主要な知識を覚えただけでも大幅なレベル上昇が起きるというのも頷けますが……」
竜昇たちがレベルとして扱っている数字が、実際には【スキル】によってもたらされる知識の全体量、その解放率なのではないかというのは以前にも話していたことだ。
そして習得してみて分かったが、【魔本スキル】はこれまで習得して来た他のスキルとは若干趣の異なるスキルだ。
これまでのスキルはレベルが上がることで魔法や技、特殊な能力の知識を得て、できることが増えていたが、【魔本スキル】によって与えられる知識は最初からほぼたった一つしかない。
その一つとは、要するに魔本と意識の接続の仕方だ。極論としていってしまえば、【魔本スキル】の知識は、それ一つを覚えるだけでほとんど完成してしまうのである。
「一応名称として、【
「あの、互情さん、そのスキルっていったい何の役に立つのでしょうか? いえ、実際に先ほどの人体模型との戦闘を見ている身としては、何らかの役には立っているとは思うのですが、そのスキルが一体どう作用したらあんな戦いができるようになるのですか?」
竜昇の話を聞いて、しかしどうにもその効果が理解できなかったのか、首を捻りながら静がそう問いかける。
彼女としても、先ほどの竜昇の戦いぶりを見てなにがしかの効果があったことは確信しているようなのだが、その効果の性質がいまいち掴めていないようだった。
対して、竜昇は問題のスキル、それを使う上で必要不可欠とも言える魔本、【雷の魔導書】を取り出して、そのページをめくりながら自身が習得したスキルの有用性を説明する。
「今【魔本スキル】で習得するのは【
「取扱説明書、ですか?」
「うん、そうだな、なんと言えばいいか……。ああ、しいて言うなら【魔本スキル】の習得は、スマホの基本操作を覚えるのに近いかもしれない。スマートフォンのスイッチの入れ方、タッチパネルの操作の仕方、そんな感じの、基本的な操作の仕方を覚えてしまえば、後は中にインストールされているアプリを使っていろんなことができる、みたいな」
「――ああ、そう言われると少しわかりやすいかもしれません」
持っていたスマホを見ながら思いつき、口にしたそんなたとえ話に、ようやく静は竜昇の覚えた、この【魔本スキル】の概要を理解する。
そして流石と言うべきか、一度そうしてとっかかりの部分だけでも理解してしまえば、その先に理解が進むのもそれ相応に速かった。
「では【魔本スキル】で使う魔本には、今の例えで言うところのアプリのような機能が、それぞれあらかじめインストールされている、ということになるのでしょうか?」
「そう言うことになる。例えばこの魔本、【雷の魔導書】に搭載されているスキルは、【遠隔操作】、【
「そんなにあるのですか? えっと、【
「ああ、それについてもちゃんと説明していくよ」
そう言って、竜昇はまず先ほど実際に使っていた、【遠隔操作】、【
残るは、唯一先ほど使う余地がなかった機能、【
「【
「魔力切れ、ですか? 私はまだ経験がありませんけど、マンモスとの戦闘の際に互情さんが陥っていた状態ですよね? 少し休んで体内に魔力を取り込んで安定させればある程度収まる症状、と言った知識が頭の中にもありますが、それが何か?」
「ああ、小原さんは俺みたいな思い違いはしてなかったんだな」
「思い違い、ですか?」
ゲームに疎い静は、むしろゲーム的な先入観がない分どうやらMP的な思い込みはしていなかったようだった。
どうやら静の方は魔力関係の知識を正しく引き出せていたらしいとそんな風に理解して、竜昇は魔力切れについて自分がしていた勘違いを静に対して報告する。
「なるほど……。互情さんはそんな勘違いをしていたのですか。そのあたり、私たちの間で認識の食い違いがあったのですね。
私としては、どうにも互情さんの言うところの息切れのような認識が最初から自分の中にあったような気がします。実のところ、先ほどの戦闘中に互情さんから頂いた【迅雷の呪符】を使いあぐねていたのも、そのあたりが理由でして」
「ああ、なるほど」
魔力についての二人の認識が一致してみると、静が先ほどの戦闘であれほど追い詰められていた状況で、それでも彼女が【迅雷の呪符】を使わなかった、その理由の一端にも理解が及ぶ。
「確かに、一発撃ったらあっさり魔力切れを起こしちゃうような魔法、危なくておいそれとは使えないよな。実際俺なんて、最初にこの魔法を撃った直後にはまともに動けなくなったくらいだし……」
「まあ、それについては今回倒れなかったところを見ると、コンディションというか、直前の魔力使用状態などにも左右されるのでしょうが……。どちらにしても、一発撃っただけで暫く魔力が使えなくなるというのでは迂闊に使用にも踏み切れません。私の魔力容量がどのくらいあるかはわかりませんが、いくらなんでも互情さんよりも極端に多い、ということはないはずですし」
「まあ、そうだろうな」
静の言葉に、竜昇も確証こそないものの、ある程度の推測でそれに同意する。
魔力容量と言えばファンタジックで理屈を超越したイメージがあるが、先ほどの息切れの例に習うなら、魔力容量というのはいわば肺活量だ。
ここまでスキル抜きで超人的な立ち回りを行っている静ではあるが、その肉体の性能はあくまで常人の域にとどまっていた。肺活量のように、魔力容量も鍛えることで増やせる可能性はあるものの、このビルに入るまで魔力の“ま”の字も知らなかった自分たちのどちらかが特別鍛えられているとも思えない。恐らく静と竜昇の魔力容量は、多少の差はあれどほぼ横並びと考えたほうが妥当だろう。
まあ、静の場合、実は竜昇などより莫大な魔力容量を持っていましたなどと言われても全く驚かないのだが。
「っと、魔力の話はこの辺にして、そろそろ話は戻るけど、要するに【
「それはつまり、あらかじめ本の中に魔力を溜めてそれで消費を肩代わりすれば、先ほど例に上がった【迅雷撃】を使っても息切れしなくなる、ということでしょうか」
「ああ、使い方はそれであってるよ。あとは、溜めた魔力を他の魔法に上乗せすることで、その分威力を底上げるような使い方もできるらしい」
とは言え、この機能についても欠点が無いわけではない。
この機能で溜められる魔力の量は、少なくとも竜昇の持つ魔本ではそれほど多くなようだったし、溜めた魔力にしても時間経過によって少しずつ漏出してしまうらしく、仮に最大まで溜めておいたとしても十分も放置すればあっさりと空になってしまよう。このあたりは魔本スキルによってもたらされた知識ではなく、【
「つまり、【
「そうなるな。うまく使えば、一発撃っただけで暫く魔法の使用が不能、下手をすれば倒れかねない【迅雷撃】のリスクをカバーできるわけだけど」
ならば戦闘前は戦闘中に魔力を溜めればいいという話ではあるのだが、しかし言うは易いがこれまでの戦闘を振り返るとそれが意外と難しいのは予想に難くない。
相手からの不意打ちがありうる以上、いつもいつも戦闘前に魔力を溜めておけるとは限らないし、かといって戦闘中にそんな猶予があるかと言われればそちらも疑問だ。やはり使用にはそれなりの戦略が必要になって来る。
とは言え、そうした制限を加味しても、この魔本スキルは相当に有用な能力だ。そしてそれだけに、竜昇の心には一点、どうしても引っかかっていることがある。
「……? どうかしましたか、互情さん」
「ああ、いや……、これは、やっぱり一言言っておくべきかなと、そう思ってさ。……その、悪かった、小原さん」
「はい……? えっと、すいません、なにについて謝られているのか、心当たりがまるでないのですが……」
「ああ、いや、一応、理由があったとはいえ、この【魔本スキル】をなんの相談もなく勝手に習得しちゃったからさ」
「ああ、なるほど。そのことですか」
竜昇の言葉に、静はようやく自分が謝られている、その理由に思いがいたったらしい。
どうやら彼女の方は言われるまでそのことをまるで気にしていなかったらしい。それどころか、わざわざそんなことで誤ってきたことに戸惑いすら覚えている節がある。
「別に、それについてはお気になさらなくて結構ですよ。そもそもこの【魔本スキル】というのは魔法を、それも手持ちの魔導書の性質を考えれば雷属性の魔法を習得している互情さんが習得しなければ意味が無いように思えますし、そもそも魔本はもともと互情さんの持ち物、【魔本スキル】を勝ち取ったのも互情さんだったのですから」
「いや、まあ、それでもだよ。一応これまで、習得したものは二人で話し合って分配していた訳だからさ、どんな理由であれ勝手に習得しちゃったんだから、やっぱり、さ」
こうしてスキルの詳細を確認してみても、【魔本スキル】が静よりも竜昇が習得すべきスキルであったことに疑いの余地はない。恐らく事前に話し合いができていたとしても、ほぼ間違いなくこのスキルは竜昇が習得する運びになっていただろう。
だがそれでも、これまで両者合意の上で分配していたスキルを、今回竜昇がかってに習得してしまったのは事実なのだ。そこにいかなる合理的理由があったとしても、それとは別問題として横紙破りを行った以上、それについて何か一言くらいあってしかるべきだろうというのが竜昇の考えだった。
「わかりました。そう言うことでしたら私もその謝罪を受け入れたうえで、互情さんのことを許しましょう。
ですから互情さん、この話はここまでで結構です。もとより私にとって、この【魔本スキル】はあまり取得しても意味の無いものですから。まさか手帳サイズとは言え、本を片手に武器を振るうわけにもいきませんので」
竜昇の意図を察したのか、静は竜昇の謝罪を受け止めたうえで、それで話を完全に完結させる。
竜昇の方も、静がそう言ってくれるのならばそれ以上の異論はない。もとより、勝手に習得したことへの筋を通すような意味での謝罪だったのだ。合理的判断をするならば、どちらにせよ竜昇がこの【魔本スキル】を習得するべきというのは竜昇の中でも一致した判断である。
むしろ判断がわかれそうなのは、これから議論する二つのスキル、【歩法スキル】と【嵐剣スキル】の方である。
「さて、それではそろそろ、一番の問題であるこの二つのスキルをどうするか決めましょうか」
そう言って、静は問題となる二つのスキル、それ等が封入された二枚のカードへと話題を向ける。
迷いが生まれるのも無理はない。ドロップした二つのスキル、特に【嵐剣スキル】は、竜昇たち二人がともに必要とし、ドロップするのを待ち焦がれていた接近戦用のスキルだった。
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