50:光芒雷撃

 急いで荷物を回収して階段を駆け上がり、そこに広がる光景を目の当たりにしたその瞬間、竜昇は自分がギリギリでどうにか間に合ったのだと、そんな風に状況を理解した。


 すぐさま肩に担いでいたカバンを廊下の隅へと放り出し、覚えたばかりの魔法を自分の周囲へと発現させる。


「起動――【光芒雷撃レイボルト】」


 生まれ出でるのは、先ほどの銅像が操っていた鬼火にも似た、竜昇の背後へ控える六発の雷球。

 一発一発が【雷撃】一発分の電力を誇るそんな雷球が、竜昇の意思に応じるように臨戦態勢を整える。

 とは言え、この魔法を完全に操るには竜昇一人の能力では不十分だ。

 もしもこの魔法を十全に操ろうと思うなら、竜昇が階段を駆け上がりながら急ぎ習得した、もう一つのスキルが必要になって来る。


「頼むぞ魔導書。いい加減お前の有用性をこの場で示せ――!!」


 左手に持っていたスマートフォンをポケットの中へとしまい込み、同時に竜昇は右手に持っていた手帳サイズの魔本、【雷の魔導書】を左手に持ち替えて魔力を流し込む。

 新たに習得した【魔本スキル】。それがもたらす知識に従って、手にした魔導書との間に思考のリンクを確立させる。

 同時に脳裏に響くのは、どこかで聞いたような、あるいは自分の声のようにも聞こえる誰かの声。


使用者ユーザー認証。現在登録者なし』


『新規使用者を確認』


『あなたをこの魔導書の使用者として登録します』


『――登録完了』


『ユーザー認証、ようこそ、我がマイマスター、互情竜昇様』


 流れるようにスムーズに、意識の中にそんな声が乱立し、最後の声を聴いた直後に流した魔力に応じるように竜昇の意識が一気にクリアになっていく。

 はっきりと自覚できるほどに思考が冴えわたり、今までにない奇妙な冷静さが竜昇の心を満たしていく。


(――さて)


 手元の本を開いて眼前を見据える。

 魔本を開き、そこに記された術式が光を帯びるのを感じながら、竜昇は眼前の、警戒に満ちた態度でこちらへと向き直る人体模型へと身構えた。

 どうやら竜昇が【光芒雷撃レイボルト】を発動させたその時点から、この敵の意識は静からこちらの方へと向けられていたらしい。


 恐らくは警戒されているのだろうとは思うが、しかしそれならそれで竜昇にとっても都合は良い。なにしろ敵がこちらを向いてくれるというのなら、わざわざ静との距離を引き離す手間が省けるというものだ。


「――行け!!」


 彼我の緊張感が最大にまで高まったその瞬間、まずは竜昇が自分の周囲、そこに浮かぶ雷光の内から二発を操作し、こちらへと敵意を向ける人体模型へと差し向ける。


 暗い廊下を照らしながら飛びぬける雷球が人体模型の手前にまでたどり着き、敵の両側に散開して直後にバツ印を描くような軌道で襲い掛かる。

 とは言え、それだけで倒せるならば静もここまでの苦戦は強いられていない。


 二発の雷球が着弾しようとしたその瞬間、敵である人体模型は素早く体勢を落として、雷球の軌道をくぐるようにして竜昇への突進を開始する。

 飛来した雷球が空中で目標を失って交差して、それぞれの左右が完全に入れ替わったところで動きを止める。


(甘い――!!)


 攻撃が外れたその瞬間、遠隔操作された雷球が竜昇の意思を受け、その雷光をまばゆく発光させる。

 敵が異変に気付いて振り向くがもう遅い。敵が回避行動をとるのを待たず、竜昇が放った魔術がいかんなくその力を発揮する。


発射ファイア――!!」


 竜昇が言い放ったのと同時、背後に回っていた二発の雷球が一筋の光条、ビーム状の電撃へと変化し、攻撃を避けた直後の人体模型目がけて背後から同時に襲い掛かった。

 直前に異変を感じたがゆえに、とっさに回避行動をとろうとしていた人体模型だったが、しかしそれでもその攻撃を完全に回避することはできなかった。

 放たれた二発のビームの内、一発が肩をかすめてその先の教室の扉に着弾し、もう一発は敵の右腕、その肘部分に直撃して腕そのものを木端微塵に打ち砕く。


「――よし!!」


 放った魔術が挙げた戦果に、思わず竜昇は言葉と共に空いた左手を握りしめる。


【魔法スキル・雷】、その四番目の魔法として現れた魔法、【光芒雷撃レイボルト】は、誘導弾と光線、二つの側面を持つ魔法だ。

 雷球状態では竜昇自身が操作でき、相手に着弾しない限り消えることはないが、しかし弾速はそれほど速くなく、素早い動きが可能な敵なら避けること自体はそう難しくない。

だがこの魔法には、竜昇の意思一つで雷球を構成するエネルギーを光線状の攻撃に変化させ、発射するというもう一つの機能がある。

 こちらは雷球と違い、雷球のある位置から一直線に走るだけでそれ以上の操作はできないし、こちらとして使うとエネルギーをすべて使い切ってしまうため、雷球自体は消滅してしまうのだが、しかし弾速は雷球状態とは比べ物にならないほど速く、雷球の状態では出せない貫通性能まである。


(とは言えまだ、狙いが甘い)


 使った二発分の雷球を補充しながら、竜昇は発現したばかりの魔法の使用状況を自分でそう評価する。

 やはり魔本の機能を使ったとは言え、使用した機能が【遠隔操作】の機能一つでは素早い相手にはまだ不十分だ。【遠隔操作】はこうした操作系の魔法の操作可能範囲と操作精度を底上げしてくれる術式だが、しかしそれだけではあくまで操作の能力は竜昇自身の自前のものでしかない。


 より正確に、しかも六発の雷球を一度に使おうと考えるならば、もう一つ魔本の機能を一つ解放する必要がある。


「接続――【分割思考ディバイドシンキング】」


 勝負をかけるべきとそう判断し、竜昇は本に流す魔力の量を増やして魔本に搭載された機能のうちの、その一つを起動させて自身の思考と接続する。

 魔本スキルに対応した魔本・魔導書と言ったアイテムの持つ機能は、端的に言ってしまえば使い手の思考に接続されてそれを補助する、外付けの補助脳とでも呼ぶべきものだ。

 コンピューターとコンピューターをつなぎ合わせて処理能力を上げるように、人間の思考と魔本を接続させて思考能力や速度を底上げしたり、また、本に書き込まれた術式を用いることで、人間の思考を通常ではできない、特殊な形へと変化させることができる。

 そんな、使い手の思考を補助するプログラムの一つ、【分割思考ディバイドシンキング】の持つ機能は、それこそ読んで字のごとく、使い手の思考を分割統御する機能だ。

 複数の事項を頭の中で同時に処理する、いわばマルチタスクを補助する力。

 竜昇の頭の中で六つの雷球、それらの制御に回すための思考が六つに分割されて、それぞれが他の思考に引きずられることなく独立して動き出す。

 それまで背後に浮かぶだけだった雷球が竜昇の意思に従って六つ同時に動き出し、その動きを試すように竜昇の周囲をぶつかり合うことなく高速で動き回った後、一斉に人体模型の元へと飛んでいく。


 対する人体模型も黙って撃ち抜かれるつもりはないらしい。

 砕かれた右腕、骨の棍棒を握ったままのそれを左手で拾い上げると、右ひじから伸びる黒い霧に取り込ませるようにして強引に本体へと繋ぎ直す。

 相変わらず肘の部分は砕けたままだったが、しかしそれでもこの敵が肉体の自由を取り戻したことには変わりはない。繋ぎ直された右腕が握ったままだった棍棒を手の中で回して、そうして調子を確認した直後に迫る雷球の群れ目がけて俊敏な動きで走り出す。


 距離を詰め、その棍棒で竜昇の頭を砕こうとしていると思しき敵に対して、竜昇がとる手段はたったの一つだ。


「――発射ファイア


 まずは正面、疾走する人体模型へと真っ向からぶつける形で、竜昇は二つの雷球を光線化して正面からそのエネルギーを叩きつける。

 一発は相手の顔面を、もう一発は相手の足元を狙うようにして放たれた電撃の光条。対する人体模型は、襲い来るその攻撃に対して、その身軽さを存分に見せつけるように、空中に跳びあがって対処する。


「――たくっ、内臓むき出しのくせして身軽に動き回りやがって――!!」


 毒づく竜昇に見せつけるように、飛び上がった人体模型が真横の壁を蹴りつけ、続けて反対側にある窓ガラスを蹴り飛ばして狭い廊下の中を跳びまわる。

 開くことも割れることもない、竜昇たちを校舎の中へと閉じ込める見た目だけのガラス窓を躊躇なく足場と使い、人体模型はその身の軽さを存分に生かし、立体的な機動で竜昇を翻弄しにかかる。


「逃がすかッ!!」


 その進路方向上を塞ぐように、竜昇は雷球を操作して、人体模型が飛び込む、その位置へと雷球を配置する。

 光線として打ち出さなくても、雷球は相手にぶつければ単純な【雷撃】と同等の電撃として機能する。そんなものが進路方向上に現れてしまえば、必然的に相手は回避のために動きを変えて、その速度を落とさざるを得なくなる。

 実際そうなった。宙を飛んでいた人体模型が、突然目の前に現れた雷球を躱すために空中で体勢を崩し、なんとか廊下に着地することには成功したものの、一瞬ではあるが足が止まったのだ。


(こいつ相手に核以外の場所を打ち抜いても効果は薄い。なら狙うべきは核そのものか、動き回るための――、足――!!)


 『発射ファイア』と、竜昇の呟く声と共に、空中に配置された雷球、そのうちの三発が同時に光線となって着地直後の人体模型へと襲い掛かる。

 同時に狙うは内臓の隙間の核と左右の足。背後の三方向から発射された電撃の光条が同時に人体模型へと襲い掛かり、その無機物の体を容赦なく貫通する。


『――オル、ジョ――!!』


 撃ち込んだ三発の光線の内、二発が見事に人体模型を貫いた。

 右足を狙った一発は回避されてしまったものの、左足狙いの一発はこの敵のふくらはぎを粉砕し、そして核を狙った一発が敵のどてっぱらを貫通する。


(いや、核は破壊できてない――!!)


 その結果を見ながら、しかし竜昇は胴体を貫いた一発がギリギリで核を外れ、他の無機物の臓器を粉砕するにとどまっていることを見逃がさなかった。

 人間ならば間違いなく致命傷と言える傷だが、しかしこの相手は無機物だ。たとえ胴体を貫こうとも、核を破壊しなければお構いなしに動き続ける。


(だが、次で最後だ――!!)


 とは言え一発で決められない可能性も、当然竜昇は想定済みだ。そのために六発あった雷球の内、最後の一発を空中に残している。


(これで決める――!!)


 左手に手帳大の魔本を握ったまま右手を突き出し、人差し指と中指を伸ばして銃を突きつけるような形で照準を合わせ、竜昇は今度こそ核を打ち抜くべく、最後の雷球の狙いを定める。

 敵の足が破壊されている以上、相手にこの攻撃を回避する術はない。

 そう考えていた竜昇だったが、しかし発射の瞬間に竜昇が見たのは、敵が右手に握る棍棒に、暴風の魔力がまとわりつく、そんな光景だった。


ファイ)――、ッ!?」


 竜昇が雷撃の光線を撃ち込もうとしたその瞬間、廊下へと倒れ込もうとしていたい人体模型がその手にある棍棒を自身の体へと叩き付け、見覚えのある暴風が人体模型自身へと炸裂する。


 放った光条が人体模型から外れて廊下に着弾し、同時にボロボロの敵が竜昇の方向へとふっ飛ばされるように宙を舞う。


「――なに!?」


 思わず竜昇が飛び上がった敵を見上げ、空中で体勢を整えるその姿に目を見張ったその瞬間、人体模型はと言えば廊下の天井を残る右足で蹴りつけて、左右の棍棒を振り上げ、その双方に魔力をみなぎらせて、一気に竜昇の元へと降ってきた。


「シールド――!!」


 すぐさま魔力を放出し、それを壁へと変えて敵の攻撃への盾とする。

 だが――。


「なっ――!?」


 敵が展開した【守護障壁】目がけて棍棒を振り下ろしたその瞬間、棍棒が纏っていた魔力が一瞬で障壁の表面を駆け巡り、攻撃全てを防ぐつもりでいた障壁がたった一打で粉々になって砕け散る。


(防御破壊、いや、接触破壊の技か――!!)


 シールドブレイクのフィードバックをその身に受けながら、竜昇は魔本の補助を受けた思考で相手の技の特性を看破する。

 相手の防壁を一打で粉砕する接触破壊の攻撃。それが戦局にもたらした影響は決定的だ。現状竜昇はたった一つの防御手段を破られて、なす術もなくこの敵に殴り殺されようとしている。

 実際、殴り殺されていただろう。もしもこの時竜昇が【魔本スキル】を習得していなかったならば。


「【増幅思考シンキングブースト】――!!」


 敵が本命となる左手の棍棒を竜昇の頭部めがけて振りかぶったその瞬間、竜昇の方も自身の持つ【雷の魔導書】に魔力を流してその機能の一つを解放する。

 魔本に搭載された機能が竜昇の思考速度を加速度的に引き上げて、それによって竜昇の意識が周囲の景色を、まるでスロー再生のような、ゆっくりとした速度としてとらえだす。


(大丈夫、見える――!!)


 目を見張り、竜昇はスローになった周囲の状況を見定めると、自身の頭に迫る棍棒による横薙ぎの一撃を、のけぞった体をさらに背後へと倒し、ぎりぎりその軌道から我が身を逃すようにして回避する。


 目の前の空間を魔力を纏った棍棒が通り過ぎる。

 この一撃を喰らっていたら、間違いなく竜昇の頭は木端微塵に砕かれていただろう。

 そうと感じさせるだけの一撃が鼻先をかすめていくのを見送りながら、同時に竜昇はその一撃を放った張本人である人体模型、その横っ面目がけて己の右手を伸ばす。


(術式起動処理開始――完了)


 緩慢な時間の流れの中で竜昇の右手が人体模型の顔へと迫る。

 まるで相手の頬に優しく手を伸ばすようなそんな動き。だが時間の感覚が引き伸ばされているがゆえにそう見えるだけで、実際に起きているのは背後に倒れ込もうとしている竜昇が、倒れ込みながら相手の横っ面を張り倒そうとしているような、そんな状況だ。

 否、今竜昇が撃ち込もうとしているのはただの張り手ではない。現に今、竜昇の掌には、術式によって制御された魔力が雷となって、相手へと放たれるその瞬間を待っている。


「【雷撃ショックボルト】――!!」


 瞬間、竜昇の意識が緩慢な時間の流れから解放され、目の前にあった人体模型が顔面に電撃を叩き込まれて真横へと吹っ飛んだ。

 同時に、竜昇の体も背後の廊下へと倒れ込み、その衝撃と僅かな痛みが竜昇の脳へと正常な形で伝わって来る。


(クッソ、この機能、思ったより脳味噌が、疲れる――!!)


 戻った時間間隔の中で頭の中に重いものを感じながら、それでも竜昇はすぐさま身を起こし、今しがた一撃を叩き込んだ相手の行方をその目で確認する。


 電撃をゼロ距離で喰らって吹き飛ばされ、割れない窓ガラスに叩き付けられて全身にひびの入った人体模型をその目で見つめて、その敵の体で唯一無事な、内臓の隙間の赤い核へと狙いを定める。


(照準――!!)


 右手の指を突きつける。伸ばした人差し指と中指のその先へ、【光芒雷撃】が一発だけ発生し、雷がはじけるバチバチという音が廊下にこだまする。

 暗い廊下を明るく照らす雷球が、竜昇の指先で一瞬その輝きを強くして――。


「――発射ファイア


 次の瞬間、指先にあった雷球が一筋の光条となり、目の前でもがく人体模型の、その赤い核の部分を正確に貫いた。


「――オ、ジュ――、ロ、ボ――」


 ノイズのような声を最後に、動き回っていた人体模型がただのボロボロの人形へと回帰する。

 突けば崩壊してしまいそうなほどヒビだらけの体は、実際に床へと倒れたことで崩壊し、ただの無機物の残骸へとなり下がった。

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