48:鬼火繰る二宮金次郎像
爆音の音に紛れて足元のスノコを蹴り上げる。スノコの端に足を引っかけて、竜昇の右手が掴みやすい高さにそのスノコの端が来るように。
(まずはこいつだ――、騙されてくれよ――!!)
石槍一本と石斧二丁をまとめて左手に保持し、竜昇は起き上がったすのこを空いた右手一本で掴み取り――。
「おォ――ラァッ――!!」
思い切り振りかぶって、目の前の空間を満たす鬼火の、その隙間目がけて力任せに投げつけた。
投擲スキルなどの補助はない、腕力に任せた闇雲な投擲。
空中に機雷のように配置されていた鬼火が広く分布していたことが幸いし、投げ放たれたスノコが鬼火を避ける形で下駄箱の影から姿を現す。
――直後、爆発。
下駄箱の影からの出現を察知し、飛来した鬼火が炸裂して、六枚うちのスノコが空中で木端微塵に砕け散る。さらに散った破片が周囲の鬼火に接触し、空中に浮かんでいた鬼火が次々に起爆して、一階の廊下を埋め尽くすように爆発の連鎖が巻き起こる。
(けど、それだけじゃ終わらない――!!)
そんな判断と共に、竜昇はすぐさま次のスノコを蹴り上げて、続けざまに掴んで背後と目の前へと放り出す。
敵が手元に保持していた鬼火は計三発。そのうちの一発は今目の前で消費された訳だが、敵の手元にはまだ二発の鬼火が残っている。
そして問題となるのは、恐らく竜昇が行動を起こした際にそれに対応するために残していたであろう、相手の手元の三発の鬼火の運用法だ。
一発は予想通り飛び出した相手への迎撃に使われた。では残る二発は、いつ、どんな形でこちらに撃ち込むのか。
(答えは、間髪入れずに前と、後ろォッ!!)
思い、立て続けに前後にスノコを投擲した次の瞬間、下駄箱の影を曲がる形でこちらに鬼火が飛び込んで、投げたスノコに着弾して“前後で同時に”爆発が起きる。
(やっぱりな――、攻撃するべきは飛び出した何かと飛び出してきた列。列を攻撃するなら前後から、二発の鬼火を配分して撃ち込んでくると思ったぜ――!!)
腕で顔をかばって飛び散るすのこの破片から身を守りながら、その防御の奥で竜昇はそんな風にほくそ笑む。
手近なものを身代わりにしての鬼火の防御。確かに接触するだけで爆発するというのは脅威だが、それならば適当なものをぶつけてもこの魔法は相殺できるのだ。後は事前にどこから鬼火が襲ってくるかわかれば、事前にそこに障害物を用意し、無力化するのはそう難しくない。
(術式起動処理、開始――)
目の前に落ちたスノコの残骸を飛び越えて、竜昇は右手に魔術の準備をしながら下駄箱の影から飛び出し、最初のスノコの爆発によって生まれた鬼火の空白地帯へと飛び込みながら、階段前に陣取る敵の姿を確認する。
どうやら敵も自分の攻撃全てに対処されるとは思っていなかったらしい。過去の偉人の少年時代の姿をした銅像の、一切の表情が無い無機物のその頭部が僅かに動揺に揺れて、しかし直後には意識を立て直したのか次なる魔法を発動するべく手にした本を輝かせていた。
(――ハッ、やっぱり発動が早いか。羨ましいことだぜ全く――!!)
銅像が出現させた鬼火は四発。現状確認できた最大数からすれば二発少ないが、それでもあのタイミングから発動させてこの数というのは破格の速さだ。
実際、同格の魔法の撃ち合いで勝負したならば、その速さを持つこの銅像に竜昇は絶対にかなわないのだ。その発動速度は、それを持たない竜昇にとっては素直に羨望に値する。
(だが――)
相手がいくら鬼火を補充できても問題ない。すでに竜昇は、目の前の空間、そこに充満する鬼火の壁も含めて、まとめて相手を薙ぎ払うつもりで魔法を準備している。
(まずはお前の防御と攻撃、丸裸にさせてもらうぞ――!!)
撃ち放つは、現在の竜昇が持つ最大の手札。
「――【
巨大な雷光が暗い廊下をその光で埋め尽くす。
漂う鬼火の数々を飲み込んで、それらすべてを炸裂させながら、しかしそれでも威力と勢いを失うことなく一階の廊下を駆け抜ける。
強烈な爆風になぎ倒されそうになり、竜昇はとっさに両腕を顔の前に構えて、吹き飛ばされまいとその場で身を伏せる。
同時に、竜昇を襲うのは、巨大な力を放った後の強烈な虚脱感だ。
(――ぐ、やっぱりこの魔法、一気に魔力を持っていかれるな)
初めてこの魔法を使った時ほどではないものの、しかしそれでも襲ってくるその感覚に、ふと竜昇は一つ自身の思い違いを突きつけられることになった。
(――、ああ、そうか、クソッ。魔力切れって言うのは、そういう状態のことなのか――)
これまで竜昇は魔法放つ時に使う魔力を、ある種のスタミナの様なものなのだと考えていた。
ゲーム的に言うならば、MPとでもいうべきものが一〇〇ほどあって、その中から【雷撃】なら五ポイント、【静雷撃】なら七ポイント、【迅雷撃】なら二十ポイントと言った感じで魔力を消費していって、それらが累積した先にあるのが魔力切れという状態なのだと、そう思っていた。
だがどうやら、竜昇の考えるそれと、今陥っている魔力切れ状態は少々違うものだったらしい。
例えていうならば、この魔力の収支はスタミナよりも呼吸、肺の中の空気に近い。言って見れば魔法というのは、吐き出す息の性質と形を任意の形に歪めているようなものなのだろう。
先のMPで表すならば、最大MPはほんの二十ポイントほどで、【雷撃】などで五ポイントずつ消費しても息を吸うように魔力を回復させればすぐに二十ポイントに戻るが、【迅雷撃】のような大火力魔法で一気に二十ポイントすべてを吐き出してしまうと、息切れや酸欠のような症状を起こして倒れてしまう、というのが魔力切れという症状の、正確な正体の様なのだ。
(スタミナ切れにしては、マンモス戦の後やけにあっさり回復したからおかしいとは思っていたが……)
言ってしまえば魔力切れという状態は、肺の中の空気を一気に吐き出してしまったようなものなのだ。呼吸を整え、深く息を吸い込むように魔力を補充すれば、それこそ数分と経たずに同じように【迅雷撃】を撃つこともできるだろうが、逆に言えば【迅雷撃】を一発撃つだけで、竜昇はどんなにベストコンディションであっても確実に魔力切れを起こしてしまうということである。
(まあ、その一発で相手を倒すところまで行ってりゃ問題はないんだろうが。たぶんまだそうはいっていないんだろうな……!!)
思いつつ、竜昇は左手に保持していた石槍と石斧二本の内、石斧の一本を右手に持ち替えて立ち上がり、前へと向けて走り出す。
先の一撃で、廊下に充満していた鬼火はあらかた爆発させて動き回れるように処理しているが、肝心要の銅像本体の姿が今はどこにも見受けられない。
これが跡形もなく消滅したということなら何も問題はないのだが、生憎と竜昇が考えているのは全く別の可能性だ。
(あの銅像の動きは酷く鈍重だが、あの時あいつのそばにはまだ四発の鬼火が残ってた。あの状況で、あいつが【迅雷撃】の射線上から逃れる方法があるとしたら、その方法は――)
思いつつ、竜昇が先ほどまで銅像がいた階段前へと踏み込んだその瞬間、まさしく竜昇の予想した通り、廊下を曲がった階段の方から鬼火が一発竜昇目がけて飛んでくる。
「――ッ、ォオッ!!」
その一発を、とっさに竜昇は身を逸らして回避。背後の倒れた下駄箱に着弾し、爆発する音を聞きながら、同時に竜昇は探し求めるその敵が、階段下の空間に倒れて、半身をこちらに起こして手元の本を構えているのを見て取った。
同時に、竜昇の予想が正しかったことを物語るように、その銅像の左半身が焼け焦げているのも視認する。
(やっぱりだ、こいつ自分を鬼火でぶっ飛ばして、その勢いで真横に逃れていやがった――!!)
恐らくは自分の左側で手持ちの鬼火を炸裂させたのだろう。
人間だったならば間違いなくできない、無機物だからこそ取れる強引な力技だが、それでもその選択によってこの銅像は、自分の体を真横に吹き飛ばしてどうにか【迅雷撃】の直撃を免れていた。
そして、この敵の使う鬼火の効力は攻撃から逃れるためのものではない。鬼火の持つ力は本来攻撃用であり、この敵にはそれを瞬時に形成して、撃ちだすだけの力がある。
「――させるかッ!!」
鬼火を回避した際、崩れた態勢を地面を一蹴りすることで立て直し、竜昇は武器を握りしめたまま強引に銅像目がけて突貫する。
もはやここまで来れば後は早さの戦いだ。相手が鬼火を一発でも多く生成すれば、それだけ竜昇の生存率が下がるのである。
たとえ一秒以下の時間であろうともこの相手には差し出せない。ほんの一瞬の遅れで襲ってくる鬼火の数が一発増えるかもしれないのだ。となれば、今竜昇がとるべき手段はただ一つ。一瞬でも早く動いて距離を詰め、この敵が背中に背負う、核の部分を石斧を使って叩き割る。
「――ラァッ!!」
右手の斧を投げつける。
投擲スキルなど持ってはいないが、この距離ではむしろ外す方が難しい。
敵の方もそう思ってはいたのだろう。銅像の背後に形成された二発の鬼火、その一発がすぐさま発射されて、飛来する石斧に激突して粉々に吹き飛ばす。
だがそれでも、敵の手元には鬼火が一発残っている。
(なら次は――、こっちだ――!!)
次の瞬間に撃ちだされる鬼火に対して、ほとんど同時に竜昇は左手の石槍を投げつける。
真っ直ぐに飛ばす攻撃のための投擲ではない。回転させて、なるべく広い範囲をカバーできるようにと行った、そんな投擲は、狙い通り発射された鬼火をその端で捉えて敵の至近距離で鬼火を炸裂させることに成功していた。
これで敵が生成した鬼火は、最後の一発に至るまで品切れだ。
(――いや)
そう思いつつ、しかし竜昇は相手がとった行動を見逃さなかった。
銅像が抱える本が輝いて、新たな魔法行使のための術式処理を開始する。
恐らくあと一発でも、鬼火を生成するつもりでいるのだろう。もはやこの距離まで来れば追跡誘導性能などなくても構わない。ただ真っ直ぐに打ち出すだけの、そんな鬼火であっても、当たれば殺傷能力は十分なのだ。
間に合うか、間に合わないか。そんなギリギリの状況下で、竜昇は間に合わせないために用意していた最後の手札を絞り出す。
「【雷撃】――!!」
一度は全てを吐き出し、その後どうにか回復させていたなけなしの魔力。
わずか数秒の間にどうにか回復していたその魔力を限界まで絞り出して、竜昇は目の前の敵目がけて己の魔法を撃ち放つ。
魔力不足のせいか、普段撃っているものよりも明らかに威力は弱いが関係ない。竜昇が狙っているのは敵である銅像自体ではなく、その敵が大事に抱えている、魔法行使を手助けする魔導書の方だ。
「焼き、払え――!!」
閃光が魔導書に直撃し、そのページを燃やして一瞬のうちに本全体を焼き焦がす。
銅像が魔法の行使に明らかに失敗し、同時に手元の本に攻撃を受けたせいもあり、明らかに体勢を崩して背後に倒れ込む。
とは言え、倒れ込むことで背中の核を守るような行為を許すほど、竜昇もこの敵に対して感情移入はしていない。
「悪いな。核だけ守って、自力の魔法行使で仕留めるなんて真似はさせねぇよ」
倒れ込もうとした銅像、その頭の髷を掴んで強引に引き起こし、竜昇は左手を背中側に回すようにして、そこに背負われた核に石斧をぶつけて叩き割る。
本を焼かれ、背負った仕事を奪われた銅像はもはやピクリとも動かない。
ただのもの言わぬ銅像へと戻った過去の偉人をその場に横たえて、ようやく竜昇は自身の呼吸を整える。
(――まだだ。まだ小原さんの方の救援に向かわないと)
思いつつ左手の石斧を確認すると、予想通り硬い銅像に思い切り叩きつけたせいで、石斧は柄の部分からひびが入って折れていた。
もとより強度に関してはさほど強いとも言えない原始武器だ。一度の行使で破損するというのは予想できなかった話ではない。
(けど、よりにもよってこのタイミングか。武器なしでも、魔法だけで何とか戦うよりほかにない――、ん?)
思ったその時、ふと視界の隅に何かを捉えて、反射的に竜昇はそのなにかの正体を己の眼で確認する。
足元に転がる少年の銅像、すでに倒した敵の残骸の、そのそばには――。
「これは――」
本を開く人影のようなものが描かれた、一枚のカードが落ちていた。
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