46:共に格上の敵

 静の提案、そして竜昇が実行した作戦は実に単純なものだった。

 静の存在を囮にし、姿を見せずに教室の中に隠れることで二人がともに行動していると見せかける陽動作戦。【探査波動】の術者だけは感知されず、至近距離にいた味方は相手にも感知できるようになってしまうというその特性を利用して、同時に竜昇の保有する魔法を呪符で静が代行することでいかにも竜昇がともに行動しているような印象を与えておきながら、実は竜昇だけが階段で一階に下り、下を回って銅像の背後を取るというのがこの作戦の大筋だった。

 そして今、目論見通り一階へと続く階段に身を隠していた竜昇の目の前には、無防備にこちらへと背中をさらし、反撃の手段である鬼火を、今まさに使い切ろうとしている銅像の姿がある。


(仕掛けるなら、今――!!)


 敵が背後に浮かべた六発の鬼火を使い切るそのタイミングを狙って、竜昇は隠れていた階段を一気に駆け上がり、背後から銅像へと奇襲をかける。

 すでに荷物の中から石斧を取り出して、それ以外の荷物は階段の踊り場に置いてきている。

 隠れて相手を観察して、この敵の核が背中の荷物、本来ならば薪を背負っているだろうその場所に安置されているのは確認済みだ。あとはそこを狙って攻撃を仕掛け、畳みかけて仕留めてしまえばいい。


(まずは敵を一体減らす。厄介な術師タイプを、今、ここで――!!)


 こちらに気付いたのか、敵がこちらを振り向くがもう遅い。

 すでにこちらは右手に魔法発動の準備を整え終えている。あとは電撃で相手の動きを封じて、近づいて石斧で核を叩き壊すのみ。


「【雷撃ショックボルト】――!!」


 放たれた電撃は、しかし敵がとっさに展開したシールドによって受け止められてしまった。

 竜昇としては若干目論見が外れた形だが、しかしそれとて全く予想していなかったわけではない。

 これまでの敵の中にも、何らかの形でシールドを展開できる敵というのは少なからず存在していた。あるいはあのタイプの防御魔法は、多くの敵が習得している基本技能のような立ち位置なのかもしれない。

そしてそうと予想できるならば、それならそれで対策の打ちようもあるというものだ。


再起動リブート――【雷撃ショックボルト】――!!」


 左手に保持していた呪符に魔力を流し込み、すぐさま竜昇はそこに込められた魔法を発動させる。

 立て続けの電撃が呪符から放たれて、銅像のシールドに直撃して敵の守りを今度こそ粉々に砕き割る。

 やはりと言うべきか、このシールドは連続攻撃にまで耐えられるような代物ではない。本人の技量や発動時のコンディションにもよるのだろうが、連続で魔法を叩き込めばその防御はなんとか突破できる。


(三、発目――)


 右手に魔力を集めて術式組み立てる。

 呪符を使って再発動までの隙をどうにか埋めて、自力で発動する三発目の魔法行使。

 斧を持つ右手をもう一度敵へと差し向けながら、しかしその発動の直前、竜昇は敵である二宮金次郎像、その銅像が手元に持つ本が、何やら怪しげな光を放っているのを目撃した。


(なんだ――、あの本。いや、って言うかあれ、洋書――?)


 同時に気付く。目の前の術師の銅像。和服を纏ったその敵が持つ本が、どう見ても不自然でミスマッチな、西洋風の分厚い洋書であるという事実に。

 その本が怪しく輝いているというその事実が、竜昇の背に言いようのない悪寒を走らせる。

 それでも、もはやこの敵へ撃ち込む魔法の発動は止められない。


「【雷撃ショックボルト】――!!」


『――』


 竜昇の魔法発動とほぼ同時、こちらに向き直っていた銅像が手元の本からこちらへと顔をあげ、同時にその眼前に一発の鬼火が現れる。


(――まさか!!)


 ありえないという、そんな驚きが心中を満たす。

 なにしろ敵は魔法発動直後の隙を突かれて、さらについ今しがた間でシールドを展開していたのだ。

 少なくとも竜昇では、シールドを使いながら魔法の準備などできはしない。二つの魔法技術を同時に使用するなど、右手で絵をかきながら、左手で文章を書くようなものだ。だからこそ竜昇はシールドの展開までも見越した上で、相手の魔法発動直後を狙って攻撃を仕掛けている。


 だが現実に、この銅像はシールドの展開中に魔法の準備を整えて、こちらの魔法発動に自身の魔法を間に合わせてきた。


 竜昇が放った電撃が撃ちだされた鬼火と激突し、爆発と共に互いの間で魔法が相殺される。


(まずい……、見誤った。こいつ、こいつの持ってる、あの本は――!!)


 竜昇が急ぎポケットの中の呪符を引き出すのとほぼ同時に、目の前の銅像が胸の前で開く洋書が光を放つ。

 自ら光を放ったことでようやく見えるようになった革張りの洋書。

 形やデザインに差異こそあるが、竜昇はその本と同じものを確かに知っている。


 最初に選び、しかし使い方がわからず鞄にしまい込んだままとなっているそれを、今も一階と二階の階段の踊り場で他の荷物と共に置き去られているその本の存在を、竜昇は事前の知識として確かに知っている。


(雷の魔導書――。魔法発動を補助するって説明のあったあれと、同じもの――!!)


 直後、竜昇が呪符を構えるのとほぼ同時に、銅像の背後に新たな鬼火が三発同時に出現する。

 再び放った竜昇の魔法がそのうちの一発に相殺されて、そして残る二発の鬼火が魔法を撃ったばかりの竜昇目がけて殺到する。

 もはや竜昇に、これ以上の魔法を撃つだけの余力はない。


「――く、う……!!」


 迫る鬼火に、とっさに竜昇は交戦を諦め、直前まで自分が隠れていた階段へと身を翻す。

そしてその行動は同時に、この銅像と竜昇の魔法の撃ち合いにおける、竜昇の完全敗北を意味するものだった。





(これは……!!)


 竜昇の敗北、その事実は教室内にいた静の側にもどうにか察知されていた。

 廊下には出られないため、聞こえてくる音や竜昇の魔法の気配による推察という形だが、竜昇の魔法の気配が途切れた後も爆発音が連続しているというその時点で、彼が陥っているだろう状況はおおよそ推察できる。


(互情さんが撃ち負けた……。けど爆発音はまだ続いている。……これは、魔法で押し返されて、後退を余儀なくされている、ということでしょうか?)


 耳を撃つ爆音が徐々に下へと向かっている事実や、先ほど竜昇の【探査波動】を受けて気配を顕在化させた銅像の敵が、その気配をゆっくりと下の階へと移動させているのを感じ取り、静は竜昇がどうにか敵の攻撃から逃げ延びて、しかし敵に追われて下の階へと逃げているという、そんな状況にあるだろうことを推察する。

 とは言え、理解できたからと言ってすぐに動けるわけではない。

 なにしろ静の方とて、今は目の前の強敵と向かい合っている真っ最中なのだ。当然目の前の敵がこちらに道を開けてくれるはずもなく、静にこの計算外の事態をフォローする術はない。


(計算外、というならこちらもですか。この敵、思っていたよりも電撃からの復活が早かった)


 両手に骨の棍棒を携えた人体模型が、教室内へと踏み入って来る。

 武器を交えるだけでこちらが吹き飛ばされる、そんな厄介極まりない性質を持つ敵を前にしては、流石の静も迂闊には動けない。


(この人体模型、体の周りに例の黒い霧のようなものがまとわりついている……。さっき感電して動きが止まったのは、痺れて動けなかったというよりも、体を動かす霧が薄れたことが原因だったのでしょうか……?)


 これまでの敵は、竜昇の電撃を浴びると皆一様に体を硬直させ、痺れたせいなのか一定時間その動きを鈍らせていた。

 だがどういう訳なのか、この階層で出会った敵はどうにもその、電撃によって自由を奪われる時間というのが短いように思える。


(博物館での敵のように黒い霧が人体に近いものを作っているのではない。さっきのピアノと恐らく同じ、あの赤い核と黒い霧のようなものが、無機物に憑りついて動かす形をとっている……。

言ってしまえば無機物がベースだから生物的な反応が薄い、と言ったところですか……。いえ、今はそれを考えてもあまり意味はありませんね)


 そう、敵が強い理由をここで考えることにさして意味はない。

 今静が考えるべきことは、この敵をどう突破して、そして同じくピンチに陥っているであろう竜昇を援護するかということだ。

 一応静としては竜昇が予定通り銅像を破ってこちらへと駆けつけてきてくれるのが理想だったのだが、ことがここまで予想外の事態になってしまうと恐らくはそれも難しい。

 というよりもこれは完全に静の作戦ミスである。自分がこの人体模型を相手に押し負けるように、竜昇もまたあの銅像に正面から押し負けるという可能性を、もう少し静は考え、作戦に組み込んでおくべきだった。


(まさかお互いのスタイルにおける格上の相手とぶつかる羽目になってしまうとは……)


 机が並ぶ教室の中、滅茶苦茶になったその並びの中心で静はじっと近づいてくる相手を観察する。

 まずいというならばこの場所もまたまずい。

 そもそもこの教室内という場所は、周囲を見渡しても机やいすが並べられていて、歩き回る分にはともかく大立ち回りを演じるのには向かない場所なのだ。

 一応先ほど鬼火を撃ち込まれた際に教室前方の机やいすなどがその配置を乱されているが、それとて倒れたりバラバラにふっ飛んだりしていて足場を良くする形には到底なっていない。


 否、それ以前に。

 周囲に机の破片が散乱したこの状況は、この人体模型にとってはむしろ絶好の環境だ。


「――!!」


 教室に踏み入った次の瞬間、人体模型が右手の骨棍棒を振りかぶり、同時に棍棒の周囲に微弱ながらも魔力の感覚が収束して、気流の流れが渦を巻く。


 焼け焦げ、バラバラになっていた机の天板に骨の棍棒が叩き付けられて、次の瞬間には暴風が炸裂して周囲の机の残骸が静目がけてふっ飛んでくる。


 とっさに身をかがめて、静はまず一番大きな机の残骸を回避、続けて一番飛んでくるものが少ないと見た左手側に飛び込んで、それでも回避できない椅子の足などを右手の十手で迎え撃つ。

 金属製の、折れた机の脚のその残骸。それに対して魔力を流し、特殊効果を作動させた【磁引の十手】を叩きつけ、磁力によって十手の表面に張り付いた残骸を人体模型目がけて投げ返す。


(素早い)


 だがその時にはすでに人体模型の影はすでになく、替わりに静の進行方向上、そこにある黒板を蹴りつける形で、すでに人体模型はこちらへと殴り掛かる体勢を整えていた。

 皮をはがれ、内臓はむき出しというむごたらしい姿だというのに、やたらと軽快な動きで壁を蹴った人体模型が、空中で両手の棍棒を振りかぶる。


(回避は――、無理――!!)


 即座に逃げ場が無いと判断し、静は背後、至近距離にあるガラス窓に叩き付けられる事態だけは避けようと、大きく空間の空いた教室の後方へとふっ飛ばされるよう、武器の構えを変えて敵の攻撃を誘導する。

 叩き込まれる横殴りの一撃。それを左手の小太刀でどうにか受け止めて、次の瞬間には暴風が炸裂して静の体が宙を舞った。


「――ッ、ぅ――!!」


 錐もみ回転する自身の体を、それでも静は纏っていた赤いオーラとそれによって強化された身体能力によって制御する。

 壁に叩き付けられる寸前にそちらに足を向けて衝撃を吸収、真下の床目がけて飛び込んで、どうにか転がるようにして教室後方の扉の前まで移動する。


(この場所は、とにかくまずい――!!)


 幸いなことに、静は教室に立てこもる際にもあえて扉に鍵は掛けていない。

 相手が扉を開けようと触れた際に【静雷撃(《サイレントボルト》】によって感電させ、あわゆくば場そのまま扉を開けて襲い掛かり、一気に核を狙うというそんな方法を念頭に置いていたためだ。


(あの銅像は――、下の階に向かっている? 互情さんを追って行ったのでしょうか)


 唯一の懸念、廊下に出たとたんに鬼火による攻撃を受けるというその可能性が消えたことを感じる気配で確認し、すぐさま静は扉を開けて廊下へと転がり出る。

 飛び掛かってきた人体模型の骨棍棒が直前まで静の頭があった場所を通過するのを感じながら、相手に扉に触れざるを得ない、そんな状況を作ろうと画策して扉を閉めて――。


 ふと、静の顔の真横に現れた鬼火の暗い輝きに、その思考を中断させられることとなった。


(――え?)


 思わずそちらに視線をやって、そして嫌でも気づかされる。


 敵からの攻撃から逃れて、飛び出した二階廊下で、先ほど銅像が撃ち込んできたものよりなお小さい、ピンポン玉大の小さな鬼火が、まるで風に流される風船のような様子で大量に浮かんでいるということに。

 自分という人間が、相手の手を逃れているつもりでまんまと敵の罠の中に飛び込んでしまったのだというそんな事実に。


(いけない――!!)


 静がその魔法の存在と危険を認識したその瞬間、流れてきた鬼火が光を強め、直後に連鎖爆発を起こして廊下全体が炎に包まれる。

 闇に溶け込むような闇色で、そして気配を全く感じられない銅像の攻撃魔法(おきみやげ)。

 その爆発によって生じた熱と爆風が廊下へと追い出された静を飲み込んで、二階の廊下が一直線に黒い火の手に蹂躙される。

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