44:立て続けの襲撃

「ご無事ですか、互情さん」


「あ、ああ。こいつのおかげで助かったよ」


 核を失い、沈黙したピアノの上から転がり落ち、竜昇は静の手を借りて立ち上がりながらそう返事をする。

 立ち上がりながらも竜昇は、肩に担いだ自身の荷物とは別に先ほど静が投げ込んでくれた、一本の鉄棒を左手に握っていた。

 否、その形は鉄棒というよりもやはり槍というべきなのか。少々形は歪だが金属製で、先端部分が槍の穂先のように膨らみ、鋭くとがっているのが見て取れる。


「それにしてもこんな物、いったいどこにあったんだ? あんまり学校にあるイメージの無い棒だけど――、ってあれ?」


 不思議に思いながら観察していると、持っていた槍の表面、その金属質な質感がだんだんと薄れていき、見た目にも明らかに空気に消えるように消えていく。

 まるで金属メッキが剥がれて消えるような、そんな奇妙な現象。そしてそんな現象の果てに現れたのは、竜昇自身も見知った、というよりも先ほどまで竜昇が持っていたはずの物だった。


「……これ、俺が持ってた石槍か?」


「はい。先ほどピアノに喰いつかれた際、互情さんが取り落して階段下まで落ちてきていたのを、そのまま拾って活用させていただきました」


 言われてみれば、と、竜昇は自分が先ほどまで握っていた石槍を、どこかで失くしていたことをようやく自覚する。考えてみれば、そもそもその石槍を握っていたままならば、静にわざわざシールドを破るような形で投げ込んでもらわなくてもつっかい棒になるものは手元にあったはずなのだ。


「あれ、けど今の金属メッキみたいなのはいったいなんだ? 鑑定アプリで見ても、この石槍は本当にただの石槍だったはずだけど……?」


「ああ、そちらはつい今しがた発現した私の技ですね」


「今しがた!?」


「ええ。別に驚かなくても、互情さんが【迅雷撃】を発現させた時と同じですよ。えっと少々お待ちください」


 驚く竜昇にあっさりとそう言って、静は腰のウェストポーチから自分のスマートフォンを取り出して自分のステータス画面を呼び出し始める。

 今しがた発現したと、そんな風にあっさりと言ってくれた静の言葉には流石に半信半疑だった竜昇だが、しかし直後に修得を示す画面を見せられたことで否応なくその証言を信じざるを得なくなった。


「……【纏力スキル】三の型、【鋼纏】、本当だ、確かに習得してる」


「恐らく、先ほどのトイレの敵が使っていたのと同じ技でしょう。あの敵も同じように【纏力スキル】のようなものを使っていましたし、私の中でもあの敵を見た後から、何かを思い出せそうで思い出せないとでもいうような、そんな感覚がずっとありましたから」


「それが今の局面で、ぎりぎり知識を引き出すことに成功したってことか……」


「ええ。どうにもこの石槍では、つっかい棒にしても耐え切れずに折られてしまいそうだなと思いまして、なんとか補強すべきではと考えていたらこの技が頭に浮かびました」


 静の物言いに、竜昇はなんとなくではあるがこの技の知識を静が引っ張り出せたその理由を推察する。

 もとより実際に技や魔法が使われている様子を見ることで、スキルの知識を引き出せることは何度かのスキル習得の際に確認されているのだ。

 生憎と今回はすぐに知識を引き出すことはできなかったようだが、しかし実際にこの【鋼纏】が必要な局面に直面したことで遅まきながらも修得するところにまでこぎつけた、ということなのだろう。


「それにしても【鋼纏】か……。これって、前から使ってる【甲纏】とは違う技なんだよな?」


「ええ。用途に似たところはありますが基本的に別の技です。これについては効果を比べた方がわかりやすいかもしれませんね」


 そう言うと、静は竜昇から石槍を受け取って魔力を流し、槍の表面を金属の膜で包むように質感を変化させる。


「特徴としては、対象とした物体がコーティングした金属の厚みに応じた強度を得ることでしょうか。【甲纏】と違って硬度を得ますから、武器としての使用にはこちらの方が向いているかと思います。ただ弱点としては、金属で包む分対象とした物体が重くなるのと、電気や熱と言った攻撃からは身を守れないことがありますね」


「確かに、重くなってるな」


 静が硬質化して見せた金属棒を手に取り、竜昇はその効果を自分の手で改めて確かめる。

 どうやら【鋼纏】というこの技は、これまでの【甲纏】とは似て非なる技のようだった。何となく防御的イメージのある両者ではあるが、一応それぞれに利点と欠点があり、用途や条件によって使い分ける必要があるように思う。


「あと、表面をコーティングする分刃物などの場合は厚みが増してしまうので、切れ味は少々悪くなるかと思います。鈍器として使うなら【鋼纏】、刃物を補強するなら【甲纏】の方が向いているかと」


「単純な上位互換とかではなくて、一応の差別化はできるってことか」


「というよりも、どうも本来は【鋼纏】の弱点を補うために開発されたのが【甲纏】という技だったようですね。字が違うだけで読みが同じなのも、案外そのあたりに理由があるのかもしれません」


「……それも、スキルによる知識の恩恵なのか? そんなことまで収録されてるのかよ、これ」


「まあ、私としては開発過程はどうでもいいので、もっと役に立つ知識を引き出したかったところですが」


 そんな風に、あっさりと自身が引き出した知識を流してしまった静だったが、しかし生憎竜昇の方は今聞いた情報をそうやすやすとは聞き流せなかった。

 なにしろ、今静が話していたのは紛れもない【鋼纏】と【甲纏】という二つの技術の、その開発過程にあたるエピソードである。単なるそれっぽい作りフレーバーテキストという線もないわけではないが、しかしもしもこの話が真実ならば、竜昇たちが習得したスキルの技術は単なるこのビルの中だけの設定ではない、それぞれの技術の開発過程と、そして開発した人間がいたということになる。

 だとしたら、その人物、あるいはその人物たちはいったいどこのどういう存在だったのか。

 そしてこの不問ビルのゲームに、いったいどういう形でかかわっているというのか。


(このスキルは、いったいどこから持って来られたものなんだ……?)


 内心の問いかけに、しかし答えるものはどこにもいない。

 その代わりにあったのは、いつの間にか竜昇の背後へと歩を進めていた静の、何かを見つけたかのような一言だった。


「これは……?」


「小原さん?」


 振り返れば、いつの間にか静は一人背後に残るグランドピアノ、先ほど竜昇の電撃によって核と弦を焼かれたその残骸の方へと歩み寄り、ふたを開けてその中を覗き込むべく体を突っ込んでいた。

 先ほどそこに挟みつぶされかけた身としては思わずひやりとするような光景だったが、しかしそんな竜昇の内心にはお構いなしに、静は用を済ませたのか身体を引き抜くと、ピアノの内部にあったらしいものを竜昇の方へと示して見せた。

 人が走るような絵柄の書かれた、絵柄以外は見覚えのある一枚のカードを。


「それは……!!」


「スキルカード、のようですね。何のスキルかは調べてみる必要がありますが」


「よくその中にあるなんてわかったな……」


「いえ、これに関しましてはただの希望的観測です。どうにもこのピアノ、これまでの敵と違うように感じたと言いますか。ピアノが動いているというよりも、ピアノに憑りついた敵が動かしているように見えたと言いますか――。いえ、お話はまた後ですね」


 と、話しながらもスマートフォンを取り出し、カードを調べようとしていた静が急遽それを取りやめ、カードを腰のポーチにしまって代わりに十手を抜き放つ。

 見るも明らかな臨戦態勢に竜昇も背後に視線をやると、確かに下りたばかりの三階、その廊下の向こうに、一体の人影が立っていた。

 床を踏みしめる裸足の足。服の類を一切纏わない裸の子供。

 ただしそれが人間ではないことを示すように、その顔の右半分は皮膚の類が一切なく、胴体部に至っては内臓が丸見えになっている。


「理科室の、人体模型……!!」


「あれが人間同様に動いているというのは、確かに実際に見るとホラーな光景ですね」


 本当にそう思っているのかも疑わしい冷静な声でそう言いながら、静は十手を持つ手とは反対の手で古銭をポーチから引き出しつつ竜昇の前へと歩み出る。


 そうして、竜昇たちが位置を入れ替え、短く会話を交わしたその直後、目の前の静と廊下の彼方の人体模型がほとんど同時に動き出す。

 彼方の人体模型が一瞬身を沈めて、次の瞬間には猛烈なスピードでこちらへ向けて走り出す。

 見れば、その両手にはそれぞれ武器のようなものが一本づつ握られていた。どうやら敵は近接系の武器使い。形状から見て刃物ではないようで、どうやら棍棒か何かを両手に装備して襲ってきているらしい。


「――剛纏」


対して、静の方も走りながら己の体に迎撃のための力を行使する。

筋力を強化する赤いオーラで全身を包み込み、右手に電撃仕込の十手を携えて、まず静は左手に持っていた投げ銭用の古銭を続けざまに三枚投擲する。

 投げ放たれた古銭の方も、こちらも竜昇の魔法によって電撃を仕込まれた代物だ。直撃すればもちろんのこと、武器で弾くなどしても確実に電撃が炸裂し、相手の人体模型はその効果によって一瞬でも動きを阻まれることになる。

 だがこの時、こちらへ向けて一直線に走っていた人体模型がとったのは武器による迎撃ではなく跳躍による投げ銭そのものからの回避という手段だった。


(こいつ、これまでの奴らより動きがいい――!!)


 軽やかに飛び上がり、左手の窓枠に足をかけるようにして、迫る静のその真上まで、内臓むき出しの人体模型が飛び上がる。

 両手に握る棍棒らしきものを頭の後ろにまで振りかぶり、迫る静の脳天目がけて一遍の容赦もなく振り下ろす。


「――シールド」


 対して静の方も負けじとすぐさま手札を切っていた。

 左手にはめた籠手、その特殊効果によってすぐさまシールドを展開し、落ちてくる敵に体当たりを敢行するように、シールドそのものを相手の攻撃へと叩き込む。


 シールドを展開してのシールドアタックが人体模型の棍棒と激突し、竜昇が空中にいる人体模型の方がふっ飛ばされると予想した、次の瞬間。


「――!?」


 ゴバッ、っという音と共に吹き飛ばされたのは、シールドを展開したまま突っ込んだ静の方だった。

 まるで傘をさしたまま突風にでもあおられたようにその態勢が崩れ、直後に竜昇の元へまで彼女をあおったらしい強風が吹き抜ける。

 その中に隠しようもない、魔力の気配を伴って。


(――これは――!!)


 竜昇の目の前で、とっさにシールドを解除した静が体勢を立て直す。

 すぐさま左手で小太刀を引き抜き、静は着地と同時に距離を詰めてきていた人体模型の両の棍棒を己の二本の武器で受け止めた。


 直後。再び強烈な突風が炸裂し、その余波とも言える風圧が竜昇のもとにまで襲い掛かって来る。


「――ッ!!」


 とっさに両手を構えて吹き付ける風から顔を守り、その場で両足を踏ん張り、踏みとどまる竜昇だったが、しかしそんな暴風を至近距離で受けてしまった静の方はそうもいかない。

 攻撃を受け止めたその瞬間、静のスカートが勢い良く後ろにはためいて、静の両脚がそれに引っ張られるようにして床上を滑り出す。


「小原さん――!!」


 踏みとどまれない。

 次の瞬間、静の両脚が床を離れて宙に浮き、ただでさえ軽い静の体が勢いよく竜昇の方へと吹っ飛んできた。


「グッ――!!」


 飛来する静に、とっさに構えた腕でそれを受け止めた竜昇だったが、しかしこの暴風の中人一人受け止めてその場に留まれるわけもない。

 ほとんど巻き込まれるような形で竜昇もまた背後へと吹き飛ばされ、静と共に廊下を転がって、どうにか先ほど倒したピアノの近くまで来て静止した。


「大丈夫か、小原さん……」


「ええ。とりあえずはおかげさまで」


 言葉を交わしながらどうにか身を起こし、すぐさま竜昇は眼前の敵、自分たちをふっ飛ばした人体模型へと視線を向ける。

 即座に追撃が来ることを警戒していた竜昇だったが、どうやら敵の方も全くのノーダメージというわけではなかったらしい。

 どうやら棍棒を静に受け止められた際、十手と小太刀に仕込んでおいた【静雷撃】が発動していたようで、見れば、人体模型もまたその場に膝をつき、すぐに動くことができずにその場で足を止めてしまっていた。

 とは言え、そうして見せた隙は決してそう長い時間ではない。


「吹き飛ばされていなければあのまま止めをさせたのですが、厄介ですね、あの突風の技」


 二人が立ち上がるとほぼ同時に、人体模型の方も体勢を立て直して身構える。

 どうやら電撃によって動きの止まった隙をつくには、少々距離を取られすぎたらしい。


「武器を叩きつけた相手を吹き飛ばす風の魔法、いや、技なのか? まあ、どちらにしても厄介であることに変わりはないんだが……」


「どちらかと言えば技なのではないかと思います。あの骨の周囲にあらかじめ魔力の空気を纏わせておいて、こちらとの接触の瞬間に炸裂させたのではないかと……」


「そう言う原理なのか……、って骨?」


 静の言葉に含まれる不可解な単語に気付き、竜昇はふと観察していた人体模型の敵の、その手の棍棒の様なものに目を凝らす。

 言われたときにはまさかと思ったが、しかし暗がりでシルエットしか見えていなかったその棍棒は、言われてみれば確かに何かの生き物の骨のようだった。驚いたことにこの人体模型、骨をこん棒代わりに振り回して襲ってきていたらしい。


「ほ、ホントだ……。骨だ。なんでこいつよりによって骨を武器にしてんだ……?」


「さあ……。察するにあの骨、ルームメイトのものなのではないでしょうか?」


「ルームメイト……、ってなんだ?」


「いえ、ですから理科室どうしつ骨格標本おともだちのものなのではないかと」


「友達の扱いが雑すぎじゃねぇかな……!?」


「―-来ます!!」


静に言葉と共に突き飛ばされた次の瞬間、寸前まで竜昇がいたその場所に棍棒を振り上げた人体模型が降って来る。

 魔力を纏う二本の棍棒が床を砕いて、同時に左右に分かれた竜昇と静の身に激烈な暴風が襲い掛かる。


(―-くッ!!)


 踏みとどまれないと踏んでとっさにシールドを展開し、竜昇は自身を包む防壁の球体でどうにか背後の壁に叩き付けられる事態だけは回避する。

 至近距離で見ていたため、今度は竜昇にも何が起きたのかは大体わかった。

 棍棒の先端、そこに渦巻いていた空気の塊のようなものが廊下にたたきつけられた瞬間に炸裂し、強烈な暴風となって周囲に拡散し、二人の身に襲い掛かってきたのだ。


(この能力、近距離戦では分が悪い――!!)


 シールドを発動させたことで風圧をもろに受けて余計に吹き飛ばされる羽目にはなったが、幸いにも廊下から階段前の広場まで押し戻されていたために返って距離を余計に取ることはできていた。

 敵の能力を考えれば近距離戦はないと、すぐさま魔法による反撃を考えて、竜昇はすぐさま呪符を抜き放ち、魔法を発動させるべく魔力を込める。


 術式を構築する間も惜しいととにかく速度を優先して準備した【雷撃】の魔法。

 だがそれを発動させようとしたその瞬間、薄暗い夜の廊下の先に、もう一体別の何かが現れていることに気が付いた。


(――!?)


 反射的に視線をやって、竜昇は先ほど確認した教室の少し先、校舎の中央に設けられた階段付近に、その存在が現れているのを視認する。


 そこに立っていたのは、人体模型と同じく子供と思われる小柄な人影。

 背中に荷物を背負い、手元に本を抱えた着物姿の人影は、ある種学校を舞台にした怪談の定番と言ってもいい。働きながら学んだエピソードで有名なとある偉人の、その少年時代の姿をかたどった銅像だった。


(二宮、金治郎像――!!)


 同時に気付く。現れた銅像の背後に、いつの間にか青黒い色をした、まるで闇に溶け込むような色合いの鬼火が六発も出現しているということに。

 そしてその鬼火が、決してこけおどしではない、確かな攻撃力を持った魔法であるという、そんな現実に。


(まずい――!!)


 唐突な事態に自分が一瞬硬直していたことに気付き、竜昇がとっさに手にしていて呪符を向けようとした時にはもう遅かった。

 銅像の背後に浮遊していた六発の鬼火が次々と撃ちだされ、立ち尽くす竜昇目がけて襲い掛かる。

 六つの爆発音が直後に響き、鬼火の熱波が暗い廊下を吹き抜ける。




互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:26

  雷撃ショックボルト

  静雷撃サイレントボルト

  迅雷撃フィアボルト

 護法スキル:13

  守護障壁

  探査波動

  治癒練功

装備

 石斧×2

 石槍

 雷撃の呪符×5

 静雷の呪符×3

 迅雷の呪符×1




小原静

スキル

 投擲スキル:12

  投擲の心得

  螺穿スパイラル

  回円サイクル

 纏力スキル:12(↑)

  二の型・剛纏

  四の型・甲纏


装備

 磁引の十手

 加重の小太刀

 武者の結界籠手

 小さなナイフ

 永楽通宝×10

 雷撃の呪符×4

 静雷の呪符×3

 迅雷の呪符×1


保有アイテム

 雷の魔導書

 集水の竹水筒

 思念符×76

 神造物(?)

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