43:俊敏なる人食いピアノ

 暗い夜の学校の廊下で閃光がほとばしる。

 光の出どころは二人の人間が放った電撃の交差で、そしてその電撃は確かに竜昇たちの目の前で標的として狙ったピアノを貫いていた。

 ピアノの各所から黒い煙が一気に吹き上がり、そのダメージの確かさを視覚的に竜昇たちにも伝えてくる。

 だが――。


「―-ッ!!」


 とっさに静が飛び退いたその直後、ピアノが電撃のダメージもお構いなしに突撃し、背後にあった扉を突き破って教室の中へと飛び込んだ。

 中から机をふっ飛ばすけたたましい破砕音が耳へと届き、その突撃の破壊力をいやという程に物語る。


「電撃が効いてない?」


「いえ、煙が出ているところを見るとダメージはあるようです。ただ、マヒさせたり、動きを止める効果は出ていません」


 竜昇の疑問に、静が冷静な声でそんな分析を伝えてくる。

 そしてその分析を聞いて、竜昇は何となくその理由については察しがついた。


「まさか、こいつが無機物じゃないから、だから電撃に麻痺させられないってことなのか?」


「むしろ私は、今までの敵が生物としての性質に従っていたことの方に驚きなのですが……」


 理由について軽く意見を交わし合うが、すぐに竜昇はその思考を半ばで打ち切った。

 今重要なのは電撃が効かない理由ではなくその相手への対策だ。

 その中でも最も分かりやすいのは、敵の弱点である核を直接破壊してしまうという手段なのだが。


「そういえばこいつ、核はどこだ? 見たところどこにも見当たらないが」


「多分ピアノの弦が入っている、あの蓋の中ではないでしょうか。だとしたら少々厄介です。ただでさえシールド持ちで攻撃が通りにくいというのに、ふたによる物理的な壁まであるのですから」


 二人で分析の言葉を交わすその間にも、教室に飛び込んだピアノががたがたと動き、直後に再び高速スピンして周りの机やいすを弾き飛ばす。

 再び教室の中が滅茶苦茶になる音があたりに響き、不快な演奏を続けるピアノが再び自由を取り戻す。


「――ッ、移動しよう。ここであいつの相手をするのはいくらんでもまずい」


「ですが互情さん、いったいどこに逃げるおつもりですか? あのピアノを相手に狭い廊下で戦うのは不利すぎます。教室の中でもあの通り滅茶苦茶な暴れようだというのに」


 静の言う通り、この学校という環境はシールド共に真っ直ぐに突っ込んでくる敵には絶好の環境だ。少なくとも廊下で戦うのはどう考えても不利である。

 なにしろピアノの横幅が広すぎて廊下ではほとんど避けるスペースが無いのだ。例外があるとすれば先ほどのトイレの前の広い空間だが、あそことてこの敵と戦うのにそれほど有利な場所とは言いきれない。

 教室も危険、トイレや更衣室の中などもってのほかだ。となれば、後に残る場所はいったいどこか。


「―-階段だ、小原さん、階段まで走れ!!」


 思いつき、竜昇は陸上部の脚力にものを言わせてすぐさまトイレ前の空間、その向こうにある上下の階段を目指して走る。

 一瞬上か下、どちらを選ぶかで迷ったが、竜昇はすぐさま下への道を行くことに決めた。上の方が追って来にくいかとも思ったが、この学校の構造で上となるともう出られるかどうかも怪しい屋上しか残っていない。車輪で動くピアノがまともに走ることのできない段差を使うというのであれば、逃げ場があるかどうかもわからない上の階より、急いで降りられる下の階の方が都合がいい。


「このまま下に下りる。あのピアノじゃ階段はまともに下りられないはずだ」


「わかりました。互情さんは先に下りてください」


 竜昇の指示に対して、静が全身に筋力強化の赤いオーラを纏って、その場で身構える。


 いぶかしむまでもない、静がその対応をした次の瞬間には、教室の中に居たピアノがけたたましい音と共に教室の中から飛び出してきたのだ。

 先ほどのピアノの勢いを考えれば、このままでは階段にたどり着く前に追いつかれる。


「――頼んだ!!」


「――頼まれます」


 抵抗が無いわけではなかったが、しかし保有する異能と向き不向きで判断を下して竜昇はそのまま階段目がけて一気に駆け抜ける。

 ほとんど飛び下りるようにして一気に踊り場まで駆けおりて、そうして背後で時間稼ぎに残った静へと合図を送る。


「小原さん!!」


 声の直後に響く激突音。

 そしてその激突から逃れたらしい静が赤いオーラを纏ったまま階段上へと姿を現し、跳躍によって踊り場までを一気に飛び下りて竜昇の目の前まで追いついてきた。


「やはり濡れた服は動きにくい。危うくひき殺されるところでした」


「ピアノは?」


「すぐに来ます。互情さん、迎撃の準備を」


 どうやら竜昇の狙いを正確に察していたらしい静がそう言って、竜昇と静は踊り場から少し離れるようにして、下への階段へと少しだけ下がる。

 敵であるピアノの移動は基本は車輪によるものだ。平らな場所では速く動けるかもしれないが段差移動には基本的に弱い。

 もしもあの敵が階段下の竜昇たちを追おうとしても、あのピアノではまともに階段を下りることは不可能なはずなのだ。となれば、ピアノは高確率で階段を下りるよりも、落ちるような形でこちらに向かってくる可能性が高い。


 そしてそうなればそれは好都合だ。

 仮に落下の衝撃で転倒でもしてくれれば、それはあの敵を倒す絶好の隙になるだろう。


 そう思い、敵を待ち受ける竜昇たちの耳に、ふとピアノの曲調が変化したのを感じ取る。

 これまで犯罪的に下手くそながらもかろうじて曲の体裁を保っていたピアノの音が、突如曲とは違う、別の音へと変化したのだ。

 まるで車のエンジンをふかすその音を、無理やりにピアノで再現したようなそんな音に。


(―-なんだ? なにか来る――!!)


 と、思ったその瞬間。

 突如巨大なグランドピアノが階段の壁に張り付くようにして現れて、さらにそこから跳躍して踊り場の上の壁へと飛び移った。


「――なっ!?」


 驚きに、流石に唖然とする。

 まるで壁を走るような、グランドピアノの重さを感じさせない軽やかな動き。

 否、ようなというか、実際にこのピアノは壁を走り、壁から壁に飛び移っている。

 ピアノを支える三本の足、そのうち鍵盤側に配置された二本の足がまるで生き物の後ろ足のように稼働して。

 その姿はまるで、獲物に飛びつく直前の獣のようで。


「「――シールド!!」」


 とっさの判断はほぼ同時で全く同じ。

 だが静と竜昇では、立っていた位置故か見舞われた結果が別々だった。


 隣に立つ静の体が、シールドごしにピアノの直撃を受けて階下へと吹き飛ばされる。


 いかにシールド越しとは言え、巨大な質量を持つグランドピアノの激突だ。本来ならばそれを受けた彼女の身を案じるべきなのだろうが、生憎と竜昇の方もそれどころではない事態に陥っていた。


 とびかかるピアノが静のシールドに直撃するその寸前、ピアノの弦のふたがまるで獣の顎のように開き、まるで喰いつくように竜昇のシールドを挟み付けて捉えていたのだ。


「なん、だぁぁぁああああッッッ!!」


 シールドを展開したまま竜昇の視界が振り回され、強烈な遠心力を感じて思わず竜昇は悲鳴をあげる。

 ようやく止まったことで自身を咥え込んだピアノが無事階下に着地したことはかろうじて理解できたが、生憎と竜昇の陥った状況はそれで安心などできないくらいにはのっぴきならないものだった。


「うぐぅおぅッ!!」


 シールド越しに再びの激しい衝撃が襲い、竜昇の背中側のシールドに卵を打ち付けたようなひびが入る。

 こちらも驚くべきことに、シールドを展開した竜昇を加え込んだピアノが、その状態のまま壁へと突っ込んで竜昇のシールドを壁へと叩き付けたのだ。

 そして流石にここまでされれば、いかに混乱した状態でもこの敵がやろうとしていることは大体理解できた。


(……こいつ、シールドを叩き割って俺に直接食いつく気か――!!)


 今の竜昇は、体を横倒しにしたままピアノのふたと本体の間に挟まれて、潰されるのをかろうじて展開されたシールドによって阻まれているような状態だ。当然シールドが失われる事態になれば、竜昇の体はピアノのふたによって、恐らくは万力のような力で挟み付けられることになる。

 流石にピアノであるため牙までは生えていないようだったが、それでもこの巨大な蓋に挟み付けられて無事でいられるとは到底思えないし、仮に無事だったとしても、このピアノには竜昇を挟んで捕らえたまま壁に突っ込むという手段もあるのだ。そうなった場合、竜昇は高確率でそのまま壁の染みへと変えられてしまう。


(……く、敵の弱点が目の前にあるって言うのに……!!)


 ピアノのふたが開き、それに挟まれたことで、竜昇の目の前、弦が収まるピアノの奥には既にこの敵の核と思しき赤い輝きが瞬いている。

 手を伸ばせば届く距離。電撃を撃ち込めば破壊できるその位置にあるというのに、竜昇と核の間には竜昇自身を守るシールドが展開されていて攻撃を撃ち込めない。


(……ッ、いやなジレンマだ。こっちの防御を捨てれば攻撃できるけど、攻撃しようとすればこっちが潰されるのが目に見えているなんて……!!)


 かくなる上は、攻撃と同時にシールドを解除し、一か八かの賭けに出るべきかと思ったが、しかしそれを実行する前に次の動きが先に襲ってきた。


「―-互情さん!!」


「―-うおっ!?」


 静の声に、ピアノが竜昇を挟み付けたまま勢いよく回転し、声の主の方向へと挟み付けた竜昇を差し向けるように振り返る。


(―-くッ、コイツ、俺を盾に――!!)


 見れば、静は槍でも投げるように短い棒状の何かを振りかぶり、今まさにそれを投擲しようとしていたところだった。

 恐らく側面からピアノの中に投げ込むつもりだったのだろう。肩に担ぐように構えられた細長い何かが竜昇を盾にされたことで一瞬止まり――。


「そのまま動かないで――!!」


「―-は!?」


 その一瞬後には、鋭い声と共に静が動きを再開し、やり投げの鋭い投擲で持っていたものを竜昇目がけて投げ放った。


「うぉぉおおッ!!」


 直後、シールドの後方、先ほどピアノによって壁へと叩き付けられ、ひびが入っていた箇所を突き破り、静が持っていた槍状の何かがシールド内部へと飛び込んでくる。


「な、な、ああ――」


 シールド内部で横向きに浮いたようになっていた竜昇のすぐ上、ほとんどわき腹をかすめるようにして侵入してきた何かの存在に、竜昇もさすがに驚きを隠せず、その思考が一瞬混乱に満たされる。

 恐らく使われたのは、先ほど新たに習得したという投擲スキルの技のどちらかだったのだろう。明らかにただの投擲では有り得ない、シールドを突き破る螺旋の回転を伴って侵入してきたその槍は、しかしシールドを突き破ったことで力を使い果たしたのか、反対側の壁にぶつかったことでその動きを止めて竜昇の体の上へと落ちて来た。


 同時に、後部を貫かれたことでシールドのヒビが全体へと広がり始め、竜昇の余命の秒読みを開始する。


「使ってください互情さん。早くそれを構えて――!!」


「――ッ!!」


 次の瞬間にはシールドが砕け、噛み潰されようとしていたその寸前、混乱していた竜昇の思考が静の言葉を受けてようやくまともに稼働する。


(ったく、小原さんも結構無茶を言うよなぁッ!!)


 思いつつ、慌てて竜昇が飛び込んできた槍を掴んだその直後。

 ついに竜昇を守っていたシールドが完全に砕け散り、阻むものを失ったピアノのふたが勢いよく竜昇の上へと降って来る。

 人一人噛み潰すのに牙などいらないと、間に挟まれた竜昇を圧殺するべく、ピアノのふた部分に激烈な圧力をかけてそれを振り下ろして――。


 ―-直後に重い衝突音と共に、何かによってその動きを阻まれた。


「まったく、シールド突き破ってつっかい棒投げ込むとか、小原さんも相当無茶なことをしてくれる……!!」


 見れば、ピアノのふたの真下で横向きになった竜昇が、先ほど静によって投げ込まれた金属質の棒を蓋に対して垂直に構えて、その蓋の閉まる動きをぎりぎりのところで阻んでいた。

 静が画策し、竜昇が行った行為は実に簡単だ。静が用意した棒状の物体を竜昇がつっかい棒代わりにして蓋が閉まるのを阻害する。

 そして、閉じる蓋の動きさえ阻めれば、後に残るのはむき出しの核と、その間近で右手を差し向ける竜昇、それだけだ。


「食い物が欲しけりゃこれでも食っとけ――【雷撃ショックボルト】」


 伸ばしたその手がピアノの核をつかみ取り、起動した魔法が敵の弱点へとゼロ距離から放たれる。

 放たれた雷光がピアノの内部を明るく照らして、敵の命を中の弦ごと完膚なきまでに焼き尽くした。





互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:26

  雷撃ショックボルト

  静雷撃サイレントボルト

  迅雷撃フィアボルト

 護法スキル:13

  守護障壁

  探査波動

  治癒練功

装備

 石斧×2

 石槍

 雷撃の呪符×5

 静雷の呪符×3

 迅雷の呪符×1




小原静

スキル

 投擲スキル:12

  投擲の心得

  螺穿スパイラル

  回円サイクル

 纏力スキル:10(↑)

  二の型・剛纏

  四の型・甲纏


装備

 磁引の十手

 加重の小太刀

 武者の結界籠手

 小さなナイフ

 永楽通宝×10

 雷撃の呪符×4

 静雷の呪符×3

 迅雷の呪符×1


保有アイテム

 雷の魔導書

 集水の竹水筒

 思念符×76

 神造物(?)


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