42:目指すべき場所
「それにしても、我ながら酷い格好になってしまいましたね」
“全ての用”を済ませ、その後に自分のありさまを見直した静が、ため息をつくようにそんなことを言う。
ちなみに、ここで済ませた用について、竜昇は今後なにかを言及するつもりはない。唯一なにかを言うとしたならば、誤解を招かぬように間に合ったらしいということだけを語るくらいだろう。
さておき、自身も“用”を済ませた竜昇が廊下へと戻ってきた直後、静がぽつりと漏らしたのがそんな言葉である。竜昇としても気持ちはわからなくはない。なにしろ今の静は、頭から水をかぶって全身びしょ濡れの酷いありさまだったのだから。
「敵を倒すために致し方なかったとはいえ、制服のまま水浴びというのはするものではありませんね。一応絞っては見ましたが、服は重いし張り付くしで動きにくくて仕方がありません」
静の言う通り、今の彼女の格好は霧岸女学園の制服が水浸しになった酷いありさまだった。幸い、竜昇たちが今いる階層は温度はそれほど低くないため、服に体温を奪われても即座に危険はないようだったが、しかし竜昇個人として言わせてもらえば、濡れた髪や服が肌に張り付いたせいで体のラインが浮かび上がってしまっており、なかなかに目のやり場に困るような、危険な格好になってしまっている。
先ほど敵に襲われた際、静は破裂した水道管からの水を頭から浴びたうえ、水が降り注ぐその中心に躊躇なく踏み込んで敵に止めを刺していた。
それ自体は、最速で敵を倒すためには仕方がなかったわけだが、しかしそのせいで彼女は頭からつま先まで全身びしょ濡れになってしまったのである。
竜昇としても、せめてタオルの一つも渡してやりたいところではあったのだが、しかし竜昇がこのビルに持ち込んでいた唯一のタオルは竜昇自身の怪我の治療に使ってしまって血塗れになってしまったため、怪我を直した後もう用もないだろうと既に捨ててきてしまっていた。
仮にあれを拾いに戻ったとしても、びしょ濡れの静に渡す気にはとてもなれない状態である。拭くものを渡すという選択肢は、当面はあきらめるよりほかにない。
「こうなってくると、どこかで服の替えを調達する必要がありますね。致し方なかったとはいえ、スカートに革靴でいつまでも暴れているわけにもいきませんし、できれば互情さんのようなジャージか、あるいは体操服のようなものを調達したいところです」
恐らくはここが学校である故にそう考えたのだろう。確かに動き回ることを考えた時、体操服というのは現実的でいい考えかも知れなかった。
「となると、後はどこで調達するかだが……。そこに更衣室らしい場所があるし、ロッカーの中でも探してみるか?」
「おやおや、女子更衣室への侵入を企まれるとは、互情さんも頼もしくなってきたものです。とは言え、そちらはどちらかと言えば望み薄かと思っているのですよね……」
「別に女子更衣室に限るつもりはないけどな。それにしても、望み薄って言うのは何でまた?」
「いえ、先ほどから机の中をあさっても、生徒の荷物らしきものが何も出てこないので」
静の物言いに、竜昇もそう言えばと先ほどの教室でバリケードを築いた際、机の中が空っぽだったのを思い出す。なるほど、それを考えるならば、仮に更衣室のロッカーをあさったとしてもその中に何も入っていないという可能性は十分に考えられる。
「それでなくとも、ロッカーならばカギの一つくらいはかかっているでしょうし、苦労して開けて中身が空っぽでは労力に見合わないでしょう。むしろ私は、学校内にある施設を利用することを考えていました」
「施設って言うと、どこのことだ? 他に着替えが手に入りそうな場所って言うと……、もしかして購買か?」
「ええ。もっともこれは他の物資も見込んでの話ですが、まずは購買を探してみるというのは今後の方針としてはありでしょう。それでなくとも私たちの手元には食料がありませんから、できるならば購買のパンくらいここで確保していきたいところです」
「確かにな」
別段忘れていなかったわけではないが、竜昇たちはこのビルに足を踏み入れてからかれこれもう半日以上、途中でドロップした一個半のおにぎり以外、集水の竹水筒で得られる水くらいしか口にできていない。
実際、竜昇も竜昇で、この学校内で何とか食料を入手できないかとひそかに期待したくらいなのだ。もっとも竜昇の場合、入手先は購買よりもむしろ食堂の方が頭に浮かんでいたのだが。
「となると、行き先として購買はまず確定か。優先して捜索するのは着替えと食料と……。あと、ここで調達できそうな、調達していくべきものって言うと何だろう?」
「そうですね……。やはりここは保健室かどこかで、手当の道具一式くらいは調達していきたいところです。この先、負傷する可能性は無視できませんし、そうなったときいくら互情さんの護法スキルがあると言っても、傷に巻く包帯の一つもなければ話になりません」
「確かにな」
静の言葉に実体験を思い出して納得し、竜昇は一度左腕を見ながら頷き返す。
今でこそ傷は治すことができたが、昨晩負傷してその手当にすら困ったのは記憶に新しい。竜昇の持つ【治癒練功】は一晩で傷を治せる非常に便利な能力ではあるものの、それは逆に言えば傷を治すのに一晩かかってしまうということでもある。傷が治るまでの間の応急処置であっても、手当てができる道具というのはぜひとも欲しいところだった。
「となると、探すべきは保健室あたりか? 購買もそうだけど、場所はどこにあるんだろう」
「定かではありませんが、どちらも何となく一階にある印象がありますね。特に保健室など、体育の授業でグラウンドから生徒が運ばれてくる可能性がある場所ですから」
「なるほど……。あとこの先必要になりそうなものは……」
「特別その二か所以外で調達するものは思いつきませんね。できればシャワーの一つも浴びたいところでしたが」
「まあ、トイレだけでもこの騒ぎだからな……。その辺は様子を見ながら決めた方がいいか……。ああそうだ。一つだけ、こいつの充電器だけは早急に確保する必要があるな」
そう言って、竜昇はポケットから取り出した自分たちの生命線、鑑定やステータス画面などを含むメニューアプリがインストールされたスマートフォンの存在を提示する。
そのバッテリー残量は、おおよそ七十パーセントほど。
単純計算ではあるものの、このままでは三日と持たずにバッテリー切れを起こす計算だった。
その後、レベルの確認や装備の準備を整えたのち、竜昇たちは一応更衣室のロッカーを探ってみることにした。
ちなみにレベルに関しては、静の【纏力スキル】のレベルが一つ上昇していたくらいで、それ以外に大きな変化は起こっていない。
静としては何やら納得がいっていない様子だったが、しかし敵地で碌な拠点も築かないままのんびりともしていられない。続けて近くにあった女子更衣室に押し入ってロッカーの中を物色し始める竜昇たちだったが、しかし十分と捜索しないうちに着替えの調達はあきらめることとなった。
これについては半ば予想通りというべきか、ロッカーの中はどこもからっぽで必要とする物資は何一つ調達できなかったのだ。
幸い、中身が空である故なのか、鍵などはかかっておらず、そのおかげで捜索自体はそれほど難しくなかったのだが、しかしそれでも徒労と言ってしまえば完全な徒労である。
次に、隣の小校舎に続く通路の方へも行ってみたが、こちらは今度は防火扉で閉ざされており、押しても引いても扉はびくともしなかった。他の階については調べてみなければわからないが、しかしこうなって来ると目指すべき場所と辿るべき経路にも見当がついてくる。
「今回のボス部屋は、あそこに見える体育館かも知れないな」
「ちなみにそれは、どういった根拠による推測ですか?」
「いや、単純にボス部屋ってもんが広い場所だろうって言う先入観が根拠だな。見たところ、ここから建物を出ずに行ける場所で、一番広そうなのがあの体育館だし」
台形型に配置された四つの校舎と、そのうち一番小さな校舎の、その向こう側に見える体育館の配置を確認して、何となく竜昇はある種の直感でそう判断する。
加えて言うならば、小校舎に通じる通路が使えないというこの現状で、恐らくは一番遠い場所となるのがその体育館だったというのも大きな理由だ。ここから体育館に行こうと思ったら、反対側の大校舎を経由して正面に見える校舎に向かい、そこから小校舎に渡ってその向こうの体育館を目指さなければならない。
確証も保証もどこにもないが、しかしそれほど外れた推理をしているとも思えない所ではある。
「そうですね。どちらにせよ他に目星もついていないことですし、まずゴールは体育館と見て進みましょうか。保健室や購買も探さねばなりませんから、一直線に進むというわけにもいきませんが」
「捜索するとなると、まずは一階か」
そう考えて、竜昇たちは一度来た道を戻って小校舎への通路を後にする。
とは言ってもその距離はたったの十メートルもない。角を右に曲がれば先ほど利用して、そして半壊させたトイレがある場所だし、左に曲がれば下の階へと続く階段が配置されている。
竜昇としては、最初トイレに行く前は一度先ほどの教室に戻って話し合いを詰めるべきかとも思っていたのだが、しかし一度出発して、最後の話題であるこの先の予定を話し終えてしまった現状、いつまでもあの教室でグズグズしている理由はない。
びしょ濡れの静のありさまを早めに何とかするためにも、ここは足を止めずにとっとと先に進むべきところだろう。
そう思い、角を左に曲がって、まずは下の階へと向かおうと思っていた竜昇だったが、しかし曲がり角に差し掛かったあたりで先を歩く静にその歩みを手で制された。
「どうした――、ッ!?」
問うてから、しかしその問いかけが全く不要であったことを理解する。
何しろ彼女が足を止めたその理由が、トイレの前の廊下の、少し広くなったその場所に堂々と鎮座していたのだから。
「念のためお聞きしましょうか、互情さん。先ほどこんなところに、ピアノなどありましたか?」
「……いいや、どれだけ思い出しても影も形もなかったよ」
驚くべきことに、いったいいつの間に現れたものなのか、先ほどまで竜昇たちもとどまっていたその場所には、一台のグランドピアノがいつの間にか鎮座していた。
普通に考えれば誰かが移動させてきたということになるのだろう。実際巨大なグランドピアノでも、学校の廊下を通れないほど大きいというわけではない。
だがそんな普通の思考がこの不問ビルの中で適応されるなどという考え自体を、すでに竜昇たちは持っていない。
なにより、この階層のコンセプト、恐らくは学校の怪談をモデルにしていると考えるのならば、音楽室のピアノはむしろ定番と言っていい存在なのだから。
竜昇が鞄を担ぎ直して左手に石槍を持ち、静が十手と刀をそれぞれ引き抜く中、いつの間にか表れていたピアノのの、そのふたの部分が勝手に開く。
その段階で、もはやそこにあるのがただのピアノではない、恐らくは敵となる存在であることはほぼ確定したわけだが、しかしそうとわかってすぐにでも攻撃しようとしていた二人は、直後に起きた現象に流石に度肝を抜かれることとなった。
鍵盤に何かを叩きつけたような暴挙の音。
大柄な男が地面を転げまわって喚くような、そんな音の連続が狭い廊下に反響しながら響き渡る。
「―-ヌゥッ!?」
「―-こ、これは――!!」
漏れ出る言葉は全くの同時。二人そろって武器を手にしたまま耳を押さえて、目の前で行われる音による侵略から耳を守ろうとささやかな抵抗を試みる。
別段鼓膜を破るほどの大音量だったわけではない。
音自体に攻撃性能や幻術と言った、何かの危険があったとも思わない。
この場で二人が、この音の連続をただの音楽だと認識できなかった理由はただ一つ。
「――この、下手くそ!!」
ほとんど犯罪的な音の連続に対し、竜昇は右手に準備していた魔法をすぐさまピアノ目がけて叩き込む。
神経を使いすぎる故に常に打てるようにしておくというわけにはいかないが、しかしすでに竜昇は何か異常を感じればすぐさま魔法を打てるように準備ができるようになっていた。
先手必勝とばかりに叩き込まれる【
「ちょっ、こいつ今スピンしたぞ!!」
「なんですかこの機敏なピアノ――!?」
二人がどう考えてもピアノのイメージに合わないその動きに驚く中、ピアノの方はすぐさま回転をやめて、再び音楽を奏でながら元通り竜昇たちの方へと鍵盤部分を前にして向き直る。
直後に背筋を走る強烈な悪寒。どうやら前に立つ静も、同じようなものを感じたらしい。
「互情さん――!!」
呼びかけられるのとほぼ同時、竜昇はとっさに横へと、静と一緒になって飛び退いていた。
攻撃があったのは、ほとんどその直後。
シールドを張ったグランドピアノが、竜昇たちのいた場所へと目にも止まらぬ速さで突っ込んで、その先にあった壁の一部を粉砕したのだ。
(だがこの状況――!!)
「互情さん――」
「―-応!!」
呼びかけに応じて、すぐさま立ち上がった竜昇たちが左右に分かれて、それぞれ右手と呪符をピアノ目がけて突きつける。
狙うはシールドを使ったその直後。二者の魔法による、電撃の十字砲火。
「「【
暗い校舎内に閃光が瞬き、同時に発射された電撃がともにピアノに突き刺さる。
互情竜昇
スキル
魔法スキル・雷:26
護法スキル:13
守護障壁
探査波動
治癒練功
装備
石斧×2
石槍
雷撃の呪符×4→5
静雷の呪符×3
迅雷の呪符×1
小原静
スキル
投擲スキル:12
投擲の心得
纏力スキル:10(↑)
二の型・剛纏
四の型・甲纏
装備
磁引の十手
加重の小太刀
武者の結界籠手
小さなナイフ
永楽通宝×10
雷撃の呪符×5→4
静雷の呪符×3
迅雷の呪符×1
保有アイテム
雷の魔導書
集水の竹水筒
思念符×77→76
神造物(?)
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