39:神造物

「やはりもう一度解析してみても表示は変わりませんね。【神造物】というアイテム名なのかアイテムのカテゴリなのかもよくわからない表記が出るだけで、この石器についてはなんの解説も表示されません」


 スマートフォンの解析アプリを石刃に向け、何度か画面をタップしながら静がそんな報告を竜昇へと届けてくる。

 机を挟み、同じように解析アプリを試していた竜昇の方も、出てきた結果は全く同じものだった。


「こっちも特に変わりはないな。どうやらこのアイテムについて、このアプリで得られる情報は本当にこの【神造物】って言う言葉だけみたいだ。

 それにしても【神造物】……。【神造物】ねぇ……」


 怪しげな名称に首を捻りながら、竜昇はスマートフォンを机に置いて、替わりに二人の間に置かれていた石刃自体を持ち上げ、眺めてみる。

 黒曜石ともまた違う、夜の闇を固めたように透き通った不可解な色合い。よく見れば内部で電気の回路のような、赤いラインが幾本か走っているのが見て取れる。

 少なくとも前の階層で竜昇が回収したような、石槍や石斧の先についているようなただの石器というわけではないようだった。

 ただの石器ではない。ではいったいどんな石器なのか?


「普通に考えたらレアアイテム、ユニークウェポンとかその類ってことになるんだろうが……?」


「ですが、それならそうとアプリで表記すればいいのではないでしょうか? 効果が書かれていない理由もわかりませんし、そもそもこの【神造物】というのが名前なのかもよくわかりません」


「そうなんだよな……。【神造物】。神が造りし物、か……」


 現代社会に育った竜昇にとっては神などと言われても少々ぴんと来ない所があるが、しかしもしこの【神造物】なる言葉の持つ意味がそのままのものだとすれば、このアイテムは随分と大仰なものだということになる。何せ作ったのが神様なのだ。


「……なんかこれだけ、ゲームシステムから外れてるな」


「はい?」


「いや、これまでのこのビル内でのゲームシステムの話。これまでこのビルのゲームってさ、なんとなくではあるけどゲームに寄せていた節があるんだよな。スキルとか、技、魔法、能力……。最初の武器部屋と言い各種要素と言い、少なくともこれまでの不問ビルのゲームシステムは、いろんな用語が全部ゲームのもので流用されてた」


「……言われてみればそうですね。スキル自体、実際には互情さんの考えるようなものとは別物だったわけですし……。いえ、スキルに関しては言葉の意味を考えるとむしろ当たっているのでしょうか?」


「まあ、そこは考え出すときりがないからやめておくけど。

 でもさ、これまでいろんな用語を無理やりにでもゲームのそれに寄せていた節があるのに、この【神造物】についてはそうじゃない。少なくとも俺が知る限り【神造物】なんて用語が出てくるゲームはないし、よしんばあったとしても一般的なゲーム用語じゃない。なんでこの【神造物】だけ、それらしい名称にされて出てこなかったんだろう」


 そう、問題はそこなのだ。アプリで【神造物】としか表示されないというその現象自体が、このアイテムを根本的に異常なものとして知らしめている。

 もしもこれがこれまでのように、普通にアイテム名や解説と共に乗っていたならば、竜昇たちもこのアイテムにそれほど疑問は抱かなかったはずなのだ。

 なぜこんな名称を付けたのか。竜昇たちにこの石刃を気にして欲しいのか?


 それとも、あるいは――。


「この石刃の存在そのものが、このビルにとって想定外の異常事態イレギュラーってことなのか?」


異常事態イレギュラー、ですか……? 確かにそう考えると、いろいろと辻褄は合いますね。それらしい、ゲーム的な名称を担っていないのは、そもそもそう言った用語を用意していなかったからでしょうか? もしそうなら、そもそも名称や説明が表示されないのも――」


「――このビルのデータベースに、この石刃が登録されていないから、とか」


 机の上の石刃を挟んで、前後に座る竜昇と静が同時に顔を上げ、視線を交錯させる。

 二人とも自分たちが出した答えに対して思ったのだ。二人が同時に至ったこの答えが、かなり真実を突いた、現実に近いものである可能性が高い、と。


「もしそうだとすれば、この石刃は是が非でもこのまま持って行く必要がありますね。武器としては使いづらそうな代物なので、正直いらないかなとも思っていたのですが」


「そんなこと思ってたんだ……。いや、まあ、確かに使いづらそうではあるけど……」


 確かに、言われてみればこの石刃、武器としては相当に使いにくい代物だ。石器であるがゆえに切れ味は通常の刃物にも劣るし、柄や鍔なども当然ついていないため、握って振り回すのも相当に危険が伴う。


「仮にこの石刃で相手と切り結んだ場合、よほどうまくやらないと、このように指や手を斬られてしまいそうです」


 言いながら、一度立ち上がった静は小太刀を右手に、石刃を左手に持って石刃で小太刀を受け止めるそのさまを実践して見せる。

 確かに、この石刃では手元を守るための備えもないため、例え石刃で相手の攻撃を受け止められたとしても、少し刀を石刃の表面で滑らせるだけで石刃を握る手にあっさりと攻撃できてしまうのだ。

 はっきり言って防御には向かない。かと言って、攻撃に向いているかと問われるとそう言う訳でもない。武器として使うには、この石刃は構造としてあまりにも原始的過ぎる。


「【神造物】なんて特殊な名前がついてることを考えると、もしかしたら強い魔法効果とかが付いてるのかもしれないが……、鑑定アプリ無しでそれを特定するのはかなり無理があるしな。……小原さん?」


 悩みながら、ふと竜昇は静が石刃と小太刀を交差させたまま、何やら思い悩んでいるのに気が付いた。

 不思議に思って声をかけると、静の方も『いえ……』と言って首を捻りながらこちらを見返してくる。


「気のせいでしょうか、今刀と石刃をぶつけた時に何やら石刃が反応したような気がするのですが……」


「なんだって?」


 出てきた思わぬ証言に反応し、竜昇はすぐさま机から立ち上がって静の元に歩み寄り、その手元の刀と石刃を観察する。

 だがやはりと言うべきなのか、もう一度双方をぶつけあって見ても石刃には何の反応もなく、目に見えるような変化は何一つみられなかった。


「すいません。やはり気のせいだったようです。先ほどから同じように何度か二つをぶつけて見てはいたのですが、私が感じたような反応はありませんでしたし……」


「俺の方も最初の一回の時、何か反応したようには見えなかったが……。ちなみに小原さん、その反応って、具体的にどんなものだったんだ?」


「なんと言えばいいのでしょう、石刃が振動したような……、振動というよりも鼓動、脈打ったと言った方が近いでしょうか? 石刃の中に走っている回路図の様なものにも、少しだけ光が灯ったようにも見えましたし……」


「鼓動というのはともかく、石刃が光っていたら俺も気づいたはずだが……」


 思い出してみても、竜昇が見た限り石刃の方にそれらしい反応は見られなかった。

 ただ、気のせいだと考えるには静の証言が妙に具体的で、反応が単一のものでないというのが少々気にかかる。


「とりあえず、その【神造物】は小原さんが持っていてくれ。それと、また同じように反応することがあったらその時は報告を」


「わかりました。しかし私が持っていた方がいいのでしょうか。私の場合、この武器を使うとなればもう投げて使うくらいしかできないのですが」


「なくしたり壊れたりすると取り返しがつかないから投げないで。いや、もしかしたら小原さんが持っていることに意味のあるアイテムかも知れないからさ」


 貴重そうなアイテムをぞんざいにしか扱えないという静に苦言を呈しながら、一方で竜昇はこのアイテムが最初から静の元に現れていたその意味を考える。

 思い出してみても、このアイテムはこれまでのドロップアイテムと違い、最初から静の手の中に、いつの間にか握られるという奇妙な形で表れていた。件の反応にしても静にしか感じられていないようだし、もしかするとこの【神造物】なるアイテムが静を持ち主として選んでいるということは考えられるかもしれない。


 その手の文化に疎い静の方はその考えについては理解できなかったようだが、しかしそれでも竜昇になにがしかの確証があることは感じ取ったのか、特に反論もなく石刃を自身のウェストポーチへとしまい込む。

 とりあえずこの場では、これ以上考えてもらちが明かないだろうというのが竜昇たちの判断だ。毎回毎回情報不足で不完全燃焼のまま検証が止まってしまっているところがあるが、しかしこれに関しては情報が限られている以上どうしようもない。


 それにこの場では、もう一つ話し合っておかなければいけない重要な問題がいくつかある。


「さて、じゃあ残るはこの後どうするかの問題だけど……」


「いえ、互情さん。少々お待ちください」


 と、最後の話題へとシフトしようとしたその瞬間、静が何やらそれを制して真剣な顔でこちらを見つめてくる。


「どうした、何か問題が――」


「いえ、真剣な話をしていたところでこの話題を出すのは少々心苦しいのですが……」


 まさか新たな敵を察知したのかと、そんな警戒すらあらわにする竜昇に対し、静はそれを制して妙に歯切れの悪い口調でそんな言葉を並べ立てる。

 そのらしくない様子を竜昇がいぶかしみ、続く静の言葉を不安定な心境で待っていると、ようやく意を決したのか静が竜昇とキッチリと視線を合わせ、ようやく彼女の問題、その本質を口にした。


「ところで互情さんは、トイレに行きたくはありませんか?」


「……」


 たったの一言で、なにが起きているのかがわかる明瞭な言葉。

 そんな言葉をいつものポーカーフェイスでしれっと口にするそんな姿に、竜昇は少しの間、暗い教室の中であっけにとられることになった。

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