38:知識“だけ”という意味

「実を言いますと、私が最初にその可能性を考えたのは、纏力スキルを習得したあたりからでした」


 暗い教室の中、机を挟んだ向こう側で、静が自身の名前の通り、静かな口調で己の考えを語り始める。


「纏力スキル? 確かにあれを習得したときいろいろとスキルについては考察してたけど……、いったい何がそんなに気になったんだ?」


「【一の型】と【三の型】の存在ですよ」


 そう言うと、静は自身のスマホ、そのステータス画面を表示して、竜昇に対してその記述を見せてくる。


「あの時解析したときにも話題に上りましたが、この【纏力スキル】の技は最初から【二の型・剛纏】と【四の型・甲纏】だけを習得した状態で始まっています。私としては、実際にスキルを修得すれば一の型から順番に表示されるのではとも思っていたのですが、実際は事前情報通りです。どういう訳か一と三の型に対応する技が飛ばされてしまっているのです」


 確かに、それに関しては竜昇自身気になっていたことではあった。

 竜昇としても、こうした術技というものは初級のものから順番に修得していくものというイメージがあったのだが、確かにこの数字だけを見るとどうにも途中経過をすっ飛ばしてつまみ食いのように技を習得したようにも見える。


「あの時は確か、この【纏力スキル】をドロップした大名のエネミー、あの敵が習得していたころのレベルを引き継いでいるのではないかと言う話になったよな」


「はい。ですが、もしスキルの正体が知識であり、その知識の全体量の内、私たちが己のものとしている知識の量がレベルとして数字に表れているというのなら、最初からレベルが高かった理由や、二つの技の習得ついても別の可能性も浮かび上がります」


「別の可能性?」


「事前知識の存在ですよ」


 そう言って、静は『思い出してみてください』と竜昇に対してそう促す。実際、竜昇にとってもスキルにまつわる全ての記憶はまだ昨晩に経験したばかりのことだ。まだたったの一日すら経過していない現状、その時のことを思い出すのはさほど難しくなかった。


「【纏力スキル】の習得の直前、私たちは、大名との戦闘の際に『身体能力を上げる赤いオーラ』と、『物の強度を上げる黄色いオーラ』が使われるのを見ています。少なくとも纏力スキルには『そう言う技があるのだ』と言いうことはあらかじめ知っていた形になる訳です」


「だから、【纏力スキル】が含む技術情報、その全体量の内で、その事前知識の分だけレベルが上がった状態になっていた、と?」


「あるいはそうした技術の存在を知っていたことで、私自身がその技についての、使い方や名前等の知識を引き出しやすくなっていたのかもしれません」


「知識を、引き出す……か」


 自身が何気なく発した言葉が、思いのほか正鵠を射ていたように感じられる。というよりも、先ほどアプリのステータス画面を確認して、スキルレベルの正体の様なものに思い至ったその瞬間から、竜昇の中ではこのスキルの正体に関する考えがいよいよ真実味を帯びてきていた。


 スキルとは、一つの技術系統の知識を編纂したものであり、知識の習得とはすなわちその知識の全てを己のうちに取り込むことであり、取り込んだ知識を圧縮ファイルを解凍するように引き出し、思い出していくことがレベル上昇の正体である。


 実際、そう考えた方がしっくりくる部分が、この話に確かにはあるのだ。


「こうなってくると、これまでの不可解なレベルの上がり方や、互情さんの方がレベルの上昇が早かった理由にもある程度理由が推測できるようになりますね……。いえ、互情さんが早かったというよりも、私の方が遅かったのだと考えるべきなのでしょうか? どうにも私には切迫して新たな技能を欲するという感覚が、少々欠けていたように思えますし」


 言われて、それに対しては竜昇もどこか納得できるところがあった。

 こう言っては何だが、静はあまりがっついて力を求めるようなタイプではない。これは上昇志向の有無というよりも本人の性格の問題で、さらに言えばスキル抜きでもある程度戦えてしまうという、彼女の資質故の問題でもあるのだろう。

 わかりやすく言ってしまうと、彼女は己の不足を嘆くよりも、今ある物だけで何とかしてしまおうと考えるタイプなのだ。その点、力不足を痛感していたが故に、力を求める意識だけはあった竜昇のほうがよりレベルが上がりやすかったというのは、ある種の皮肉ではあるが頷ける話でもある。


「とは言え、それでもレベルは上がってたってことは、単純に上昇志向だけがトリガーってことでもないんだろうな」


「そうですね。先ほど言ったように、敵が使っていた技の事前知識を糸口に知識を引き出した可能性は十分にありますし、糸口となる情報がそれだけだったとも思えません。スキルによって得られた知識を実際に使うことで、新たな知識を引き出す糸口になっていたという可能性も高いと思います」


 『あるいはそのやり方が、知識の引き出し方としては本筋だったのかもしれません』と、そんな風に静は記憶を元に自分の考えを並べていく。


 仮説をもとに検証すればするほど、感覚的にどこか納得できる部分が増えてくる。

 もちろん、論理として穴が無いわけではないし、証拠も不十分ではあるのだが、それでも実際にスキルによって知識を得ている身としては、その回答に間違いがあるようには思えなかった。

 ただし、それですべての問題に説明がつくかと言われれば、残念ながらその限りではない。


「……ですが、そうなると重要な問題が一つ出てきます。もしもこの仮説の通り、私たちが習得したスキルが、本当にただの知識“だけ”なのだとすれば、ではなぜ私たちは知識だけでこんな魔法のような超常の力を使うことができるのでしょうか?」


「それは、確かに……」


 不意に静が口にしたそんな言葉を受けて、竜昇は思い出したように机の上の古銭を手を取って、静から魔力を受け取りながら【静雷撃】の電撃を古銭に込める。

 そんな作業の中で竜昇が考えたのは、少々現実味を度外視した三つの可能性だ。


「まず最初に思いつく可能性は、俺達が気付いていないだけで、俺達の体はいつの間にかこのビルの連中によって魔法を使える体に改造されていう説だ」


「確かにないとは言えませんが、それは……」


「ああ。正直言って現実味は少ないと思う。少なくとも俺はそんなことをされた覚えはないから、もしこの論理を成立させようと思うなら、気づかれずに行えるくらい、それこそスキルカードを取り込むような簡単な処置だったか、相手が俺達の記憶を改ざんできるとかの、やたらとおっかない想像が必要になって来る。絶対にないとは言い切れないけど、とりあえずこれについてはこれ以上考えても仕方ないから一度脇に置いておこう。

 次に思いつくのは、この魔法という技術が、不問ビルの中の固有のルール、法則に根差したもので、このルールが働いている場所ならば、ちゃんとした知識で手順さえ踏めば魔法が使えるのだという可能性」


「ふむ……。それは普通に有り得そうな話ではありますね。少なくとも先ほどの知らないうちに改造説よりは、現実味があると思います」


「俺もそう思う。けど、実はもう一つだけ考えている可能性はあってな。

 第三の可能性は、俺達が普通に暮らしていたあの町、あの世界に置いて、一般的には知られていなかったというだけの話で、実はこのビルの外の世界にも魔法というものが普通に存在していたのではないかという仮説だ」


「それは……」


 竜昇の提示した説に、反射的に何かを言おうとした静が、しかしすぐに沈黙して少し考えるようなしぐさを見せる。

 竜昇が示したのは、言ってしまえば良くある現代ファンタジー的な設定をモデルにしたものだが、しかしその仮説をただの妄想と言い切れないだけの要素を竜昇たちは既に嫌というほど見せつけられている。


 町の中央に突然現れて、しかし誰にも気にされない巨大なビルというそんな形で。


「互情さんはこう考えているのですか? この不問ビルの出現や、その後他の方々がビルに興味を示さなかったその原因が、私たちが今使っているこの魔法と、同様の技術の延長線上にあるものだと?」


「少なくともあの現象を科学的に解釈しようとするよりは現実的だと思う。だいたいそうとでも考えないと、こんな巨大ビルがいきなり現れたことの説明がつかない」


 自分で言っていても相当に現代ファンタジーにかぶれた考え方だとは思ったが、しかしそう考えるとしっくりくる部分はないでもないのだ。少なくとも不問ビルがらみでこれまでに起きた現象は、どう考えても竜昇が知る現実世界のルールからは逸脱した現象ばかりだった。

 そう言う意味では、今話しているのはその逸脱の原因をどこに求めるかという話でもあるのだが。


「……まあとは言え、これらの話は全部推測でしかない。現実にはこれ以外の可能性もあるかもしれないし、そもそも俺達の知る世界に本当に魔法なんてものが存在していたとしたら、“これだけの知識でできてしまう技術が”どうして一般化しなかったのかとか、そのあたりの問題もあるからな」


「……そうですね。今は考えることも別にありますし、推論に推論を重ねても実際の真実から遠ざかってしまう可能性もあります。

 こうなると、もっと決定的な情報源が欲しいところですね。できることなら、このビルのゲームを運営している側の人間を捕まえられるといいのですが……。どうにか接触できないものでしょうか? こうして命がけのゲームをさせている以上、相手もこちらを何らかの手段で監視しているのではと思うのですが」


「そうだな……。いや、けどそれもどうなんだろう?」


 静の言葉に同意しかけて、ふと竜昇は頭の片隅にあった一つの疑念を思い出す。

 思えばこの疑念は、どこかのタイミングで降ってわいたというよりも、このビルに入ってから降り積もるようにして形を成したような、そんな疑念だった。


「どう、というのは何についてでしょう? 何か思うところがあるのでしたら、聞かせていただけませんか?」


「いや……。けど、そうだな」


 話すべきか迷いながらも思い直し、竜昇は急ぎ自分の中に蓄積していた違和感の正体をまとめ上げる。

 ずっと疑問を感じていたのは、この不問ビルのゲームに対する、運営側のスタンスだ。


「以前からなんとなく思っていたんだけど、なんというか随分といいかげんな気がするんだよ。たとえば……そう、前の階層、あの博物館の敵たちとか」


「敵がいいかげん、ですか? それはいったいどういう意味です? 私にはあの敵たちが、変な言い方ですが扱く真面目に襲ってきていたように思うのですが……」


「いや、それはそうなんだけどさ。何というか、作り込み方が甘いんだ。陰陽師が西洋風の式神を使ってたり、古墳時代の敵から白米のおにぎりがドロップしたり……。江戸時代の敵も、なんだかずいぶんと時代劇に寄っていたような、そんな気がしたし。博物館を舞台にしているくせに、時代考証が随分と雑に思える」


「それは……、しかしそういうものなのではありませんか? そもそも博物館が舞台になっていると言っても、何もかも史実通りに作る必要はないわけですし」


 竜昇の疑問に、静は首を捻りながらそんな意見を口にする。

 実際竜昇自身、この意見は言っていて難癖をつけているようだと思った。まあ、こちらの意思を無視して命がけの戦いを強要しているというその時点で難癖などいくらつけても構わないとは思うのだが、しかし重箱の隅をつつくような、細かい粗探しに終始しているような、そんな気分にはなって来る。

 けれど、それでも。

 頭の隅にこびり付くそれは、どうしても無視しきれない違和感だ。


「まあ、そうなんだ。そうなんだけどさ。けど、ちぐはぐな気がするんだよ。こんなビル一つぶっ建てて、ゲーム染みたシステムで他人を戦わせるなんて、間違いなく手間のかかるだろうことをやっているクセに、このこだわりの無さはなんだ?

 考えてみれば、このビルに入った時の俺達への扱いだってそうだ」


「私達への扱い……、ですか?」


「いくらなんでもあまりに適当すぎると思う。罠にはめるような形で武器だらけの部屋に案内して、送られてくるメッセージはこの中から一つ選べのたったの一つ。しかもそれ以降はほとんどメッセージらしきものを送ってきていない。俺達は幸いこうして生き残れたけど、あれじゃあ状況をよく理解できずに最初の敵で死ぬ人間の方が多いはずだ」


「確かにそうですね。そもそも私にしたところで、互情さんが来られなければどうなっていたかはわからない訳ですし」


 最初の選択については静の方も思うところがあったのか、そんな言葉と共に若干ながらも竜昇の意見に同意する。

 竜昇としては、静のスキルや武器に頼らない、人間としての素の強さを考えれば、あの状態からでも彼女は生き残っていたのではないかと思うのだが、しかしそれについてはさすがにこの場で議論する気にはなれなかった。そもそもそんな議論、ここでしたところで大して意味がない。


「ですが互情さん。私にはやはり、今の段階では互情さんの抱く疑念は根拠が薄いように思えます。要するに互情さんは、このビルの管理者が本当に私たちに興味を持っているのか、その部分にまず疑問を持っているのでしょう?」


「ああ、そうだ。昨日話した時には愉快犯説なんてのを唱えておいてあれだけど、どうにもこのビルのゲームをセッティングした連中の、投げっぱなし感みたいなものを強く感じる」


「投げっぱなし感、ですか……」


 竜昇の言葉を自分でも口にして、静はしばし考えるように竜昇の前で黙り込む。あるいは彼女の方も、竜昇の言う言葉に何か感じるものがあったのかもしれない。


「こんな大それた真似をしたんだから、それ相応の目的はあると思うんだが……、どうにもその目的のために手を尽くしているように感じられない。まるで成功でも失敗でも、どっちに転んでもいいと思われてるみたいだ」


 最後にそう口にして、竜昇は一度考え込んで沈黙する。どうやら静も同じだったようで、教室の中がしばし思考の沈黙に満たされる。

 とは言え、どれだけ考えても答えを出すには現状あまりにも情報が足りていない。

 そもそも竜昇の疑問自体、愉快犯説の延長にあった見世物説で、竜昇たちが生き延びても死んでもそれが見世物になるからなのだと、そう言い切られてしまえば解決してしまうような問題なのだ。その答えで納得できないからと言って、それ以外の回答は早々容易には出てこない。


「ダメですね。やはりこの場ではこの話もこれ以上詰められそうにありません。とりあえず頭の隅にはとどめておく、という形でいいでしょうか?」


「ああ、それでいい」


 静の言葉に頷き返し、竜昇は一度頭の中で行われていた思考を頭の隅へと放棄する。

 だいたい今の竜昇たちにはまだまだ考えなければいけないことが残っているのだ。ビル全体の背後を推測するのも大事だが、今は目先の生存を最優先に考えなければならない。


「ではそうですね、とりあえず次はアイテムの、具体的にはこの石器の話をしましょうか」


 そう言って、静は二人の間の机の上に、スキルの話題と並んで大きな疑念の根源となっている一つのアイテムを提示する。


 机の上に置かれたのは、夜闇のように透き通った黒さを持った一振りの石刃。


 解析アプリによって【神造物】などと表示される、そんな不可解なボスドロップのアイテムの問題だった。

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