37:数字の意味

 幸いにも、交代で寝る間に敵が襲撃してくるような事態は起こらなかった。

 静が起きて、替わりに竜昇が眠る番になった際、女子と二人きりというシチュエーションが竜昇を眠らせないのではないかとも思ったが、しかしさすがに精神的にも疲労していたせいなのか、目を瞑った竜昇はあっさりと意識を失い、硬い床の上で壁に寄り掛かって寝たとは思えないくらいすっきりと、万全とまでは言えないまでも相当に回復して目覚めることができていた。


「これはどちらかというと【治癒練功】の効果によるところが大きいのでしょうか? いくらなんでも寝た場所の割に疲れが取れすぎている気がしますし」


「そうだな。一応怪我だけじゃなくて疲労にも効果があるみたいだし。そう言えば小原さんは頭の怪我はどうなった?」


「かなり、というかほとんど治ってしまったようです。固まった血がこびりついてはいますけど、それをはがしてもほとんど傷は残っていないと思いますね」


「俺の腕の方もそんな感じだな。もう痛みどころか傷の感覚もほとんどない」


「お尻の痣も消えたようですし」


「……」


 静の言葉に、竜昇は冗談だとわかりつつも反応できずに黙り込む。

 どうにもこの少女、先ほどから行動の端々で竜昇の男心をもてあそびに来る傾向が出てきている。

 結構危ういのでやめてほしいのだが、流石に竜昇にもそれを正面切って抗議するような度胸はない。


 吐息一つ漏らして自分の思考を切り替える。

 話題を逸らす目的もないではなかったが、しかし一通り休息が取れて、一定の安全も確保できている現状は、静との間に話し合いの場を設けるにはうってつけの状況だ。

 なにより、竜昇と静の間には話し合っておくべきことが山のようにあるのだ。せっかく落ち着いて話ができる機会なのだから、この機会を逃す手はない。


「とは言え、まずはいったい何から話すべきか……」


「そうですね……。とりあえずまずは現状確認からいたしましょうか」


 そう言って、静はおもむろに教室内の窓の方へと近づくと、腰に差していた十手を引き抜いて勢いよく窓ガラスへと叩き付ける。


「――なっ!?」


 いきなりの凶行の驚く竜昇だったが、しかし彼女の行動の意図は直後に起きた出来事によってなんとなくではあるが理解できた。

 ほとんど力任せに、間違いなくガラスを割れるような勢いで振り下ろされた十手は、しかし予想に反してガラス窓らしきなにかにはじき返されてヒビ一つ入らなかったのだ。


「ふむ……。やはり割ることはできませんか」


「いきなり過激なことするなぁ……。って言うか、普通はまず窓が開くかどうかを調べるべきじゃ……」


「いえ、実はそちらは先ほど調べていたのですよ。なんとかこの窓を開けて外に出られはしないかと。もしも外に出られるのでしたら、廊下側から見える外の街並みの方に助けを求めに行けるかもしれませんから」


 相変わらずのポーカーフェイスのままで、静はしれっとゲームそのものを放棄するようなことを言う。 

 とは言え、それについては竜昇自身も一応考えては見たことだった。確率は低いだろうと踏んではいたのだが、実は今竜昇たちがいる場所は不問ビルの外にある普通の学校で、外に出ればどことも知れない、しかし敵におびえることもない普通の街が広がっているという可能性を、決して期待できないとは思いながらも竜昇はついつい考えていたのだ。

 とは言え、この結果を見る限りでは竜昇の期待はどうやら予想通りに裏切られたらしい。


「要するに、この窓から外に出ることは不可能、と見ればいいのでしょうか」


「ああ、そうだろうな。そもそも、俺達がいるのは地上五十八階のビルの中の筈だ。これだけ広い空間がジオラマだろうが張りぼてだろうが広がっているというのがまずありえない」


 まあ、それを言うなら、いくら広いビルの中とは言え、中にある博物館やこの学校の建物の大きさはいくらなんでも広すぎるような気がするのだが、しかしそれについては竜昇ももはやわざわざ突っ込むような気力は喪失していた。

 なにしろここまで特殊なビルなのだ。ビルの中に広がる空間が、見た目よりもはるかに広い、ありえないものだったとしてももはや驚かない。


「恐らく窓の外に見えてる光景は、映像なのか幻なのか、とにかく見てくれだけの舞台設定なんだろう」


「そうですね。そうなると、やはり今後私たちは、この校舎内を捜索して、下の階層への道を探さなくてはいけないということなのでしょうか」


「まあ、そうなんだろうな」


 そう言って、竜昇は心の中で己の中の未練を完全に切り捨てる。

 なにしろこれから竜昇たちは、街一つでこそないにしろ、学校一つを丸ごと攻略しなければいけない状況に陥っているのだ。余計な未練を引きずって、この先の戦いにかけるべき労力をむざむざ削ってしまうのはいただけない。


「さて、そうなりますといよいよ本当に、この階層を攻略するためにいろいろと話し合う必要が出てきますね」


 気を取り直した竜昇に対して、静は特に未練のようなものを感じさせない口調で、あっさりとそんな風に話題を切り替える。

 一度は抱いたかもしれない希望をまったく引きずらないその様子に内心で舌を巻きながら、竜昇はとりあえず座って話そうと、残しておいた机を挟んで椅子へと座ることにした。

 ついでに机に手持ちの呪符を取り出して、話し合いのさなかにその補充も済ませてしまおうという腹である。

 静の方も心得たもので、自身の武器である十手と小太刀、十枚の古銭を取り出すと、呪符と一緒に並べるようにして机の上に置いて、竜昇の方へと自分の手を差し出してきた。

 対する竜昇も頷きでもって彼女への返事をすると、内心若干躊躇しながらもその手を取って、机の上の武装類への【静雷撃】の付与も請け負うことにする。


「さて、まずは何から話したものか悩むところではありますが、とりあえずは現状の戦力の確認の意味も込みでスキルのことから話すことを提案します」


「そうだな……。お互い先ほどまでの戦いでレベルも上がっているだろうし、それにこっちも、このスキルシステムについてはもう少し踏み込んで話しておきたいところだったんだ」


 竜昇が十手に魔法をかけながら静の言葉にそう応じると、静はすぐさま自分のスマートフォンからステータス画面を立ち上げて、竜昇の方へと向けて見せてくる。

 対する竜昇も同じようにステータス画面を呼び出すと、互いに相手のスマートフォンを受け取ってそれぞれのステータス表記に素早く目を通した。


互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:26

  雷撃ショックボルト

  静雷撃サイレントボルト

  迅雷撃フィアボルト

 護法スキル:13

  守護障壁

  探査波動

  治癒練功


小原静

スキル

 投擲スキル:12

  投擲の心得

  螺穿スパイラル

  回円サイクル

 纏力スキル:9

  二の型・剛纏

  四の型・甲纏




「……おお」


「これはまた……」


 互いの画面をしばし見つめて、互いが互いの成長ぶりに感嘆のような声を漏らす。

 実際、静にしても竜昇にしても驚くべきところは多いだろう。特に竜昇など、魔法スキルのレベルが一気に倍加する形で成長しているのだ。これで驚くなという方が少々難しい。


「まさか魔法スキルのレベルが一気に13上昇とは……。少々これまでにないハイペースなレベル上昇ですね……」


「まあ、【護法スキル】の方も三つもレベルが上がっているし、それについては小原さんの【投擲スキル】も同様なんだが……。やっぱりそれを考えるとこの十三レベル上昇って言うのはなかなか桁違いな上昇幅だよな」


 護法スキルのレベル上昇に伴って習得していた【治癒練功】については先ほど軽く話していたため今は流すことにして、竜昇は続けて静のスキルの中から、投擲スキルの項目に新たに増えた二つの技名のようなものに注目した。


「【螺穿スパイラル】に【回円サイクル】か。オハラさん、これは……?」


「どちらも魔力を用いて使う技、これの表記に従うならアーツと呼ぶもののようですね。どちらもその、なんと言えばいいのでしょう……? ざっくりと言ってしまうと、武器を投げる時に魔力を纏わせて、投擲物に特定の動きや攻撃力を加算する力のようなのですが」


「ああ……、なんとなくわかるな。たぶんゲームとかではよくある感じの能力だ」


「今ので伝わったのですか……? 正直自分でもどうかと思うような説明だったのですが……」


 まさか今の説明で理解されるとは思っていなかったらしく、静は竜昇に対して首をかしげるようなしぐさを見せてくる。

 とは言え、竜昇にとっては静の言うことは半ば以上に理解できる話だった。なにしろゲームやら漫画やらで、それらしい技ならばいくらでもイメージできるのだ。あとでどんな技かを確認する必要はあるだろうが、少なくとも技の概要については大体想像がついてしまう。


「……まあ、いいでしょう。今の説明で伝わったというならば私としては言うことはありません。なにより、今一番気になっている、この【迅雷撃】なる魔法について早めにお話を聞きたいところですから」


 そう言って、静は一度自分のスマートフォンを脇へと置くと、そんな風に竜昇の方の画面に映る一つの魔法に着目する。

 もちろん竜昇自身、この魔法については真っ先に意見を聞きたいと思っていたため、その意向については特に異論はない。


「確認しますが互情さん、この【迅雷撃フィアボルト】というのは、やはり前回の、あのマンモスとの戦闘の最後に撃っていた魔法で間違いないですか?」


「ああ。それであってるよ。効果についてはあの時見て分かったと思うけど、とにかく大火力の攻撃と考えて間違いない」


 言いながら、竜昇は実際に自分が撃った、異常なまでにタフなあのマンモスを一瞬で瀕死にまで追い込んだ強烈な電撃の存在を思い出す。

 まるで雷が落ちたような、強烈な閃光と圧倒的な破壊力。【雷撃】の、恐らくは上位互換とも思えるあの魔法の存在が無ければ、あの戦闘で竜昇たちは間違いなく戦死していた。

 それを考えれば、あの魔法を土壇場で取得できたことは手放しで喜ぶべきものなのかもしれないのだが、しかし素直に喜ぶだけで終わっていては話が前に進まない。


「これって、やっぱりレベル上昇が戦闘中に起こったってことだよな……? まあ、これはゲーム的ではあってもゲームじゃないんだから、そう言うこともあるのかもしれないけど」


「と言いますか、実際のところこれまでのレベル上昇にしたところで、どの段階でレベルが上がっていたのかは判然としません。戦闘中にステータス画面を確認する機会などありませんでしたから、上がった瞬間を確認したことは、実は一度もないわけですし」


「そう言えばそうか……」


 何となくゲーム的な先入観でこれまで敵を倒した直後にレベルアップが起きていたような気がしていた竜昇だったが、しかしそれはあくまでステータス画面の確認を行ったのが毎回戦闘後のタイミングだったというだけの話だ。実際にはどのタイミングでレベルアップが起きていたのかは、確認していないため現状誰にもわからない。


「やはり注目するべきなのは、いきなり互情さんの【魔法スキル】が、十三レベル上昇という急激なレベルアップをしたことと、その際にまるで狙いすましたかのように強力な魔法が発現したことですね。都合がいいと言えば都合はいいのでしょうが、いくらなんでも不可解です。

……互情さん、この【迅雷撃】という魔法が発現した際のことをもう少し詳しく教えてください。この魔法の発現の際、これまでにない何か変わったことはありませんでしたか?」


「変わったこと、はあったにはあったが説明が難しいな……。何といえばいいのか、【雷撃】の魔法じゃ威力が足りないって感じて、何かないかと思っていたら頭に浮かんだというか……。頭の、というより、記憶の奥底から、この魔法にまつわる知識を引っ張り出したというか……」


「記憶の奥から引っ張り出した、ですか……? そうなると、このスキルシステムというものを考えるにあたりネックになるのは、やはりこの記憶と知識という要素なのかもしれませんね」


「記憶に、知識?」


 竜昇の証言を受けて、静が何かを確信したようにそう言って、少しの間考えをまとめるような仕草を見せる。

 その様子を竜昇が黙って見つめていると、やがて静は考えをまとめ終えたのか、何かを確信したような視線でおもむろに自身の考えを語り出した。


「これは以前から感じていたことなのですが、私たちはこのスキルのレベルが上がるたびに、そのスキルにまつわるなんらかの知識を得ています。例えば、【投擲スキル】ならより命中率を上げる投げ方や投擲の際の立ち回り。【纏力スキル】にしてもすでに習得している能力の効率的な使い方や、詳しい原理、応用法などの知識が増えていますし、今回のように新しい技が発現すると、その使い方がはっきりと頭に浮かんできます」


「それは……、確かに俺も感じてた。【魔法スキル】にしても【護法スキル】にしても、レベルの上昇に伴って、最初のころには知らなかったはずの知識がいつの間にか思い出せるようになっている……。

 じゃあ何か? 小原さんはその知識こそが、スキルのレベルアップの正体だって考えているのか?」


 会話の中でふと静の考えを察して、竜昇はその考えに納得できる部分があることに気が付いた。


「……確かに、そもそもスキルがレベルアップしたときに起きている変化って、実はそれ以外に思い当たるものが無いな……。これが普通のゲームなら、各種ステータスのアップとか、そう言う単純な力の上昇が起こるものなのに……」


 一応、自覚できる成長として、例えば竜昇ならば魔法の発動速度の向上や、魔法の威力そのものが若干上昇していることははっきりと自覚している。ただ、それらは知力や魔法攻撃力と言った、単純なステータスがアップしたから起きたというより、魔法の発動への慣れや、効率的な魔法の運用法とでもいうべき知識がレベルアップによって得られたことの方が要因としては大きく思える。

 他のステータスにしたところで明確に上がったと思えるような心当たりはないし、そうなって来るとスキルのレベルアップによって竜昇たちが得ているものは、本格的に知識だけという可能性が強くなって来る。


「もちろん、それ以外になんの変化も起きてはいないのだと、そう断言することはさすがにできませんが、しかしスキルというものがその名前の通り、何らかの技術体系の知識そのものなのだということなら、これまでのことでも納得できることは多いと思います。

 そしてそうなると問題になって来るのは、先ほど互情さんがおっしゃった、そうした知識を頭の奥底から引っ張り出したという証言です」


「ああ……。とは言っても、それはあくまで、感覚としてそうだったって言うだけの話なんだが……」


「それはそうなのかもしれませんが、しかし起きた現象がその感覚通りのものである可能性は十分にあります。

 というよりもですね互情さん、私は一つの予想として、私たちが習得したそれぞれのスキル、それにまつわる知識というのが、すでに“私たちの頭の中に存在していて”、それを“私たちが引き出して我がものとした結果”、こうしたスキルのレベルアップというものが起きているのではないかと、そう考えているのです」


「―-!? いや、ちょっと待ってくれ。すでに頭の中にあるって、それは……、-―ッ!!」


言われて、反論しかけた竜昇の脳裏に、唐突に以前にも見た一つのビジョンが浮かびあがる。

 それはこのビルのエレベーターで、自分のスマートフォンに勝手にインストールされたメニューアプリ。そのインストールの進捗状況を伝えるために表示されていた緑のバーと、そしてその下の数字のビジョン。


「まさか……」


焦燥に突き動かされるようにして、竜昇は手元との画面へと視線を落とす。

 目に映るのは習得した各種スキルと、その横にあるそれぞれのレベルと思しきそんな数字。

 だがよくよく見て見れば、その数字の周囲には、『レベル』や『Lv』と言ったような、その数字の単位を現す表記はどこにもない。スキルの隣に表示されているからそうと思っていただけで、“そもそもこの数字がレベルであるなどとは、どこにも明言されていないのだ”。


「……まさか、この数字って」


その瞬間。画面を目にする竜昇の頭の中で、その画面の映し出す意味が大きく変わる。

そして、一度そうと気づいてしまったら、もう元のように、思い込んだままではいられない。

この時、ゲーム的な先入観を払拭された竜昇の目には、各種スキルの横に表示されたその数字の意味が、まるでデータのダウンロードや圧縮ファイルの解凍時に表示される、進捗状況パーセンテージのように見えていた。





互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:26(↑↑)

  雷撃ショックボルト

  静雷撃サイレントボルト

  迅雷撃フィアボルト(New)

 護法スキル:13(↑)

  守護障壁

  探査波動

  治癒練功(New)

装備

 無し



小原静

スキル

 投擲スキル:12(↑)

  投擲の心得

  螺穿スパイラル(New)

  回円サイクル(New)

 纏力スキル:9(↑)

  二の型・剛纏

  四の型・甲纏


装備

 磁引の十手

 加重の小太刀

 武者の結界籠手

 小さなナイフ

 永楽通宝×10

 雷撃の呪符×3

 静雷の呪符×2



保有アイテム

 雷の魔導書

 集水の竹水筒

 思念符×90

 石斧×2

 石槍

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